1-14. 夜空の星
夕食のあと、無性に星が見たくなって、お父さんに頼んでみた。
「お父さん、今夜、星を見に連れていってもらえないかな?」
「なんだい、突然」
「何だか、星を見たい気分になっちゃったんだけど、ダメ?」
「駄目じゃないが、あー、今日の月はどうなっていたかな? 三日月か、なら朝方まで真っ暗だな。空は晴れているのか?」
「ちょっと見てくる」
食堂から出て、家の裏手の方に行って、空を眺めてみる。雲は無さそうだ。食堂に戻ってお父さんに報告する。
「雲は無くて、星が良く見えたよ」
「そうか。なら、連れていってあげよう」
「ありがとう、お父さん」
「父さん、俺も行きたい」
話を聞いていた恭也も、行きたくなったようだ。
「ああ、どうせだからお友達も誘ってみるといい」
「そうする」
私と恭也は、最近よく遊んでいる中学生メンバーに声を掛けることにした。男の子は恭也が、女の子は私が誘うことにする。時間は一時間後だ。
それぞれ連絡してみたけど、麗奈ちゃんからも花蓮ちゃんからも瑞希ちゃんからも行くという返事が来た。花蓮ちゃんは弟にも話をしたらしく、行きたがったので連れていけないかという相談を受けた。お父さんに話したら、問題ないとのことだったので、そのように花蓮ちゃんに伝えた。
時間になって、集合場所としていた正門のところに行ってみると、もうすでに皆集まっていた。花蓮ちゃんは、弟の正樹くんを連れてきていた。正樹くんは、花蓮ちゃんより3学年下で小学校の5年生だ。
「こんばんはー」
「柚葉さん、恭也くん、こんばんは」
「誘ってくれてありがとう」
皆と挨拶した。こうして夜集まるのは、久しぶりだ。中学生と私は、いつもダンジョンで使っているLEDライトを持ってきた。ただ、そのままだと明るすぎるので、赤いセロハンでライトのところを覆っている。
そこにお父さんがマイクロバスで乗り付ける。マイクロバスは、船でやってくるお客様の送迎などに使っているものだ。これなら全員で乗っていくことができる。
皆がマイクロバスに乗り、席に着くと、お父さんはブレーキを外してマイクロバスを発信させた。中央では、まだ家の灯りや、道路の街灯があって周りが見えていた。けれど、一歩外側に出ると真っ暗になった。もはや辺りを見回しても、どこを走っているかは分からない。ただ、私は力で探知し続けているので、目では見えなくても、周りの状況は見えていた。
マイクロバスはしばらく真っ暗な中を走っていた。
「真っ暗で何も周りが見えないね」
麗奈ちゃんが言っているのが聞こえる。
「こんなところに置いてかれちゃったら、怖くてとても心細くなりそうね」
花蓮ちゃんが心配げな声になっている。
「お姉ちゃん、置いてかれちゃうの?」
素直な正樹くんがマジレスしている。
「そんなことないから。お姉ちゃんも置いて行かれないし、正樹も置いて行ったりしないから、心配ないからね」
花蓮ちゃんが慌ててフォローしてた。
そうだよね、皆は周りが真っ暗で不安なのだよね。私は力で周りが見えているのだけど、それってズルかなぁ。瑞希ちゃんの声は聞こえないけど、瑞希ちゃんはどうなのだろう? 暗い道をマイクロバスが走っている中で、私の思考は少しばかりマイナス側に寄っていた。
星を見るときに向かうのは、島の西南にある浜だ。島の南端にある灯台も陰になって見えず、視界はそれなりに開けていて周りに何もないので、星の観察に最適なスポットなのだ。
浜の駐車場に着くと、皆はマイクロバスから降り、ライトを点けて海の方に向かう。私は、砂浜に出たら、持ってきたレジャーシートを広げて横になった。レジャーシートは2畳くらいの大きさがある。
「恭也も、ここに寝てみる」
「うん、そうする」
弟は素直に私の隣で横になった。
ライトを消して、レジャーシートの上に寝ながら、夜空を見る。夜空には、星がたくさん見えていた。天の川にたくさんの星があるのが見える。夏の大三角形を形作る、こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ。そこから、はくちょう座の形も見えてくる。アルタイルとベガは、七夕伝説の彦星と織姫星でもある。天の川の両側にあるこれらの星を眺めながら、そういうお話を作りたくなる気持ちが良く分かるな、と思った。
