1-15. 転移と浮遊
朝。今日も晴天で暑い、とはならず、空を雲が覆っている。それでも暑いけど、陽が照り付けるよりかはマシだと思う。
今日はいつもより過ごしやすいかな、と思いながら、午前中いつものように舞いの練習をしていたら、いつの間にか雲が消えていた。午後は外に出ようと思っていたのに、これでは暑いじゃないか。まあ、いつものことだけど。
家の裏手の自転車置き場の前に行く。力を流すと転移陣が光る。まだ失われていないようだ。この転移陣は、先日浜辺から斃した魔獣を送ったときに使ったものだ。この転移陣は試行錯誤の末にできたものだった。
これまでに見て来た転移陣は、封印の間の入口にあったものと、武器庫の剣の転送用のもの、それから御殿の従者が持っていた槍の転送用のものだった。剣と槍の転送用のものは、似たようなもので、転移陣の内側の円の中に書いてある模様が違うだけだった。どうやら中央の模様を変えることで転移陣を別のものとして識別するようにしているらしいと推測できた。そして封印の間の転移陣は、その中央に模様が無かった。中央ではない部分に、場所か距離などの制約条件を記す場所があるのだろう。剣の転移陣も持ち主しか呼び出せないようになっているので、その条件が書かれていると思われる。なので、封印の間の転移陣と剣の転移陣の中央の模様が無いもの共通的な部分を抜き出せば、もしかしたら単純な転移陣になるかも知れないと考えた。
実際には、共通的な部分を抜き出すだけでは駄目で、機能させるには、もう少し簡素化が必要だった。そうして出来た単純な転移陣に対して、中央の円の中に識別用の模様を描き足したものを、自転車置き場の前の地面に力で焼き付けてみた。識別用の模様は、分かりやすいように真ん中に自転車を模したマークを入れ、そのマークの下に南を示すアルファベットのSの字を描いたものだ。あまり複雑にすると、覚えるのが面倒だからね。
それで、そこまでは前にやったことだ。今日は、更にその先のことをやろうと思っていた。
これまでは、転移先の転移陣は予め設置されたものを使っていた。その場合、転移先がどこにあるか分からなくても転移ができるようで、それはそれで便利なことだったけど、予め設置しないといけないのは、不便なこともあるのだ。だから今日は転移陣を予め設置しなくても転移ができるかを試すのだ。
ということで、まず目の前の地面の上に同じ転移陣を二つ力で描いた。これらの転移陣は、自転車置き場の前のものとは中央の模様を変えてある。自転車置き場の前のものとは違って、地面への焼き込みはしていないから、力を解放すれば消えてしまう。
私が片方の転移陣に手で触れると、反対側の転移陣の様子が分かる。きちんと機能しているようだ。次に、片方の転移陣の上に乗り、反対側に転移したいと念じると転移できた。ここまでは順調に進められた。さて、今度は二つの転移陣をどれだけ離して描けるかだ。一つは自分が乗るから、もう一つをどれだけ自分から離して描けるかが、どれだけ遠くに転移できるかに関係してくる。実際に私が試して成功したのは、大体100m以内の見える範囲だった。見える範囲であっても、遠くになってしまうと何故か上手く転移陣が描けなかった。
地上に立った状態で、遠くの地面に転移陣が描けるかを試した結果が分かってきたので、今度は空中だったらどうだろうと考えていたら、瑞希ちゃんがやってきた。
「こんにちは、柚葉さん。何をやっているのですか?」
「こんにちは、瑞希ちゃん。転移陣の使い方を色々試しているんだ」
「何か分かりましたか?私にも教えていただけますか?」
「勿論良いよ。瑞希ちゃんにも試して欲しいし」
私は瑞希ちゃんに今日やってきたことを説明して、瑞希ちゃんにもどれだけ遠くに転移できるかを試してもらった。結果は、私と同じくらいだった。
「瑞希ちゃんも、私と同じくらいだったね」
「そうですね。遠くや見えないところに描くのはできないみたいですね」
「まあ、見えないところは仕方がないけど、遠くが駄目っていうのは残念だったな。次だけど、浮遊陣で高いところに上がったところから試してみようか」
「あの、柚葉さん。浮遊陣って何ですか?」
