1-8. 封印の地
数日後の朝、私はお母さんと本堂の像の前で畳の上に座って居た。
「柚葉も巫女になるのだから、巫女に伝わる話を伝えようと思います」
お母さんは言った。
「伝聞なので、どこまでが正しいことかは分からないけど、私も母から聞いたのよ」
「はい」
お母さんは、姿勢を正して話し始めた。私も背筋を伸ばして聞く姿勢になる。
「ダンジョンや魔獣は、ずっと前から居たのだけど、昔はこの国を守る神様がいて、それらが出てこないように神様とそれに仕える巫女たちが押さえてくださっていたの。
その神様が住んでいたのが黎明殿。だから、巫女たちは、『黎明殿の巫女』と呼ばれていた。
でも、あるとき突然神様が居なくなった。どうして居なくなったのか、いつまで居ないのか、神様のことだから、誰にも分からなかったみたい。神様は、気紛れみたいだったから。
そうすると押さえる力が無くなって、国中にダンジョンが出来て、魔獣が出現するようになってしまったのね。
巫女たちの力なら、それらを倒すことはできたのだけど、際限が無かった。
困った巫女たちは、力の強い幻獣を国の4ヶ所に封印して、その力でダンジョンや魔獣の出現を押さえようとした。
そして、巫女たちの中で力の強かった四季の巫女の4人が、それぞれ封印を守る役目に就いた。
そのうちの夏の巫女が、私たち南森家のご先祖様と言われているわ」
なるほど、かつてその様なことがあったのか。
「それで、いまだに神様は帰ってきていないってこと?」
「そうだと思うわ。もう私たちは黎明殿の場所も分からないし、確かめる術が無いのだけど、相変わらずダンジョンは出来ているし、魔獣も出てきているから」
力の使い方だけでなく、黎明殿の所在など色々失われているものがあるようだ。
「私たちの役目は、幻獣の封印が解けないように、封印を守り維持すること。それがひいてはこの世界を守ることになる」
「私たちは、守護の神様の巫女、皆を守るのが私たちの役目ってことなのね」
「そう。でも」
お母さんは俯き、寂しげな顔になった。
「この世界の中で、どれだけの人が私達の想いを理解しているのかは分からない。私達は巫女の力を持っている。力を持たない普通の人達から見れば、私達は異端なのよ。それが故に疎まれることもあるわ」
お母さんは憂いた表情をしていたが、気持ちを切り替えたのか決意に満ちた顔になって、正面を向いて私の方を見た。
「でも、私達はこの世界を護る役目を果たし続けなければならない。私達がいなくなれば、世界を護れる力が無くなってしまうのですもの。もっとも私達は聖人君主でもないし、感情もあるから嫌なことは無いに越したことはないわ。だから面倒事は避けるようにしているの」
「それであまり島から出ないの?」
「それもあるけど、封印の地を護るのが封印の地の巫女の役目ですからね。封印の地の巫女は、封印の地からあまり離れるものではないって言われていたし」
「それって誰に言われたの?」
「私のお母さん、貴方にすればお婆さんね」
「そのお婆さんはどこにいるんだっけ?」
「さあ、どこにいるのか。貴女が小学生になる前にこの島を出ていってしまいましたからね」
「お母さんには離れるなと言っているのに、自分は出ていくのってアリなの?」
「何か事情があったのだと思うわ。それに瑞希ちゃんもいますから、数は足りているし」
「そういう問題なのかなぁ」
私は少し納得がいってなかった。しかし、その文句はお婆さんに会ったときに直接言おう。
「ともかくも」
お母さんは言葉を切って私の方を見た。話を戻そうとしているのだろう。私は大人しくお母さんに従うことにして、お母さんを見つめ返した。
「ともかくも、黎明殿の巫女の役目はこの世界を護ること、そして封印の地の巫女は、封印の地を魔獣や他の外敵から封印の地を護ること。だから私達には巫女の力を与えられているということを忘れないで」
「はい」
「だけど、私達の力は異端。この島の中では気にしなくても大丈夫だけど、それはこの島全体が南の封印の地そのもので、ここには黎明殿の思想を理解している人達しかいないから。前にも言ったように、この島の中なら巫女の力はある程度自由に使っても良いですけど、島の外に出た時には力は極力使わないように注意しなさいね」
「はい、島の外では普通はレベル1まで、魔獣相手などでやむを得ないときでもレベル2まで、ですよね。お母さん」
「ええ、その通り」
レベル1や2というのは、使って良い巫女の力の範囲のことで、レベル1は身体強化と気付かれない程度の防御障壁や治癒だけ、レベル2で剣の刃に力を乗せたりする近接攻撃までとなっている。島の外というか黎明殿の管理の及ばないところでは巫女の力はできるだ隠蔽することになっていて、私もそれはきちんと守っている。
「では、封印の間に行きましょう」
お母さんは立ち上がり、私に付いてくるよう目配せした。
御殿の像の脇にある入口から、裏にある部屋に入る。
「ここに階段があるから、下りますよ」
