1-3. 武器庫の中

夕食のあと、私は二階の自分の部屋に戻った。

いつもならば、翌日の予習をしたりするのだけど、明日から夏休みなのだから予習は必要ない。もちろん、夏休みの宿題はやらないといけないのだけど、さすがに今日から始める気にはなれない。そう、明日からやればいいのだ。

そんなわけで、今夜はお勉強はやらなくて良いかな、と自分勝手に結論付けたところで、学校から借りて来た本を鞄から出した。夏休み期間は図書室の本が10冊まで借りられることになっていたけど、10冊借りてしまうと重いので、思いとどまって4冊にしておいた。

そのうちの1冊は、学校帰りの船の中で読んでいたもので、この周辺の島々の伝承をまとめたものだ。夏祭りで巫女の舞いをやることになっていたので、この辺りの歴史や、巫女について調べたいと思って選んだのだった。言い伝えなので、本当のことか定かではない話も混ざっているのだろうけど、昔の雰囲気が伝わってくるような内容で面白かった。本にある話の中には、巫女に関するものはなかったが、昔から巫女の話は表立ってするものではなかったと言われていたので、こうした文献に載っていないのも仕方のないことだと思う。

まだ読んでいない3冊のうち、2冊は続き物のファンタジーの物語モノ。これは、夏祭りが終わってからゆっくり楽しもうと思っている。残り1冊はパズル本。時間のあるときにパズルをやろうと思って借りたのだ。しかし、いまはパズルの気分ではない。

せっかく出したけど、結局いまはいいやと言うことになり、4冊とも机の脇の方に積み重ねておくことにする。


さて、そうなると、家にある本を読むかなぁ。

自分の部屋にある書棚を眺める。舞いの練習の時のことを思い出して、1冊の本を手に取った。それは私の好きな物語の1冊だ。主人公の少女は、本好きで、色んなことがあるのだけど、それらを乗り越えて目標に向かっていく。そうした話の中で、その少女は感情の赴くままに力を溢れさせて祝福をまき散らしたりするのだけど、私には出来ていないことを簡単にやってのけているようで、羨ましい。

思考が段々と舞いの練習のところに移っていく。私の舞いのときに足りなかったものは何だったのだろう。舞いの持つ意味の理解?巫女の力に対する理解?それとも、何かに対する強い思い?

まあ、まだ巫女のことについては、すべてを教えてもらっていない状態なので、理解が及んでいなくても仕方がない。でも力については、取り敢えずすべて教えてもらっている筈だ。力は訓練して制御できるようになっていないと危険だからと、小さい頃からお母さんに教えてもらっていた。でも、いま使えるのは、突き詰めてしまえば、身体強化と武器などのアイテムの強化、防御障壁、それと治癒だけだ。光弾など放出型の力の使い方もあるのは知っているのだけれど、私は使用が禁止されている。それと言うのも、かつて幼い頃に放出型の力を使おうとして暴走させ、あわやという事態に陥ったことがあったからだった。その時はまだ力が弱かったし、お母さんがすぐに気づいてくれたので、何とかなったのだけど、次の時に暴走を止められる保証がないということで、二度と使わないと約束することになってしまった。私も親を悲しませたくないからね。それ以来、約束通りに放出型の力は使っていない。

でも、力の使い方はそれだけではないような気がしてならない。過去に失われた伝承に、私の知っているのとは違った様々な力の使い方が含まれていただろうことがとても残念だ。


そんな物思いに耽っているところに、部屋のドアを叩く音がした。

「何?」

と誰何すると、ドアが少し開いて、弟の恭也の顔が見えた。

「あのさ、ちょっと相談なんだけど」

恭也は、恐縮したような顔をしている。

「どうしたの?」

「いや―― 明日のダンジョンに行くときの武器を準備したいんだけど、一緒に武器庫に行ってもらえないかな」

私は以前から引率役をしていたから、武器庫に入ることも認められていたけど、恭也は今年ライセンスを取ろうとしているところなので、まだ認められていないのだ。自分の武器も確認しておくに越したことはないから、ここは弟の申し出に乗っかろう。

