1-7. 山の上
翌日の午後、私は山に登ろうと思い立った。山の上から眺める景色は私の一番のお気に入りだ。折角ライセンスを取得したのにダンジョン探索ができなくなってしまった中学生たちも暇を持て余しているだろうから、声を掛けてみよう。
私がスマホのチャットで瑞希ちゃんにどうするか聞いてみたら、一緒に行きたいとの返事が来た。他の子たちも誘ってみるとのことだったので、任せることにした。集合は、30分後に南御殿の前だ。午前中道場で舞いの練習をやっていたときの格好だったので、外出用の服に着替える。
約束の時間には皆揃ったので、そのまま山に向かう。集まったのは中学生全員、つまり、保仁くん、卓哉くん、麗奈ちゃん、花蓮ちゃん、瑞希ちゃんに恭也だ。恭也には、瑞希ちゃんに連絡した後、自分で誘いに行ったのだけど、既に瑞希ちゃんから連絡が入ってた。
山に向かう登山道の入口は、御殿の裏の草地に出てから、少し東の方に歩いてから森の方に向かうと見えてくる。観光客は滅多に来ないし、小さい山なので、道標などは整備されていない。最初はしばらく平坦な森の中を歩く形なので、入口の見た目は森の中に続く小径だ。私たちはもう何度も山に登っているので、迷うことなく登山道に入っていく。
山に登る人はそう多くはない。だから、登山道と言っても、少しマシな獣道といった状態だ。道幅も狭い。私たちは、一列縦隊の形で進んでいく。先頭は瑞希ちゃん、そして恭也、保仁くん、卓也くんと男の子が続き、その後を花蓮ちゃん、麗奈ちゃん、最後に私。瑞希ちゃんが先頭なのは万が一魔獣に遭遇したときのことを考えてだ。男の子たちは山の道を良く知っているので前の方、麗奈ちゃんは花を見たり、鳥を見つけたりでしょっちゅう立ち止まっては遅れてしまうので、いつも列の後ろの方だった。そんな麗奈ちゃんを花蓮ちゃんが引っ張っていったり、私が後ろから急かしたりする。
登山道ではあるけど、しばらくは森の中の平坦な道になっている。五分くらい歩いたところで登り坂になり、歩くペースが自然と遅くなり、しっかり足で踏みしめながら前に進むようになる。前に進めば進むほど高度が上がっていくけれど、ずっと森の中なので遠くの景色は木々に遮られて見ることができない。でも、その木々のお蔭で日の光が緩和され、気のせいか暑さも少し凌ぎやすく感じる。
道はつづら折りのようになっていて、大体島の中央寄りの山裾、つまり山の南側の斜面をジグザグに登っていく。折り返して登る部分にだけ柵がしてあって、先に進めないようになっていた。以前は、折り返さないで真っすぐに行く道もあったのだろうか。ともかくも、柵があるお蔭で、道の痕跡が薄くても折り返す地点であることが分かるし、道が間違っていないことも確認できる。
そうして進んでいくと、少し道幅が広くなって、ベンチが置いてあるところに着いた。ベンチの横には岩の割れ目があり、そこから清水が湧き出して山の下の方に流れ出している。湧き出す水の量は、それ以前の天候の影響を受けるのだけど、先日雨が降ったお蔭もあって少し勢いが良い。先行していた瑞希ちゃんは、とうに到着してベンチに座って私たちが到着するのを待っていた。
「遅いですよ、柚葉さん」
「いやぁ、待たせちゃったね、瑞希ちゃん。麗奈ちゃんがなかなか前に進んでくれなくて、それでも引っ張ってきたんだけどね」
「確かに麗奈さんは花とか鳥とか見つけると止まってしまいますからね」
当の麗奈ちゃんは、ここに到着しても、野鳥などの観察に余念がない。
「ホンと麗奈って、森の中に来ると生き生きしているよね」
「まあまあ花蓮ちゃん、温かい目で見てあげようよ」
「はい、そうですね」
仕方ないですね、といった風に花蓮ちゃんは肩をすくめてみせた。そして、何かに気が付いたのか、瑞希ちゃんの方に近づいた。
「ねえ、瑞希ちゃん、湧き水はもう飲んだ?」
「飲みましたよ。冷たくて美味しかったです」
「私も喉が渇いたし、飲んでみるかな」
花蓮ちゃんは、皿のようにした両手の掌で岩の割れ目から落ちてくる水を受けて、口に運んで飲んだ。
「うん、本当に美味しいよね、ここの水は」
口の周りを水で濡らしながら、花蓮ちゃんは満面の笑みを浮かべていた。島には水道はあるけど、その水源は雨水を集めた貯水池と、淡水化設備により作られた水で、貴重なものではあるけれど、こうして湧き出ている水を飲むといつもより美味しく感じる。青々とした緑の香る中で飲んでいることも、水を美味しく感じさせる要素になっているかも知れない。
そんな風に、女子たちは休憩時間を楽しんでいたけれど、男子たちはそうではなかったようだった。
「柚姉、早く先に行こうよ」
一番堪えられなかったのは恭也だったのか、私をせっついた。
