第40話
そうしてようやく一線を越えられた私は奈々と恋人らしく過ごす事ができた。奈々はあの後少し照れていたけど次の日はいつも通り仲良くできていた気がする。
前よりも距離が近づいた私は心底安心して奈々を送り出した。
奈々はまた連絡するねと言ってカナダに行ってしまったが私はとりあえず時差について考えた。
奈々が言うには日本との時差が十六時間あるらしい。日本の方が時間が進んでいるから簡単に言うと日本が朝だとしたらカナダは昨日の夜だ。
だから連絡する時間に気を付けないと私はいいけど頑張って仕事をしている奈々からしたら迷惑になる。
私は奈々に連絡する時間を気を付けながら連絡していたが奈々は思ったよりも忙しいみたいで連絡がまちまちだった。
まぁ普通に海外に出張だしいろいろあるよねと思う私は気を使わせては悪いのでとても控え目に連絡をするようにした。
たぶん奈々は仕事柄忙しい方なんじゃないかと思う。聞いても分かんないから詳しく話してないけど残業もそれなりにやっていたし、今もあんまり連絡来ないし。
奈々って趣味は地下アイドルだけど凄いんだなぁと改めて感心していた私は寂しいとかはあまり感じずに日々を過ごしていた。
そうして二週間以上経って私は寂しさよりも心配をしていた。相変わらず連絡は途切れ途切れみたいな感じで奈々がずっと忙しそうだから私は大丈夫かなと思うばかりだったのだ。
奈々って何にも言わない方だから仕事の話しは一切してこないし疲れたとか忙しいとかも言わない。そんな奈々が言ってくる事といえば何を買ってどうだったとか私になんか聞いてきたりなんだけど連絡が途切れ過ぎてて体調が心配だった。
電話をして直接話したりしたいけど時差があるし忙しそうだし疲れてるだろうから言い出しにくい私はそわそわしていた。
文面だと明るいけど基本私より連絡してくる奈々が音信不通気味になってるんだよ?前も体調悪かったのに普通に会いに来たし無理してないよね?ていうか、私に連絡するのダルくないかな?厄介になってない私?
私はとんでもなく心配しながらそれとなく仕事はどう?とか体調は平気?とか言ってみたが無難に大丈夫とか普通だよと言われてますます心配していた。
信用がないとかじゃないんだけど奈々は言わない方だから私はまるで親のように心配していた。
「おい朝海!おまえなんなんだよ?!やる気なさすぎだろ!寝てんのか?!」
そうして心配に心配を重ねて叫びそうになっていたある日、バケツに飲みに誘われた私は怒鳴られていた。こいつはもうだいぶ酔っている。
「え、飲んでるじゃん。いきなり怒鳴るのやめてもらっていいですか本当に。こわーい。やだもう。誰こいつ連れてきたの?…私…」
「は?やる気のない飲み方してるくせに何言ってんだよ。そういう事は飲んでから言え」
「はいはい。飲んでやるよ」
久しぶりにセクブラに飲みに来た私は煽られたのでグラスの酒を飲み干してやった。飲んでるのに奈々の事を心配している私は気持ちをどうにか切り替えた。今日は久々にバケツと会ったし楽しまないとだよ。
「あぁー、うま。酒最高。染みたわ体に」
「やるじゃん朝海。てかさ、こないだのエルソのハイタッチまじやばかったわ。皆の輝きが素晴らしくて泣きながらハイタッチしちゃった私」
「え、怖。あっち引くだろそれ」
「うん。ちょっと引いてたけど手に触れられたのもあってずっと感動がやばくてその後も大泣きだった。久々にあんな泣いたわ」
バケツはさぞ嬉しそうに話しているが相変わらずだった。私は笑顔で言った。
「幸せそうで何よりだわ。安心した私」
「うん。あれがあってから幸せに過ごしてるよ私は。しかもさ、ハイタッチした時に私に凄い微笑んでくれてトキメキがやばかったの」
「うん。それは愛想笑いだよ。勘違いやめな?」
「勘違いさせて私に。生きてるのしんどいから勘違いして生きてたいの」
「うん。だったら許す」
バケツも踏んだり蹴ったりな生い立ちなので特になにも言わずに頷いた。人生と言うものは一生懸命生きてる人ほどいろいろ起きるもの。
それでも幸せならそれに越したものはない。
私は安心しながらこないだ行った花火の話をしようと思った。
「あ、そういえばさ、私こないだ花火…」
「アッチャーン!ヒサシブリー」
「おおっ!」
話そうとしてすぐに後ろから抱きつかれた私は野太い声を出してしまったが抱きついてきたのは前に一緒に奈々を慰めてくれたジュナちゃんだった。
「ジュナちゃん久しぶり~?!元気だった?」
「ゲンキダヨ。ダンナモゲンキ。アッチャンハ?」
「私はずっと元気だよ~。元気が取り柄。てゆうかジュナちゃん今日も可愛い~好き。今日友達と来てるから一緒に飲も?」
私はジュナちゃんの相変わらずの美貌にヘラヘラしながら隣の席に座らせるとバケツも交えて乾杯をした。
ジュナちゃんと会えるなんてラッキーだぜ。今日はとっても楽しい日になりそうだ。
ジュナちゃんとバケツは知り合いなのでバケツは私の隣で私同様に喜んでいた。
