第1章 南国の雪 (柚葉視点)

1-1. 夏休みの始まり

今日も良く晴れている。

空は青く、夏の暑い日差しの中、穏やかな波の上を船が進んでいく。

私、南森柚葉は、高一の一学期の終業式を終え、いつもより早い時間の船に乗って、住んでいる島に戻ろうとしている。

私が住んでいる崎森島は、沖縄県にある人口200名ほど、面積が約12平方キロメートルの小さな島だ。島内に小中学校はあったが、高校は無く、高校進学者は高校のある島に移住するのだけど、私は家の事情で島から出ることが出来ないため、不便だけど毎日船で通学している。

船は一日4便しかなく、乗り過ごすと島に帰って来られなくなったりするので、夕方の最終便には乗り遅れないよう、いつも時間を気にしながら学校生活を過ごしている。

私は読書が好きなので、放課後、高校の図書室で本を読んだりすることも多い。本を読んでいるとどうしても時間が経つのを忘れてしまうので、これまで何度か最終便に乗り遅れたことがある。そういうときは、友達の家に泊めさせていただくのだが、あとで親にこってり叱られる。でも、面白い本がいけないのだ。

私が好きは本のジャンルは、一つはファンタジー系の物語。魔法騎士や魔法使いや妖精などのファンタジーならではの登場人物や、中世を思わせる時代設定や風景などが大好きだ。好きすぎて、読んだ物語から、ついつい色んな想像が広がって思いにふけるのだが、周りからはボーっとしているように見えるらしい。

もう一つ好きなジャンルは、パズルだ。難しいパズルは解けないとイライラするが、解けたときの快感がたまらない。同じ系統と言えるか分からないけど、推理小説も好き。

だからなのか、学校での勉強も、国語も悪くないけど、数学も得意なのだ。


さて、そんなことから、船での移動のときは、だいたいいつも図書室で借りた本を読んで過ごしている。でも今日は、終業式で帰りが早く、船の時間の都合で昼食を食べた直後に船に乗ったからか、本も読まずにウトウトしてしまった。そして島が近づいて来たらしく、減速した感じがしたので、船室から外に出てみた。

外は太陽の光が眩しく降り注いでいた。もう目の前には島が大きく見えていて、港の防波堤に波が当たっているのが見える。少し風が吹いているだろうか。船の上でも風を感じるし、島の木々も少し揺れている。しかし、波はそれほどでもない。

私は髪を後ろで太い三つ編みにしているので、風のせいで髪が乱れることはない。この三つ編みは、好きな物語の主人公のお姉さんとお揃いでお気に入りなのだ。そう、私は可愛い妹のお姉さんをやりたいのだけど、残念ながら妹は居ない。弟は居るのだけど、やっぱり妹とはちょっと違うよね、と思ってしまう。可愛いってよりやんちゃだし、段々生意気になってくるし。もちろん、嫌いってことじゃない、というか好きだし。


そうこうするうちに、船はさらに速度を落として、港の防波堤の内側に入っていく。防波堤の内側は波が弱まり、船はゆっくりと桟橋に向けて進んでいく。

船の前方が桟橋に接して、もやい綱で留められ、さらに船の後ろ側も接岸して固定されると、船と桟橋の間に渡り板が掛けられた。私も他の乗客とともに渡り板を渡って、島に降り立つ。

と、そこへ島の中学生たちがやってくる。

「柚姉お帰り」

私の弟の恭也だ。私の三つ下で中学一年生だ。

島の中学生は、いまは全部で六人。恭也と同じ中一は、もう一人、分家の瑞希ちゃんがいる。中二は、卓哉くんと、麗奈ちゃんと、花蓮ちゃんの三人、中三は、保仁くん一人。

ここには、その全員がいる。私が女子の身長の平均よりも少し背が高いためか、私より背が高いのは中三の保仁くんだけだ。卓哉くんは私より背が低いがまだ中二だし、卓哉くんのお父さんは私よりも背が高いので、きっとそのうち卓哉くんも背が伸びて、私よりも高くなってしまうだろう。女子の方はというと、麗奈ちゃんと花蓮ちゃんは平均くらい。瑞希ちゃんは二人より背が低く、もう少し伸びないか悩んでいるようだけど、まだ中一だからこれから伸びるよ。

