第4話:知性と愚かさ

 人間と呼ばれる種が地上に広がり始めてから何年経っただろうか。

 目覚める度に竜は地上の様子が様変わりしている事に何度も驚いている。

 ついこないだまでは小さな集落しか無かったはずの土地には、区画整理され整然と並んだ建物が並んでいて、大通りには多くの人間が歩いている。

 同時に森や平原は切り開かれていって、そこも人間の住まいや畑、田んぼなどになりつつある。

 竜が飛ぶたびに人間たちは騒いだりあがめたり、あるいは敵意を示したりと様々な反応を見せる。

 最初は面白がっていたものの、何度も見てしまうとやはり飽きが来てしまうし、そもそも敵意を向けられても人間は竜を倒す武器は持っていない。

 弓は竜の鱗に弾かれるし、それ以外だと空を飛ぶものを落とす武器は無い。

 と思って油断していたら、最近は弓ではなく大砲なるものが登場したようだ。

 流石に竜も最初は驚いたが、一度見てしまえば大したものではない。


 人間たちはまだまだだな。


 そんな事を思いながら、竜は今日もある人間の下へ向かっていた。

 羽を集めた翼で飛ぼうとしていた時代から更に下り、様々な技術を用いて人間は空を飛ぶことを夢見ていた。

 熱気球や飛行船のような、ゆっくりと空を飛ぶものは作れるようになっていた人間たちだったが、相変わらず竜のように自由自在に飛べるものはまだ作れていなかった。

 そんな中、ついに人間は革命的な乗り物の開発に取り掛かっていた。


「やあ。珍しいお客さんじゃないか」


 一人の禿げあがった労働者風の男は竜を見て、特に驚きもせず挨拶をした。

 彼の前には試作品の乗り物がある。

 滑走路と呼ばれる平坦で硬い道が先に広がっており、竜は乗り物の横に着地し、しげしげと眺めていた。


「これがお前が言う、飛行機とやらか」

「そうだよ。これさえあれば人間は空を君みたいに飛べるようになるだろうね」


 竜はふうんと興味なさげに見ていたけど、内心は非常に心躍っていた。

 鳥の羽を模倣していた頃から随分と変わったものだ。

 その形には無駄がない。

 竜から見ても美しいものであり、自分に通じるなどと思っていた。

 

「見ていてくれ。君が初の有人飛行の見物者だ!」


 彼は飛行機に乗り込んでエンジンを始動させる。

 飛行機の前面についていたプロペラが勢いよく周りだし、地面についている小さな車輪が動き出し始める。

 やがて速度を得た飛行機は接地されていた車輪が地面から離れ、ふわりと空中に浮かび始めた。

 パイロットの男は奇声を上げ、更に続いて飛行機は空へと急上昇していく。

 やがて十分な高度を得ると、今度は竜へ向けて旋回を始めていた。

 竜も飛行機が飛ぶのを見届けた後、翼を羽ばたかせて空へと飛び始めた。


「見たか! 見たか畜生! ようやくだ、俺たちは翼を得たんだ!」

「ふむ。以前見た飛ぶものと比べれば大した機動力ではないか」

「気球や飛行船の事を言ってるのか? あんなもん、ただ空に浮かんでるだけじゃねえか。そんなの空を飛ぶとは言わねえんだよ。こうやって、自由自在に動けなきゃな!」


 男が叫ぶや否や、いきなり飛行機は宙返りや急降下、急上昇を繰り返していた。

 竜も隣で一緒に合わせて飛んでいる。

 曲芸飛行できる操縦もさることながら、飛行機を設計する発想、精確に作る事が出来る技術力には改めて舌を巻いていた。

 人間は本当に面白い。

 

「ひゃっはぁ! やっぱり飛ぶってのはこうじゃなきゃイケねえよ!」


 一通り飛びまくって気が済んだのか、飛行機はやがて着陸した。

 しかしパイロットの男は中から出てきてもぶつぶつと何かを呟いていて、難しい顔をしている。


「どうした?」

「いや、改良点が山ほどあるなと感じてね……。もっと速く飛べるようにならないかって思ってたんだ」

「鳥よりも速く飛べるようになって、まだ満足しないのか」

「何言ってるんだ、竜の癖に。僕が目指してるのは君のように音速を超えて飛ぶこと。最終的には稲妻のように空を駆け巡るのが夢なんだからな」


 飛行機から降りた彼はまるで別人のように理知的に戻っている。

 まだ追い求めるというのか。

 空を自由自在に飛べるようになったと言うのに、更に速度を求めるとは。

 竜は飽くなき探求心に感心していた。

 動物たちは一旦飛べればそれで満足していたが、人間は果てが無いように思えた。

 願わくば、それが純粋な方向へ向かっているだけであればいいのだが。

 竜は男のこれからの予定や構想などを聞き、ひとまず満足してその場を去って行った。

 

 そして竜の懸念は当たってしまう。


 ほどなくして人間同士の戦争が始まった。

 それには多種多様な新兵器が使われており、戦車なる鉄で覆われた車が戦線を蹂躙したとかなんとか、竜は噂で聞いていた。

 もちろん飛行機も使われる事になっていた。

 その事を聞いた飛行機の開発者は、酷く嘆いていた。

 