「えー、ジュナちゃん超可愛いくね?目の保養。足舐めたい」
「やめろおまえ。舐めたら煮込みうどんにすんぞ」
バケツの血迷った発言に私は即座に言った。
こんだけ美人だと分かる気もするけど絶対ダメ。冗談でも半分はダメ。
「ちょっとくらいいいじゃん。私はちゃんと金払うし許可もらうし」
「絶対ダメですー。私の大根足舐めな?それならタダでいいから」
「は?ふざけんな。足太いのうつんだろ。それでなくても太いのに」
「それな~。足を細くするのって永遠の課題だよな」
「なあ。分かるー」
暴言を吐いていた割に突然足の話しになりながら私達は酒を飲んだ。どうでもいい話で盛り上がってとても楽しかったがジュナちゃんが可愛い可愛い言いながら酒を注いでくれたので私は相当飲んでしまって途中の記憶が曖昧だった。
だけど、せっかく皆に会えたから記念に写真も撮ったし一応終電でどうにか帰れたので良しとする。
ずっと心配して日々を送っていた私にはそれはそれは楽しい一日になった。
いい気分転換ができたし、奈々と文面でしかやりとりできていない私はその日皆で撮った写真を奈々に送った。ジュナちゃんが奈々を心配してたよと書いて帰ってきたらいっぱい飲もうねと書く。
私は全力で変顔をしてるしバケツは大笑いだったからこれ見てちょっとは笑ってくれるのを願う。奈々は出張に行ってから寂しいとか不満を一言も漏らさないけど寂しがりだから何かしら思ってはいるだろうし。
そうやって写真を送ったのに奈々は前よりも音信不通になった。
「ねぇ、ひいちゃん……」
「ん?」
私は写真を送る前よりも心配だった。
今日も会社に早く向かって自分で作ったでっかいおにぎりを食いながらひいちゃんに言った。
「私、どうしよう……。電話とかしてもいいかな?もう、四日も音信不通なんだけど」
「んー、忙しそうだけどねぇ……。分かんないけど」
「ねぇ……。ちゃんとご飯食べてるかな?風邪とか引いてないよね?私よりすっごい小さいから心配なんだけど…」
「朝海ずっと親みたいな事言ってるもんね。そんなに気になるならもう電話したら?」
「やっぱするしかないよねぇ……」
時が過ぎるのは早くて奈々が帰ってくるまで一週間を切った今、私はようやく電話をする決心がついた。なんか文章も短くなってしまったし私がそれとなく話しかけても四日も連絡がない。たぶん忙しいんだろうけど体調とかが顔が見えない分心配でたまらないのだ。きっと電話をしても出なさそうだけどこのまま遠慮していると私が具合悪くなりそうだ。
「とりあえず今日してみるわ。昼休みならあっちは夜だから出てくれるかもだし」
「うん。忙しそうだから聞きたい事聞いてさっさと切りな」
「うん。どうせもうすぐ帰ってくるからね。よさげな酒も買ったし帰ってきたら祝い酒だし」
奈々をずっと心配していたが私は奈々のためにうまそうな酒を買い込んでいた。それと店で飲むとバカ高いシャンパンも買った。奈々の誕生日を後祝いと言う形でちょっとしたお祝いもしたいのだ。酒ならなんか貰うよりも気楽だから気を使わないだろうし。
私はよし!っと覚悟を決めておにぎりを食ってから仕事に取り組んだ。そうしてあっという間にやって来た昼休みに私は人気がなさそうな場所に移動してから奈々に電話をした。初めて心配だからって恋人に電話するなと緊張していたが奈々はやっぱり出なかった。
これにはちょっと気落ちしてしまう。しょうがないかと私は奈々にメッセージを送ろうとした。
まずは、まぁ謝って、それから体調はどうか聞きたいけど何回か聞いててウザいかもだから無難に仕事頑張ってにして送ってみた。
せっかく電話をしたのに離れているからか余計気を使ってしまうがもうすぐ会えるんだから会った時に聞いてもいい。私は落胆しながらも気持ちを切り替えて携帯をしまおうとしたら電話がかかってきた。
それは今しがたメッセージを送った奈々だった。
「もしもし?」
「あ、あっちゃん?ごめんね出れなくて」
「いや、いいよ。いきなり電話してごめんね」
「ううん。平気だよ。それよりどうかした?」
奈々の声音はいつもと変わらないから私は内心安心したが一応聞いておこうと思った。文面では気を使って本当に些細な事しか話せていないから。
「うん…ちょっと心配で電話した。奈々ちゃんと休んでる?具合悪くなったりとかしてない?」
「うん。大丈夫だよ。仕事もいつも通りだしちゃんと休んでご飯も食べてるよ」
「そっか。なら良かった。忙しいのは分かるけど休まないとダメだからね?」
「…うん」
「あと、離れてるから何にもしてあげられないけど具合悪かったりしたら言ってね?話は聞けるし、顔が見えないから私結構心配でさ…」
「…うん」
とりあえず無事はしっかり確認できたけど忙しい奈々の時間をこれ以上割いては悪い。私は他にも話したかったけどもう電話を切ろうとした。
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