第16話 スーパードクターSSK (後編)
開口一番。SSKは妻を睨み付けながら言う。
「三木さん。こういうのはやめて貰えませんか?」
何の事?というか、妻に対する態度にカチンとくる。
「は?」
妻はぽかーんとする。
「ですから、いきなりICをセッティングするのは、あなたねぇ、非常識ですよ!あなたも看護師なら分かるでしょ?!」
のっけからケンカ腰の小さなSSK。
「いや、でも、私も主人も何の説明も受けて無くて、診察もされていません」
妻が言い返す。だが、それを聞いてSSKはのけ反るような大げさな動きで「だ~~~か~~~ら~~」と言う。
そして、人に指を突き付けて「あなたねぇ!」と言う。
「いや。受けていないですよ!『膵炎だから入院です』としか、私言われていません!主人は何一つ知らないまま入院しているんです」
専門家なので妻に発言をさせているが、実は妻は口げんかが弱い。自分の感情に飲まれやすく、理路整然と話す事が出来なくなり、仕舞いには頭が真っ白になるのだそうだ。だが、今は妻が正論を言っているとしか思えない。
すると、SSKは思いも寄らない反論に出た。
「あのねえ!あなたはここを知らない!」
ちなみに妻の最初の勤務先はこの大病院の病棟勤務だったので、消化器内科ではないが、色々内情を知っている。
とは言え、むろんスーパードクターSSKの事は知らない。
「いちいち全部なんて説明してられないんです!」
「でも」
「私も忙しいんです!なのにあなたは何ですか?!この事ははね、紹介元の病院にも伝えさせていただきますからね!!」
完全にヒートアップしている。
こうなると専門知識はあっても妻は言い返せなくなる。
選手交代だ。
「全部も何も、先生は何一つ説明してませんよね」
私が横から口を出す。妻を睨み付けていたSSKは今度はこっちを睨むが、正直視線では負けない。瞬き1つせず、静かに相手の目を見つめる。ガン付けているのではなく、ただじっと見ている。
「だから私は」
言いかけるが、妻の言葉を先に打ち消したのはそっちである。遠慮はしない。
「私は何の病気かも、治療方針かも何も聞かされないまま入院しているんです。これっておかしいんじゃないですか?」
あくまでも静かに淡々と、でも明らかな怒りを声に含めて告げる。
「普通は、先生が直接私を見て、今ディスプレイにあるCT画像や、血液検査の数値などデータを示して説明してくれるものじゃないでしょうか?それが無くては患者は安心して先生に身を任せることは出来ません」
途中、何度も人の言葉を遮って何か言おうとするが、私はスラスラと言葉を紡ぐ。
妻は選手交代したことにホッとして、SSKが言葉を出そうとする度に「聞いて下さい!」と注意する。
口げんかははっきり言って得意である。特に、相手がガバガバなら、いくらでも付け入るポイントを丁寧に指摘できる。
だが、仮にも医者であるから、多少は手心を加え、敬意を一定示しながら話す。
「私は何時間も痛い中寝かされていて、入院しても病棟の看護師にも痛み止めの処方を指示していなかったじゃないですか?結局私が言い出すまで痛み止めは出ませんでした」
「それは看護師が」
即座に看護師のせいにしようとする。させない。
私の妻も看護師だから、私は看護師の大変さを知っている。だから看護師の味方である。
件の看護師に関しても、いくらでも擁護の考え方はある。それを妻に言ったら、「ダメな看護師はダメなんだから、しっかり言わなきゃだよ。誰にでも優しくしないの!」と怒られた。
私は本当に怒らない人間である。穏やかで優しい。
だからSSKの余りもの態度には、内心は腹が立っているがとても冷静だ。
「先生。それって患者を放置していることになりませんか?」
私が言うと、SSKは逆ギレをする。
「放置ぃ!!??いいでしょういいでしょう!!!あなたが放置というなら放置と考えて貰っても良いです!!」
よせば良いのに「放置でしょ?!」と妻が被せる。
「あのねぇ!ここにはあなたよりももっと重傷な人が来るんですよ!なのにいちいち全部なんて説明できるわけがないでしょ!!??」
トリアージのことですな。それは知っているが、私が放置されている間、処置室に来たのは、吸入しに来たり、看護師とおしゃべりしながら点滴を打たれたり、採血をされる年寄りばかり。私のように苦痛に呻いている人は1人も来なかった。
だが、まあ、それは言っても仕方が無い。
「だったら、少なくとも入院した段階で痛み止めの処置は出来たはずなのに、なぜそれをしなかったんですか?」
言われてSSKは完全に言葉を失って、「あっ!そっ!がっ!」とか言っていた。
「良いですよ!気に入らないなら転院して貰って結構ですし、主治医も変わりましょう!!」
それは願ったりだけど、それって医師側が言い出して良いことなのだろうか?