「まさか、私の発明が戦争に使われるなんてね」

「あれほどのものであれば、誰だってそう考えるだろう。実際、僕が戦いで使えるとなればどう思う?」

「君さえ居ればどんな戦いにも勝てるだろうね」


 力なく笑い、強めの蒸留酒をそのままストレートであおる開発者は、そのまま竜の背中で眠ってしまった。

 竜は彼の事を気遣うも、どうするべきか悩む。

 今までは他の生き物の争いや戦いに首を突っ込んでは来なかった。

 竜はあまりにも強すぎる。

 干渉し、他種族に変な影響を与えてはならない。

 その為に何種類かの生物が最終的には絶滅してしまった。

 竜は強く自分に戒めていた。

 

 戒めを破るべきか。


 煩悶を続ける竜。

 

 しかし、思わぬ形で竜は人間に大きな影響を及ぼしてしまう。


 なるべく竜は戦争の起きている地域を避けて今日も空を飛んでいたのだが、いきなりミサイルが竜の近くを飛び、驚いた竜がそれを撃墜してしまったのだ。


「ここでも争いが起きているのか」


 竜は辟易し、急いでその地域から離れようとすると今度はミサイルが竜に向かって何本も飛んでいたのだ。

 どちらの軍のものかははっきりしないが、どうも竜を邪魔と思ったようだ。

 あるいは、いい加減人間よりも強い生き物がいるのを目障りに感じた者が邪な意図を込めてわざと狙ったか。


 竜と戦う事はそれ自体が自殺行為と人間の間では通っている。

 もとより竜は人間とは一定の距離を保ちつつも、無闇に人間を殺して来たりはしなかった。

 たまに愚かな人間が竜に襲い掛かる事はあって、結果踏みつぶされたりはしたが。

 

 人間は空を飛ぶ以外にも、様々な武器を身に着け、ついに自分に挑む力を得たと思ったか。

 竜は飛来するミサイルを急旋回して躱す。

 しかしそれでもミサイルは追尾してくる。

 

「しつこい奴だな」


 竜は更に上昇を始めた。

 青い空を抜け、どんどん空気が薄くなりはじめる。

 ミサイルは更に追尾してくる。追いすがるように。

 それでも上昇を続けると、青い空は無くなり、徐々に空は黒くなりはじめる。

 夜が訪れたか?

 いや違う。

 ずっとずっと上昇すると、空ではなくその領域は宇宙と呼ばれる所になるのだ。

 

 気づけば竜は宇宙へと飛び出していた。


 ミサイルはとっくに燃料を切らし、竜に辿り着く前に勢いを失って落下を始めていた。

 もはや竜にはミサイルのことなど頭の中から消えてしまっているが。


 足下に見える地球と呼ばれる星は驚くほど綺麗で、青くて、儚い。

 

 そして頭上に広がる黒い世界に瞬く星々もまた、美しい。

 竜は初めて自分の背筋に稲妻が走った。


「そうか。もっとこの世界は広いんだ……」


 地球から星を眺めているだけではわからない世界がある。

 黒く、広大で果てが無く、でも確実に別の星々は存在している。

 虚ろで寂しくて冷たくて、でもどこか懐かしい感覚。

 竜は呼吸も忘れていた。

 いや、違う。

 竜は呼吸をする必要がそもそも無かったのだ。

 息を吸い、吐くのは他の生き物がやっていたから真似をしていただけだったのを、竜は思い出した。

 宇宙そらでも自分は生きている。

 自分はかつては広大な世界で生きていたのかもしれない。


 しばし宇宙に漂っていた竜は、ふと足下で行われている事について思い出した。


「気に入らないな」


 竜は高速飛行するための流線形の形態になり、音を超えて急降下を始めた。

 あっという間に戻って来た戦場では、竜の事は一旦忘れて人間同士で争っている最中だったが、竜が再度現れた事でまたしても混乱が広がっていく。

 竜は初めて大声で叫んだ。


「これ以上、僕に危害を加えるような真似は止めよ。でなければ、君達を踏みつぶさざるを得ない」


 それに対する返答は、やっぱり砲弾の雨やミサイルだった。

 竜はため息を吐き、その次に口から光線を吐いた。

 砲弾やミサイルを的確に撃ち落とし、ついでに竜に攻撃を指示した司令部などにも攻撃を加えた。

 それによって竜への攻撃は止み、同時に両軍とも竜の仲裁によって停戦が結ばれたのだ。

 もっとも、戦争を続ければ両軍どちらとも全滅させる、と言われた上に竜の武力を見せつけられては、自殺志願者以外には戦争を続ける奴はいないだろうが。


「君達は僕が出会った中ではもっとも聡明で、好奇心に溢れた生き物だろう。こんな愚かな行為で無駄に命を潰すのは許さない。許せない。戦争をただちに止めろ」


 竜は戒めを破る事にした。

 

 自分はこの生き物が好きだと気づいたのだ。

 

 愚かな所も、好奇心の有る所も、そして果ての無い欲を持っている所も。

 自分はこの生き物と共に生きていく。

 果たしてどこまで寄り添えるかはわからないが、種族が続く限りは見守っていきたい。

 竜は空を見上げ、吼えた。

 その声は地球のすべてに響き渡ったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る