「いいよ。ちょうど私も行こうと思っていたから」

「ありがとう。助かる」

弟が素直に感謝の意を表明した。こういうところは可愛い奴と思う。

「それじゃ、行こうか」

私は恭也を伴って、武器庫に向かう。


武器庫は、家の一階の北の奥にある。入り口は鍵が掛かっていて、その鍵の開け方は、許可した者にしか教えてもらえない。私はもう何度も入ったことがあるので、澱みのない手つきで鍵を開け、扉を開く。

武器庫の中は、鉄と油の匂いが立て込めているので、入り口脇のスイッチで灯りを点けるとともに、換気扇も回す。

ここには、色々な武器と防具が収めてある。恭也と私は、それぞれ思い思いの武器のところに向かう。私は槍が仕舞ってあるところに行き、一本の槍を手に取った。最近、ダンジョンに行くときに使っているものだ。鞘を外して確認する。前回ダンジョンに行ったあとに手入れをしておいたので、明日そのまま使えそうだ。でも、折角だから、部屋に持って行って手入れをしよう。

「ねぇ、これとかどうかな?」

恭也は、長剣の方に行ったようだ。

「ちょっと貸してみて」

私は、槍を入り口脇に立て掛けると、恭也から剣を受け取った。両刃のロングソードだ。モノとしては十分そうだけど、恭也には少し重くないだろうか。

「悪くはないけど、最初は重すぎない方が良いと思うよ。大丈夫?」

「そうだなぁ、少し重いかなぁ」

恭也は、他にめぼしいものが無いかと考えたのか、辺りを見回している。その目が、とある一角を捉えた。

「そこにある、箱に入っているものは何?」

棚の中に細長い箱が整然と並んで置かれている。長いこと誰も触れていなかったのか、埃が積もっているように見える。

私は、箱の一つを取り出そうとするが、思ったよりも重い。身体強化を使い、箱を落とさないように取り出した。その箱を床に置いて、手近にあった雑巾で埃を落として、箱を開けてみた。中にはロングソードが一本入れられていた。

「大人用のロングソードだね。ちょっと重たい」

「古いものみたいだけど」

「そうねぇ。確かに箱は古そうだけど、剣自体は錆びていないわね。どうなっているのかな」

しばらく使っていなければ、錆びが出ていてもおかしくない。

「それに、何で剥き身のまま箱に入れられていたのか分からないわね」

色々と謎である。

「ねぇねぇ柚姉、この箱、内側の剣の柄が当たるところに模様が描いてある」

確かに、細長い箱の長手方向の片方の端、剣の柄の当たるところの内側の正方形の部分に、円形の魔法陣のような模様が描かれていた。

「本当ねぇ、何のためのものなんだろう」

こういうパズルっぽいものを見ると、無性に解明したくなる。

「これだけだと分からないから、他の箱の中も確認してみようか」

同様の箱があと5つあったので、すべて同じように中を検めてみる。すると、すべての箱の内側に同じような模様が描かれていることが分かった。

「模様は似てはいるけど、まったく同じではないみたいね。どういうことかな」

もう少し手掛かりが無いか、武器庫の中を探し回ったが、これ以上は無さそうだ。

「モヤモヤするけど、いまはこれ以上は無理そうね。今は一旦諦めて、明日のために武器の手入れをしてしまいましょう」

「ああ、いいよ」

私は恭也にそう提案した。

「あ、そうそう、あなたは盾も選びなさいよ」

「えー、俺は剣だけで良いよぉ」

「駄目よ。明日は講習会の実技でダンジョンに行くのだから。実技の人は前衛をやらないといけないのだから、盾は必須です」

「そっかー、分かった」

恭也が盾を選んだあと、部屋に持っていく以外の武器はすべて元の場所に戻してから、私は明日使う槍を持って武器庫の外に出て、鍵を閉めた。

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