第19話
「突然こんな事言って申し訳ないんだけど抱き締めても良い?」
「……え?」
奈々はとても驚いていた。それはそうだよ。だって今までテレビ見て笑ってたんだよ?脈絡無さすぎて引くよもはや。私はそれでも空気がおかしいのを無視して付け足した。ちょっと恥ずかしいしおかしいのは分かってるけど私には今しかないの。
「いきなり何言ってんのって感じだと思うけど抱き締めたくなったから言ったんだけどやだったら全然いいから。今日ちょっと汗かいちゃったから臭いかもだし変な事言い出してごめんね?」
これで行けなかったら誰かに助言してもらってリベンジしかない。私の最後の醜い足掻きに奈々はちょっと困っていた。
「いや、それは、………別にいいけど…。……どうぞ?」
「え?いいの?」
こちらに身体を向けてくれた奈々は若干照れていたが私の突然の意味不明な申し出を受け入れてくれた。
「…え、うん……。嫌じゃないもん……」
「じゃあ、失礼します」
「うん……」
許可をもらって真正面から見据えると緊張する。私より小さい奈々には痛いとか苦しいとか思わせないように丁重に扱わないと。私は緊張しながら奈々を恐る恐る抱き締めた。身体の作りが同じ女と思えない奈々は小さくて怖いがとりあえずスキンシップできて良かったぁぁ…。ギリギリだったから本当に嬉しい。奈々を抱き締めてほっとしていたら奈々は控え目に私を抱き締め返してくれた。細い腕が首に回ってきて緊張するが嫌がられてないのに嬉しくなる。拒否られなくてよかった本当に。
「奈々ありがとう。嬉しい」
「………私も、嬉しいよ……」
「そっか。奈々ちゃんとご飯食べてる?細くない?」
「私は、別に細くないよ…」
「え、細いよ~。ちゃんとご飯食べないとダメだからね?」
「うん……」
奈々は細いと言うか全てが小さくて羨ましいが小さ過ぎるので少し心配だ。私がぶつかったら吹っ飛びそうだし、私なんでこんなでかいの……。身長差がある男性と女性の図だよ私達……。
しばらく抱き締めて私は終電を思い出した。奈々は予定があるんだから早く返してあげないと。今日はここまで進めたんだからいいのよ朝海。
「奈々そろそろ帰る?明日予定あるんでしょ?」
身体を少し離して時計を見る。まだ時間には余裕があるが夜道は危ないから駅まで送っていこう。
「それなんだけど……やっぱり泊まっていってもいい……?」
「え?いいけど予定平気なの?」
ちょっと照れてる奈々は小さく頷く。
「うん。ちょっと、朝早く出るけど……いい?」
「うん。いいよ。じゃあ、そろそろ風呂入ろっか」
一緒にいる時間は増えたが予定はあるから早く寝よう。どうせだから風呂沸かすかと立ち上がろうとしたら奈々は私を止めるように抱き着いてきた。え、なに怖い、と驚いていたら奈々は小さく呟いた。
「ごめん。もうちょっと、こうしてたい……」
「あ、うん。いいよ。じゃあ、もうちょっとくっついてよっか」
「うん……。…ありがと」
直ぐ様察した私はそっと抱き締めた。読めたぞ女心。今は抱き着きたい時だよ私。私は読めたのもスキンシップも嬉しくて笑いながら抱き締めていた。
だいぶ私キモかったけど抱き締められて良かった。まだキスとかできてないけど今はこれで良し。
その後しばらく抱き合ってから風呂に入って一緒のベッドに入る。ねみぃなぁと思っていた私は奈々とベッドに横になってからまた天啓のような衝撃が走ってはっとした。
……待って、私はあれからお泊まりしてなくない?!しかも、付き合ってんのに好きとか言い合ってなくない?!
