1-2. 舞いの練習
私の家は、島の中央の北の端にある。
この島を束ねる南森家の本家ということで、黎明殿の南御殿の広い敷地の一角に建っている。黎明殿とはこの世界を護る神様のような存在が作った組織なのだそうだ。
その敷地の南側にはシーサーが鎮座した正門があり、島の中央に接している。正門から敷地内に入ったところは大きな広場となっており、広場の北側には集会所としても使われる南御殿が、右側には舞台が、右奥には道場があり、道場と接した北側に私たちが住んでいる住居棟がある。
私の部屋は、住居棟の二階の一室だ。
南御殿というのは、黎明殿の中で南に位置する御殿ということで、この島に御殿が複数あるということではない。なので、正式名称は南御殿だけど、私も含めて皆は御殿と言ってしまうことが多い。
私は自転車に乗ったまま正門を通過し、そのまま家の裏側まで行った。裏と言っているのは便宜上で、広場の側が表、その反対側が裏という意味でしかない。家の玄関はその裏の側にあるので、家としては玄関がある裏側こそ表なのだけれど、私を含めて皆玄関のある方を裏側とか裏手とか呼んでいる。ともかく、私は家の裏で自転車を降りて、家の裏手にある自転車置き場に自転車を置くと、玄関から家に入る。
「ただいまぁ」
…返事が無い。
いまは家には誰もいないらしい。
二階に上がり、自分の部屋に入った私は、高校の制服である白のセーラー服と紺色のスカートを脱ぎ、動き易いように半そでのシャツと運動用の短パンを身に付けた。これから夏祭りで踊る舞いの練習だ。
夏祭りは、島の行事の一つである。元は神様への感謝を捧げた神事だったとの伝承があるが定かではない。いまは、島の伝統民謡を演奏したあと、魔獣を模した人形が舞い、その魔獣を懲らしめるとされる剣舞が披露され、そして巫女による舞いによって締めくくられる流れとなっている。
巫女とは、南森家の女性の中に現れる特異な能力を持った存在のことである。巫女となる者は、生まれた時から不思議な力を持っており、その力で島を護るとされていた。力を持って生まれた女の子は、10歳のときに巫女見習いとなる。そして15歳になったあとの夏から正式な巫女となる。そう、私はこの夏から正式な巫女となるのだ。
これまでは、この島の巫女はお母さんだけだった。お母さんも力を持っている。子供を育てるようになってからは魔獣討伐に参加することがほとんど無くなったようだけど、以前は先頭を切って魔獣に立ち向かっていたと聞いている。いまは優しいお母さんだから想像がつかないのだけれど、猛々しかったころもあるらしい。そんなお母さんの昔の武勇伝は詳しく話して貰ったことはない。しかし、昨年まではこの島の巫女はお母さんだけだったし、そのお母さんが巫女として夏祭りで舞っていた。今年からは夏祭りで舞うのが私になると決まっていたので、昨年の夏祭りで私もお母さんの後ろで一緒に舞った。
ちなみに、南森の分家からも巫女の力を持つものは現れることがあるという。実際、中一の瑞希ちゃんも私ほどではないけど力を持っており、巫女見習いとなっている。近い年代で二人以上の巫女の力を持つ女の子が生まれることは、無くはないけど珍しいことらしい。巫女が同世代で複数人になるのは、巫女が一人では危ないと神様が考えた時だという言い伝えもある。南森家の分家は全部で四家あり、それぞれを区別する時には、火の分家、水の分家、風の分家、土の分家と呼ぶ。瑞希ちゃんは水の分家だ。私たちの年代では、巫女の力を持っているのは瑞希ちゃんと私の二人だけだけど、もしかして、この先二人のうちのどちらかが巫女としてやっていけなくなる事態になってしまうのだろうか、ちょっと不安な気持ちもある。
動き易い服装に着替えた私は一階に下り、渡り廊下を通って道場に向かった。道場は百畳近い広さがあり、日ごろは武道などの練習に使われるが、夏祭りが近くなるころは舞の練習に使えることになっている。道場ではお母さんが舞いの練習をしていた。お母さんの舞いは、優雅で綺麗だ。さすがに長年舞ってきただけのことがあると思う。私の舞いなんて、へなちょこだ。
