第2話 月影の森へ

 アルドがバルオキーに戻ると、ダルニスとノマルが待っていた。

「どうだ、何か動きがあるのか」

「ああ、まずは作戦をたてるそうだ。それよりもダルニス、腕の怪我は大丈夫なのか」

「ああ、ほんのかすり傷だ。心配ない」

「ノマルも大丈夫か」

「はい、僕は怪我もありません」

 アルドはそうか、と言って少し安堵の表情を見せた。


「アルド。恐らくミグランス軍は作戦をたてて態勢を整えたら、あの魔物達の討伐に動くだろう。俺も参加したいと考えているのだが、アルドはどう思う?」

 ダルニスはいつにも増して真剣なまなざしで聞いてきた。

「そうだな。気持ちは分かるけど、今回の敵はかなり危険だと思う。出来ればダルニスとノマルには村の警備にあたっていて欲しい」

 そう言うとアルドはノマルにも視線を向けた。

 ノマルは困惑の表情で見つめ返してきたが、なにか意を決した目つきで「僕も参加したいです。自分たちの村は自分たちで守りたいんです」と言った。

 気持ちは痛いほど分かる。だが、森で見た大型の魔物は狡猾なだけでなく、もっと何か危険な力を持っているような気がするのだ。旅を続けて幾度も強敵と対峙してきたアルドの、本能的な嗅覚のようなものが警鐘を鳴らしている。やつは危険だと。

「アルド、お前はどうするつもりなんだ。まさか自分だけ参加する気ではないだろうな」

 長年の付き合いだ。ダルニスには心を読まれているような気がした。

「抜け駆けはだめだぞ。お前が行くのなら俺も行く」

 ダルニスの真っ直ぐな視線が痛かった。

「僕も行きます」

 ノマルも譲らない。

「ダルニス、ノマル…。分かった、行くときは一緒だ」

 そう言ってアルドは苦笑した。

 ダルニスとノマルは顔を見合わせて笑った。


 翌日、早速部隊を率いてソイラがバルオキーにやってきた。

「アルドさん、準備が整いましたので、これから月影の森に向かいますよ」

 相変わらずのんびりとした口調でソイラが言った。

「ソイラ、実は俺達も一緒に行きたいんだけど…」

 アルドが切り出すと、「ええ、ええ。そう言うと思ってましたので。どうせ無駄だと思っていますので、別に止めたりはしませんよ」と返されてしまった。

(ソイラには適わないな…)

 アルドは苦笑しながら礼を言った。


 一行は再び月影の森へと歩を進めた。道中、作戦を聞きながら自分たちの役割を頭に叩き込んだ。


 森は昨日と変わらず静かだった。周囲に気を配りながらゆっくりと進んでいく。昨日戦闘になった場所よりも少し手前に陣取ってから、軽装の部隊が二手に分かれて茂みの中へと入っていく。そのあとから弓と槍を持った兵士が続いていく。まずは見張りや斥候の有無を確認し、見つけ次第叩く。ソイラ達は林道の端に二手に、さらに手前にも部隊を分けて待機する。追手がくればここで囲んで掃討する作戦だ。

 暫くして軽装部隊が戻ってきた。特に異常はなく、安全に進めるとの報告だった。

 昨日の今日で敵も警戒していると思ったので意外な気分だった。逆にソイラは警戒心を募らせた。

 

 再び森の奥へ進軍する。昨日、魔物達が集まっていた場所の手前まできた。今日は開けた場所には気配を感じなかった。怪しい。ソイラはさらなる作戦の実行に出た。再度囲める体制で待機をし、広場を見渡せる位地の木陰に弓隊を配置し、軽装部隊に槍と盾を持たせて広場へ侵入させた。軽装部隊は槍で足元に異常がないか丁寧に確認しながら、ゆっくりと広場の中央に進んでいく。落とし穴はないようだ。

 その時、キエエッという奇声が聞こえたと同時に、ゴブリン達が一斉に木陰から飛び出してきた。広場中央よりも奥側からだ。やはり警戒して、待ち構えていたのだ。ゴブリンは手に持った石を投げつけながら走り寄ってきた。軽装部隊は盾で防ぎながら、こちらへ駆け戻ってくる。ゴブリンの群れが追いかけてくる。想定通りの展開になった。ソイラがそう思った次の瞬間、また奇声が聞こえてきた。すると突如ゴブリン達が追うのをやめて引き返していったのだ。

 まさか。ソイラは小さく唇を噛んだ。敵の姿が見えなくなった広場を見つめながら、ソイラは次の一手を迫られていた。


 広場手前の木陰に弓隊を置いたまま、一度兵士たちを集めて新たな作戦と指示をだした。新たな作戦は陽動と急襲だ。部隊を二つに割って、中央から真っ直ぐに突っ込むと見せかける。敵が相応の人数で対応せざるを得ない状況にし、実際に戦うところまでいく。しかし、その後すぐに引いて敵を引き付けておいて弓で仕留める。これを繰り返して徐々に削る。もしも敵が誘いに乗ってこない場合は、そのまま正面から力押しで削る。全ては敵の意識を広場に向けさせるための行動だ。その一方で、少数の別動隊が敵将を討つ。ただし、敵将の取り巻きが多い場合は敵の注意を別動隊に向けさせて引き付けておいて、さらに別の少数部隊で敵将を討つ、という三段構えだ。