部屋の奥にある下り階段から、階下に下りる。暗かったが、お母さんが電灯を点けてくれた。
「この扉を開けるのだけど、この扉はこの石のところで、力を込めると開くの」
「柚葉がやってみて?」
「分かった」
石に手を当てて、力を込める。
しかし、開かない。
「開かないよ?」
「そうなの、力を登録してないと開かないのよ」
「私の力も登録できるの?」
「できるわ。登録していない人が力を込めている上から、登録してある人が力を込めれば良いの。やってみましょう」
私は再び扉に嵌まっている石に手を当てて力を込める。その上にお母さんが手を当てて力を込めた。すると、その石が光った。
「これで、貴方もこの扉を開けられるわ」
「いまやってみて良い?」
「どうぞ」
今度は私が一人で石に力を込めてみた。
すると、石の中に一瞬模様のようなものが見えたかと思うと、鍵がカチリと鳴った。上手くいったようだ。
「では、先に進みましょう」
お母さんが扉の中に入る。中は通路のように細長くなっていて、少し歩くと下に行く階段になっていた。
通路には灯りが無かった。
「力で灯りを用意するの」
お母さんが上に向けた掌の上で銀色の光の珠を作り、それを浮かせた。以前、お母さんも一緒に魔獣と戦ったときに、光弾を見せてもらったことがあったけど、それの殺傷能力が無いようなものかな?
「柚葉もやってみてもらえる?」
「やっても良いの?」
私は放出系の力を使うのは禁止されていたのでお母さんに確認してみた。
「これはホンの少ししか力を使わないから大丈夫よ。本当に軽く力を集めて光らせるイメージでやってみて」
私は手のひらを上に向け、言われた通りに掌の上に力を集めるようにイメージしてみた。すると、銀色の光の珠ができた。確かに力を集めただけでできた。
光の珠を浮かすことができるか心配だったが、それも問題なくできた。
「やってみると、意外と簡単だった」
「そうでしょう?」
私たちは、作った光の珠の明かりを頼りに、階段を下りた。光の珠は、思ったように動かせるので、足下が見易いように自分の頭より少し前方の上の方になるようにした。
階段を下りると通路よりは少し広い空間があったが、そこで行き止まりに見えた。
「ここが封印の間なの?」
「いいえ、ここが入り口というところね。床を見てごらんなさい」
床を見ると、何か円形の模様が描いてある。
「丸い模様があるだけみたいだけど」
「それが入り口なの」
ハテナ?
「模様の外側に跪いて、模様に手を当てて少し力を流してご覧なさい」
言われた通りにやってみる。
「そのまま目を閉じると、何か風景が見えてこない?」
「同じ模様みたいなのが描いてある場所があるみたいだけど、模様が光っている以外には何も見えない」
「そうね。それが入り口の反対側の光景と言うこと。それで今度はその模様の上に乗って足から力を流し込んで、向こうの風景が見えたら、そちらに行きたいって考えてみて。あ、向こうは真っ暗だから、着いたら光の珠を出して欲しいのと、光の珠で明るくなったら模様の上から出てね」
「分かった」
何か怖いけど、ここは度胸だ。立ち上がって模様の上に進んで、足から模様に力を流し込む。瞑った目の裏に光景が見えたら、そちらに行きたいと考えた。そしたら、空間が揺らいだ気がして、目を開けたら真っ暗だった。
私は光の珠を出してから、模様の外に移動した。そしたら、お母さんが模様の上に現れた。
「出来たようね。それでこちらが封印の間よ」
模様があったところは、小さな部屋のようになっており、そこからトンネルのような通路が出ている。お母さんに付いて、トンネル状の通路を歩くと、広い空間に出た。辺りを見回してみると直径15mくらいの広さの円形の空間のようだ。天井の高さは10mほどあるだろうか。
目の前には、半透明な球面上の物体が見えている。地面の中に球体が埋まっているのだとすると、その球体の直径は5mほどだろうか。だが見えているのはその一部分で、ほとんどが土の中に埋まっているような感じだ。
「この半透明なドームのように見えるのが、封印の上側ね。封印はこの下に広がっていて、中に幻獣が居るの」
初めて見る光景に、何と言って良いのか分からなかった。
「幻獣って寝ているの?」
「それは良く分からないわ」
「この幻獣がここに封印されているからダンジョンや魔獣が増えるのが抑えられているって話だったけど、最近、魔獣が増えてきていない?」
「そうね。いまここで見えている範囲では封印には問題なさそうだけど、見えているものがすべてなのか分からないし、確認するのは難しいと思うわ」
「見えないところで封印が解けかけているかも知れないってこと?」
「その可能性も否定できないってこと」
「良く分からないのって、怖いね」
「そうね」
私たちは、しばらく黙って封印を見ていた。
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