アナザーエデン この世を統べる者

富士竜馬

第1話 舞い込む異変

「道をあけてくれ、通してくれ!」

 数人のミグランス兵が慌てた様子で駆けてきた。よく見ると負傷者を抱えているようだ。

「あそこが宿屋です」

 兵士の一人が声をあげた。

「よし、急いで運び込め」

 負傷者を抱えたミグランス兵達が宿屋へと飛び込んでいく様子を目撃したアルドは、何事かと思い宿屋のほうへ駆け寄る。つい先ほどまでのどかだったバルオキー村の空気が一変した。


 そこへ少し遅れて顔なじみの二人が駆けてきたのに気付いてアルドは足を止めた。

「ダルニス、ノマル!」

「おおアルド、帰ってたのか」

 ダルニスが答える。

「アルド先輩、大変です!」

 ノマルは血相を変えてアルドに駆け寄ってきた。

「一体何があったんだ」

「そ、それが…まも、魔物です!す、すごくヤバいやつですよ!」

「ノマル、ちょっと落ち着いてくれ」

 アルドはなだめるようにノマルの肩を軽く叩いた。ダルニスが後をとって話す。

「アルド、月影の森の奥に超大型の魔物がいたんだ」

「なんだって?森の奥にそんなやつがいたのか」

 驚くアルドにダルニスが汗をぬぐいながら続ける。

「ああ。やつはゴブリン達を指揮して集団でいきなり襲ってきたんだ」

 そう話すダルニスの腕には血が付いている。軽い怪我をしているようだ。


 その後方から再び数人のミグランス兵が駆けてきた。

「君達、とりあえず魔物たちは追っては来てはいないようだが十分に警戒しておいてくれ。すぐにミグランスから警備のための応援を呼ぶ」

「分かりました。よろしくお願いします」

 ダルニスが答えると兵士達は宿屋へ入っていった。


 ダルニスが続ける。

「今日はミグランス兵の定期巡回にノマルと一緒に参加していたんだ。まさかあんなやつがいるなんて…」

 少し落ち着きを取り戻したノマルも口を開く。

「奇襲をかけられたんです。僕達は逃げるのが精いっぱいで…」

 そう言ってノマルはうなだれた。

「一体なんで急にそんな魔物が現れたんだ」

 険しい顔で聞くアルドに、ダルニスは分からんと力なく答える。


 少しの沈黙の後、アルドが切り出す。

「一度、森の様子を見に行ってくる」

「待て、一人で行くなんて危険すぎる。せめてミグランス兵の応援を待つべきだ」

 そう言ってダルニスがひき止めると、アルドはそうだなと頷いた。

「あの…もし行くなら、しっかりと準備をしたうえで僕も行きます」

 そう言ってノマルが顔をあげた。

「さっきは油断というか、軽装備だったし気を抜いていたところを襲われたので、今度は大丈夫です」

「そうだな。よし、俺も一緒に行く」

 ダルニスも同調した。

「分かった。準備が整ったら皆で行こう」

 アルドはダルニスとノマルに約束をした。


 最近はちょこちょこ旅に出て村を留守にすることが増えた。自分のいない間にこんなことが起こるなんて。アルドは妹のフィーネや育ての親の村長のことを思い浮かべて少し心配な気持ちになった。

 


 ほどなくしてミグランスの騎士団で隊長を務めているソイラが、バルオキー村に応援の兵を率いてやってきた。彼女は負傷兵の様子を確認すると、すぐにアルド達の元へきた。

 相変わらずののんびりとした口調で話し始めた。

「どうもこんにちはぁ。せっかくのいいお天気なのに、残念なことになってしまいましたぁ。ああ、負傷した者は大丈夫そうなのでご安心を」

 そう言ってソイラは微笑んだ。

「そうか、それは良かった。ところでソイラ達はこれからどうするんだ」

 アルドが訊くと、ゆっくりとした口調でソイラが答える。

「そうですねぇ、数名を村の警備にあてて、残りは私と共に月影の森の調査に向かいます」

「だったら俺達も同行させてくれないか」

 と懇願するアルドをじっと見つめてから、ソイラはいいですよと答えた。

「皆さんは、止めたってこっそり後をついてきそうですからねぇ。ただし、万一に備えて準備だけはしっかりと整えておいてくださいね」


 アルドとミグランス兵の一行は月影の森へと足を踏み入れた。静寂に包まれた森はいつもと変わらず、薄暗い空間に優しい光を携えていた。

 いつまた奇襲をかけてくるかも分からない森の中を、ゆっくりと警戒しながら進んでいく。普段は小型の魔物が出ることもあるが、大人数の気配を感じてなのか全くその姿を見せることはなかった。


 森の奥までやってきた一行はいったん足を止めて隊列を確認し、より慎重に奥へと進んでいった。

 するとさらに奥のほうから魔物の気配を感じた。どうやら多くの魔物が集まっているようだ。周囲に魔物がいないことを確認し、ソイラは部隊を待機させてアルドと二人で気配のするほうへと足を忍ばせた。


 少し開けた空間に魔物たちが集まっていた。普段、少数で群れることはあっても、これほどの数で集まることなどない光景を見て、アルドとソイラは驚いた。

 囁くようにアルドが話しかける。

「あの奥にいる、ひときわ大きい魔物。あれがダルニス達を襲ったやつじゃないか?」

 目線の先、魔物の集団の奥に巨躯のゴブリンらしき魔物がいた。それはかつてこの辺りで遭遇したゴブキングよりも遥かに大きく、森の番人と言われるアベトスをも凌ぐほどだった。

「とっても大きいですねぇ。困りますねぇ」

 ソイラが呟く。

 巨躯の魔物は集団に向かって何かを話しているようだが、ここからでは聞き取れなかった。魔物たちがおとなしく話を聞いている様子も初めて見る光景で、これにも驚かされた。

「魔物達がじっと誰かの話を聞くなんて…信じられない」

 そう言ったアルドにソイラもそうですねぇと同調する。

「これほど組織的な光景は見たことがありませんねぇ。こちらももう少し人数をそろえてからじゃないと危険ですねぇ…。アルドさん、ここは一旦引きましょう」

 そう言うとソイラはゆっくりと後ずさりをして、部隊のほうへ忍び足で歩きだした。

 後に続いて戻ろうとしたアルド近くの茂みからガサっと音がした。そこには一体のゴブリンが潜んでいたのだ。

「見つけたゴブ!侵入者ゴブ!」

 叫んだゴブリンの声に反応して左右の茂みから一斉に数体のゴブリンが飛び出してきた。それにいち早く気付いたダルニスと数人のミグランス兵が部隊から飛び出して駆け寄ったが、ソイラとアルドはゴブリンに囲まれてしまった。

「まずい、囲まれた!ソイラ、何とか切り抜けるぞ!」

 そう言って剣を構えるアルド。ソイラも呼応して槍を構える。背中合わせになってゴブリンに対峙する。

「隊長と向き合っている魔物の背中を攻撃するぞ」

 ミグランス兵の声を聞いてダルニスも弓を構える。

「かかれゴブ!」

 声をうけて魔物達が一斉に襲いかかってきた。ソイラの槍がビュンと音をたてて弧を描きながらゴブリンを切りつけた。おっとりとした普段とは違い、素早い槍捌きだ。動きの止まった数体の魔物を背中からダルニスが矢で射る。同時にミグランス兵も剣で斬りつけにいった。

 アルドはゴブリンの振り下ろしてきた棍棒を、剣でいなしながら隙を突いて斬りつける。目にも止まらぬ剣捌きであっという間に二体のゴブリンを仕留めた。

 ノマルはさらに魔物が潜んでいないかと考え、槍を構えて周囲の茂みに気を配った。

 ソイラとダルニス達との挟撃の形になったゴブリン達を仕留め、残りは三体となり形勢が逆転した。魔物達はたじろいで、その動きを止めた。その隙にアルドは「引くぞ」と言ってソイラと共にダルニス達の元へ駆けた。ソイラが部隊に向かって「一旦退却」と号令をかけると、部隊は速やかに退却行動に移った。ソイラは油断なくしんがりから魔物達の動向を見ていたが、追手がかかる様子はなかった。

 一行は静かな森を一目散に駆け抜けて、無事にヌアル平原へと抜けていった。


 想像の遥か上をいっていた。決して油断があったわけではない。十分に警戒しながら慎重に歩を進めたはずだった。しかし、敵はそういう事態をも想定したうえで見張りをたて、侵入者を囲んで撃退するという極めて組織的な計画を準備し、そして実行したのだ。こちらの動きは完全に読まれていた。魔物にこれほどの知性があるとは信じ難かったが、その驚愕の事実を突きつけられた形となった。


 バルオキー村へと戻ったアルドは、ソイラと共に騎士団長ラキシスのへの報告のため、すぐにミグランスへと向かった。


 ミグランス城でことの顛末を騎士団長ラキシスに報告した。ラキシスは静かに、表情を変えずに話を聞き終えると、「そうか…」と言ってからしばらく黙り込んだ。鋭い眼光が宙を見つめる。

「思った以上に厄介な相手かもしれん。相応の部隊と作戦を準備せねばならんな…」

 ラキシスはおもむろに口を開くとそう呟いように言った。

「はい。敵は罠を張るくらいの狡猾さがありますので。こちらも作戦をたてていく必要がありますね」

 とソイラが答える。

「しかし、その大型のゴブリンは一体どこに潜んでいたのか…。今までの定期巡回では、その気配すら全く見せなかったというのに。余程警戒心が高いのか、それとも最近になってなにか異変があったのか…」

 ラキシスは考え込むように言いながら腕組みをした。

「俺達も時々見回りをしているから、あんなやつがいれば気付くはずなんだけど…」

 アルドも考え込むように呟いた。

「作戦をたてて態勢を整えるまでバルオキーに戻って警戒にあたってもらえないか。必要な人員はこちらで手配しておく」

 ラキシスはアルドにそう言うとソイラと共に作戦会議に入った。

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