綴る君への想い——序 2ページ

※このエピソードは「居候の訳アリ女子高生アイドルに三日で恋をして、相思相愛になった件【三月の雪】」の壮大なネタバレを含みます。

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 深まる秋はいつかの一枚の紅葉を思い出す、あまり好きではない季節だった。未だに心の中で生き続ける、若くして急逝した幼馴染の鳥山志桜里とりやましおりをどうしても思い出してしまう。酷暑が色濃く残る秋分の日に、僕は両手いっぱいに花束を抱えて充希の隣を歩いた。


 充希がアイドル現役時代に属していた『花鳥風月プリズムZ』のメンバーだった鳥山志桜里。彼女の墓参りは季節の節目——前回はお盆——に必ず訪れるようにしている。



「志桜里ちゃん、元気にしてるかな?」


「元気でしょ。決まって元気だよ」



 志桜里の墓は小高い丘にあり、青々とした連なる山が一望できる。景観からして、こんな物件はなかなか見つからないと思う。


 お彼岸という節目にお墓参りで賑わう墓地の様相からして、志桜里が寂しい想いをしていることはないのではないか。なんて考えてみたけど、あいつは意外と人見知りなのかも、と今更ながら他人に心をあまり開かない彼女を思い浮かべて失笑した。寂しくはないけれど、満たされることもない、か。



 すれ違う人たちに会釈をして、しばらく登ると志桜里の墓前に着いた。倉美月家を除いて、志桜里の墓参りに来る人は、元マネージャーの高梨たかなしさんくらい。だが、灰で満たされた香炉を見る限り、お盆を最後に誰も来ていないことが分かる。



 ごめん、志桜里。今度からもっといっぱい来るようにするから。



「わたし、お花活けちゃうね。春夜くんはお墓のお掃除お願いしていい?」


「うん。タワシもってきたし。磨くの結構好きなんだよね」


「隅々まで綺麗にしないと、志桜里ちゃんにキレられるよ」



 ネイキッドオータムカフェに来た志桜里が、充希と喧嘩して激昂げきこうしたことを思い出した。今でも想像をすると肝を冷やすような感覚に陥る。

 僕と一時的にお別れをした充希を探すのを手伝ってくれたときは、本当に良い奴だった。僕が充希と一緒にいられるのは志桜里のお陰。


 血液の病に冒された志桜里は気丈だった。入院した病院から外出するのをいつも楽しみにしていて、三人でした人生ゲームは僕が一人負けをしていた。



 いつでも、いつまでも志桜里の最後の笑顔が浮かんでしまう。魂に刻まれた志桜里の記憶は、いつも笑顔。他人に笑わない彼女ののように、触れた体温でける氷の女王は、今も柔らかく、温かく、にじむように心に広がっている。



「春夜くんはさ、志桜里ちゃんに報告したの?」


「え? なにかあったっけ?」


「ほら。志桜里ちゃんも卒業できなかったでしょ。学校」


「あいつ、そもそも学校あんまり行ってないよ」


「それでも、悔いは残していると思うよ?」


「そうかな。でも、確かに報告は必要だよね」



 墓石を磨くと落ちる汚れが心地いい。志桜里、僕はまた目標に向かって挑戦することができるよ。今度、高校卒業程度認定試験を受けるんだ。そしたら、大学だって行けるかもしれないし。志桜里も応援してくれるかな。






 風が吹いた。




 少しだけ冷たくなった風が吹いた。




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