1-6. 魔獣との戦い
「瑞希ちゃん、魔獣を見つけた時の行動は?」
「こちらに注意を向けているかと個体の大きさ、それから仲間がいるかの確認です」
「確認結果は?」
「中型犬サイズでこちらに気が付いています。仲間は居ないようですが、呼ぶ恐れはあります」
「そうね。じゃあ、撤退条件は?」
「こちらの対処できる範囲を超えると予想される場合になります。柚葉さんのことを除き、かつ私の力のことも考えないとすると、中型犬サイズだと3頭が限界だと思います」
そう、一般の人がいるときは、無茶なことはできないので、力のことは考えないのが良いのだ。
「そんなところね。それで、どう攻める?」
「全員で行くと逃げてしまいそうに思うので、前衛の恭也くんと私とで接近していくのが良いのではないかと思います。他の人は、増援が来ないか周りを警戒する役で」
「それで良いと思うわ。ただ、ここから真っすぐ魔獣に向かうと、二人の陰になって魔獣の動きが見えないので、しばらく先に進んでから魔獣の方に向きを変えて欲しいのだけど、二人とも良い?」
「はい」
「大丈夫」
「魔獣が攻めて来た時の対処方法は忘れていない?」
「忘れてないって」
「覚えています。まずは防御ですよね」
「そう、じゃあ、よろしくね」
私たちから離れて、二人だけで動き始めた。私のお願い通り、しばらく壁沿いに進んだ後、魔獣の方に向きを変えて進み始めた。私たちは、他に魔獣が居ないか、周囲の警戒に努める。
二人が魔獣に近づくと、魔獣は唸って体勢を低くした。逃げずに攻撃しようという構えだ。
恭也が盾を前にして進む。ここからは見えないが、瑞希ちゃんも防御障壁を張っているに違いない。
二人が魔獣の間合いに入ったか、魔獣が二人に向かって攻撃を仕掛けた。二人とも防御の姿勢に入っているので問題ない。
そして魔獣は瑞希ちゃんの方に攻撃のターゲットを絞ったようだ。そうであれば、恭也は盾を持ちながら魔獣の後ろに回り込んで、背後から攻撃すればよい。
私が指示することなく、恭也が回り込みを始めた。そして、後ろに回り込むと、剣を振りかぶって、気合とともに後ろ足を攻撃する。
「たあっ」「やあっ」
一撃、二撃までは入ったが、流石に放置は不味いと思ったのか、そこで魔獣は少しびっこを引きながら、恭也の方に向きなおる。
魔獣が恭也を攻撃しようとするのを、恭也が盾で防いでいる隙に、今度は瑞希ちゃんが攻撃の姿勢に入る。もちろん、瑞希ちゃんは身体強化をした上で、剣の刃に力を乗せているので、剣の刃が淡く銀色の光に包まれている。
「はぁっ」
瑞希ちゃんの一撃で、魔獣の後ろ足の動きが止まった。
恭也もすかさず攻撃し、魔獣の抵抗も弱くなる。ここまでは順調だった。
しかし、弱った魔獣に恭也が止めを刺そうと近づいたとき、私の知覚に引っ掛かったものがあった。
「恭也っ!! 別のが来た。下がって、伏せて」
二人の魔獣との戦いを少し離れていたところから見ていた私は、叫びながら身体強化して新たな敵に向かってダッシュした。
「皆も下がって」
間に合うだろうか、いや、間に合わせないといけない。更に強化して加速する。
「!!」
まだ敵の対処が終わらないうちに、もう一つ知覚に引っ掛かったものがある。
「うおおおぉっ」
私はまず恭也に襲いかかろうとしていた魔獣の頭目掛けて、穂先に力を乗せて淡い銀色の光に包まれた槍の穂先を差し込むと、その反動で急制動をかけ、次の敵の位置を探る。
その気配は真後ろにあった。
私は来た方向に体を少し戻しながら、槍を逆手に持ち直して、魔獣から力任せに引き抜き、穂先を下に下げ、握りの位置を石突の方に少しずらし、穂先を右腕の下から体の右側を通して後ろに向けた。
槍の間合いまであと少し。
感覚を研ぎ澄ましていると、更にもう1頭が別の方向から迫っているのを感じる。どちらが先かと言うと、後ろの方が先だ。
「そこっ」
後ろから襲おうとしてきた魔獣が間合いに入ったので、穂先に力を乗せ、後ろ向きのまま勢いを付けて魔獣の頭に刺した。
残りの1頭ももう目の前で、槍を回していたのでは間に合わない。
