第41話



「じゃあ、もう切るね?仕事は大事だけどあんまり無理しないでね」


「あ、待って!まだ、話したい…」


「え、でも忙しいでしょ?帰ったらいっぱい話せるからその時話そう?もうすぐだし。じゃあね」


ここで気を使わせてはいけないので私はちょっと一方的に今度こそ切ろうとしたら奈々が早口に言った。

 

「あっちゃん今は本当に大丈夫だから少しだけ話そう?あっちゃんは今話せない?」


「いや、私は大丈夫だけど…」


「じゃあ、ちょっとだけ話そう?久しぶりに声聞いたから、話したい……」


「…うん。いいよ」


奈々にこう言われてしまうと私は受け入れるしかなくなってしまう。奈々の事だからわざわざ時間を割いてくれてそうだがここは何も言わない方がいい。私は明るく話しかけた。


「そっちの生活はどう?ちゃんとどっか出掛けて息抜きしてる?」


「…うん。カナダはよく出張で来てるから慣れてるから平気だよ。この前の休みはあっちゃんのお土産買いに行ってた」


「そうなんだ、ありがと。楽しみだわ。私も奈々のために厳選して酒買ったから帰ってきたらパーティーしよ?」


「うん、ありがとう。楽しみにしてるね」


こうやって本人の声を聞くと心配は薄れる。

慣れていて息抜きもできてるならもうそこまで心配しなくてもいい。私は安心して少し笑いながらまた話しかけた。


「うん。奈々が帰ってくるの待ち遠しいな~。あと何日かの辛抱だけど早く会いたいよ私」


「…うん。私も早く会いたい。もうすぐ帰れるから最近あっちゃんの事ばっかり考えてる」


「ふふふ。私も。ていうか、私奈々が行っちゃってからずっと奈々の事ばっか。奈々風邪引いてないかなとかちゃんと休んでんのかなって顔が見れないからすごい心配しちゃう。まぁ、今日で安心したけどさ」


「あっちゃん心配し過ぎだよ。こっちには友達も何人かいるからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」


友達もいるなら良かったとまた安心する。

これならあんまり連絡は取り合えていなかったけどそんなに寂しい思いもしてないだろう。


「良かった。じゃあ、楽しく過ごせてた?まぁ、忙しかっただろうけど」


日本を離れるのであればそれなりの気分転換にもなったのかもしれない。そう思ったのに奈々は曖昧な返事をした。


「…まぁまぁかな?……よくこっちには来るから普通だよ」


「もう、なにそれ。ちゃんと息抜きに飲み行ったりとかしなかったの?」


「うーん……あんまり。…出張の時はそんなに飲まないから」


「そっか」


話し方はいつも通りだけどなんだかちょっと暗いような気がする。私は疲れてるのかなと思いながら気を使った。


「本当にちゃんと休んでね?働いたら休んでごはん食べて寝ないとダメだよ?体壊したら元も子もないから」


「うん」


「じゃあ、もう切るね?そろそろ仕事始まるから」


「うん。あっちゃん?」


「ん?」


早く切ってあげたかった私に奈々は控えめに言った。


「ありがとう……心配してくれて」


「そんなお礼なんか言わないでよ。当たり前でしょ」


「…うん。でも、電話してくれて嬉しかった」


「私も話したかったからいいの。じゃあ、帰ってきたら連絡してね奈々。もう切るよ」


「うん。分かった。じゃあねあっちゃん」


そうして電話を切って私はほっとした。

こんなんだったら早く電話しとけば良かったのに今さらである。情けなく悩んでる場合じゃなかったが奈々が帰ってきたら挽回すればいいのよ。よし!

とんでもない心配を拭えた私はそれからやっと安心して過ごせていた。


奈々も数日して帰ってきたと連絡してきたし、早く会いたいなぁと思っていたらまずは一肌脱がなくてはならなかった。そう、るるさんの生誕の日がやって来たのだ。

一緒に行こうとは言ってたけど奈々と連絡を取り合いながら私はついに来たかと一人唸った。ちゃんとるるさんグッズを用意しているからそのままで来てねって言われたけど私は家で真顔だった。


まぁ、受け入れてたけどさ…………。

受け入れてたけどさ…………。あれかぁ…………。

でも今さらやらないなんて言えるはずもなく少し一人で落ち込んでから私は約束の日にライブ会場に向かった。

とりあえず久々に奈々に会えるから楽しみだし今日はライブ終わったら奈々の家に行くけどまずはひと頑張りしないと。


私はライブ会場近くのコンビニで奈々を待っていたら奈々が手を振りながらやってきた。

久々の奈々は以前と変わりなく可愛かった。


「あっちゃん久しぶり!」


「奈々ー!お帰り会いたかったよ」


「うん。私も。あっちゃん元気だった?」


「もちろん。元気しかいいとこないし。今日ライブも久々だし楽しみだね」


「うん!」


奈々はいつも通りにこにこで元気そうで安心した。

体調も良さそうだし笑顔だし良かった良かった。

私は奈々と軽く近状を話しながらライブ会場に入ると早速嬉しそうに半被を渡された。


「こないだ言ってた半被ね、特注で作ってもらったんだよ?ちょっとダサいけどこれあっちゃんのね」


笑顔の奈々から受け取った半被はるる推しと達筆に背中や腕に書いてあってちょっとと言うかとてもダサいが私は笑った。奈々がくれたものにケチなんかつけられないよ。


「あ、うん。………ありがとう奈々」


「あと、今日は発色いいペンライトいっぱい持ってきたからあげるね。今日は白と青で行こうって話してたから白と青がメインになるだろうけど」


「……うん。ありがとう……」


私は一本で良かったんだけど本当に沢山ペンライトをくれて笑顔で戸惑った。まだペンライトはにわかなんだけど使いこなせるかな私…………。

私は笑顔のままいろいろ不安を感じたがとりあえず半被を着た。青い半被は他にも着ている人がいて安堵するも着てしまった事実に一瞬無表情になる。私は自然に自分がどうにか小さく見えるように肩を内側に寄せて背が低く見えるように膝を軽く曲げた。

私は大丈夫平気。真っ青で素敵じゃんこの格好。これは奈々のためだし。私は何回か心で呟いていたらダサい半被を着た奈々が笑顔で話しかけてきた。


「あっちゃん半被ぴったりだね。良かった」


「あ、うん。ありがとね奈々」


「ううん。今日あっちゃん一緒に来てくれて本当にありがとね?嬉しい」


「うん。私も嬉しいし楽しみ」


奈々が嬉しそうで私は心の安定を取り戻した。

内心とんでもなく恥ずかしいから脱ぎ捨てて飛び出したい気分だけど奈々が嬉しそうだから平気。

恥ずかしくない。奈々も着てるんだから恥ずかしいとか思ったら奈々に失礼だよ。

私は自分が小さく見えるようにするのをやめて堂々と立った。


奈々のためにも何か思ってはダメよ私。

今はとにかく笑顔で楽しめばいいの。


私はそれから沢山貰ったペンライトを半被のポケットに突っ込んで奈々とライブを楽しむ事にした。

格好は置いといてライブはまぁ、普通に楽しかった。

私は沢山貰ったペンライトの使いどころが分からなくて奈々や回りを見ながらそれとなく使っていたがちゃんとお祝いもできたと思う。

るるさんがMCで誕生日について嬉しそうに話していたし私にしては上出来だ。


そうして自分の格好が気にならなくなってきた所で定番のチェキタイムがやって来た。私と奈々はもちろんるるさんの列に並んで順番を待つも奈々はすごく嬉しそうだった。


「まだかな。早くるると話したいのに」


「まぁまぁ、すぐ来るよ?」


「うん。今日のセトリ最高だったねあっちゃん?最後ヴィーナスのるるのセンター本当によかったぁ」


「奈々泣いてたもんね」


奈々はライブ中ずっと嬉しそうに奇声をあげていて私は本当に驚きまくっていたが最後の激し目ダンスのヴィーナスで急に無言で泣いていた。バラードとは程遠い歌でクラブで流れそうなやつなのに奈々はいきなり泣き出して私はなんかもうライブに集中できなかった。


え、どうした?と本気で驚いた私はとりあえず大丈夫?と声をかけるも奈々はうん。と言ったっきり何も言わずに泣いていて私はもうよく分からなくて怖かった。

感動?しているんだろうけど最前列で泣いているのは奈々だけで私はとりあえず肩を擦りながら慰めていたが私にはまだまだドルオタは未知の領域である。


普段は温厚でおとなしい方なんだけどたぶん好きが溢れちゃうんだろうね。本気の奈々を見ていると来るたびに勉強になるよ。


「なんかるるが頑張ってて輝いてるから感動しちゃって。今思い出してもなんか泣きそう」


そうして奈々はちょっと照れたように話すが泣かれると私はとっても困るから笑顔で言った。

あれ私以外の人も驚いて引いてたし泣いちゃダメ。


「もうすぐチェキだから泣かないでよ?」


「うん」


嬉しそうな奈々を見ているだけで和む私はそれから適当に奈々と話していたら奈々の番がやってきて奈々は嬉しそうにるるさんの元に向かった。

今日も奈々はとっても嬉しそうに感想を伝えていて私は相変わらずの二人を暖かい目で見ていた。

奈々も嬉しそうだしるるさんも嬉しそうだしいい日じゃねぇか今日は。

こんなダサい半被着ちゃったけどいい日だったよ。素敵な思い出。


私は笑顔で今日を振り返っていたら奈々の番が終わったのでそそくさとるるさんの元に向かって握手をした。


「あっちゃん今日も来てくれてありがとうございます。奈々ちゃんと一緒に法被着てくれて嬉しいです」


「あ、そんな全然です。お誕生日おめでとうございまするるさん。今日も素敵でした」


私は笑顔が眩しいるるさんに恐縮しながらお祝いを述べる。るるさんは私よりも若そうだけどいくつなんだろう。


「嬉しい~。本当にありがとうあっちゃん。あっちゃん生誕も来てくれるなんて思わなかった。また来てくださいね?」


「はい。もちろんです。その節はまた……あ、そうだ、不躾なんですけど質問してもいいですか?」


喜んでくれるるるさんに私はいつか聞いてみたいと思っていた事を思い出した。アイドルと話す機会なんて生きてて早々ないもの。私はるるさんにはいと頷かれてすぐに聞いていた。


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