1-20. 夏祭り
夏祭りの日がやってきた。空は晴れ渡りいい天気だ。島の人たちは、ここ何日かで飾り付けなどの準備を進めていたので、予定通り開催出来て嬉しいだろう。朝から元気に最後の準備を進めている。
この島は、観光には力を入れていないので、基本的に祭りは島民が自分たちのために催すものとなっている。とは言っても、特に外部からの参加を禁止していることもなく、祭りを見に来る人たちもいる。島の宿泊施設は、お役所の人や工事関係の人が来たときに泊まる程度の部屋数しかなく、祭りの見学客は早めに予約しないと泊まることができない事態になる。あとは、朝の船便で渡ってくるかだ。船の定員もそれほど多くは無いが、宿の数とで何とかなっているらしい。まあ、それくらいしか祭りを見に来る外部の人はいないということだ。
祭りは、御殿前の広場と、正門前に広がる中央の広場の二か所にまたがって開かれる。中央の広場の方には、屋台が出ていて、お酒やジュースなどの飲み物や、焼き鳥などのおつまみ、綿あめやポップコーンなどが売られている。島の人たちにはあらかじめ買い物券が配られていて、それである程度のものが飲み食いできる。それ以外に、中央の広場に面している島の会館に行けば、皆が持ち寄ったものを飲み食いすることもできる。
夏祭りのイベントは、朝10時の子供神輿から始まる。子供神輿と言っても、子供の数が少ないので、神輿は担ぐのではなく、山車に乗せて皆で引いていくものになっている。保仁くんや恭也などの中学生は皆参加していたし、私も付き添いで参加した。中央の広場を出発した神輿を乗せた山車は、島の中央の西側に出て、中央を円の中心としたような円周状の道に入って、両側に畑を見ながら進み、中央の東側まで来たら中央向けに進路を取って、広場まで戻ってくる。途中2か所で休憩しながら、1km強のルートを40分くらいかけて踏破する形だ。休憩所では、かき氷やジュースが振舞われる。歩いて喉が渇いたところに丁度良い。
そのあとは11時くらいから、子供向けのゲーム大会があって、お昼の休憩になる。
お昼どき、私は、麗奈ちゃん、花蓮ちゃん、瑞希ちゃんの女子中学生たちと中央の広場に集まった。
「皆お昼はどうするの?」
「屋台などで適当に食べてって言われてる」
「私も」
皆似たような状況のようだ。
「じゃあ、それぞれ好きなものを買ってきて、広場にレジャーシート広げて一緒に食べようか」
「うん、そうしよう」
「私、家からレジャーシート持ってくるね」
家が広場の前にある麗奈ちゃんが、レジャーシートを取りに行ってくれた。
「じゃあ、私は麗奈ちゃんを待っているから、花蓮ちゃんと瑞希ちゃんは、先に買いに行ってもらえる?」
「はーい」
二人が屋台に買いに行った。
麗奈ちゃんが家からレジャーシートを持ってきてくれたので、二人で広場の一角に敷いて、花蓮ちゃんたちの帰りを待った。
「買ってきたよ」
花蓮ちゃんたちが買ったものを手提げ袋に入れて戻ってきた。
「それじゃあ、今度は私たちが行ってくるね」
レジャーシートの番を花蓮ちゃんと瑞希ちゃんに任せて、麗奈ちゃんと買いに出た。
私は悩んだけど、結局、焼きそばと焼き鳥だけにした。その後の舞いのことを考えるとあまり食べ過ぎたくなかったから。でもやっぱり、ゴーヤチャンプルーは食べたかったかな。
私がレジャーシートのところに戻ったとき、麗奈ちゃんはまだ居なかったが、それほど待つことなく麗奈ちゃんも戻ってきた。
「いただきまーす」
皆で一緒に食べ始める。
「柚葉さんは、焼きそばと焼き鳥だけですか?」
瑞希ちゃんに聞かれる。
「そう、何かあまり食べられない気がして」
「もしかして、この後の舞いのことで緊張しているとかですか?」
「うーん、自分では意識はしていないんだけど、そうなのかも知れないね」
「私、柚葉さんの舞いを見るのを楽しみにしています」
花蓮ちゃんが、私を励ますように言ってくれた。
「ありがとう、花蓮ちゃん。私、頑張るよ」
「私たちも応援してますね」
うん、麗奈ちゃんも瑞希ちゃんもありがとう。
午後は13時半から大人の神輿が始まる。大人たちは気合を入れてあちこち練り歩くので、子供神輿よりよほど時間が掛かる。ルートは、子供神輿と同じようなものだが、中央の中はあちこち寄り道しながら念入りに回っていく。私たちは、そんな大人の神輿を広場で見送った。
「柚葉さんは、そろそろ支度ですか?」
「そうね、そろそろ行かないといけないかな」
祭りの進行は、神輿が帰ってきた後15時から御殿前広場で奉納舞いがある。奉納舞いは、魔獣退治を題材にした踊りになっている。魔獣の頭のような人形を持って踊る魔獣役の人と、剣を持って魔獣を退治する役の人が、魔獣退治の話に沿って踊るのだ。簡単には、最初に魔獣役の人が暴れまわるように踊り、そのあと退治する役の人が登場し、魔獣を追い詰めて斃すという流れだ。