「こらこら、そう急くものではないよ、弟よ」
「何勿体ぶったこと言っているんだよ。十分休んだだろ?」
実のところ、私は休む必要も無かったんだけど、それを言えば余計火をつけるだけなので、そう指摘することは控えた。その代わりに女の子たちの様子を一通り眺めて、そろそろ頃合いだと判断することにした。
「そうだね、恭也。出発しようか。花蓮ちゃん達も良いよね?」
「はーい、柚葉さん、大丈夫です」
花蓮ちゃんは、返事をしながらしゃがんで花をみている麗奈ちゃんのところに行き、麗奈ちゃんの手を取って引っ張っていた。瑞希ちゃんは、さっさと前に向かい、恭也と一緒に先頭に立って進み始めていた。その後を保仁くんと卓也くんが行き、さらに麗奈ちゃんを引っ張りながら花蓮ちゃんが続いた。そんな皆の動きを見ながら、いつものように私が最後尾を行く。
休憩したところで大体半分は過ぎているので、残り半分なのだけど、坂はここからの方がきつくなっている。岩が露出して滑りやすいところもあるので、慎重に歩を進めていく。
「あ、カンムリワシ」
叫んでいる麗奈ちゃんの視線の先を見ると、確かにカンムリワシが飛んでいた。
「ホントだ。麗奈ちゃん、良く見つけたね」
「エヘヘ」
麗奈ちゃんは、嬉しそうだった。
「麗奈、見つけたのは偉いけど、また遅れちゃってるよ」
花蓮ちゃんが麗奈ちゃんと引っ張っていこうとする。
「えー、もう少し見ていたいよぉ」
不平を言いながらも、麗奈ちゃんは花蓮ちゃんに従って行った。
花蓮ちゃんと麗奈ちゃんがそんなやり取りを繰り返しているうちに、木々が途切れたところに出た。この山は、山頂近くには木が生えていないのだ。見通しが良くなって、目の前に山頂が見えている。あと一息だ。
ここから先は、道はぐるりと螺旋状に進みながら高度を上げていく。そして山頂近くになると傾斜が緩やかになって、山頂目掛けて一気に登るのだ。
そして私たちは山頂に到着した。
山頂には、ごつごつした岩は少なく、一面草地になっている。観光地ではないので、看板は立っていないけれど、測量用の三角点はきちんとある。その三角点も草に埋もれてしまっていた。
その草地の上に立って、景色を眺める。遮る木がないので遠くまで良く見える。山の北側半面はほとんど森になっている。森が切れたところは崖か岩場になっていて、その先は海だ。透き通るような海の碧と、抜けるような空の蒼、それらが遠くで交わり水平線を形作っている。
私は山頂から見るこの景色が好きだ。浜辺からでも水平線は見えるけれど、目の前に見える海の量が山頂からの方がずっと多い。波が揺れキラキラ光る海が目の前一杯に広がるこの光景は何度見ても飽きることが無い。
しばらくボーっと景色を眺めていた私は、隣に瑞希ちゃんが来たことにも気が付かなかった。
「柚葉さん」
「え?」
瑞希ちゃんの呼びかけを予期せず吃驚した私は、素っ頓狂な声を上げてしまった。瑞希ちゃんを見ると、瑞希ちゃんの方も吃驚したような顔をしていたけど、直ぐに笑顔になった。
「驚かせてしまってごめんなさい。でも、柚葉さんにしては珍しいですね。そんなに集中して景色を眺めていたとは思いませんでした」
「うん、まあ、そうだね。ここの景色はついつい見入ってしまうんだよね」
私は海の方に向き直る。瑞希ちゃんも私の隣で同じ方向を見ていた。
「この景色を見ていると、世界って広いんだって感じるんだ。この島も、自分も、とてもちっぽけな存在だなって」
「その気持ち、何となく分かる気がします。大きな海に呑み込まれてしまいそうな感じですよね」
「そう」
それからまたしばらく黙って景色を眺めて堪能した私は、今度は山頂の南側に移動して、島の南の方を眺めた。
南側には、森の向こうに草地があって南御殿の裏側が見え、その向こうに島の中央の集落が広がっている。そしてその集落を囲むように畑や森があって、その先には、やはり大きな海が見える。こうして見ると、人が住んでいるところは、とてもちっぽけな広さだ。でも、そこには大好きな人たちが沢山住んでいる。だから、そこだけは何があっても護ろうと思う。
心の中で決意を新たにしつつ、またしばらく景色を眺めていたが、後ろの方では飽きて来たのか騒がしくなってきていた。もう少し風情を楽しもうよと言いたいところではあるけど、興味の無い中学生に求められる話でもないと考え直す。そろそろ潮時だと諦めよう。
私はくるりと半回転して皆の方に向き直る。
「そろそろ山を下りようか」
「うん、帰ろう、柚姉」
真っ先に賛成したのは恭也だった。まあ、そんな気はしていたけどね、弟よ。
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