「ただいま。それで、中学生が揃ってどうしたの?」

「いや、ほら、俺らも今日終業式で明日から休みでしょ。だからダンジョンに行きたいかなーって、柚姉を待っていたんだ」

「ふーん」

ちょっとにやにやしながら相槌を打つ。恭也ってばこの前までは「ボク」って言っていたのに、中学に入ってから「俺」とか言い出して、何か背伸びしようとしているようで可愛い。からかってあげたい気持ちが湧いてくるが、話題がダンジョンのことなので、真面目にやらねばと、こらえることにする。

そう、この島にはダンジョンがある。別にこの島だけが特別ということもなく、いま日本のあちこちにダンジョンがある。とはいえ、離島のダンジョンはそれほど数があるわけでもなく、その点では珍しいと言っても良いのかもしれない。

「連れていってあげてもと思わないこともないのだけど、悪いのだけど、今日は用事があってダンジョンに行く時間がないのよね」

「えー」

「いや、本当にゴメンね。今日はお母さんから、帰ったら舞いの練習をするように言われているの」

「あー」

何だか語彙が乏しいのぅ、弟よ。でも、仕方がない、舞いの練習はきちんとやらないといけないのだ。

「あれ?そういえば、ダンジョン探索ライセンスの講習は明日じゃなかった?」

「そうだよ」

恭也はちょっとふくれっ面だ。

「でも、ほら、ちょっと先に入ってみたいというか…」

「まあ、気持ちは分からないでもないけど。明日の午後は講習の実技でしょう?実技は私の担当だから、そのとき一緒にダンジョンに行こうよ」

そう、ダンジョンに入るには、ダンジョン探索ライセンスが必要なのだ。そのライセンスを得るには講習を受けないといけないのだけど、講習は中学生にならないと受けられない決まりになっている。この島では、中学生向けのダンジョン探索ライセンスの講習会は、一学期の終業式の翌日と決まっている。

ライセンスがあれば、規則上は一人でダンジョンに入っても良いのだけど、この島では中学生だけでダンジョンに入るのは危険だから許可していない。いざというときのために、大人が付いて行くことになっていた。とは言っても、大人はそれぞれ仕事があるので、なかなか中学生とは一緒に行く時間が取れない。

そんな状況の中、私が中学生になってダンジョン探索ライセンスを取得して、最初のダンジョン探索に大人と一緒に行った後、私に対して猛特訓が課せられた。そして、その特訓を私が乗り越えてからは、私が居れば中学生だけでもダンジョン探索しても良いことになった。そんなわけで、これまでも私を含めた中学生だけでのダンジョン探索は何度もやってきた。また、猛特訓の成果により、私が中二になって以降は、私が講習会の実技担当としてダンジョンに連れていく役目も担っている。今年、私は高校生になったけど、その役目は変わってないし、講習会以降も私が中学生を引率してダンジョンに行くことに否やを唱える大人はいないだろう。

恭也たちもそれが分かっているから、私にお願いしてきたのだろうけど。でも、ゴメン、今日は予定があるのだ、弟よ。

「うー、まあ仕方がないか。明日の講習会の実技を楽しみにしておくよ」

「オーケー、オーケー。そうしておいて」

「うん、じゃあ、明日ってことで、よろしく」

「武器とか防具とか、ちゃんと手入れをして準備しておくんだよ」

「はーい」

周りの子たちも納得したような顔をしているので大丈夫だろう。明日に向けた準備を一緒にするのか、みんなでまとまって島の中央に向けて自転車で移動していった。


この島は南北に長くなっていて、東西が3.5kmくらい、南北が6.5kmくらいある。島の中央と呼んでいる地区は、地理的な意味での島の中央より若干南側に中心部がある。港は島の東南にあるので、島の中央まで約2kmほど。歩けなくもないけど、自転車で移動するのが便利だ。島の中央の方が標高が高いので、港から行くと登り坂が続く形にはなるけど、そんなの島の子供たちはへっちゃらだ。

もちろん、私も問題はない。島の中央までの坂道では、身体強化の必要もなく、いつものように家に向かって、サトウキビ畑の中を通る緩やかな坂道を自転車で上り始めた。

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