第18話



「なにも……」


「なにもってなに?」


「え、だから、キス以前に抱き着いたりとか、手繋いだりとかからできてない…………」


「は?」


ひいちゃんは案の定キレていると言うかあり得ないみたいな顔をしてきた。まぁ、そうなるよね?スキンシップさえもできてないとか付き合った意味ある?って話だし、絶対奈々は気にしてるじゃん……。私はひいちゃんを見てると死にそうなのでなるべく見えないように目を細めて謝った。


「すいません……」


「すいませんじゃねぇよ。ままごとかよ」


「はい………」


自分が悪いからなにも言えなくて辛い。ひいちゃんは常に弱い女の味方である。私はサラダを食いながら抑揚のない声で言われて震えそうだった。怖い………。それからひいちゃんはため息を着いた。そして脅された。


「朝海、今月までにキスまで進めろ?進まなかったら朝海の家に七輪持ってってくさや焼くから」


「え?普通にやなんだけど。なんでくさや?隣人から苦情来そう」


どういう脅し?と思っていてもひいちゃんは無視してきた。顔がマジである。


「いいから早くやれ。てか、その前にちゃんと話すか謝れ。奈々ちゃん絶対気にしてるから」


「うん。分かった」


「あと、ちゃんと空気読む」


「がってん!」


とにかくしっかり返事をしておく。だって奈々が気にしてないはずないもん。奈々はいつも笑顔だけど私が今やるべきなのは恋人らしい事をすること。我慢させたり辛い思いをさせてはならんこと。相手は一般的な女なんだよ?男よりもいろいろ些細な事でも思うに決まってんじゃん。順調じゃん私!って思ってた自分が恥ずかしい……。味噌糞になりたい。




「奈々ちゃん可哀想」


気合いを入れてへこんでいる私にひいちゃんは引いた目を向けてきて胸に刺さった。


「きっと朝海の事悩んでるし相談してるよ」


「……うん、ごめん。でも、今日から頑張るから!今日家に来るし、今日とりあえずスキンシップから頑張るし!」


「じゃあ、今日泊めたら?今日泊めてスキンシップだけじゃなくてやるとこまでやれよ。もうそういうのは恋愛するならやらなきゃならない宿命なのに気使わせ過ぎだし悩ませ過ぎだしマジあり得ないんだけど」


「うん、すいません。…………でも、できるかな?私彼氏とキスしたいとかヤりたいとか思った事ないからどうしたらいいか分かんないんだけど…」


私はスキンシップをするのもめんどくさくてそもそも触りたいとか思ってなかったから合わせはするが自分からやっていなかった。てか、やらないならやらない方が私は良かった。精神疲労的に。そのせいで今は勝手が違い過ぎて困惑する。どうやってスキンシップってするの?勝手に私みたいなでかい女にベタベタされたらうざくないかな?

ひいちゃんは一瞬無言になった。


「…………それは私も分かるけど朝海はやんないとダメ。私だって今結婚はしたいけど一緒には暮らしたくないって言って泣かせて協議中なんだから頑張れ」


「え、ひいちゃんやっぱ泣かせたんだ?まぁ、泣く気持ちも分かるけど協議とか大変だね~。じゃあ、私も頑張る。今月までにどうにかキスまで行く」


「うん。一緒に頑張ろう。これも幸せのため」


「うん!」


なにわともあれ幸せのためなら努力はする。ていうか奈々に嫌な思いとかさせちゃダメだし幸せにしないとだし。私はその日の仕事を気合いを入れて頑張った。

花金の今日は奈々と家で宅飲みだ。奈々と付き合ってからよくするが今日はひいちゃんに言われた通り泊まれるかも聞いてみよう。スキンシップできる時間は欲しいもん。



いつも全くやる気のない仕事を熱心に終わらせて私は急いで帰宅する。そして奈々のためにご飯を用意していると奈々がやって来た。


「あっちゃんお邪魔します。お酒適当に買ってきたよ」


「奈々いらっしゃい。サンキュー。あ、奈々髪染めた?良い感じじゃん。可愛い」


コンビニの袋を受け取りながら私は奈々の以前より明るくなった髪に気づいた。前はもっと暗かったけど明るい茶色の髪は似合っていて素敵。てか、奈々はいつも可愛い。奈々は嬉しそうに笑った。


「本当?よかった」


「うん。明るいのも似合うよ。あ、今日パスタでもいい?ミートソースなんだけど」


「うん!いつも作ってくれてありがとうあっちゃん」


「全然。じゃあ、座って先飲んでて?すぐできるから」


私の家で宅飲みの時は買ったものだと健康に悪いから私はよく作っている。基本自炊の私は外食は好きだけど家にいる時は相当疲れない限り自炊。

私は奈々を居間に座らせてご飯の準備をした。もう作ってあるから暖めて適当に作ったサラダとかつまみを用意するだけだが。

それより奈々と今日は手繋いだりバグしたりしないと。絶対今日でスキンシップはする。奈々はこの一ヶ月間なにも言わず笑顔で何ら変わりないけど内心違うと思うし。


私はご飯を用意すると居間に向かって奈々と一緒にご飯を食べた。いつもみたいに隣にいる奈々はありがとうと言って美味しそうにご飯を食べてくれて少しほっとした。

出だしは大丈夫。全く問題ない。この調子ならスキンシップくらい難なく行ける。今日やらないでいつやる私。



そんな思いを持っていたのに私はそれから少しして何にもできずに事の大きさに改めて気づいて死にそうだった。

でも、流れはいつも通りだった。今日どうだった~とか、あれしたこれしたとか無難な話をしてご飯食べてからお酒飲んで適当にテレビ見ながら笑う。

奈々はその間笑顔だし本当にいつもの光景だ。


しかし、いつもの光景に飲んでも飲んでも目が冴えてくるのだ。

だって付き合う前と一緒なんだもん。この間隣にいるくせにスキンシップはゼロ。絶妙な隙間が私達の間に大きな距離としてあってキスとか絶望的な感じだ。しかもそんな雰囲気にもならないし完全にこれは友達だった………。私は自分の愚かさに奈々と笑って話ながら引いていた。本当にあり得ないんだけど……。奈々はあんな本気そうだったのに私なにしてんの?