私は、咄嗟に槍から右手を離すと、その手に力を乗せて、魔獣の顔面に掌底を当て、身体強化もして手を押し出すとともに、それよりも勢い良く力を押し出した。すると、魔獣の頭の掌を当てたのとは反対側から銀色の光とともに大きな衝撃が抜け、魔獣の全身から力が抜けたようになり、その場に倒れた。
「ふう、何とかなったか…」
手放していた槍を握り直し、倒れていた魔獣から抜くと、恭也が倒そうとしていた弱った魔獣の止めを刺した。
一息ついた私が周りを見回すと、皆が呆然として私を見ている様が目に映った。
「今の…一体どうやって?」
瑞希ちゃんが声を絞り出すように言った。
「まあ、咄嗟の判断?」
自分でも表現し難い。
「いや、判断も何も、後ろの魔獣はどうやって? 光も当たってなくて見えなかったと思うのに…」
言われてみればそうかも知れないのだけど、自分でも必死だったので良く覚えていない。
「恭也は無事?」
瑞希ちゃんの疑問は、申し訳ないけど脇に置いておいて、無事を確認することにした。
「ああ、ありがとう、柚姉」
恭也は、怖々と顔を上げていた。
「瑞希ちゃんも、他の皆も無事ね?」
「はい」「えぇ」
皆、大丈夫そうだ。良かった。
しかし、ダンジョンに入って、そんなに深いところまで進んでもいないのに、これだけの襲撃を受けるとは思っていなかった。油断があったと言えばそれまでだけれど、何かいつもと違う重々しい雰囲気を味わっていた。
「いつもと様子が違うみたいだし、ここで戻りましょう」
先程の魔獣の襲撃の衝撃が大きかったのか、反対の声は上がらなかった。
魔獣の骸をこのままにしておけないので、ナップサックの中に用意してあった、搬送用の厚手の丈夫な袋を4枚取り出し、手分けして魔獣の骸を入れていった。そのうち2つは、同じく用意してあった伸縮する棒に括り付け、片方を保仁くんと卓哉くんの二人で、もう一方を恭也と麗奈ちゃんと花蓮ちゃんの三人で運んでもらうことにした。瑞希ちゃんを私は身体強化が使えるので、一人一つずつ担いでいく。
「さっきの手での攻撃ってどうやったのですか?」
瑞希ちゃんが聞いて来た。
「掌を押し込むとともに力を爆発させるように込めたんだよね、そしたらああなった」
「え?咄嗟にやったのですか?」
「そう。でも、あれ、有用だよね。よし、『掌底破弾』と名付けよう」
勝手に名前を付けて、私は一人悦に入った。
そこからダンジョンの入り口までの間も、ダンジョンの入り口を出て御殿に戻るまでも、どちらも何事もなく移動することができた。
御殿前の広場に辿り着くと、私たちの足音が聞こえたからか、お母さんが家から出て来た。
「おかえりなさい。って、あら、4頭も仕留めたのね」
「ダンジョンの割と浅いところでまとめて襲撃を受けたんだよね」
「あらあら」
私が答えると、お母さんはちょっと心配そうな反応をする。
「まあでも、講習の実技としてやるべきことはやれたし、瑞希ちゃんも恭也も覚えた通りのことができていたから合格ってことで」
「分かりました。そのように記録して、ライセンス証を発行しますね」
お母さんは、一旦家に戻って、紙を持ってやってきた。
「はい。これが瑞希ちゃんと恭也の合格証書ね。大事に取っておいて。ライセンス証が来るまでは、合格証書がライセンス証の代わりになるから」
「ありがとうございます」
「合格証書も嬉しいけど、早くライセンス証が来ないかな」
恭也は、さっきの襲撃でおびえたような顔をしていたけど、もうそのことは忘れたように呑気なことを言っている。
「お母さん、ダンジョンの様子が変だから、落ち着くまでしばらくは、中学生はダンジョン探索は禁止にしないと駄目だと思う」
「柚葉が言うのなら、そうなのでしょうね。じゃあ、安全が確認されるまでは、中学生はダンジョンに行っては駄目よ」
「ちぇっ、仕方がないなぁ」
ライセンスを取ったばかりの恭也がふて腐れているが、安全が第一だ。
講習会の実技を兼ねた今日のダンジョン探索は、それでお開きとなった。
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