1-16. 島の巡回

翌日。午前中は、舞いの練習をして過ごす。転移のことは気にはなるけど、まずは夏祭りの舞いをきちんと踊ることだ。とは言え、既に振り付けは覚えてしまったのだけど、依然として物足りなさを感じ続けている。

「きちんと踊れていると思うのだけど、何が不満なのかしら?」

「自分でも良く分からないんだよね、お母さん。でも、何かが足りないって感覚がするんだ」

「あなたがそう感じるというのなら、そうなのでしょうね。夏祭りの日までに足りないものが見つかると良いのだけれど」

「そうだね。色々試してみるよ」

何となく感じるのは、それが巫女の役目に関係していそうだということだ。

巫女の力の新しい使い方は見つけているけど、それで足りないものに近づいているという感触はなかった。ならば今日の午後は別のことをやってみようかな。

別のことと言っても、巫女としてやることには限りがある。力の使い方の他にやることは、魔獣を斃すことか。でも、わざわざダンジョンに行くのもどうかと思うし、ダンジョンには何度も行っているので、それで足りないものが見つかるとも思えない。そうなると島の中だけど、この前、浜辺にハグレの魔獣が出たこともあるので、島の中を巡回してみようか。ついでに不審者がいないかも確認すれば、一石二鳥かな。

巡回は自転車で行くことにした。この島には、舗装された周回道路が整備されている。一蹴が大体10kmほど。歩いてだと少し距離があるので時間が掛かるけど、自転車なら一時間も掛けずに一回りすることができる。

私は家の裏手の自転車置き場から、自分の自転車を引き出すと、それに跨がった。一応、自転車を降りて歩き回る可能性も考えて、短パンに運動靴という動き易い服装にしておいた。

自転車を漕いで広場から門を通って中央の道に出る。そこから、港へ向かう道に入る。しばらくすると、道が下り坂になって、漕がなくても進むようになる。

道の両脇にはサトウキビ畑が広がり、サトウキビが生い茂っていた。少し風が吹いていてサトウキビが揺れている。放っておくと下り坂で加速してしまう自転車のブレーキを掛けながら、畑の中の道を進んでいく。

港近くになると、畑が終わり木々が立ち並ぶエリアがある。森というほどでもないけど、防風林の役割を果たしている。そのエリアを通過し、港のほど近くまで来たところで、太い道にぶつかった。この道が周回道路だ。信号機はなくて、一時停止の標識がある。既に探知で誰も来ないのは分かってはいたものの、標識の指示通りに一時停止して左右を確認してから周回道路を横切る。周回道路から港までは200mほどだ。私は周回道路を行く前に港に寄った。

港には広い駐車スペースと、桟橋の傍に待合室の建物が立っている。待合室の一角には、チケット売り場を兼ねた売店がある。私は自転車を降りて建物の横に停めると、建物の中に入っていった。

「こんにちは、チヨさん」

「あら、柚葉ちゃん、こんにちは。学校でもないのに港に来るなんて珍しいじゃない」

チヨさんは、家にたまにお手伝いに来てくれているトメさんの妹だ。トメさんはスラっとした体形だけど、チヨさんはぽっちゃりしていて貫禄がある。そんなチヨさんは、毎日港でチケットを売りながら、売店の店番をしている。私は学校があるときは毎日港を使っているのだけど、学校が無いときにはほとんど港に来ることが無い。それを知っているチヨさんが疑問に思うのも無理はないのだ。

「うん、まあ、島を巡回しようかな、と思って。最初にこっちの方に来たので寄ってみたんだ」

「巡回って何か出たのかい?」

「ううん、何も出てないよ。ただ、この前浜辺にハグレの魔獣が出て来たから、念のために周回道路を一周しようと思って。ついでに不審者がいないかも確認できたらするつもり。最近、この島に知らない人って来ていないよね?」

「そうだね、ここのところ船で来るのは知った顔ばかりだよ。知らない顔はすぐに分かってしまうからね」

チヨさんは、港で仕事をしているだけでなくて、島の自治会の役員もやっているので顔が広い。この島に住んでいる人や、島を良く訪れている人は、チヨさんは皆知っている。そのチヨさんが知らない人は来ていないというのだから、その通りなのだろうと思う。

