1-4. 探索ライセンス講習
翌日。ダンジョンの探索ライセンスの講習会があるからか、朝から恭也がソワソワして落ち着きがない。よほど楽しみにしていたに違いない。
講習会は、9時から12時までの午前中が座学、13時からの午後の部が実技となっている。主催は、ダンジョン管理協会の支部なのだが、私たちの島に支部は無い。どうなっているかというと、我が家が支部の代わりを務めることになっている。いわゆる出張所みたいな扱いだ。どうも、過去、ダンジョン管理協会が設立されダンジョン探索ライセンスの制度が出来た時に、それ以前から近くのダンジョンを管理していた巫女の一族が圧力をかけて、特例を設けさせたらしい。その手の政治的な圧力をかけるのは、東の封印の地を護る春の巫女の一族が得意とするところらしいが、いまの私にはよく分からない話である。
ともあれ、ダンジョン探索ライセンスを取得可能なのは12歳以上となっているのだが、その特例のおかげでこの島の12歳以上のライセンス取得率は100%に出来ているので、良かったということなのだと思う。
また、過去のそうした経緯から、この島のダンジョン探索ライセンスの講習会を開催するのは、南森家の役目となっている。座学の講師は、お父さんや分家の叔父さん達の役目だ。午前中は、お母さんと私は、夏祭りの舞いの練習に時間を割くことにしていて、講習会には関係しない。でも、午後の実技は、私の役目になっている。高校生が講習会の実技教官を担当して良いのかは分からないが、私は中二のときからやっているので、いまさらという感じだ。なお、講習会の実技教官を担当するには、ダンジョン管理協会の指導員の資格が必要だが、私は中一の時に取得している。だからモグリでもなんでもないのだ。
今年の受講生は、中一となった恭也と、同じく中一となった分家の瑞希ちゃんの二人である。どちらも南森家の人間なので、ダンジョンのことは良く分かっている。というか、この島の人ならみんな同じように分かっている。とは言っても講習は受けないといけないし、まあ、これまで見聞きしたことを一旦整理する役にも立つから良いのではないかと思う。
講習会の講義は、御殿でやることになっているので、私は舞いの練習前に、御殿をちょっと覗いてみることにした。
南御殿は、畳敷きでそれなりの広さがある。道場よりも広そうだから、150畳とか200畳ほどだろうか。御殿の中央奥には、像が5体置かれている。主と思しき人が杖を持って立っている周りに、従者と思しき4人が、それぞれの武器を携えて跪いている。持っている武器は、それぞれ、片手剣であるロングソード、槍、曲刀、そして弓となっている。従者は全員女性のようなので、彼女たちも巫女だったのだろうか。木彫りの像なので良く分からないが、そういえば、夏祭りの巫女の衣装に似たような和風の服を着ているように見える。
それにしても、武器を剥き出しにしておいて大丈夫なのだろうかと思うのだが、実は、像の周りには結界が張ってあって、許可のある人しか入れないようになっているらしい。私は南森の家の人間なので許可対象になっていて、結界があることに気が付かないだけだった。それはそれでちゃんと考えてあるらしい。
そんな御殿の中に、講習会のために準備されたであろうホワイトボードと、折り畳み机、それに折り畳み椅子が、御殿の雰囲気とは若干不釣り合いながら置かれていた。
まだ恭也も瑞希ちゃんも来ていないようだ。ちょっと時間が早かったか。
9時まであと15分くらいになったところで、広場に足音がしたと思ったら、瑞希ちゃんが歩いてきているのが見えた。瑞希ちゃんは、ピンクのTシャツに、薄茶色のキュロットスカート。午後の実技のときを考えて、ちゃんと動き易い服装で来ている。手には、ライト付きのヘルメットを持っていて、腰からは剣を下げており、背中にはナップサックを背負っていた。
「瑞希ちゃん、おはよう」
「あ、柚葉さん、おはようございます」
瑞希ちゃんが礼儀正しく挨拶してくれた。
「今日はよろしくお願いいたします」
「うん、瑞希ちゃんも頑張ってね。まあ、瑞希ちゃんなら大丈夫だと思うけど」
「ありがとうございます。柚葉さんとダンジョンに行くのが楽しみです」
嬉しいことを言ってくれる。瑞希ちゃんは従妹だけど、妹みたいに可愛い。いっそのこと、本当の妹になってくれないだろうか。
「ありがと。そろそろ恭也も来ると思うから、よろしくね」
「分かりました」
「じゃあ、そろそろ私は舞いの練習に行くから、また午後にね」
「はい、また後で」
挨拶のあと、私は本堂を後にした。
講習会を受ける二人が講義を受けている午前中の間は、私は舞いの練習だ。
自室で練習用の服装に着替えた私は、昨日と同じように道場へ行く。お母さんは、既に道場に居て、私を待っていた。
「今日もよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
親しき中にも礼儀あり。挨拶はきちんとしないとね。
「じゃあ、まず柔軟します」
と、いつもと同じように、体を解すところから始める。
「今日も、最初は一通り舞うところからね」
体を解し終わったところで、お母さんに言われる。
「はい」
昨日と同じように、伴奏に従って舞う。昨日に比べて体が振り付けを覚えているように感じる。そう、振り付けは覚えられているのだけど、やっぱり何かが足りない気がする。何だろうなぁ、と思いながら舞い終わると、お母さんに「集中できていないように見えるのだけど」と言われてしまった。
「振り付けは覚えられているのだけど、何かが足りない気がして。その足りない何かが何だろうなと思っていたので、集中できていないように見えたのかも知れないんだけど」
「そうね、まあ、舞いの意味を考えるのは良いことなのだけど、頭が考える方に行ってしまって、舞いの動きをコントロールするところから離れてしまうのは駄目ね」
なかなか難しいことを言われた気がする。
「はーい」
もうちょっと舞うことに集中しよう。
集中して練習していたら、あっという間に午前中が終わってしまった。
練習が終わり、食堂に行ったら、ちょうど恭也も本堂から戻ってきたところだった。瑞希ちゃんも一緒だ。
「瑞希ちゃんをお昼に誘ったんだけど良かったかな?」
「ええ、いいわよ。お昼は素麺だけど、瑞希ちゃん大丈夫?」
「はい、素麺好きです」
「良かったわ。じゃあ、適当に座って待っていてね」
瑞希ちゃんと恭也が席に着く。私はお母さんを手伝って、海苔や薬味を切ったり、食器の準備をしたりした。準備をしている間に、お父さんも戻ってきた。
「いただきま~す」
皆でワイワイ話しながら食べ始める。
「瑞希ちゃん、午前中の講習はどうだったの?」
「はい、まあ、大体は知っていることでしたけど、どうしてそうしているのか理由が分かったことがあって、良かったです」
「それは何よりだね」
瑞希ちゃん、優等生だなぁ。
「恭也は寝てなかった?」
「そんなことしてないし。ちゃんと聞いてたし」
「おけおけ。悪いこと言った、ゴメン」
どうやら、恭也もきちんと聞いていたらしい。変な先入観を持ってはいけなかったな。
「それじゃあ、講習会はあとは午後の実技だけだね。ちゃんと出来てないと合格あげられないから、気合入れておいてね」
「はい、大丈夫です、任せてください」
「俺も問題ない。一発で合格してやる」
それを言っちゃうと駄目になっちゃうパターンじゃないのか、弟よ。まあ、心して臨んでくれたまえ。
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