恵の穴

 私たちは、この空の下…恵の穴と呼ばれる場所に住んでいました。私たちはあなた方が知っているかわかりかねますけれど、この国を支える分厚い雲の下—あなた方はチジョウと呼び、私たちは灰の茫漠ぼうばくと呼ぶ場所です―で、幾年月も暮らしてきました。私、カシナは今横に居る、友達のラリプレタックとトレジャーハントをしながら生活していました。

 私たちの住む灰の茫漠ぼうばくは、知られている場所の殆どには、真っ白な灰が降り積もっただけの土地が広がっています。そこは生物と呼べるようなものはおよそ住んでいませんし、また私たちのような人間も、そこに住むことはできません。毒の気に満ちているからです。そんな死の国でも、唯一オアシスのような場所が存在していました。それがと呼ばれる場所です。そこは不思議なことに、何年かに一度、と呼ばれるたくさんのが降ってきました。深い、深い、大きな穴の中には、たくさん、たくさんの宝物が眠っていました。灰の茫漠の人々は穴の中に入っては、未知なる器物を持ち帰り、死の静寂に包まれた大地で生きる糧としていました。入れたものをなんでも栄養のあるジュースに変える機械、灰や塵屑ごみくずから金属を作り出す薬品、生物と生物を掛け合わせて新たな生物を作り出す機械、なんでも溶かす酸、その酸にも耐える防護服、エネルギーの要らない照明、死んだ人間の蘇生薬、永遠になくならないクッキー…どんな欲望も叶える何かしらの器物が眠っている穴でした。

 穴の中にはたくさんの怪物たちが居て、一筋縄では探索はできませんでした。多くの人々が穴の中に入り、帰ってきませんでした。しかし、時々帰ってくるトレジャーハンターたちが持ち帰る品々は、確実にこの死の国の人々の生活を支えていました。

その内、恵の穴の周辺を取り囲むように街が出来ていきました。灰の茫漠で散り散りになっていた人々は、ほとんどが街に集まってきて、やがてその場所は灰のクニと呼ばれる場所となったのです。その日―私たちが決意の日と呼ぶ―も、私たちはいつものように穴の中に潜り込んでいました。


*** ***


「カシナー!ねえねえ!ここに変な機械あるよー!」


 ラリプレタックが私を呼ぶ。ラリプレタックが教えてくれた場所には大きなたくさんの歯車がついた機械があった。どうやら何か入れると性能が良くなる機械みたいだ。


「じゃあ、ラリプレタックこの機械に入ってみて。もしかしたら新しく腕が生えてくるかも。そうしたら、ハントもとっても楽になるに違いないもの!」


「カシナ…私が不死身だからって、私で性能を試そうと思ってるでしょ。」


「えへへ…バレた?」


「もう…バレるわよ…いくら不死身だって痛みは感じるのよ。絶対イヤだからね!」


 いつもようにジャレ合いながら、サイズと重量を測って消えないインク(お気に入りの黄色い色!)でマーキングし、発信器を取り付ける。無線を取り出して、街で待機している回収班へ合図する。


「ぴーるるる…ガガッ なんダ!!忙しいんで短めに頼ム!!」


「はいは~い。カシナですよ~。ハントした獲物の情報送ったんで、よろしく~!」


「ガガガッ わかっタ!すぐに回収班を送る!いつも通り解析班で解析した後、報酬を振り込むゾ!じゃあナ!!…おっと言い忘れるところだっタ!!強力な怪物の反応が出たからサッサと戻るんだゾ!!死にたくなかったらナ!!」


「了解~~。戻りまーす。」


 適当に返事をして、通信を終了する。穴の中は怪物だらけだ。私とラリプレタックは蠢く肉塊や、大型昆虫たちを潰しながら回収口まで向かっていく。大概はそんな弱小怪物たちだけれど、穴にある器物の影響なのか、時々並のハンターでは敵わないような強力な怪物が出現する。いつだったか現れた奴は意志を持った重力球だったか…ラリプレタックが潰れながら潰したけど。


「あの時は後々治すのが大変だったんだからね!」


ラリプレタックが私の心を読んで答えた。


*** ***


 回収口が見えてきたと思ったその時、穴の上まで戻るための回収ロープの向こう側で、何か異形のモノが蠢いたのが見えた。…怪物だ。肌色のぶよぶよした皮膚がぶよぶよっと蠢いている。体がやたらと長くて…とぐろを巻いているみたいだ。その腹…(腹なのかしら、あの部分)には無数の人間の顔が浮き出ている。一つ一つの顔が、それぞれおぉぉ…とか、うぅぅ…とか、言葉にもならないような呻き声を洩らしている。


「ね…ラリプレタック、どうする?あれ…結構ヤバいんじゃない?」


私は横に居るラリプレタックに相談した。


「うん…そうね、あれはさすがに私でも胃もたれしそうだし…前みたいに食べて解決!みたいなのはナシにしてよね。」


「わかったわかった。じゃあ今日は磨り潰しかな…」


 私は取り出したシールに大きく【す り つ ぶ し】と書いた。このシールを貼ると、その内容で生物は死ぬ。この前はとっさに【食べられる】と書いたらラリプレタックが怪物をモグモグしてしまったという恐ろしいシールだ。使い方には気を付けないといけない。怪物にそっと近づいて、気付かれないようにシールを貼る。鈍感な奴だったのか、とても簡単だった。尾っぽ(尾っぽなのかしら、アレは)の方から徐々にゴリゴリッという音が鳴り始まる。始まったみたいだ。腹の顔のうめき声が大きくなって、その内うめき声の方も一つ一つ潰れていく。体の半分も潰れたくらいでようやく怪物本体の方も気付いたみたいだ。もう時すでに遅しだけど。怪物は状況が今一つ理解できなかったようだけど、自分の死は悟ったらしい。必死に抵抗をつづけながら少しずつ潰れていく。最後に頭が潰れていくその時に、怪物が口を開いた。


「オ…人間だっ…空のから…落…死…ぶじゅ」


私はラリプレタックと見つめ合った。彼女も私と同じことを考えているようだ。彼は、元人間だと言った。空の上…から落ちたとも。


「真実とは限らないわよ。」


ラリプレタックはまた私の心を読んで答える。


「けど、雲の上を確かめた人もいないわ。」


 私は好奇心いっぱいに、そう答える。空の上…あまりにも分厚すぎる雲が、全てを覆う灰のクニ。年中白い灰が降り注ぐ死の国。分厚すぎる雲はレーダーも通らないし、上に何があるのか誰も知らなかった。強力な放電が全ての器物を無効化してしまい、雲の先を超えたモノはいないとされている。いつの間にか、国の中では雲の上には天上人が住んでいて、私たちに恵の品を分け与えているなどという伝説が語り継がれている。


「ねえ」


「行ってみたいなんて正気の沙汰じゃないわ。」


回収ロープに引き上げられながら、ラリプレタックはまた私の心の中を読んで答えた。

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