 果たして、敵はこちらの作戦にとこまで対応できるのか。


 ソイラの指示を待って本隊は待機していた。ソイラは斥候からの合図を待っているのだ。その斥候は別動隊が無事に配置出来たことを知らせにくる。そして別動隊にはアルド達も参加している。ダルニスとノマルは敵将の取り巻きがいた場合に、それを引き付ける役。アルドはその隙に敵将を討つ役。もちろん、そこにはミグランスが誇る精鋭達もいる。アルド達別動隊は広場の東側から回り込む。道なき道を慎重に進みながら、敵陣へと近づいていく。

 ソイラは一度、弓隊の一部を広場に侵入させて、出てきた敵に弓を放たせて小競り合いを演じた。これもこちらに注意を引くための行動だ。


 暫くして斥候から準備完了の知らせが入った。機は熟した。ソイラは軽く息を吸い込んで「作戦開始!」と号令をかけた。


 槍を持った部隊が左右に展開し、剣を抜いた兵士達が中央を駆けていき、その後を弓隊が追う。ゴブリン達も呼応するかのように飛び出してきた。白兵戦の始まりだ。


 ゴブリン達は駆けながら石を投げつけてくるが、盾で防ぎながら近づいて切りつける。そもそもこちらの弓のほうが射程が長いので、後ろから弓隊が援護射撃をしてくれる。こちらは歴戦のミグランス軍だ。正面からの白兵戦においてはそうそう遅れをとることはない。が、これは作戦。押し切ろうとすると、警戒心の強い敵将はさらに奥へと逃げるだろう。そこにもどんな罠があるかも分からない。ある程度削ったら引いて、相手を誘い込むのだ。


 ラッパの音がする。引き際だ。ミグランス兵はじりじりと下がりながら相手を引き出しにかかる。敵も圧力が弱まったとみるや攻勢に出てくる。そして相手が出てきたところを槍で仕留める。作戦通り。


 一方、別動隊のアルド達は敵の本陣付近でさらに二手に分かれようとしていた。どうやら敵将は思った通りの用心深さで、かなりの数の取り巻きを残していた。

 ダルニス達に引き付け役を担ってもらわなければならないのだ。


 アルド達は大きく東に進路をとり、相手の側面から攻めようとしていた。


 斥候達の動きが肝心だ。敵に悟られないよう、迅速に連絡を取り合う必要がある。


 広場では作戦通りに押しては引き、引いては押す戦いを展開していた。敵は陽動とは気づかずに広場中央へ意識が向いているようだった。敵を削る。こちらは押すときと引くときとで前衛と後衛を入れ替えて、最前線の兵だけが疲弊しないように隊列を入れ替えている。これも、この広場での戦いに本腰を入れているように見せかけるための作戦のひとつだ。

 敵もすっかり熱くなって、どんどん前に出てくるようになった。ここまでは完璧な運びだ。あとは別動隊がうまくいけば…。そう思いながらソイラは戦況を見守っていた。


 そのころ、ようやくアルド達の準備が整ったと斥候から合図があった。ダルニスとノマルの出番だ。ミグランス兵と共に木陰から出て、敵将めがけてダルニスが弓を放つ。取り巻きの誰かがうめき声をあげた。同時に取り巻き達がこちらに向かって駆けてきた。ダルニス達は下がりながら投石と弓矢で攻撃をする。敵も石を放ってきた。ノマルは盾で防ぎながら石を投げ返す。あっという間に敵が目の前にやってきた。ミグランスの精鋭が剣を抜いて敵を斬り伏せる。鮮やかな剣捌きで三体を切り捨てると、「一旦引くぞ」と言って駆けだした。少し敵との距離をとったところで立ち止まり、再び弓と投石で攻撃する。これを繰り返しながら取り巻きを敵将から引きはがすのだ。


 一方、東の側面から敵本陣を見ていたアルドはある違和感を感じていた。

(遠目だし取り巻きもいて見にくいけど、あそこにいるやつはこの前見たのと違うやつなんじゃ…)

 目線の先にいる敵将は体躯も大きいが、先日見たやつのほうがもっと大きかった気がするのだ。

(あいつなのか?遠かったから勘違いしているだけなのかな…)

 先日みた大型のゴブリンと、目の前にいるゴブリンが同じ個体なのかどうか自信がなかった。

(もしも違うやつだったら…)

 あれこれと考えていたアルドにミグランス兵が声をかけてきた。

「君、大丈夫か?ここにきて緊張でもしているのか」

「ああ、いや、大丈夫だ。行くなら合図を出してくれ」

 アルドは気を引き締めなおした。

(ここで考えていても仕方ない。今はあいつを倒すことだけを考えよう)


「よし、今だ。突っ込むぞ」

 ミグランス兵の合図と同時にアルドは敵将めがけて駆けだした。

(敵の取り巻きも減った。これならいける!)

