1-19. 夏祭りの支度
夏祭りまで、あと二日となった。今日は晴れで、この先も夏祭りまで天気は安定しているとの予報だった。天気が良いので外で遊ぶのも魅力的だけど、いまは夏祭りで踊る巫女の舞いのことで精一杯なのだ。最後の仕上げなので、気合い入れて午前中だけでなくて、午後も練習している。舞いの振り付けは、大分様になってきたんじゃないかと思う。でもまだまだ。
私はお母さんと一緒に、舞いの練習を続けていた。集中して練習していると、直ぐに時間が経ってしまう。体の疲れは力で癒すことができるので、体力的にはいつまでも続けられるのだけれど、指先まで神経を張り詰めるような緊張感の継続は力では補えない。なので、三時を回った辺りで一時休憩にさせて貰った。
「柚葉、熱心に練習していたから、随分と綺麗に舞えるようになったんじゃない?」
お母さんに褒められて嬉しい。
「うん、自分でもそうは思えるんだけど、まだ欠けているものは見つけられていないんだよね」
「それって何なのかしら?」
「分からない。でも、最後まで練習を続けていれば、何か見つかるかもって思ってるんだ」
「そうね。見つかると良いわね」
お母さんは私に向かってニッコリ微笑んでくれた。うん、今日はもう少し頑張れそうだ。
そんな風に考えていたとき、私の探知に見知らぬ団体が引っ掛かった。彼らはまとめて移動している。その中に崎森荘の小父さんが入っていたので、小父さんが運転しているマイクロバスに乗っている人たちらしいことが分かった。
「あら、柚葉どうしたの?しかめっ面になって」
「え、ああ、大丈夫。今って、午後の一便が港に着いたころ?」
「そうね、船が着いのは少し前、20分くらい前かしら」
なるほど、船で来た団体客を、崎森荘の小父さんが迎えに行ってきたんだ。でも変だな、と思った。崎森荘に泊まるのは、大体が工事関係者なんだけど、この祭りの時期に工事をする話は聞いていなかったから。
「ねぇ、お母さん、夏祭りのときに工事するなんて話あったっけ?」
「いえ、無いですよ。どうしたの?」
「ううん、何でもない。どうだったかなぁって思って聞いただけ」
詳しいことが分かっていない段階で、お母さんに余計な心配をさせる必要もないよね。でも、あの団体客の中に気になる反応があるんだけど、どうしたものかな。
「確認して気が済んだ?そろそろ練習の続きを始めない?」
「そうする」
そうだった。まだ練習の最中なんだ。気合入れてやらないと。私は見知らぬ団体客のことを頭の隅に追いやり、立ち上がって練習を再開した。
それからしばらくは、舞いの練習に集中できた。その集中が途切れたのは、御殿の裏の方に団体客がやってきたときだった。その一行が東の浜辺の方からやってきているのは分かっていた。一緒に瑞希ちゃんや保仁くんなど中学生が混じっていたので、道案内兼護衛役として駆り出されたのだろう。それは問題ではなかった。問題なのは、瑞希ちゃんの隣で歩いている、気になる反応があった人だ。御殿の裏から、家と御殿の間の道を通って道場の方に向かって近づいてきている。これだけ近づけば間違うこともない、この反応は巫女の反応だ。
「お母さん、ごめん、少し休憩」
「あら、急にどうしたの?」
「瑞希ちゃんに用があって少しだけ話をしたいの」
私はお母さんに断りを入れて、道場の入口に向かう。
入口に置いてあったサンダルを履いて、引き戸を開いて道場建物の陰から顔を出したら、瑞希ちゃんが見えた。
「瑞希ちゃん、ちょっと良い?」
私は瑞希ちゃんに手招きをした。
「はい。柚葉さん、何ですか?」
瑞希ちゃんは私の方に来てくれた。
「あのさ、瑞希ちゃんと一緒に歩いていた女の人って、巫女だよね?」
「やっぱり、柚葉さんもそう思いますよね?」
「うん、瑞希ちゃんも気が付いていたんだ」
「そうなんですけど、あの人は何も言わないので、聞いてしまって良いのか分からなくて」
瑞希ちゃんは困った顔をしていた。
「一所懸命に隠そうとしているってこと?」
「それが良く分からないんです。実は、転送できる剣を見せたら凄く興味を持っていて、隠すつもりならそんなに興味あるようには見せないように思ったのですけど」
「ふーん、何か事情があるのかもね。一度私が話をしてみるよ。瑞希ちゃん、あの人に私が後で会いに行くって言ってたって伝えて貰える?」