「あー、瑞希ちゃんにはまだ教えてなかったっけ?浮遊陣を使うと空中に受けるんだよ。私がやって見せるね」
足下に浮遊陣を出す。そして、浮遊陣と一緒に宙に浮いてみせた。
「どう?こんな風にするんだけど。瑞希ちゃんもやってみて?」
瑞希ちゃんは、恐る恐るといった体で浮遊陣を出して浮いてみせてくれた。
「こ、これで良いですか?落ちてしまわないか怖いのですけれど」
「大丈夫落ちないから。動いても、浮遊陣はちゃんと付いて来るから」
そうなのだ、浮遊陣の上で歩いて前に行っても、浮遊陣は付いて来る。だけど、浮遊陣から降りようとジャンプしたときは付いてこない。良く分からないけど、良くできている。
「ほら、瑞希ちゃん、試しに前回りしてみようよ?」
「柚葉さん、それだと下着が見えてしまいます。恥ずかしいからできません」
そうなのだ。瑞希ちゃん、スカートなのだ。私は短パンだから問題ないんだけど、ごめんごめん。なので、瑞希ちゃんは、浮遊陣でそれほど高いところまでは行っていないのだけど、それでも怖いらしい。
「じゃあ、私がやって見せるから」
私も浮遊陣を出して瑞希ちゃんと同じ高さに昇る。そこで、前回りしてみた。ちゃんと、浮遊陣が移動して私を支えている。
「ね、大丈夫でしょう?」
「はい、大丈夫なことは分かりましたけど、いまの私はできません」
「うん、やらなくて良いから」
瑞希ちゃんに浮遊陣を教えたものの、今回の実験をお願いするのは無理と悟った私は、浮遊陣で高く昇ってから自分で転移を試してみた。が、転移が発動しない。あれ?
「柚葉さん、どうかしたのですか?」
「転移が発動しないんだけど」
何故だ?
「ねぇ、瑞希ちゃん。高く上がらなくて良いから、浮遊陣の上で転移しようとしてみて貰えないかな?」
「分かりました。やってみます」
今度は瑞希ちゃんが試してみる。浮遊陣で20cmくらい浮いた状態で転移を試してもらうが、転移できない。
「転移できませんね」
「そうだね」
瑞希ちゃんの様子を見ていて思ったことがある。宙に浮いた状態で転移しようとすると、どうしても浮遊陣と転移陣を重ねなければならなくなる。浮遊陣を外してしまうと落ちてしまうからだ。浮遊陣は体を支えてくれるが、転移陣は支えてくれない。
「うーん、どうしたものかな」
「浮遊陣を消してしまうと落ちてしまいますものね。いっそのこと浮遊陣が転移陣を兼ねてくれると良いのですけれど」
浮遊陣が転移陣を兼ねる?なるほど、やってみる価値はあるか。
「瑞希ちゃん、そのアイディアいけるかも知れないから、試してみよう」
浮遊陣も転移陣も突き詰めれば、外側の円と内側の円の間に模様がある形になっている。これらの模様をなるべく重なるようにして一つの模様にすれば、上手くいったりしないだろうか。
「よし、こんな感じかな?瑞希ちゃん、やってみるよ」
試しに作ってみた作動陣を足元に力で描く。これで浮くかどうかを試してみたところ、きちんと宙に浮いた。
「浮遊陣の機能はあるみたいだね。次は転移できるか試してみる」
私は宙に浮いたまま、少し離れた地面の上に試作の作動陣と同じものを描いてみる。すると、その作動陣の周囲の様子が見えた。
「あっちの作動陣の周りの様子が分かるよ。転移できそう」
その状態で、反対側に転移したいと念じてみた。すると、景色が変わり、転移先に移動したことが分かった。
「柚葉さん、転移できましたね」
「うん、できたよ。やったね」
私は瑞希ちゃんに向けてサムズアップする。
「この作動陣、何て名前にしようかな。浮遊機能付き転移陣?長いから浮遊転移陣かな?」
「名前も良いですけど、私もやってみたいです」
「そうだね。瑞希ちゃんもやってみて。分かっていると思うけど、内側の円の中は識別用の模様だからね」
「はい、柚葉さんのとは違う模様にしますね」
そして瑞希ちゃんも浮遊転移陣を足下に描いて、空中に浮いた後、離れたところに転移した。
これなら、空中に浮遊転移陣を描いた後に、そこに転移しても落ちることが無い。一つ新しい発見をしたことを喜んだけれど、あれ、本来の目的は違ったような気がしてきた。
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