【短編】指定人型害獣『転生者』

孔明ノワナ

第1話 指定人型害獣『転生者』


 僕は、家の窓から外を見るのが好きだ。


 晴れた日には、空を夫婦で飛び回るトレイニードラゴンが。

 雨の日には、地面から顔を出すアテロフロッグが。

 雪の日には、雪原に足跡を残すラッキーラビットが。


 日々刻々と形を変える風景は、まるで無限に重ね描きされていく絵画のようで、常に新しい発見を僕に与えてくれる。

 全く同じ光景は二度と見れないと理解してからは、僕は一層のこと目を凝らすようになった。


 お母さんは、外に出ればもっと面白いものが見れる、と言うがそういう話ではない。

 家という絶対に安全な場所から眺めるからこそ、変化していく世界の姿を全力で楽しめるのだ。


 僕がそう話すたびに、お母さんは悲しそうな顔をするけれど、でもそれが僕にとっての一番の遊びだったから仕方ないじゃないか。

 



 そんないつも通りの、ある日のこと。


 僕は窓の外に、光を見た。

 それは未だかつて味わったことのない、痛みを感じる程の眩しさだった。

 何が起きたのかは分からないが、ただ必死に瞼を覆って光を防ぐ。


 今まで長いこと外を眺めていたから、僕はその光が自然のものでは無いとすぐに気づいた。

 だからこそ、いつ止むかも、どこまで光量が増していくのかも、全く想像がつかなかった。


 しかしその推測は杞憂だったようで、少しするとその光は収まる。

 僕は恐る恐る、もう一度窓の外を見た。


「……男の、人だ」


 すると、一人の男が立っていた。


 ぶよぶよの身体に、だらしのない姿勢。髪も髭も放ったらかしにされているようで、遠目に見ても不清潔だとハッキリ分かる。

 近づけばきっと、鼻を突く悪臭が漂ってくるのだと、なんとなく分かるくらいには、どよめいた空気を纏っていた。その瞳に生き物らしい光は無くて、ただ怠惰な本性が垣間見える。


 よほど自堕落な生活を送らなければ、そうはならないだろ、と僕は思った。


 嫌悪感。

 背筋に寒気が走るほどの気持ち悪さが、その男にはあった。


「う、ぁ……」


 嗚咽が漏れる。無意識に後退る。

 本能があの男に関わるべきでないと、警報を鳴らす。

 気づけば僕は、こっちに来ないでくれ、と祈っていた。


 しかしそんな中でも、僕はお母さんの言葉を思い出した。


――『人を見た目で判断しちゃいけないよ』


「……ひ、人を見た目で、判断しちゃダメ」


 もしかしたら見た目が酷いだけの、良い人かもしれない。

 何か訳があって、ブクブクと太ったのかもしれない。

 何か訳があって、何日も体を洗っていないだけかもしれない。


 だから僕は、この嫌悪感をどうにか忘れようと、頑張ることにした。


「う、うん……そうだ。よく知らない人を悪人だと決めるのは、ダメだよね」








――この日僕は人型の害獣の手によって、家の中が決して安全でないことを知った。





☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡





 僕の家族は、お母さんの妹の二人だけである。


 父親の顔は僕の記憶にはなくて、ただ「優しい人だった」、という話だけをお母さんから聞いていた。曰く魔物に襲われて死んだ、なんて話も近所で小耳に挟んだが、実際のところはよく知らず、加えて言えば大して興味もない。


 父親との繋がりといえば、精々がこの青色の髪くらいである。僕も妹も全く同じ、晴れた空みたいな青色だ。

 この髪はそれなりに気に入っているから、その点に関しては感謝しているが――まぁ、それだけだ。


 お母さんが父親の話を始めたときは、僕も妹も興味深げに耳を傾けるフリをする。けれどそれは、あくまでもお母さんを傷つけないためである。

 父親の話は好きでも嫌いでもなく、ただ興味がなかった。


 でも僕は、お母さんと妹のことは大好きだ。


 なにせお母さんは、一人で僕と妹をここまで育ててくれた。仕事も家事も、全部一人で頑張っていた。


 僕が初めてお母さんに、「僕も手伝う」と言ったのは、一体何才のときだったか。

 物心ついてすぐだったような気もするが、とにかくそれ程までに、僕はお母さんの苦労を感じていたのだ。


 お母さんに恩返しをしたい。

 少しでも早く楽させてあげたい。


 そんな一心で、僕は必死に魔術の勉強を続けた。

 

 机に向かう僕を見て、お母さんは「無理はしないでね」と、優しく笑ってくれていた。


 幸せだった。

 その言葉のお陰で、僕はもっと頑張れたから。


 

――目の前には、お母さんの死体が転がっている。

 


 僕はお母さんの作る、スネアチキンの丸焼きが大好きだった。

 特に、足の部分が好きだった。

 肉がたっぷりとついた足をもぎ取ると、肉汁が



――あ、今のお母さん、スネアチキンとそっくりだ。



 そしてバラバラになった骨は、畑に撒くための肥料にするのだ。

 粉々にして、粉々にして、粉々にして


『子持ちの中古とかいらねー。萎えるしきめぇw』


――にんげんって、肥料になるんだっけ?

 

 分からないや。今度お母さんに聞かないと。




「……?」


 それにしても、何の音だろう。

 ぐっちゅぐっちゅって、何度も何度も何度も聞こえてくる。

 それに太った人の拍手みたいな音も、ずっと混じっているような。


 妹は昔から、「私は大きくなったら、お兄さんと結婚します!」なんて宣言していたが、生憎兄弟で結婚出来るようなルールは、この村には存在しない。

 だから僕は、妹がいつか大事な人と出会えるまでは、ちゃんと守ってあげなきゃな、なんて思いつつ日々を過ごすのだ。


 まさか15歳になっても、同じセリフを言い続けるとは想定外だったが……、とにかく僕らは結婚出来ないからさ。

 そろそろ僕の布団に入り込んでくるのはやめて欲しい。


 添い寝するにしたって、あんまり抱きくるのは良くないと思


『にしてもこのメス、プイキュアのサヤカちゃんに似てて草。めっちゃ興奮するんだが。きもちぇー』



――あれ?なんで僕の妹は、揺れているんだろう。



 あぁ、音がするのはそこからか。


 ぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅぐっちゅって何してのさっきから。


「……あ、お兄さ……あ、ぁ……」


 妹の声だ。

 泣いてる声だ。

 

 妹が泣いてるってことは、助けなきゃ。

 急がなきゃ守らなきゃ。

 泣かせた奴を、ぶっ殺さなきゃ。


 よし、行くぞ。

 

「?」


 立てない。

 おかしいな、足が痺れてるのかな。

 足の感覚が全くないや。


 まぁしょうがない、そういうときもあるさ。

 なら手で支えて、


『おい、動くなっつったろゴミ』


 手が、消えた。

 なんで急に。


『見られてる方が興奮するから生かしてやったけど、邪魔だなぁ……』


 何の話だ。


『もう殺そっかな。可愛い妹がいるイケメンとかムカつくし』


 殺す?


『びゅふふ、マジでチート最高。やりたい放題すぎる。イケメンに鉄槌する俺、マジで主人公だわ』


 キモい。殺さなきゃ。

 そうだ、この人型の害獣が全部悪いんだ。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――


『じゃーな、雑魚イケメン』


 殺す殺す殺s





############




「――殺すッ!!!!」


「おっといきなりどうしたんだい、イケメンのお兄さん。残念ながら、ここに殺せるような相手は一人もいないぜ?」


 真っ赤に染まった視界の中で、聞いたことの無い女の声がした。

 誰の声だか知らないが、誰の声でもどうでも良かった。


「よくも、よくもよくもよくもぁぁぁああああああああああ!!!!妹が、お母さんが……っ、あ、ぁ……くそがぁぁ!!!殺す殺す殺す!!」


「お、落ち着けよお兄さん……。折角の転生チャンスで、そんな騒がなくても良いじゃないか。ラッキーなんだぜ、お兄さんは」


「黙れ!!黙れ黙れ黙れ!!良いから早く元の場所に戻せ!!僕が、アイツを殺さないと、今も妹が……っ!!!」


「だ・か・ら。落ち着けっつってんだろ。殺すぞ」


――――。


 ほんの一瞬だけ、頭が真っ白になった。

 目の前の存在に対する恐怖が、微かゼロコンマ数秒の間、僕の怒りを追い越した。


 ただそれはほんの一瞬で、マグマのような怒りは、


「っとと一瞬あれば十分だ話を聞く準備は良いかい良くなければ準備しろ。よく聞けお兄さんお前は死んだ。死んだから元の世界には戻れないし戻れないから妹も救えない。諦めろいいからさっさと諦めろ話が進まないのさ分かったかい?」


「……っ!?ふ、ふざけ」


 ただ強引に、語られる。

 説明なんて言葉がおこがましい程に。


「ただお兄さんは幸いだ。君の人生は終わりじゃない。なにせ偶然にも、転生の権利を手に入れてしまったのだから!」


 何が幸いだ。

 これ以上の不幸があるか。

 これ以上の地獄があるか。


 あの光景を見せられたら、その後にどんな幸せな人生を送ろうと、それはクソな人生だ。


「興味なさげな顔してるね。でも転生って単語、君の死にも関係あるんだぜ?」


「知ら、ねぇよ。……良いから、戻せよ」


「だから戻せねぇって話聞けや。面倒だから勿体ぶらずに話すけど、お兄さんを殺した男――『スズキ マサノブ』ってあれね。実はあれも転生者なんよ。何を隠そう私が転生させました。もちろん、チートもプレゼントしてね」


「……は?じゃあなんだ?お前が、原因」


「いやいやいやいや原因扱いは酷いなぁ。私は贈り物をしただけさ。お兄さんは、包丁を誕プレに選んだ人を片っ端から殺す気かい?」


「……。そう、だな。悪いのは全部あの害獣だ。だからアイツを殺さなきゃ」


「物わかりが良いんだか悪いんだか分からないね、お兄さんは。悪いのは全部アイツって思考は正解だけど、殺しに行くのは無理なんだって。そろそろホントに怒るぜ?平気?」


 その女の瞳は、本気で僕を殺すつもりの色だった。

 本気で殺意を得た僕だからこそ、それを理解出来たのだろうか。


 でも殺されたって構わなかった。

 お母さんも妹もいない世界を、どうして生きなきゃならないのか分からない。


 殺したきゃ、殺せよ。


「や、やめてよお兄さん。私だってホントは君を殺したくないのさ。これでも殺しの無益さを知ってるんだぜワタシ」


 何を今さら。

 アイツに復讐する以外に、僕の生きる意味なんてないだろ。


「ん、んー?もしやお兄さん、復讐したいのかい?そんな目をしてるね」


 だから、何回も言ってるだろ。

 アイツを殺したいって。

 無理だって言ったのお前じゃないか。


「いやね、私は思うんだよ。復讐の手段はそれだけなのかなってさ」


 どういう、意味だ。


「君の転生先候補に、『日本』って場所がある。分かるかい『日本』。ちなみに『スズキ マサノブ』の出身地はそこね」


――――。


「君は故郷をグチャグチャにされた訳だから――おっと、これ以上はやめておこう。ジジイ共に怒られそうだ。……私は何も言わないよ?何かの助言をするつもりもない」


――――。


「ただ、そうだね。君にピッタリのチートくらいは、用意してあげてもいいかなって思うのさ」


――――。


「あとはお兄さん次第だね。どうしても死にたいなら、殺してあげるし、なんなら他の世界って選択肢もある」


――――。


「……さぁ、決めなよ。どうするんだい?」






###########






 東京都郊外にて、危険生命体出現。

 被害者多数、肥満体型の中年男性が狙われる傾向あり。

 近隣住民は速やかな避難を行ってください。



――なおこの生物を、指定人型害獣『転生者』と命名。


 速やかな排除が望まれます。

 繰り返す、繰り返す――

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