「はい、お願いします!」
妻が言う。
「職務放棄ですか?」
私はさすがに笑みが浮かんでしまう。
逆上してみせるSSKには皮肉は通じない。
妻が追い打ち。
「インフォームド・コンセントと医療倫理の4原則について、先生はどうお考えですか?」
私にはそれが何だかさっぱり分からない。
「私はあなたの為に時間を割いたんですよ!!なのにそれは何ですか!?」
「それ」とはどのことだろうか?
「わ、私はこのために仕事を休んできたんです!!」
妻が叫ぶ。ありがとう。
私は圧と声を、少しだけ強める。演技で有り、演出である。
「先生・・・・・・。私は仕事柄、その人に寄り添うようにして、声を吸い上げて、丁寧に丁寧に対応することを心がけています。本来医者とは、無知な患者に丁寧に説明して、その不安を和らげるようにするべきなのではないでしょうか?!」
「わ、私はね!それはしない!!」
おい!それは言ったらダメな奴だろう!!
SSKの為人はもう十分わかった。
コンプレックスを補うために、医師という地位を笠に着て、妙なプライドだけ積み上げた人間である。
そして、人の話を聞かず、共感などしない。この男に寄り添うことなど想像も出来ないことなのだろう。
そして、自分のミスは人のせい。自分が責められることは我慢ならず、キレて、喚いて誤魔化す。
号泣会見で時の人となった野々村議員のような人物である。
そう言う手合いの扱いは慣れている。内心ほくそ笑む。
「なぜしないのですか?」
完全に血が上っていて、変な言葉が口から飛び出す。
ここは良くは覚えていないが、「ここは忙しい」みたいなことを言っていたはずである。
「先生!医師には説明責任はないんですか?!」
私は技と声を荒らげる。表情も激してみせる。
「先生のそれは完全に責任放棄ですし、医師としての仕事をしているとは思えません!患者に病状も何も告げずに入院させて放置なんて、普通は許されないでしょ!!」
こういう輩には、静かな怒りなど、微妙な心情は読み取れないのだ。だから敢えて激して見せた。
見て、聞いてわかりやすい怒りを表現した。
病院で大きな声を出すのはどうかとも思えたが、この男に話を聞かせるのにこれが有効だから仕方が無い。
「あなたは!!何の説明もしていない!!それで良いんですか?!!!」
SSKは一挙にしおれて、小心者の本性が現れてきた。
「・・・・・・そう感情的にならないで下さい」
SSKが言う。私の感情的なのは演技で表現しているだけで、腹は立っているが冷静である。まだ、落ち着くには早い。この男に、最大の罪を告発しなければ気が済まない。
「私が怒っているとすればですね、先生!!それはあなたが私の妻に対して、最初からキレて睨み付けながら話した事です!!」
「キレてませんって・・・・・・」
「妻は、私のためにずっと心配してくれていました!!!そして、働きかけてこの機会を得た!!!そんな妻にたいして、あなたの態度はとてもじゃないが許せない!!!」
これが感情を最大にした言葉である。
「・・・・・・そう取られたのなら、すみません」
SSKは言葉だけの謝罪をするが、「そう取られたなら」と付けたので、あくまでも人のせいにする性格が見て取れる。
それからSSKは、突然病状を説明し始めた。
「三木さんの膵炎は、軽度ですね」
そして、PCを適当にいじりながら説明を始める。
こちらとしてはそれが趣旨なのだから、完全に丁寧に聞く態度に変更する。
はっきり言って説明がメチャクチャ下手なので、妻が時々突っ込みを入れる。