真剣に舞っている邪魔をしては悪いと思い、入り口そばの床に体育座りして、お母さんの舞いを眺めていた。お母さんの背丈は、私より少し高い。私もまだ成長期だし、お母さんくらいの背にはなるのだろうか。しかし、それより何より、お母さんは若々しい。もうすぐ40歳と言うと怒られるが、肌はツヤツヤで、一見すれば20代後半に見える。私の歳の離れたお姉さんと言っても通じるだろう。すらりとしてスタイルも良い。力による再生の効果なのだろうか。私も年取っても若々しく居られるかな。
ひとしきり舞い終わってから、ようやくお母さんは、私に気が付いたようだった。
「あら、帰って来たのね」
「うん、今日は練習って言ってたから、早い便の船で帰ってきた」
「約束通りでよろしい。それで、振り付けは覚えていて?」
「大体は覚えていたし、去年のビデオを見て練習しておいた」
ふふん、ちゃんと予習したのだ。
「それなら最初から一人で舞ってもらおうかしら」
「頑張ってみる」
最初から一人とは、内心不安があるけど、偉そうなこと言った手前やってみるしかないなぁ。
「あ、でもその前に柔軟するね」
そうそう、準備体操は必要である。
私は立ち上がると、道場の真ん中の方に進み出る。そこで前屈をしたり、足を伸ばしたりなどひとしきり体をほぐした。
私が柔軟をしている最中に、お母さんは、音楽プレーヤーのところに辿り着いていた。
「柚葉、そろそろ準備は良いかしら?」
お母さんからの確認に、二度ばかり深呼吸してから、踊り始めの姿勢をとる。
「はい」
私の返事を合図に、お母さんが音楽プレーヤーのスイッチを入れる。巫女の舞いの伴奏が流れ始めた。伴奏は、三線、笛、太鼓によるものだ。
前奏部分が終わったところから、私も舞い始める。手捌き、足捌き、顔の向き。右に回って、左を向いて、一歩下がって前に進み、と、振り付けを思い出しながら体を動かす。「最後まで舞い切ったよな」と思ったところで、ちょうど伴奏も終わった。どうやら振り付けは間違えずに済んだようだ。良かった。
「うーん、一応形にはなっているけど、何かまだ思い出しながら舞っているような感じがするわね」
ご明察である。
「まだ体で覚えきれていないみたい。あと何回か通しで舞ってみても良い?」
「そうね、まずは繰り返して体で覚えないとね」
それから、体で覚えたと思えるまで、繰り返し伴奏付きで通しで舞った。
そのあと、お母さんから特に気になると思ったところについて指導が入り、その部分練習をした後に、また何回か通しで舞って練習が終わった。
「これからも毎日練習しないとね」
「はい、そうします。お稽古付けていただきありがとうございました」
今日は結構気合入れてやってしまった。疲れても、巫女の力で癒せるので、その気になれば、いつまででも練習できてしまうが、さすがにお腹が空いてきた。
「お腹が空いて来たけど、夕食の準備はこれから?」
「今日はトメさんが来てくれることになっていたから、もう支度は始まっているんじゃない?」
「ああ、そうなんだ」
トメさんは近所のおばさんで、お母さんが忙しいときなど、たまにお手伝いに来てくれている。トメさんが来てくれているなら、夕食になるのも早いだろう。
それにしても、と思考を巫女の舞いの方に引き戻す。
舞うには舞えているのだけど、何かこう物足りない気がしてならない。舞いの根底にある気持ちが分かっていないからだろうか。
「お母さん、ちょっと聞いてもいい?」
「なぁに?」
「この舞いって、元々はどういうときに舞ったものなのか知ってる?」
「うーん、あまり詳しいことは聞いたことが無いのだけど、戦いの後で舞っていたという話があったかしら」
「戦いの後?」
「そう。でも、この舞いの名前は『護りの舞い』と教わったのよね。守るためのものなら、戦いの前とか戦いの最中に舞う方が合っていると思うのだけど、変ね」
「『護りの舞い』かぁ。その名前にもちゃんとした意味があるのだと思うけど、それが分からないのは残念だね」
「そうだけど、自分なりに解釈すれば良いのではないかしら」
まあ、それもそうかもしれない。
「そうだね、練習しながら考えてみる」
私の言葉に、それが良いわと言うようにお母さんは頷いた。
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