 うおおおおお——っという雄叫びをあげながら取り巻きの一体を切り伏せる。横にいたミグランス兵も同じように敵を斬り伏せた。こちらに気付いた敵将が声を張り上げる。

「こっちにもネズミがいるゴブ!殺せゴブ!」


 数体の取り巻きが一斉にこちらに遅いかかかってくる。アルドはすかさず横に飛んで、敵の攻撃をかわすとそのまま斬り捨てる。さらに横へ踏み込んで敵がこちらに相対する前に斬りつける。相手に攻撃させずに、自分が先に攻撃を出来るよう動いていく。先を取るのだ。

 ミグランス兵がもみ合いになっていたところを、後ろから斬って捨てて、これで取り巻きがいなくなった。あとは敵将のみ。

「さあ、覚悟しろ!」

 ミグランス兵が声をあげる。アルドは敵将が逃げ出さないよう、注意深く見ながらゆっくりと敵の側面方向に移動し逃げ道を狭めていく。反対側にもミグランス兵がいる。もう逃げられない。


「くっくっく…これで勝ったつもりゴブか?馬鹿な人間どもだゴブ」

 不敵に笑う敵将にミグランス兵が声を荒げる。

「何がおかしい!貴様はこれでおしまいだ!」

 そう言い放つとミグランス兵が斬りかかった。その刹那、突風が吹いてミグランス兵は吹き飛ばされた。

(これは…魔法か!)

 驚いた。今のはかなり強力な風の魔法だった。こんな魔法が使えるなんて。アルドはそう思いながら剣を握る手に力を込めた。

 今度はゴブリンの右方にいたミグランス兵が斬りかかる。

「せあああ——っ!」と声をあげて踏み込んだ瞬間、強風に吹き飛ばされた。

 アルドはこの瞬間を見逃さなかった。鋭く踏み込んで水平に斬りつけた。ぎゃうと言ってゴブリンが左手を押さえる。すかさず返す刀で足を斬る。ぐぅとうめき声をあげて膝をつく。勝負あった。

 がしかし、またもゴブリンは不敵な笑みを浮かべてこう言った。

「これで俺を殺しても意味無いゴブ。俺の代わりは他にもいるゴブ」

「…どういう意味だ。お前の代わりだって?そいつはどこだ」

 剣を構えながらアルドは問いただした。

「ゴブ神様の言った通りゴブ。あのお方には適わないゴブ」

「ごぶがみさま…?そいつは誰なんだ」

「この世を統べるお方だゴブ…。いまに分かるゴブ」

(やっぱりこいつじゃないんだ。この前のやつは別の…)

 アルドは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


 他にも変わりがいる。あの巨躯のゴブリンはそう言った。おそらく似たようなゴブリンが他にも数体いると考えるのが妥当だろう。強力な魔法を使う巨躯のゴブリンが。

 俺が倒したやつは風の魔法を使っていた。他のやつらも同じように風なのか、別の属性なのか。そしてゴブ神様…。きっと広場で多くの魔物達を集めて何か話をしていた、あの時見た巨躯のゴブリンだ。


 戦いから戻ったアルド達は、再びラキシスの元を訪れて報告を済ませた。


「なるほど。まずはご苦労だったな。皆が無事に戻ってよかった」

 話を聞いたラキシスは開口一番にそう労った。

「すると、敵の親玉は別にいるとみて間違いなさそうだな」

 呟くようにそう言うと、ラキシスは鋭い視線を宙へ向けた。

「またやつらに出し抜かれたわけか…」

「…いいえ、そうでもありませんよ。魔物の群れの多くは仕留めましたしねぇ。敵の被害は甚大かと」

 ソイラの言葉にラキシスも「そうだな」と頷く。

「しかし、敵の親玉がいるうちはまた魔物どもを集めて人間に襲いかかってくる可能性があるな。もう一度討伐の部隊を送りこむか…」

 すると詰め所の扉を叩く音がして一人の兵士が入ってきた。

「失礼します。ラキシス様、ご報告がございます」

「なにかあったのか?」

「はい。先ほどヌアル平原に大型の魔物が現れたのを警戒にあたっていた兵士が見つけた模様です」

「なんだって⁈」

 思わずアルドが声をあげる。

「おそらくバルオキーに向かっているものと思われます」

「俺はすぐバルオキーに戻ります!」

 そう言うとアルドは詰め所を飛び出しユニガンの街を抜けて、西に向かってカレク湿原を駆けだした。

「ソイラ、応援に動けるか」

「はい。大丈夫ですよ」

 ラキシスに答えると、ソイラはゆっくりとした足取りで詰め所を出ていった。

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