第22話



「やっぱ熱いね。明日には下がるといいけど…」


冷却シートを貼っているが首にはうっすら汗をかいていて熱を感じる。私は滅多に体調が悪くなったりしないから本当に心配だった。


「大丈夫だよ。寝ればよくなるから」


「よくなんなかったら病院連れてくからね?」


「あっちゃん心配しすぎだよ」


いつもみたいに笑う奈々が余計心配になる。私は笑顔になんてなれなかった。


「心配するよ。奈々何にも言わないんだもん」


「それは、ごめん……」


「別にいいよ。好きだから許してあげるからもう寝な?」


「うん………おやすみあっちゃん」


「おやすみ」


奈々が寝るまでは心配だから起きてよう。目をつぶった奈々を見ながら私はしばらく起きていたら奈々は小さく呼び掛けてきた。


「あっちゃん?」


「ん?」


「まだ起きてる?」


「うん、起きてるよ。どうした?辛い?」


少しこちらに顔を向ける奈々は何だか寂しそうな顔をした。


「なんか、心細い…………」


「ん?じゃあ、抱き締めてあげる」


さっきまで私に気を使っていたのに急に子供みたいな事を言い出した奈々に笑いながら私は優しく抱き締めてあげた。やっぱり辛いんだなと思うと奈々が何だか可愛く見える。奈々はちょっと動揺していた。


「あっちゃん……!私汗かいてるから…それに、移ったら大変だし…」


「私は風邪引かないから平気。ただでかいだけじゃないから安心して。大丈夫」


「でも……」


まだなんか言いそうな奈々に私は反論できないような冗談を言ってみた。


「奈々あんまり言うと米俵みたいに肩に担いで走り回るよ?いいの?奈々担いだまま電車乗るよ私」


「や、やだ…………」


「じゃあ、このままね。抱き締めてるからもう寝な?」


「うん…………」


よく考えたら奈々を担ぐくらい容易だから冗談じゃないかも?って思うも静かになったからよしとする。奈々は少し黙ってから口を開いた。


「あっちゃん」


「ん~?なに?」


「安心した」


「そっ。よかった」


素直な感想を言ってすぐに奈々は眠ってしまったようだった。それに安心して私も眠りについたがしばらくして奈々の熱さに目が覚めた。

奈々はぐっしょりと汗をかいていてかなり寝苦しそうだったから私は起き上がるとタオルを借りて奈々の汗を拭いてあげた。

熱はまだあるみたいだけど大丈夫だろうか。

大人になってからの風邪は子供の風邪より質が悪いし、やっぱり明日は病院に連れて行こう。

私はしばらく様子を窺って眠りについた。


そして翌日、奈々はやはりまだ具合が悪そうだった。

熱は昨日より下がったけどまだ高いし節々が少し痛いみたいだから病院に連れて行って薬をもらうとご飯を食べさせる。それからしっかり寝かせたかったのに奈々は寝ようとしなかった。


「奈々、もう薬も飲んだんだから寝な?」


「まだ眠くないよ」


「でも、寝ないとよくならないよ?」


「横になってたら良くなるよ。昨日より楽だから」


笑う奈々は確かに昨日より良くなったけど心配そのもので納得できない。どう寝かせようかと考えていたら奈々は横になったまま嬉しそうに話しかけてきた。


「あっちゃん、次いつ空いてる?」


「今はそんな事より体調悪いんだから寝ないとでしょ?」


「でも、早く予定立てたいから」


「いつよくなるか分かんないんだから良くなってからね?」


昨日言っていたから急ぐ気持ちは分からなくないが今は奈々本人の方が大事だ。予定なんかいつでも立てられるのに奈々は残念そうな顔をした。


「うん。そうだね……。じゃあ、良くなったらすぐ連絡するね?」


「うん…………」


とりあえず返事はするが、奈々が残念そうに笑うから悪い気分がする。私間違ってないと思うんだけどなんか凄く辛い…。ていうか、せっかく奈々が嬉しそうに言ってくれたのに無下にしてない私?


私は胸に痛みを感じたのでどうにかいろいろ考えていたら奈々が口を開いた。


「あのさ、あっちゃん」


「ん?なに?」


何か言いたかったのに先を越されて内心焦る。

また気を使わせちゃったらどうしようと思ったけどそれは違った。


「風邪治ったらね、ダーツも行きたいけどまたお泊まりしたい」


「え、…あぁ、全然いいよ?お泊まりしよお泊まり!楽しみだね奈々」


「うん…。ありがとあっちゃん」


突然照れながら言われたから反応が遅れたけど私は言ってくれると思わなかったから嬉しくなる。よし!せっかく奈々が言ってくれたんだからいい酒用意しよう!そんでどうにか今までの分を取り戻す勢いでいちゃいちゃしたい!全然してこなかったからできないかもだけど頑張るぜ!




