1-5. ダンジョン
講習会の日の午後、参加者は13時までに御殿前の広場に集まることになっていた。参加者といっても講習会の参加者は瑞希ちゃんと恭也で、一緒に食事していたので問題は無い。午後のダンジョン行きは、講習会受講者以外も参加して良いことになっていて、そういう希望者の集合時間が13時ということだ。
食事を終えた私が、ダンジョンに行くために着替えて、集合時間の5分くらい前に行ってみると、もう全員が集まっているようだった。
今日の参加者は、講習会の実技を受ける瑞希ちゃんと恭也に加えて、昨日、港で私を出迎えてくれた中学二三年生の全員みたいだ。つまり、講習会を受けている中一の二人に加えて、中二の卓哉くんと、麗奈ちゃんと、花蓮ちゃん、中三の保仁くんの計六人ということになる。皆頭にはヘルメットを被り、瑞希ちゃん以外は左手に盾、そして全員が腰に剣を挿している。私もヘルメットを被っているが、武器は右手の槍だ。剣や槍などの武器は、普通は持ち歩くことを禁止されている。ダンジョンの入り口にあるダンジョン管理協会で武器を借りて入るのが基本なのだ。ただ、ダンジョン探索ライセンス保持者のうち、B級以上であれば街中での武器の持ち歩きができるようになる。C級であっても、B級以上の監督下であれば持ち歩ける。この島のダンジョンの入り口には、ダンジョン管理協会は無いので自ずとB級以上の引率が必須になるのだけど、私はA級だから問題ないのだ。
「皆集まっているみたいだね」
「こんにちは。よろしくお願いします」
皆礼儀正しく挨拶してくる。
「はい、よろしくお願いします。えーと、これから出かける準備している間に時間になると思うので、始めてしまっても良いかな?」
「はい」
皆揃っている。良い感じ。
「今日は講習会の実技を兼ねているので、講習会を受けている人に色々確認するから、よろしくね」
「分かりました」
「じゃあ、まず服装チェックから、瑞希ちゃんお願いします」
「はい。ダンジョン内では怪我をし易いので、基本的には長袖長ズボンでないといけません。いまここで着ていなくても良いけど、ダンジョンに入るときには着る必要があります。あと、靴は滑りにくい運動靴ですね。皆準備できていますか?」
私と瑞希ちゃん以外はみんな長ズボンだったから、あとは長袖の羽織るものを持っていれば問題ない。流石にここで長袖を着るのは辛い。私や瑞希ちゃんのように、防御障壁が使える人は、例外的に服装は自由だ。というか、怪我したときに治し辛いので、私なんかは基本的に半袖短パンだ。
「着るものは大丈夫そうね。次に装備品のチェックね。恭也お願い」
「オッケー。装備品はヘルメット、ライト、武器と盾が必須だよな。ライトは点くか今確認しよう」
それぞれライトのスイッチを入れて点灯すること、灯りが弱くなっていないことを確認する。あと、剣が鞘から抜けることも要確認だ。
「そうそう、瑞希ちゃん。防御障壁は二種類ともできるの?」
「はい。体に沿わせて展開するものと、盾のように体の前に展開するものですよね? 両方ともできます」
「じゃあ確認したいから、一つずつ順番にやってみてもらえる?」
「分かりました。最初は体に沿わせて展開するものからやります」
瑞希ちゃんは、宣言とともに防御障壁を展開した。防御障壁を展開すると、その部分が薄い銀色の膜に覆われたようになる。瑞希ちゃんが薄い銀色の膜に覆われたところで、私が手刀で叩いてみる。瑞希ちゃんの体から堅い感触が返ってくる。
「痛くない?」
「大丈夫です」
「良いみたいね。なら、次に盾のように展開して」
瑞希ちゃんは私の言葉に頷いて、体に展開した防御障壁を解除してから、体の前に透明だけど薄く銀色輝く壁を出した。こちらには身体強化した拳をぶつけてみた。びくともしない。こちらも、十分攻撃に耐えられそうだ。
「うん、防御障壁は良さそうね。じゃあ、最後は持ち物確認を瑞希ちゃんお願いしていい?」
「持ち物は、水分補給用の水筒、栄養食など非常時用の食料と、怪我をしたとき用の救急セット、時間を知るための時計、あとは呼子の笛ですね」
ここのダンジョンは規模が小さいのでそんなことにはならないが、それでもダンジョンでは何が起きるか分からないので、不測の事態への備えが必要だ。笛は、魔獣を呼んでしまうリスクもあるけど、何か起きた時に知らせる手段が無いと詰んでしまうので、最後の手段として持ち歩くことになっている。時計はスマホでも代用可能だけど、ダンジョン内は基本携帯の圏外になってしまうので、電話や通信はできない。