その奉納舞いが終わると、次が私の巫女の舞いだ。今日は本番だから巫女の衣装を着て、お化粧もしなければならない。それなりに時間が掛かるので、神輿が出ていったところで準備を始めることになっていた。
「それじゃあ、私は着替えなんかの準備に行くから、あとは皆で楽しんでね」
「はーい、柚葉さん、いってらっしゃーい」
皆に見送られて、私は家に戻る。
家では既にお母さんとトメさんが、準備をして待っていた。
「ただいま。神輿が出ていったから帰ってきたよ」
「お帰りなさい。そろそろ良い時間ね。着替える前にやることやっておいてくださいな」
「はーい」
そうだね、それは重要だね。
まず、巫女の衣装に着替える。巫女の衣装は基本は白で、ところどころに銀色の縁取りがされている。着物のような形だが、丈が膝上までしかない。もともとの黎明殿の巫女は、護りのために戦う巫女だったために、動きやすい服装をしていたという話だった。だから、着物の丈が短く、また、足を振り上げたりなどしても問題の無いように、着物の下に白い短パンのようなものを履くようになっている。
戦いなら、それで後は履物履けば終わりなのだろうが、今回は舞いなので、下にさらに袴を着ける。普通の神社の巫女さんの袴は赤だが、黎明殿の巫女の袴は白なのだそうだ。そして、足袋をして、外に出るときは草履を履く。
お母さんとトメさんに着付けてもらったあと、お母さんが髪を結って、お化粧してくれた。髪には簪を何本か挿してくれた。お化粧はいつもより少し濃いめなので、鏡を見ると、自分ではないような感じがする。
準備が終わって時計を見ると、まだ時間には余裕がありそうだ。そろそろ奉納舞いが始まろうかというところだった。直前になってあたふたしたくなかったので、舞台の方に移動してスタンバっていようと考えた。
「じゃあ、お母さん、舞台の方に行こうと思う」
「そうね、準備はできたんだし、早めに行っておいた方が良いわね」
私は玄関で草履を履いて、外に出て、御殿前広場の横にある舞台の方に向かって歩き始めた。
歩きながら舞いの振り付けを復習していて足下がお留守になってしまったためか、何かに躓いた。躓いた拍子によろめいて転び掛けたが、誰かが私を受け止めてくれて、転ばずに済んだ。
「ごめんなさい。ぼーっとしていて、何かに躓いてしまったみたいです」
「いいえ、大丈夫ですよ」
私は相手の胸に顔を付け、肩を手で押さえられるような体勢だったので、瞬間顔が見えていなかったが、聞いたことのない女性の声だった。顔を上げると、サングラスをした顔が見えた。
私は立ち上がってお礼を言う。
「転びそうなところを助けていただいてありがとうございます」
「どういたしまして」
改めて相手の女性を見る。その女性は白いU首シャツにパンツスーツ姿でスタイルも良かった。髪は頭の後ろでまとめていて、簪を一本挿していた。サングラスをしていたので目元が良く見えなかったが、優しそうな雰囲気がしていた。
「あの、すみません、胸元にお化粧が付いてしまったみたいで」
「あら、これくらいなら落とせますから、気にしないでくださいな。あなたこそ、お化粧を直してもらった方が良いと思うわ」
「はい、そうします」
「あ、簪が抜けかけているわ。挿し直してあげるから、後ろを向いてもらっても良い?」
私が後ろを向くと、女性は、私の簪を挿し直してくれた。
「これで良いと思うわ。こちらを向いて貰える?」
言われるまま再度半回転して女性の方を向くと、女性は「ちょっと失礼」と言って左手を私の頬に添えると、その左手を持ち上げ気味にして私の顔の向きを変えながら吟味するように私の顔を見ていた。
「うん、これで大丈夫ね」
「本当に、色々とありがとうございます」
「いえいえ。貴方、このあと何か踊ったりするの?」
「はい、そこの舞台で巫女の舞いを舞うことになっています」
「そうなの。じゃあ、楽しみにさせていただくわね」
「頑張って舞いますので、見ていってください」
「ありがとう。それで申し訳ないのだけど、ここら辺にお手洗いが無いか教えていただけないかしら」
「お手洗いは、広場の反対側ですね。あちらの方です」
お手洗いの方角を、指を指して教える。
「あら、私、随分と違う方に来てしまったのね。教えてくださってありがとう」
それじゃあね、と言って女性は去っていった。
私は一旦家に戻ってお母さんにお化粧を直してもらってから、舞台の控室に移動した。
そして、出番を待っているところで、私の脳裏に警報が響いた。
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