またしても遅い気づきに一瞬時が止まった気がした。
「あっちゃん明日八時半に起きて九時には出てもいい?」
そして隣でこちらに身体を向けて話しかけてくる奈々に内心動揺する。奈々こんな何もしてあげない私に何も言わないとかキレてもいいくらいなのにいつも笑顔で申し訳ないんだけど…。私はなんてくそなの……。
「…あ、うん。平気。駅まで車で送ってくよ」
「いやいいよ。悪いから。駅まで近いし歩いてくよ」
「いいから送ってあげるから乗ってきな?明日は熱いみたいだし」
「じゃあ、乗ってく。ありがとう、あっちゃん」
「全然」
ありがとうは私の台詞だよ奈々。私は笑いながら新事実に焦りしか感じていなかった。一ヶ月も本当になにもしてなかったのがあり得ないよね?普通好きくらい言うだろ。奈々はたぶん私の様子を見て合わせてるだろうし、本当に気を使わせて我慢させてるのが理解できて辛かった。この子は気も使うし元カノの件もあって言えないのもあるのに笑顔で隠していたのだろう。
最初からこうさせるって信じらんない私。我慢はよくないとか言っといて我慢させまくってんだけど。
「なんか、あっちゃんとお泊まり久しぶりだね?」
「うん。そうだね」
「誘ってくれてありがとねあっちゃん」
「全然……」
そして嬉しそうな奈々に罪悪感が沸く。
電気は消しているが目が慣れてきた私は奈々に身体を向ける。そして奈々を見つめた。もうちゃんと言って行動しないとダメ。
「奈々?」
「ん?」
「くっついてもいい?」
「……うん…いいけど……」
「ありがと」
驚いているが許可をもらったので腰に腕を回して身を寄せる。雰囲気はあるけど何かするなら許可を取る。これは女性と仕事で共通だ。こっちがこう思ってるから相手も同じとは限らない。自分が全く違う思いをしていたし、これは大前提に考えないと深刻な事態を招きかねない。女は笑いながら巧みに全く違う事を思っているものです。
「…………」
「…………」
しかし、とりあえずくっつけたのにお互いに無言になってしまう。私は何から言えばいいのやら……。まず謝らないとだけど奈々に好きとも伝えないとだし、これからちゃんとこういう事もしないとだし、奈々がどう思ってるかとか聞いたり汲み取らないとだし……考えると出るわ出るわやるべき事。全部優先順位が高くて目眩がしそう。でも、この中からだと今まで言っていない事があるからそれからだ。私ははっきり言った。
「奈々好きだよ」
「え?……いきなり、どうしたの?あっちゃん」
「言いたくなったから。付き合ってるのに全然言えてなかったし。ごめんね奈々」
これ以上にいろいろまだまだ謝らないといけないが今の気持ちを伝える。最初から奈々に対していいと思っていたのに言わないなんて本気な奈々に失礼だよ。
だけど奈々は嬉しそうに笑って言った。
「ううん。全然いいよ?………私、あっちゃんと付き合えてるだけで嬉しいから」
喜びの低さに粗大ゴミからの傷を感じる。
この子相当我慢を覚えてるよね。この定着している考え方はダメだ。
「ダメだよ。全然ダメ。私本当にダメだもん。頭悪過ぎて奈々の気持ち考えられてなかったし。好きでいてくれるのに失礼な事しててごめんね?もうこれからそういうの無くしてくから」
「…だから、さっき抱き締めてくれたの?」
「うん。付き合ってんのにああいう事もしないとかあり得ないでしょ?それに私は奈々の気持ちにちゃんと応えていきたいし」
今までめんどくさいと思うばかりで最後には気を使うのに疲れて別れていたが奈々は全く違う。
今までと真逆だ。こんなに恋愛で考えたり頑張ろうとかめんどくさいからが絡まない理由で気を使わないとみたいになったのは奈々だけ。
たぶん奈々が最初から本気そうで未来を感じるからだと思う。最初からヤりたいだけなのを感じないし。
よくよく考えると私は奈々みたいな人を求めていた。
だって、一ヶ月も何もないのに文句も言わずに笑ってんのって相当好きだからだよね?この子空気読んで付き合ってるからで済ませてたんだよね?いい人なのに自分のくそさに絶望する。空気読めよ自分………。
「……ありがとう。そんなに考えてくれてると思わなかった」
それなのに奈々は嬉しそうに呟いた。それは私の台詞だった。
「考えるよ。奈々が考えてくれてるのに考えないはずないじゃん。申し訳ないよ」
「でも、私今までちゃんと考えてくれる人とかいなかったから。なんか、嬉しくて泣きそう……」
「え?泣かないでよ。奈々に泣かれると私困るからやめて?」
「うん。分かった……」
奈々は嬉しそうに笑ったからほっとしたがもっと言っといた方がいいよね?全く言ってないし今がチャンスだしなにもしてない一ヶ月を取り戻さないと。
「あのさ奈々?私奈々の事本当に大好きだからね?奈々と意味のある時間作っていきたいし、ちゃんと付き合っていこうと思ってるからね」
「う、うん……」
「あと私バカで察しも悪いからなんか嫌な事とかあったら言ってね?奈々の事好きだからなんでも頑張るし、女の子と付き合った事ないからあり得ないみたいなのもあるだろうし」
「うん……」
「あとは……えっと……」
「あっちゃんもう分かったから大丈夫だよ」
考えて出てき過ぎていたら奈々に先に言われてしまった。逆に察してもらってしまったのに情けなく思う。
ごめんと謝ろうとしたら奈々が口を開いた。
「私、あっちゃんが考えてくれてるの充分分かったし、あっちゃんはちゃんとした人なの知ってるから大丈夫だよ。それに、あんまり真剣に言われると照れるから……。嬉しいけど……」
「あ、……あ、うん。分かった。ごめん……」
空白の一ヶ月を作った私は罪深いのに照れられて困惑した。奈々の優しさに恐れ多いが私は照れられるとどうしたらいいか分からないの。でも、チャンスには変わりなかった。これは今だよ触れ合いタイム!でもでも、どうする?撫でたり抱き着いたりする?それともふっ、可愛いな?ってドヤってキスまで行く?どっちもちょっと私にはハードルが高いぃぃぃ。特に後者は当たりの低い博打………。
「…………」
「…………」
新たな沈黙に私はとにかく考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます