1-13. 浜辺での戦い
浜辺に現れた魔獣は、トラのような大きな猫型の魔獣だった。しかも、大きい。トラの姿だけど、クマくらいの大きさではないだろうか。砂地なので、こちらの機動力が落ちているが、さらに不利な相手が来てしまった。浜辺から離れたところで迎え撃つことも考えないでもなかったんだけど、背の高い草が生えているところで戦うより、開けたところの方が良いと判断したのだよね。その判断は間違っていないと信じたい。
「瑞希ちゃんは、基本的には防御障壁で守りを固めてもらえる?」
「はい」
私は剣を転送させて手で握る。剣に力を籠めると、剣の刃が銀色に輝き始める。
「さてと、行きますか」
体に沿って薄い防御障壁を張り巡らしながら、速足で魔獣に近づく。しかし、相手の間合いに入ろうとすると、鋭い爪を出して素早く引っ掻いてこようとするので、なかなか迂闊には入れない。相手の死角に回り込んでの攻撃を試みるが、素早く対処されてしまう。
お互い見合って、ちょっと睨めっこ。
今度は相手の方からこちらに向かってきた。であれば、反撃しようとするが、分が悪いと思ったか、相手の方が引いてしまった。やはり向こうの方は、あまり足下が砂地であることを気にしている風ではないようだ。
どちらからも攻めあぐねて、一種の膠着状態に入ってしまった。
「うーん、どうしようかなぁ」
無理やり力任せに攻めることはできなくもなかったが、反撃されてこちらの攻撃が途絶えたときに、瑞希ちゃんたちの方が攻められてしまうかも知れないと思うと、それを実行するのは躊躇われる。
「不意を突けば、何とかなるかな?」
誰に聞かせるでもなく、呟いてしまった。身体強化で瞬間的に加速して敵の内側に素早く入って攻撃すれば、いけるかも知れない。でも、そのためには、砂地で足を取られないようにしないといけない。
うーん、どうすれば良いかな。砂地を力で固めてみる? ぶっつけ本番でそれをやるのは無理だよねぇ。やり方が分かってないし。
体に防御障壁を張るように、砂地の上側に沿って、防御障壁を張ったらいけるかな。
敵を睨みながら、足下から力を出して、砂地の上に、防御障壁を張ってみる。
「お、張れるね」
我ながらナイスアイディアと思う。
では、一気に加速して、行くぞと体を前のめりにして足を蹴る。
「あ」
転んだ。加速しようとして、砂地に被せた防御障壁の上で足を蹴ったら、思いきり滑ったよ。そしてそのまま転んだ。
そこに魔獣が隙ありとばかりに攻め込んでくる。
砂地の防御障壁を解除し、自分の身体強化をしてから、体を左に回してともかくその場からの離脱を図る。体のあったところに、魔獣の前足の爪が突き刺さる。間一髪避けられた。あれが当たってしまったら、防御障壁で何とかなるかはイマイチ自信が無い。逃げるが勝ちだ。
回転した勢いで膝をついて立ち上がろうとしたところで、魔獣が瑞希ちゃんたちの方を気にしだしたので、急いで威圧を放って、魔獣の注意をこちらに向ける。そして、立ち上がって魔獣を睨みつける。
そして再び膠着状態に入る。
先程避けた勢いで、瑞希ちゃんたちが魔獣の反対側になってしまった。あまりよろしい状況ではないので、間合いを保ちながら、かつ、相手の注意を惹きながら、波打ち際を伝って徐々に左に回り込んでいく。ついでに、先程は厚過ぎた防御障壁をなるべく薄くして、滑らないけど足場にはなる丁度良い加減を探していた。
そうして、魔獣から等距離を保ちながら、円周状に瑞希ちゃんたちの方に三分の二ほど進んだころ、砂地の上の防御障壁が、足場として程よい感じになってきた。
「瑞希ちゃん」
「はい」
「一発光弾出すことできる? ちょっと注意を惹いて欲しいんだ」
「できますよ」
「ついでに、光弾が敵に着弾する直前に軽く威圧を払って、光弾の方に顔を向けさせて欲しいのだけど」
「分かりました。やってみます」
