1-9. 浮遊陣

「あと一つ柚葉に伝えることがあるの」

「何?」

「これなんだけど」

と、お母さんは、封印のそばに敷いてある直径1mほどの円形の平らな敷石を指す。

「ただの石に見えるけど、違うの?」

「それがねぇ、ただの石ではないの。いえ、石は普通の石だと思うのだけど、そこに描かれているものがあるのが分かる?」

花崗岩のような石だが、よく見ると模様が彫られているように見える。

「何かの模様があるみたい」

「何の模様か分かる?」

何だろう、円形みたいなので、先程の転移に使った模様のようにも見えなくもない。

「入り口のところの模様みたく、転移するためのもの?」

「これは転移陣ではないのよね。試してみる?」

「いいけど、危なくないの?」

「んー、柚葉なら問題ないんじゃないかな」

どういう意味だろう。

「模様の上に乗って、力を注いでみて」

言われたように模様の上に乗り、転移陣にしたときと同じように足から力を注ぐ。

すると、足下の模様の一部が光り、その光が足ごと浮き上がった。

「え、浮いた?」

驚いてバランスを崩しそうになったが、何とか耐えた。

「そう、これは浮遊陣なの」

「浮遊陣?」

「言い伝えによれば、もし封印に何かあったときは、この浮遊陣で上から幻獣を抑え込むようにということらしいのだけど、詳しいことは分からないの」

「抑え込むための技かなにかの伝承はないの?」

「残念ながら、それが無いのよね」

うーむ、中途半端な伝承だ。しかし、空を飛べるのは便利だ。というかロマンを感じる。

「これって、この石からしか飛ぶことができないの?」

「私はこの石から飛んだことしかないのだけど、それ以外試したことは無いわ」

なんかこう、試してみたい気分になる。

「ちょっと試してみる」

私は、まず石のところに行って、しゃがんで手を石に付けて力を流し込んでみる。すると、彫ってある溝に沿って力が流れ、模様が描かれた。さらに力を流して浮くように念じると、その模様だけでも空中に浮いた。その模様をよく観察して覚える。

次に、指先に力を集めて土の上に模様を描いてみる。でも手書きだといびつな形になってしまい、発動しなかった。やはり正確な形である必要があるのだろう。

そして考える。普通に書くなら手で描くけど、そもそもこの力は普通じゃないんだし、普通じゃない方法で描けるのではないかと。

それで、力に勝手に描かせることができないか試してみる。つまり、指先に力を集めるまでは同じだけど、そこから力を糸のように放出して、後はその糸状の力に模様を組ませて描いたのと同じ効果を狙おうというものだ。やってみると出来そうだ。実際にやってみたら、力の糸で浮遊陣の模様にしたものの上に乗って上下することができた。

まあ、これでもできるけど、咄嗟のことを考えると、もっと簡単な方が良い。いっそのこと放出する力の形を最初から浮遊陣の形にすればどうだろうと思いついた。それでも出来た。おお、画期的!!

足の下に浮遊陣の形の力を放出し、そのまま浮くことができた。これを練習すれば、咄嗟の場合でも大丈夫そうだ。

「お母さん、どう?」

「凄いわね、柚葉。これまで思いつきもしなかったわ」

「浮遊陣を刻んだ石を残してくれたご先祖様に感謝だね」

私は素直に喜んだ。


一通り教わるべきことを教わって、私たちは御殿に戻ることにする。入り口での転移の前後で、転移陣の形を正確に覚える。と言っても、どちらも同じもののようだ。帰りながらどこでも同じように使えるかと試したが、御殿の地上階に戻った時には使えなくなっていた。どうやら場所か距離の制限があるらしい。

制限付きだとイマイチだなぁ、と思いながら他に模様が無いかと足下を見ながら歩いていた。像の脇の入り口から像のある広間に出たところで、像の置いてある床を見ていたら、槍を持つ従者の槍の石突のところに模様があることに気が付いた。

「お母さん、ちょっとこれ」

私は槍の従者の像のところに行き、槍を持って少し持ち上げる。

「あら?」

「これって、入り口の転移陣に似ていない?」

「そうね、似ているわね」

入り口にあった転移陣とまったく同じではないが、似たような模様があった。こちらの方が、簡単な形をしている。

「どう使うのかな?」

力を少し流してみると、陣が光るが何も動きが無い。

どうしたものかと考えるが、そういえば、他にも似たような模様を見たことがあったことを思い出した。まずは、そちらで試してみようか。


「それにしても」

私はお母さんに言った。

「力に関する知識が色々失われているよね」

「そうね、伝承の断絶の時期があったのだと思うわ」

「力のある子供が生まれていても、事故で親が亡くなるとか?」

「ええ、そういうこともあったのだろうと思う」

長い歴史の中では色々なことがあっただろう。

「そういえば、瑞希ちゃんみたく分家でも力のある子が生まれたりするけど、分家の数は4つまでって昔からなの?」

「たぶん、そう。でも、正確には4つ以上あったときもあるのよ」

「そうなの?」

「ええ。南森家は女系だから、本家に二人以上の娘が生まれれば、分家ができることになるでしょう? 以前には、既に分家が4つある状態で、娘が二人生まれたことがあったらしいわよ」

「そういうときは、どうしていたの?」

「一番順位の低い分家の継続ができなくなるの。つまり、一番順位の低い家は、娘が生まれても分家として相続できなくなって独立する時に別の姓を名乗ることになるの」

「順位って何で決まるの?」

「ちょっとややこしいのよね。基本は、分家として分かれたのが古い代の方が順位が低いのだけど、力を持った娘が生まれると順位が最上位になるとかあるから。まあ、揉めないように規則はきちんと決まっているのよ」

まあ、それでも争いになったときもあるに違いない。

「だとすると、いまは瑞希ちゃんの居る水の家の順位が最上位ってこと?」

「そうなるわね。いまの南森一族には、私たちと瑞希ちゃんの他に力が使える人がいないから」

瑞希ちゃんも貴重な人材だね。

「それでなんだけど、お母さん、瑞希ちゃんにも力の使い方や転移陣のこととか教えても良いかな?」

「そうね、今後のことを考えると、瑞希ちゃんにも知っておいてもらった方が良さそうに思うわ。まあ、瑞希ちゃんはまだ中学一年生だから、力のこと以外にも覚えてもらわないといけないこともあるし、あまり一気に詰め込むようなことはしないでね」

「はーい」

一応お母さんの許可は取れたので、瑞希ちゃんの様子も見ながら少しずつ教えていってあげようかな。

「あれ? 瑞希ちゃんには、私が中一のときにやった特訓はやってもらわないの?」

「そうねぇ、どうしましょうねぇ。柚葉は、瑞希ちゃんには見込みがあると思っているの?」

「あると思うけど」

「まあ、いまはちょっとダンジョンの様子がおかしいから様子を見ないとだけど、落ち着いた後は、瑞希ちゃんを試してみるのも良いかも知れないわね」

ん? なんか私より、瑞希ちゃんの扱いの方が優しいのだけど。私の場合、特訓は有無を言わせず強制だったような。まあ、いっか。


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