SSKは表示されてるCTスキャンの画像をカタカタ動かしながらブツブツ言うだけで、私にはどれが何やら分からない。
それを察して妻が、「これが膵臓。本来なら~」と画像を指さして丁寧に説明すると言った、本来は医師がやるべき事を患者家族にやらせる手抜きっぷり。
だが、SSKは一切気にせずデスクトップを見たままずっと話を続ける。
「そういえば、水分は良いって聞きましたが、それは水ですか?お茶はダメですか?甘い物とかはどうなんですか?」
尋ねてみた。するとSSKは呆れたように言う。
「常識的に考えて水でしょ?!」
「いや、それは分かりません。分からない人もいるんですよ」
2人でそう言うと、SSKは逆ギレをする。
「ああ~~~。はいはい、分かりました!!!三木さんには『これとこれしかダメだ』と伝えます!!」
「いや。分からない人がいるので、その辺も指示して貰わないといけないですよ、一般論として」
私が言うと、SSKは伝家の宝刀を抜く。
「そんな何でも全部説明できません」
「出来るでしょ、そのぐらい?!」
「私はやりません!!」
「いや、それはやりましょうよ。っていうか、やって下さい」
そう言うと、またSSKがしおれる。
もう一つ尋ねてみる。
「そう言えば、今日の昼に、流動食が出ると聞いたのですが、それが来なかったのは何でですか?」
「ええ~~~?」
SSKはPCをいじる。
「患者が不安がっているからと・・・・・・」
不安がってはいないし、むしろ流動食で良いから腹に入れたい。
だが、これに関してはSSKの言が正しかった。
PC画面に、看護師からの報告文があって、そこに「患者が食事を取るのを不安がっている」と記載されていた。
あの幸薄そうな看護師が私の問いを誤解釈して報告していたようだ。
それを見て、妻は看護師に対して怒りを剥き出しにするが、私がなだめる。
「ああ~~。看護師が間違ったんですね。いや。なら全く問題ないし、私は気にしませんから大丈夫です」
私がこの話題を終わらせると、妻が「気にしてよ」と私に文句を言った。なんでも、主観情報が正しく記録出来ないのは看護師として問題だとのこと。
まあ、ある程度説明を受けたので、切り上げることにする。
「先生。妻が看護師だから、私は基本的に医師を尊敬しています。だから、最初から今みたいに説明してくれていたら、私はあなたを信頼することが出来たんですよ。患者はみんな不安だし苦しんでいるんです。どうか患者に寄り添った医療を行って下さい」
私はSSKに告げる。
だが、SSKには全く響かない。そう言う目をしている。
「それで、転院はどうします?」
おもむろに転院の手続きを始める。「CDロムに焼いて下さい」とPCに打ち込み始めた。
見事にクズだな。逆らったり恥を掻かせた奴は追い出したい。見栄とプライドで保っているのか。
「お願いします」
そこは妻の方が詳しいので、任せる。
すると、性格の悪さがもろに出る言葉でSSKが言う。
「こっちは全然良いですよ。良いですよ。でも難しいと思うけどね。相手がある事だし、あなた向こうの病院に知り合いがいるなら連絡した方が良いですよ」
妻に言う。
「はあ?私が直接?!」
いや、気にしなくて良いよ。負け惜しみの意地悪だから。主治医が変わるなら転院する必要も無いし、それでいいのに、妻は真面目だから必死に考えを巡らせている。
SSkとのICが終わった。
妻に礼を言って、妻は帰宅する。
転院については、結局連絡が無いし、既に17時を過ぎているので今日中には無理だろう。
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