本気で付き合いたいって思ってる人がこのままでいいと思いますか?思いませんよね?しかも私だって本気で付き合っていこうと思ってたのに勝手に仲良しで順調とか素敵な勘違い起こして、女心が読めないからって会話とかに集中し過ぎて大事な事忘れるとか切腹したい今すぐに。短刀をくださいどなたか……。


「あっちゃん今日なんか疲れてる?」


奈々と話せば話すだけ後悔やら反省やらが止まらなくなっていた私に奈々は心配そうに言った。まずいまた墓穴を掘ってしまう。私は笑顔ではっきり言った。


「え?全然。今日奈々に会えるの楽しみにしてたし」


「あ、そっか…。なんか、ちょっと疲れてるかなって思ったから安心した」


「ありがと奈々。私より奈々は大丈夫?疲れてたら私の誘いとか断ってもいいからね?」


これは私が誘わないとだよね!と言う精神の元私は毎回奈々を誘っては飲みに行ったり宅飲みしたりしている。奈々は粗大ゴミと化した元カノのせいで言いにくいだろうから毎回誘うようにしているが今のところ断られていなくてちょっと不安だった。

私は奈々と会うのは疲れないがほぼ毎週会ったりするのは昔疲れていて億劫だったので重要な事だ。

ここの距離感は人によって違う。


「私はいつも会いたいなって思ってるから大丈夫だよ?今日もすごく会いたくて楽しみにしてたから」


「あ、そっか…………。よかった~、安心した……」


嬉しそうに言う奈々にまたショックを受ける。

私もっと誘ってあげた方が良かったのでは?これは予定合ったら会いたい感じだよね?そういう風に言ってこないけど私が友達感出してるから言えないんじゃないの?…本当にまずいよ私。でも、これは今後の課題にして今の目標を達成しないと。


「あのさ、奈々?」


「ん?なに?」


「今日良かったら泊まってかない?奈々ともっといたいなって思って。明日予定ある?」


まずは時間の確保だ。時間を確保してスキンシップをどうにか取りたい。友達を抜け出さないとダメだもん。こんなんじゃ恋人なんて言えないよ?奈々は困ったように言った。


「え?………嬉しいけど、明日はちょっと、予定あって…………」


「あぁ、そっか。じゃあ、しょうがないね。また今度誘うわ」


「……うん。ごめんね……」


「全然いいよ。大丈夫」


残念な返事に私は笑いながら絶望した。

これじゃ全く時間がないよぉぉ…!終電まであと二時間くらいだよ?しかも予定あるみたいだから終電より前に返してあげないとだし、あと二時間弱でスキンシップできるの私?!


「……奈々はもう夏休み決まった?」


私は内心の焦りを落ち着けながらとりあえず話を振った。落ち着いて私。焦ってもろくな事はない。泊まれないのは残念だけど次にまた時間を作ればいいの。


「うん。八月の最初の祝日から」


「そっか。どっか行くの?」


「ううん。全然まだ何も決めてないんだ。あっちゃんはどっか行くの?」


「いや、私も決まってない。でも、どっか行こうかなって感じ。私一応車あるから乗んないと勿体ないかなって」


「そっか。それはそうだね」


「うん………」


自分で話を振ったくせに普通な会話にどうしたものか頭を抱えそう。こんな普通の話してる時に突然手繋いだりとか相手からしたらえ、何?ってなるよね。実際私はそうだったし、ウザって思われそうで私には無理。あぁ、スキンシップっていつやればいいの?ていうか、どんな話したら良いの?話の内容さえも考えてしまって私は苦しかった。昔を思い出したいけどめんどくさいが勝ってて思い出せない…。

その後も私は考え過ぎてて会話が頭に入ってこない状況にスキンシップどころではなかった。

もうダメだ。上手くそんな流れ作れない。


私は諦めていた。変に流れ作られてもあぁ、こいつヤりてぇのかだる。疲れてんのにベタベタすんなよってなっていた私には流れ等無理だった。

こうなったらもうはっきり言おう。時間が迫る中私はうじうじしててもしょうがないので腹を括った。

今日ちょっと汗かいたから嫌がられたら申し訳ないがやんないとこのままじゃダメ。奈々はテレビを見ながら笑って話しかけてきた。


「ふふふ。この俳優さん面白いよね?前になんか刑事物でドラマ出てた時も面白かったけど…」


「奈々?いきなりで悪いんだけどお願いあるんだけどいい?」


「え?……うん。いいけど……どうしたの?」


私は突然奈々に身体を向けて真剣に言った。奈々は驚いているがもう時間ないし私は言わないとできないの。不用意に触れるの恐れ多くて怖いの。

奈々にキモイって思われそうだが私ははっきり言った。


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