「皆、準備は大丈夫そうね。それじゃあ、時間も過ぎたし、いよいよダンジョンに向かって出発しましょう」
「おー」
御殿前の広場から、縦に一列になってダンジョンに向けて歩き始める。先頭は、道を良く知っている中三の保仁くんにお願いした。その後ろに防御障壁が使える瑞希ちゃん、そして恭也と中二の3人、殿が私だ。ダンジョンに行くまでの途中で魔獣に出くわしてしまうこともあるので、常に警戒が必要だ。
さて、この島のダンジョンが何処にあるかというと、御殿の北側だ。島は南北に長い形をしているが、その北半分の真ん中くらいに小高い山のようになっているところがあり、その山の南側の麓のところにダンジョンの入り口がある。ちょうど御殿が、ダンジョンに対して島の中央を護るような場所に位置している。御殿からダンジョンの入り口までは、1kmと少し。間に坂も無い平坦な道なので15分ほど歩けば付いてしまう。ただ、街灯は無いので、夜暗くなると何も見えなくなり、かなり怖い。まあ、私は身体強化を使えば夜目が利くので問題は無いのだが、普通の人には辛いと思う。
ダンジョンに行く道の三分の二は、開けたところを歩くが、残りの三分の一は植生が変わって林の中になり、見通しが悪くなるので警戒が必要になる。隊列を組んで歩いていった私たちは、途中で魔獣に出くわすこともなく、無事にダンジョンの入り口に辿り着くことができた。
「はい、じゃあ、これからダンジョンに入るので、長袖のものを羽織ってもらえますか?」
私の呼びかけを聞いて、皆が長袖のシャツなどを着始めた。
「さて、ここからダンジョンですが、ダンジョン内では2列縦隊で進みます。先頭は、講習会の実技を受けている瑞希ちゃんと恭也、その後ろに保仁くんと卓哉くん、麗奈ちゃんと花蓮ちゃんの順番でお願いします。私は最後尾になります。中では周りの音を聞き逃さないように静かにしてね」
「はい」
「何か質問ありますか?」
皆黙っている。特に質問は無さそうだ。
「あ、トイレは大丈夫? いまならそこの簡易トイレが使えるけど」
トイレに行きたいという子も居なかった。
「では行きましょうか。皆、ライトを点けてね。良ければ、瑞希ちゃんと恭也から入っていって貰える?座学で習ったことを忘れないでね」
「了解です」
「任せて」
瑞希ちゃんと恭也がそれぞれ返事をして、ダンジョンに入っていく。
ダンジョンの入り口には扉があって、鍵が掛かっている。ダンジョンから魔獣が出てくるのを避けるためだ。鍵を無理やりこじ開けると、警報が鳴るようになっている。だから、私は預かってきた鍵を使って扉を開けた。
ダンジョンの中は、基本的には真っ暗だ。ところどころ、ヒカリゴケが付いて仄かに明るくなっているところがあったりするが、それ以外は灯りになるようなものが何もない。なので、ヘルメットに付けているライトだけが頼りだ。身体強化を使えば、そんな暗闇でも見えるのだが、いまはライトの灯りが目に入ると眩しくなり過ぎるので、身体強化は使っていない。瑞希ちゃんもきっと私と同じだろう。
そんな中で、目だけを頼りにするのは危険なので、音とか匂いとか色々な感覚を動員して、周囲の気配を察知するように努める。
ここのダンジョンは、全部で三層になっている。今日は中学生と一緒なので、入るのは一層だけであり、何事も無ければ一層の奥まで行って戻ってくる予定である。
奥までは大体2kmだが、足下が悪いし、暗いし、片道1時間、往復で2時間で行ければ良い方だ。魔獣に出会ってしまったら、そこで折り返すことになる。
周囲を警戒しながらしばらく歩いたところで、広い空間に出た。
「恭也、広いところに出たら、どうするのだっけ?」
「真ん中を進むと、魔獣に囲まれる恐れがあるので、なるべく端の方を進むのが良いのだけど、端の方は端の方で足場が悪くなっていて、攻撃を受けた時の回避が大変になるから、足場も気にしながらなるべく端の方を進むのが推奨されてる」
「はい、その通りね。じゃあ、いま言ったことを考慮して先に進んでもらえる?」
「はい。だけど、ここは右に行った方が良いのかな? それとも左?」
「ここは右でお願いします」
「分かった」
瑞希ちゃんと恭也が、なるべく右手に寄ることを意識しながら先に進み始めた。
そうして歩いていったら、保仁くんが魔獣の姿を目撃して報告してきた。
「左60度の方向に魔獣が居ます」
いよいよ魔獣との戦いだ。
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