「うん、分かった。何もないとは思うけど、一周してくるね」

「ああ、気を付けて行っておいで」

私は建物を出ると、自転車を引き出して再び跨った。

周回道路まで戻ると、左に曲がって時計回りに島を一周するルートに入る。港は島の南東にあるので、まずは南に行く形だ。と言っても、島は縦に長く、南端は少し尖ったような形をしているので、周回道路から南端までは距離がある。でも私には探知があるので周回道路からでも余裕で南端まで魔獣がいるかいないかは確認できるのだ。

勿論、時間があれば南端に行くのも良い。南端には岩場が広がっているが、真ん中は土の道が通っていて、南の端は山のように盛り上がっている。その山のてっぺんに灯台が立っている。満ち潮のときには、道がほとんど海に隠れてしまい、海の中にポツンと灯台が立っているように見える。そうした光景を見に行くのも良いのだけど、しかし、いまは巡回だ。

周回道路で南端エリアを過ぎて西側に入っていくと、登り坂になる。島の西側の中央部は崖になっているので、島の縁の方を通っている周回道路といえども高いところを通らないといけないのだ。登り坂に入る辺りから道の両側に木々が立ち並ぶようになる。島の西から北にかけての土地には、木が多く生えている。野鳥も多くいるらしい。色々な鳥の声の応援を受けながら、自転車で坂を登っていく。

坂を登り切ると、大体島の中央の標高よりも少し低い高さとなっている。そして、そこから少し進んだところで、左右に小径の入り口が見える。右に行けば島の中央にある宿屋である崎森荘の裏手に、左に行くと崖上の開けた草原に出る。この崖上の草原から見る景色も良いものだけど、ここも今日は我慢する。一つ一つ立ち止まっていては、いつまで経っても島を一周できないのだ。

寄り道せずに、そのまま周回道路を先に進むと、島の北側の山の麓のエリアに差し掛かる。勿論この山は、島の中で一番標高が高いのだが、周回道路のところはそれほど高いこともなく、道は逆に少し下り坂になっている。坂を下りきったときには、右に見えていた山の頂上よりも北側の位置まで来て、島の北端のエリアに差し掛かる。

しかし、私は坂を下る途中で自転車を停めた。何か探知に引っかかるものがあったのだ。

山の頂上から北側に1.5kmほどのところに何かがいる。この反応は魔獣ではなくて人のようだ。でも、私の知らない人だ。私は遠隔探知ができるようになってから、見つけた人にはすべて力で印を付けて来た。いわゆるマーキングというものだ。印が付いていれば知っている人、付いていなければ知らない人になる。でも、こんな何も無いところで何をしているのだろうか。ともかく、マーキングをしておこう。

私は探知で見えている地図を見る。地図の中の人のところに力で印を描き、人の中に埋め込む。これでマーキング完了だ。瑞希ちゃんと試してみたのだけど、私の印は他の巫女には見えないみたいだった。それはお互い様で、瑞希ちゃんの印は私に見えない。でも、それは基本は見えないというだけで、見えるようにする方法があった。印が見たければ、印に対して力を注げば良い。他の巫女が作った印でも力を注げば見えるのだ。勿論、大抵の場合はどこに印があるか分からないから、気が付くことはできないのだけど、自分に付けられた印は、身体中に力を満たすことで見つけることができる。だから、瑞希ちゃんが私に付けた印は、見つけることができていた。それは私の力で消すこともできるけど、そのままにしてある。

それで、力を注げば見えるようになるのって作動陣も同じだ。家の裏手の自転車置き場の横に設置した転移陣は、日頃は見えないのだけど、力を注いだら見えるようになる。力を注ぐのはどの巫女でも構わない。

うん?マーキング用の印と、作動陣が同じ?

もしそうなら、探知で見えている地図の中に転移陣を描けば、転移できるかもしれない。私は探知の地図の中で、見つけた人から少しは慣れた地点にマーキングの印と同じ要領で自分がいつも使っている転移陣というか浮遊転移陣を描いてみた。そして同じものを自分の足下にも描く。すると、遠くの方に描いた転移陣の周囲の光景が見えた。何と、探知の地図の中に描いた転移陣もきちんと動作するではないか。

転移陣を通して見えた光景は、森の中に少し開けた草地だった。転移陣は、丁度草地の端に位置しているようだ。草地の中には小屋が立っているのが見える。さきほど探知で見つけた人は、この小屋に住んでいるようだった。

私は悩んだけど、結局警戒心より好奇心の方が勝って、実際に見に行くことにした。手に自転車のハンドルを握ったまま、向こう側に転移をしたいと望む。すると、自転車ごと反対側の転移陣のところに転移できた。

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