他の子たちも、私たちと同じようにレジャーシートを敷いて、その上に横になったり、あるいは直接砂浜に座って空を眺めたりしている。周りが見えていると、星に集中できないので、私の探知範囲に魔獣が居ないことを確認すると、一旦探知を切って、夜空を目で見ることに集中した。真っ暗な中に、星々の輝きだけが目に入ってくる。
「こうしてみると、私たちって本当に小さな存在だって思えるね」
「どうしたの、柚姉。そんなにしんみりしたことを言って」
「いやその、ここのところ私の力でで きることが増えてきてて、規格外だ、常識外れだみたいに言われて、ちょっと気になっていたんだよね。でもまあ、こうして星を眺めていると、私たちはとても広い宇宙の中に居るちっぽけなもので、そうしたこと悩んででも仕方がないって思える気がして」
「柚姉の常識外れは、いまに始まったことじゃないと思うけど。でも、柚姉は柚姉だよ。俺の大切な家族で、俺に優しい大好きな姉さんだ」
「恭也、ありがとう。そうだ、私は皆を護るって決めたんだ。だから強くなろうって思って、頑張った。こんなところでへこたれていちゃいけないんだよね」
そうか、私は気が弱くなったのか。
「柚姉、へこたれちゃいけないとか、そういうことはないと思う。そうやって自分を追い詰めない方が良いんじゃないの? 俺だって、母さんも、父さんも居るんだから、何かあれば話してくれれば、皆一緒に柚姉のために考えるよ」
「うん」
しばらく、無言になって夜空を眺め続ける。
今夜は風もない。ただひたすらに星の輝きを見ていることができる。耳を澄ませば、浜に寄せる波の音の中に、ときたま周りから静かに話す人声が聞こえていた。
帰り道の車中で、私は全然話をしていなかった瑞希ちゃんと隣同士で座った。
「浜辺で瑞希ちゃんと話できなかったけど、瑞希ちゃんは浜辺で何していたの?」
「せっかく真っ暗なところに行ったので、探知の練習してました」
おっと、私が感傷に耽っている傍らで、瑞希ちゃんは訓練してたんだ。力の話はあまり他の人に聞かれたくないので、軽く二人の周りに防御障壁を張って、話し声が周りに聞こえないようにしてから話を続けた。
「それで、上達した?」
「そうですね。ある程度は分かるようになったので、人にぶつかったりせずに歩き回ることができると思います」
「おー、進歩したね」
「それで、柚葉さんは探知でどれくらい分かるんですか?」
「そうねぇ、2km弱かな? ここからなら、島の中央の辺りは大体分かるかなぁ」
「え? そんな広範囲、情報量が多くて処理できなくないですか?」
「まあ、確かにまともに探知しちゃうとパンクしそうだよね。とりあえず、魔獣を最優先にしているのと、あとはそれぞれの人がどこにいるかは分かっていた方が良いかなと思って確認しているのと、他に大事なのは家畜くらいかなと思うから、それ以上は追いかけていないよ」
「柚葉さん、ちょっと待ってください。私の両親が今どこにいるか分かるんですか?」
「ん? 瑞希ちゃんのご両親は、瑞希ちゃんの家だよね? 一階のリビングあたり?」
瑞希ちゃんが固まっている。
「あのぅ、柚葉さん、探知でそこまで分かってしまうこと、誰にも言わない方が良いと思います。でないと、柚葉さん、島に居られなくなるかも知れません」
「え、護るためには、どこにいるか知らないと、と思ったのに」
「それは分かるんですけど、それだけでは割り切れない人の気持ちもあると思うので」
「そか、まあそうだよね、忠告ありがとう。気を付けるよ」
私は人の心の機微に疎いらしい。常識人の瑞希ちゃんの忠告に素直に従うことにする。まあ、確かに不倫とかが分かっちゃうと嫌か。でも、この島じゃ、私が言わなくたって、不倫なんてすぐにバレて、おばさんたちの井戸端会議の格好の話題になっているような気もするのだけど。
「でも、それだけできるなら、外の人が島に来たときの動向は見ていた方が良いかも知れないですね」
「それはそうだけど。うーん、私は魔獣を相手にするのが良いんだけどな。まあ、確かに変な人が来ても困るんだけど」
私の基本は、魔獣から島の人を護ることなのだと思うのですけど、どうなのでしょうね、瑞希ちゃん。
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