瑞希ちゃんが、力を手に集め、光弾を作り始めた。魔獣の注意がそちらに行かないように、私の方で軽く威圧を掛けて、注意を惹いておく。
そして、瑞希ちゃんの方が準備できたようだ。私も、足下に力を送り出しながら、走り出して攻撃する態勢に入る。
「いきます」
瑞希ちゃんが、光弾を発射。そして、すぐさま軽い威圧を掛ける。魔獣が、瑞希ちゃんの方をちょっと見た時に、光弾が着撃。魔獣が少しひるんだ。
私は魔獣が顔を振ったと同時に、足下を蹴った。今度は転ぶこともなく、足下を取られることもなく、足を踏んで前に出ることができた。
ここで瑞希ちゃんの光弾が魔獣の顔にぶつかった。これで目つぶしにもなっているハズで、魔獣が視界を奪われている間に一気に魔獣のところに近付いた。そして剣に力を通して、銀色に輝かせた上で、剣を振りかぶって魔獣の首に叩きつけた。
私がそのまま剣を振りぬくと、魔獣の頭が体から離れた。その頭が地に着くかどうかのところで、体の方も倒れて横になった。
「ふぅ」
私は大きく息を吐いた。そして、瑞希ちゃんの方を向いて、ニコっと笑いながら、お礼を言った。
「瑞希ちゃん、ありがとう。助かったよ」
「い、いえ、柚葉さんこそ、ありがとうございました」
「周りに別の魔獣は居ないから、もう大丈夫だよ」
「それなら良かったです。ちょっと緊張しました」
「うん、偉かったね」
ちゃんと役目を果たした瑞希ちゃんに労いの言葉を掛ける。
「ありがとう、柚姉」
恭也が私の方に駆けてきて言った。
「どういたしまして」
まだ私よりも低い、恭也の頭をぽんと軽く叩いた。
「さて、魔獣を片付けますか」
「縄か何か持ってきた方が良いですか?」
保仁くんが、聞いて来た。
「保仁くん、気が利くね。でも、大丈夫、簡単な方法があるの」
と、私は携帯を出して、お母さんに電話する。
「もしもし、お母さん?」
『はい、どうしたの?』
「魔獣が出て、討伐したの。それでなんだけど、お母さん、今大丈夫? 手を離せないことは無い?」
『何もないですよ』
「じゃあ、お願いがあるのだけど、家の裏手の自転車置き場のところに行ってもらえる?」
『何かあるの?』
「行ってもらえれば分かるよ」
『はいはい、分かりました。移動するから、少し待ってね』
「はーい」
私はお母さんが移動するのを待った。
『自転車置き場に来ましたけど?』
「じゃあ、これから転移陣を光らすから、見て」
私は魔獣の下に転移陣を出して、そこに力を流す。すると向こう側にお母さんの姿が見えた。
「転移陣を光らせたけど、見える?」
『ええ、見えました。あなた、何しようとしているの?』
「魔獣を送ろうと思って。お母さん、転移陣から少し離れたところにいる?」
『離れたところにいますよ』
転移陣を経た向こう側にお母さんは見えないから大丈夫そうだ。確認を終えると、魔獣を向こう側に転送する。
『柚葉、こんな風に転送できるなんて、聞いていないのだけど。それにしても、この魔獣は大きいわね』
「色々試してて、最近できるようになったばかりなの。それで、魔獣の処分をお父さんたちにお願いしてもらって良いかな」
『分かりました。お父さんにお願いしておきます』
「よろしく~。じゃあ、切るね。またあとで」
『はいはい』
電話を切って、保仁くんに向けてドヤ顔する。
「ね、簡単に運べたでしょ?」
「柚葉さん、規格外過ぎです」
保仁くんに呆れた顔をされた。
それにしても、と考えた。警報が鳴っていないので、ダンジョンの扉は破られていない筈だ。そうであるなら、この魔獣はハグレで出現したことになるのだけど、ハグレの個体は普通はこれほど大きくはない。何かの前兆だろうか、それとも偶々か。いまは情報が無さ過ぎて判断できない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます