こいつらバ美肉したオレのことを好きすぎるだろう
山三羊
第1話
「『汚れつちまった』悲しみに……かぁ……」
どうしてこんなことになったのだろう。
思えばこの半年くらい犯し……じゃなかった、おかしなこと続きだ。
「小人閑居して不善をなす」
というが、悪いことをしてたわけじゃない。むしろ、こっちがされてるのよ。犯されてるのよ。
ただ――ヒマにはなっていたのは、たしかだった。
会社を辞めた。転職で入社して3年近く過ごしただろうか。退職の理由を挙げればいくらでも出てくるが、大きな決意が必要だったわけじゃない。入学して卒業するのと同じように、就職したから退職する。食べ始めた手仕込みとんかつカレープラスチーズを食べ終わってしまうのと同じくらい、自然なことだ。
この歳まで働いていれば、いくらか失業手当が給付される。たまたま世界的な感染症が流行していたせいで給付期間延長の特例もあった。なんなら半年くらいは仕事しなくてもええやろ。と思っていたら、周りの奴らが「配信者やってよ」なんて言い出した。最初は笑って流していたが、そのことをおもしろ半分でSNSでつぶやいてしまったのが、そもそもの始まりだったのかもしれない。流れるように配信機材のリストを渡され、あっという間に機材が揃い、スポンサーがついて配信用のゲームまで届いた。もともとSS書いたり、マンガ実況したりしていたのでそれなりのフォロワーがいたとはいえ、皆、オレのことが好きすぎるだろ!!
まあでも、そこまでお膳立てされたなら、ということで配信することにした。届いたゲームは誰もがしってる竜と戦う国民的RPG第1作のリメイク版で、聞けば10時間くらいでクリアできるらしい。サクサク進めば1日でクリアできないこともないけど、まあ何回かに分けた方が視聴者にもやさしいでしょ。第1回目の配信で、目標を明確にしておいた方がいいのかな。
「とりあえず今日の目標は……仲間増えたら終わります」
伝説の幕開けだった。
このシリーズは主人公が仲間とともに剣と魔法で世界を救う冒険RPGだが、実はこの第1作は主人公の勇者一人で仲間は存在しない。それを知らなかった。「完全初見プレイ」を謳っての配信だったので、誠実なオレは事前にゲームの詳細を知ることを避けていたのだ。誠実なオレは。
仲間が増えない以上、ゲームは中断できない。誠実ですし。こうして、「クリアするまでやめられない11時間耐久地獄のゲーム配信」ができあがった。
この動画が、跳ねた。
跳ねたついでに、大学教授(正確には准教授らしい)の目に留まり、大学教材になった。「失敗を通した成長のしかた」というテーマでシンポジウムで発表するらしい。そんなのってある??控えめに言っても頭がおかしいだろ、ヤマザキィ!!
ここでやめておけば良かったのかもしれない。だが、視聴者やスポンサーに誠実なボクは、需要があるならということで配信を続けることにした。ボク、誠実なので。
配信ネタには困らない。国民的RPGなので続編がある。スポンサーから勧められるがままに続編プレイを配信し、回を追うごとに再生回数が増えてきた。それにつれて、別の配信者とのコラボも増えてきた。そして、その日が来た。
――バ美肉してしまったのだ。
バ美肉――バーチャル美少女受肉。バーチャルな世界で(主におっさんが)美少女のアバターをまとい活動することを指す。日本のオタクには普通のことになっているバ美肉だが、海外から見るとバーチャルアバター研究の最先端で、わざわざ日本で活動する海外研究者もいるらしい。そのバ美肉をしてしまったのだ。
いや、したというか、させられたという方が正しい。某プロの配信者にゲストで呼ばれたときに、サプライズで美少女2Dアバターを用意された。いやいや、こういうのってお金かかるんじゃないのと思いきや、スポンサーがついたらしい。やっぱり、オレのことが好きすぎるヤツ多すぎだろ!!
バ美肉した日を境に、いや、バ美肉した瞬間を境にオレの周りの世界は完全に変わった。
まず、変わったのはSNSだ。即座に3Dアバターがつくられ、SNSにはR指定や百合営業のファンアートがあふれはじめた。さっきまでおっさんだったオレを抵抗なく性的な目で見てくるなんて、節操なさすぎません??
リアルでよく会うヤツらまで、「脳がバグってきた……」といいながら距離感を変えてきてやがる……。
でも、一番変わったのは、日本――そして世界だった。
時を同じくしてバーチャル世界のアバターが現実になる技術が日本で開発された。
サイバネティック・アバター生活――そう呼ばれているが、もともとはAIやロボットと人を結びつけて人の能力を拡張するための技術体系だ。カンタンにいえば、人がロボットやバーチャル世界のアバターを遠隔操作して、今までよりも便利に生活するための技術といったところか。
この技術が変な方向に跳び出した。詳しいしくみはよくわからないが、ロボットやバーチャル世界の容姿や能力を、人の日常生活にフィードバックさせることができるようになってしまったのだ。
リアルでのバ美肉。
いや、リアル美少女受肉でリ美肉か?ともかく、バ美肉したと思ったら、リアルの姿まで美少女になったなんて、こんなのもう事故よ。予想できるほうがおかしいでしょ。異世界転生ならぬ現世界転生やん!
デミ・ロボットとかデミ・アバターとかいう技術らしいが、そんな技術、需要ある?日本人はホントにイッちゃってるよ。未来に生きすぎだろう!?
今になって思えば、キャラのバストサイズが自在に変わる美少女麻雀マンガがあったけど、アレもこの技術だったのかもなぁ。
とにかく、こうしてオレ――いや、私の生活は一変した。
そして、こいつの生活も変わってしまっていたのかもしれない。
こいつとの付き合いは長い。十年以上の腐れ縁だ。
転職してこの1ヶ月、慣れない仕事に僻地の職場とでゆっくり会う余裕もなかったのだが、初の給料も入ったので、久々に飲むかという話になった。そうはいっても世間は感染症による緊急事態宣言の真っ只中。長居できる店はなく、結局、ウチで鍋でもやろうということに落ち着いた。なんならそのまま野球ゲームの配信もできるしね。
「はえ~。ワンタンって生もあるんだ。折角だから食べ比べてみるかあ!!」
「いや、普通、生では食べないでしょ。餃子でちょっとは懲りて!!」
いつもと変わらない落ち着くノリだ。まあ、長いつきあいだし、ちょっと美少女化したところで中身を良く知ってる同士だからな。変なコトにはならんやろ。こいつとは。
と、思っていた時期が、私にもありました(遠い目)。
酒が進むにつれて、次第にこいつが饒舌になってきた。そこまではいつものことだ。だが、今日は何かおかしい。妙に、どぎまぎというか、焦ってる感じだ。
「なんだぁ~。バ美肉した私のこと意識しちゃってるのかぁ~」
「バカっ。ちっ、ちげぇーよっ!!」
一気に顔を赤らめて否定する。図星か~~!しかし、なんだ。こいつのこの反応は、こんなかわいい反応をするヤツだったか?
「どうだ~。カワイかろ~?どうよどうよ~」
「バカッ、ムネを押し付けてくるなっ!!」
こいつの反応が楽しくて、悪ノリが加速してしまう。
「正直、変な気になってるんじゃな……ッ」
までいいかけたところで、組み伏せられてしまった。
やりすぎた。
振り払おうにも、この身体だと力がでない。せっかく日頃、ジムでトレーニングしているというのに。力を犠牲にして求められるかわいさを維持するなんて、配信者の鑑だな、私。
仰向けで両手を押さえつけられた私の上に覆いかぶさってくるその顔は、若干目が血走っているようにも見える。はい、こいつ完全に変な気になっています。どうしよう。とりあえず場を和ませるかぁ?
「おまえもか~。しかし、そうはならんのよ!」
「......『おまえも』?」
急にこいつの表情が変わったのを見て、口が滑ったことに気づく。いや、いつも滑っているのだが、今回はちと迂闊だった。
実は先月、転職祝いということで、こいつとは別のヤツと二人で飲んでいた。そのことは別に隠していない。アイツはこいつと共通の友人でもあるし秘密にする必要もない。
秘めておきたかったのは、その時にあった出来事だった――。
「いや~、ちょっと見ない間にカワイクなっちゃって~。」
「バ美肉ね~。まあ、最初は戸惑ったけど、もう周りがほっとかんのよ。こっちのカッコじゃないと」
「これは脳がバグっちゃうな~。ちょっとヤらせてよ~」
「ヤらせる気はあるwww。が、今日はダメ。食べ過ぎて腹がwww」
最初は、こんなノリだった。アイツもいつもと変わらないノリだ。まあ、長いつきあいだし、ちょっと美少女化したところで中身を良く知ってる同士だからな。変なコトにはならんやろ。
と、思っていた時期が、私にもありました。
酒がすすむにつれて、距離が近くなってくる。というか、キミなんでとなりに座ってるの?正面に座ってましたよね?
「中身知っててもね~。この外見だとね~。勘弁して欲しいわ~」
完全に酔ってやがる。まて。なぜ、肩に手を廻してくる?髪を触ってくる?顔を近づけてくる?
と、思ったときには唇を奪われていた。
そうとなると、アイツは仕事が早い。さすが会社を回す青年実業家だ。事前にとっていた部屋に連れて行かれ、あれよあれよというまに身体を許してしまい……。
なんて、ことがあったのだ。
いや、言い訳させてほしい。私――いや、オレは前からこんなだったわけじゃない。まあ、ほんの少し、ちょびっとだけ流されやすいところがあるかもしれないが、わりと身持ちは固いほう……アレ、そうだったかな。いやいや、固い固い。です。
ただ、日常生活を美少女姿で過ごすようになってから少し変になってしまった。アバターを美少女化すると中の人がアバターに引きずられるということはVR――バーチャルリアリティの界隈では言われていることらしいが、まさにそんな感じだ。
これだけ求められると悪い気もしないし、まあいいかなー。よくおごってくれるしなー、とついつい流されてしまったのだ。うん、私は悪くない。悪いのはバ美肉。
私は悪くないとはいえ、こいつに言うのなんだしな。と思って、隠していた。いや、隠していたわけじゃないのよ。話題にならなかったからわざわざ言わなかっただけで、むしろ不可抗力よ。ほら、私、誠実ですし。
いや、それは、もういいんだ。今は、なんとかこの話をそらさないと。
「アイツだな……」
こいつ、するどい。避けられない直球を投げて来やがる。
「で、ヤッたのか……」
日頃のクズっぷりとは裏腹に、こういうときのこいつは頭の回転がめちゃめちゃ早い。そう聞かれてしまうと誠実な私には否定することはできない。誠実な私には。
言葉なく、ただうなづく。何か言っても口が滑るだけだしね。ここは黙ってうなずくのが吉よ。
「ひどいよ……」
うんうん、そうだな。お前をからかって私はヒドいやつだな。
「オレは、ホントはずっと前からお前のことを……」
うんうん、そうだな。こいつはずっと前から私のことを……って、ん?
「……れちまったよ……。……が……」
怒ってる?泣いてる?喉の奥から声にならない声が絞り出されているが、何をいってるかまではわからない。ただ、
「……れよ……。もういいよっ、帰れよ!!」
いや、帰れ言われましても、ここ私の部屋ですし。
まあ。
でも、そんなことこいつが一番わかってるだろうし、真顔でツッコまれたらますます追い詰められてしまうんだろうな。こいつは。
「そっか。わかった。少し、頭冷やしてくる。ついでにコンビニにいってくるわ」
そう言って、自分の部屋を出た。この寒い中にコンビニはちと遠いな、と思いながらも足を向ける。
頭を冷やさなきゃいけないのは、こいつの方だろう。それは、こいつだってわかってる。すぐに自分が気を遣われたことに気づいてしまうだろう。でも、少し、時間が必要だった。
私の方だってそうだ。さっき、何を言われた?
『オレは、ホントはずっと前からお前のことを……』
って、何?、そんなこと思ってたの?そしてそれをずっと黙ってるようなピュアな野郎だったの?そんな話ある?
『汚れちまったよ……』
よく聞こえなかったけど、たぶん、そう言ってた。
って、もともとかなりのヨゴレ扱いされてましたけど?というか、アナタが一番ヨゴレ扱いしてましたよね?バ美肉したときだって「再現度が高い」だの「売れに売れてくれ」だの好き勝手言っては、後方彼氏面でゲラゲラ笑ってましたよね?
なのに、あんな表情で……。
『汚れちまったよ……』
あんな怒りとも悲しみともつかない表情で、声にならない声で……。
「『汚れつちまった』悲しみに……かぁ……」
どうしてこんなことになったのだろう。
思えばこの半年くらい犯し……じゃなかった、おかしなこと続きだ。
でも私、悪かったところある?いやいや、悪くないでしょ。だた、ちょっと流されるままに配信して、流されるままにバ美肉して、流されるままに身体を許してしまって……って、人様から責められる要素ある?むしろ感謝される方が多いでしょ。いわばWin-Winよ。
ただ、それは彼の望むことではなかったのだ。それだけは、わかる。
コンビニなんてどうでもよくなってしまい、途中の公園で缶コーヒーを手に暖をとる。暦の上では春とはいえ、まだ寒い。とはいえ、まだ部屋に戻るには早いしな……。
はらり――
見上げると、雪まで降ってきやがった。淡雪だが、肩にかかるのを見ると身がちぢこまる。
「欲しいものは、欲しいと言えっ」
空に向かって、ひとりごちた。
そうだ。何も言わなかったのヤツの方が悪い。私のことをそう思っていたなら、もっと早く言えばよかったんだ。そうすれば私だって……。
ん?私だって、なん…
「欲しい!!」
声とともに、不意に後ろから抱きしめられた。
こいつ、私のことを追ってきたのか。
「オ゛レ゛、ずっと欲しかったんだ……。でもっ……」
顔は見えない。けど、この鼻声具合からすると泣いているんだろうか。
「でもっ、っこの関係が壊れるのが怖くって……。なら、このままでもいいかなって……。なのに、バ美肉したとたんに周りのヤツらが……」
ああ、こりゃボロ泣きだな。
「わかった、わかったよ」
後ろに手を回して頭をなでてやろうかと思ったが、手が届かない。
だから、回された手にそっと手を添える。
あったかいな。子どもみたいだ。それとも走ってきたのだろうか。
「わ゛かってない!オレ、おまえのことが……」
「わかった、よくわかったから」
とりあえず部屋に戻ろう。凍えちゃうから。その前に、ついでだからコンビニ寄って酒を買い足していくかぁ。と、ここまで言ってようやく背面ベアハッグから開放された。
私は、泣きじゃくりながら首を縦にふるこいつの手を引く。なんか大型犬を連れいるみたいだな。
これから部屋に帰ってするのは、こいつの失恋残念会なのだろうか。
はたまた別の何かなのかだろうか。
どちらにせよ、とりあえず今日は、こいつに胸を貸して眠ることになりそうだ。
あーもう。
ホントこいつら、バ美肉したオレのことを好きすぎるだろう!
こいつらバ美肉したオレのことを好きすぎるだろう 山三羊 @yamazan
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