「え?柚葉さん、お話するんですか?」
「こういうことは、確認せずにはいられない性質だからね」
「分かりました」
「それじゃ、よろしくね」
瑞希ちゃんにお願いして、送り出した。
そして、私はお母さんのところに戻る。
「お母さん、お待たせ。練習の続きをするね」
それから30分ばかり練習をしたけど、今一つ集中し切れなかった。
練習が終わり部屋に戻って休んでいると、あの人が西の崖上の草原に一人で向かっているのが探知で分かった。きっと私と会うためだろうと思ったので、一階に降り、玄関で靴を履いて家を出た後、転移を使ってその人に会いに行った。
結果から言えば、予想通りその人は巫女だった。だけど、自分でこの島に来ようと思ったのではなくて、旅行に連れて来られた先が、たまたま封印の地だったそうだ。そんな偶然があるのだろうか。崎森荘は確かに宿屋だけど、営業活動は殆どやっていないに等しい。工事関係者や役所の人がここに来るときに使うためにあるようなものだった。それ以外の人が泊っているのはとても珍しいことだった。
でも、その人が嘘をついているようには見えなかった。澄んだ瞳には陰があって、話を聞けば、不遇な過去があったようだった。使う力に制約があるのは私も同じなんだけど、環境の違いなのか、私は恵まれていたのかも知れないと思った。
でも、その瞳には強い意志が宿っているように見えた。実際に戦ってもみたけど強かった。互角と言われたけど、私は転移を使ってやっとの互角だ。最初、転移は転移陣を描いてからしか転移できなかったので、転移は戦いの中では使い物にならないと思っていた。それでも、転移を色々と試していたら、実は転移陣を描こうとするだけでも描いた時と同じように発動することに気が付いた。それによって、転移の時間を大幅に減らせるので、闘いの中でも有利に立ち回れると思ったのだ。それなのに、彼女は私との闘いで、その転移を初見のはずなのに弱点を見つけ、突いて来た。それだけではない、そもそもの立ち回りも洗練されていて隙が無かった。あれだけの動きを一人で掴めるとは思えない。きっと、日頃同じくらい強い人と修練を重ねているに違いなかった。
それだけ考えてから、うむ、と思った。何だか話が出来過ぎているような気がする。それが気になって仕方が無かったので、翌朝、お母さんにお願いして練習の途中で崎森荘を訪れた。勿論、見知らぬ団体客が出かけているときを見計らってだ。
「こんにちは」
崎森荘の玄関から入りながら、声を出して呼び掛けてみる。
「はーい。あ、柚葉さん、おはようございます。どうかしましたか?」
家の奥から出て来たのは、花蓮ちゃんだった。
「おはよう、花蓮ちゃん。小母さんいる?少し聞きたいことがあって」
「お母さんですね。いますよ。待ってて貰えますか?いま呼んできます」
「うん、お願い」
花蓮ちゃんは奥の方に戻っていった。そして、数分後に小母さんが出て来た。
「おはよう、柚葉ちゃん。待たせてごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ突然すみません。小母さんに聞きたいことがありまして」
「何だい?改まって?」
「いまここに団体の人達が泊っていますよね。その人たちがどうやってここを予約したのかを知りたくて」
「え?ああ、あの団体さんね。私も知らない人は泊めたくなかったから最初は断ったんだよ。だけど食い下がってきてね、万葉さんから紹介されたんだって言われたんだ。いくら何でも万葉さんの名前を出されてしまったら断れないしね、泊っていただくことにしたんだよ」
何と、ここでもお祖母ちゃんの名前を聞くとは思わなかった。
「あの団体の人達ってどこから来たのですか?」
「どうやら東京から来たみたいだよ」
「東京ですか」
そうだった、あの巫女の人も東京と言っていた。お祖母ちゃんは、いま東京にいるのだろうか。
ともかくも、背後にいるのがお祖母ちゃんならそんなに心配することも無いだろうと思って、マーキングをするだけして、この団体の謎は当面棚上げすることにした。
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