それから奈々は何日かしてすっかり体調が良くなったのですぐにお泊まりの日程を決めた。


しかし、ここで私は重要な事を思い出した。

気合いは十分だけれどもそのお泊まりが月末だったのだ。

つまりひいちゃんにくさやを焼かれる運命を分ける日だったのだ。



「ねぇ、キスできたの?」


「いやぁ……あの、まだ……かなぁ……?」


「は?」


そしてこれである。月末が近付いてきた朝、ひいちゃんに聞かれて苦笑いと言うかもう汗汗だった。

なんかスキンシップで浮かれて奈々と距離近付いたとかうきうきしてる場合じゃなかったのよ………。

もう二ヶ月経ちそうなのにキスもしてないとか事件だよ、事件。


「え、おまえやる気あんの?」


そしていつものようにサラダを真顔で食いながらひいちゃんに聞かれた。おまえとか怖い…………。私は恐怖を感じながら即答した。


「あ、ありますあります。一応月末お泊まりするからそこで頑張る予定です」


「ふーん。で、ちゃんと謝ったり話したりしたの?」


「あ、はい。それでまぁ、一応距離は前より近付いたかなぁと……」


「ふーん……」


急な間は私を不安にさせる。ふーんってなに?怖い……。私は何か言われる前にまず成果を述べた。


「でも、あれだよ?あの、手も握ったし、抱き締めたし………もっと一緒の時間作ろうって話したよ」


「今時付き合ってんのにキスもしないとかあり得ないだろ。高校生ならすぐヤってんぞ?」


直球な指摘に私は殴られた気分になりながらも次頑張るのを伝えた。ちゃんとやる気は伝えないと精神をぼこぼこにされる。


「そうだよね…。そうだけど距離も近付いた感じするから次のお泊まりでできたらするよ」


「できたらじゃなくてしろよ」


「あ、うん。はい。します。絶対する……」


あぁ、怖い怖い怖い。ひいちゃんは表情がなかった。いつもあんまりないけど私は苦笑いしながら下を向いた。

これに関しては私が最低なので頑張って結果を出すしかない。


「一ヶ月以上気使わせてたんだから朝海ちゃんとリードしなよ?ウザくない範囲で」


「うん。頑張ります」


「じゃあ、キスできたら…なんかお祝いしてあげる」


「え?…………え?ひいちゃんマジ?」


突然のアメに私は顔を上げた。いきなりなに?罠?逆に怖く思っていたらひいちゃんは私を真顔で見てくる。


「うん。思ったより頑張ってるみたいだから。でもキスできなかったらくさやだからね?」


「あ、うん。それは重々承知です」


「じゃあ、頑張ってね。応援してる」


「うん…………。ありがとう」


ひいちゃんに突然優しくされて私はちょっとまだ理解できなかった。え、なに?いっつも塩撒かれてるのにいきなり砂糖くれた?私はどよめきながら聞いてみた。


「なんかひいちゃん優しくない?」


「私いつも優しいけど?」


「え?」


「は?」


意見の食い違いに地雷臭がした。これは引き下がらないとぼこぼこの未来が見える。


「私は朝海が今までと違うからかなり応援してるだけだよ」


「え?」


風の早さで引き下がる前に光の早さでひいちゃんは予想外な事を言ってきた。


「朝海付き合ってすぐに疲れるとかめんどくさいとか言ってたのに今回は言わないからさ。いい人とうまく付き合っていけてるんだなって思って」


「…まぁ、そうだね?今までと全然違うかな?リップサービスって感じもなければ私の事もよく分かってくれてる上で私の事好きでいてくれてるんだなって伝わるし。ていうか、よく考えるとこんな健全な気持ちだけの付き合いなかったかも?」


私はよくよく考えてみてみるとひいちゃんに言われた通りだった。ヤりたいヤりたいの人と自分自分みたいなの多かったから本当に疲れてたが、奈々はすごい気遣ってくれるし好きでいてくれるのが伝わるから付き合いに価値を感じる。それにずっと大切にしてくれそうだし好きでいてくれそうな予感がするもの。遠距離でもないのに二ヶ月近くキスもしないで付き合ってくれてるんだからね。これは好意しかないでしょ。ひいちゃんは鼻で笑った。


「でしょうね。そんなに何もできなかったら男だったら言われてるよ。でも、それでも好きとか言ってくれたら凄い嬉しいね?遠距離だったらあるかもしんないけどなにもしないでも愛し合える関係羨ましいわ。最初から私はそれがいい」


「そんなん中々変わり種引かないと無理だよひいちゃん」


「分かってるから言わないで。無理だから頑張ってるでしょ。あー……ていうか、私彼氏と同棲する事になった」


「え~?波乱の予感。同棲とかよくやるね?あんなに嫌がってたのに立派です」


いつもみたいに言うひいちゃんは盛大に息をついた。

ひいちゃんは昔同棲をしていた時があったし私も半同棲をしていた時があったが私達は同棲は向いていない。


「うん………。やりたくなかったけどいろいろあってやる事になった。もう私いつ別れるか分からないわ。家に誰かいるのすごいやだ…」


「他人だもんねぇ。家族でも大人になると合わないし」


「それね。ずっと実家にいる人ってある意味すごいよね。はぁ~、やだなぁ……。家帰っても気使って疲れるって私の憩いの場所はどこに……」


「じゃ、ここは私が同棲祝いしてあげるよひいちゃん!」


私は胸を張って言った。ひいちゃんは彼氏が好きだから目を瞑ったのだろうが何だかんだ前も頑張ってたから今回も頑張るのは目に見える。

ひいちゃんはにっこり笑った。


「やった。じゃあ、ロゼ飲みたい。二本」


「二本?!…後輩にたかるとは…頑張って奢ります」


「うん。あと肉食べたい」


「え、欲張り。よし、分かった全部奢ってあげる」


私は今からお金の心配をしていた。


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