龍淵に潜む秋——序
綴る君への想い——序 1ページ
蒼天の濃い
計算式が解けなくて、悩む僕の頬を指で突く充希の顔は
「これじゃ、勉強にならないよ」
「うん。ごめんごめん。春夜くんが悩んでいる顔見ているとつい弄りたくなっちゃう」
「……これ、全く解けないんだけど」
「ごめんね……理系の問題って参考書見ても分からないかも」
確かに文系の大学生だし、充希にしてみれば専門外なのは分かる————仕方ない。僕だって分からない。それに、こうして勉強に付き合ってくれている充希に文句を言うのはお
「高校生でこんな難しいことしてたんだっけ……」
「うん……当時は覚えていたんだけどね。ごめんね。ちょっとわたし、集中して勉強するね。そしたら、春夜くんに教えてあげられるでしょ」
立ち上がり、参考書を持ったまま部屋を出ていく充希の背中に視線を這わせて、僕は嘆息した。高校時代の充希は、アイドル活動をしながら移動中に勉強をして、学年上位をキープしていた。信じられないくらいに集中力のある子だった。日本のトップアイドルとしての地位を保つためには、只ならぬ努力をしていたのを僕は知っている。
尊敬しかなかった——いや、今でも尊敬しかない。
しかしながら、こんなことでテストに受かるとも思えない。
☆
瞬く星の
「ちょっと、春夜、充希ちゃん、ご飯たべないの?」
キッチンから聞こえる姉さんの声に「ごめん、今行くよ」と返して、思いきり伸びをした。一日中こうして座っていると、身体が石化してしまうのではないかと危惧する。おまけに、頭の中では、
ダイニングテーブルで、先にチンジャオロースを摘まむ姉さんは半ば呆れて言う。あんたたち、勉強も大概にしなさいよ、と。充希に関しては、姉さんの声も届いていない様子。これには、姉さんも、また始まったか。充希ちゃんの覚醒モード、と
仕方なく、僕が充希の作業部屋——音楽を編集したり書き物をしたり仕事をしたりする部屋——に
「充希、そろそろご飯の時間だよ」
「え? もうそんな時間っ!?」
「うん。もう四時間くらい勉強してるよ」
「やだ。飛鳥さんに夕飯全部作ってもらっちゃったの?」
「ああ。姉さん明日休みだし、今日は手抜きだって言っていたから大丈夫だよ」
「そういう問題じゃないの。飛鳥さんとお料理しておしゃべりする時間、毎日楽しみにしてるのに」
ああ、そういうこと。なんて納得してしまった。視線を机に落とすと、ノートにびっしりと書かれた計算式と蛍光マーカー。僕の心臓が悪化した時に、病に関する勉強をしていた充希を思い出した。あのときは充希を一生大切にしよう、なんて当たり前のことしか思い浮かばなかったけれど。
ノートの端に描かれた下手なイラストのクマさんの顔と吹き出し。
『春夜くんのためにがんばろーっ!』
やっぱり充希は結婚してからも、何も変わっていない。胸を打たれて、しばらく言葉が詰まってしまった。
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