第2話
瑞穂ちゃんとふたり、駅前の喫茶店へ向かう。
大学に入ってからの友達。
メイクでごまかしていない、ちょっとたれた大きな目のゆるふわなお洒落女子。
自慢のラインを惜しみなく出したTシャツとスキニーのジーンズで、緩いウエーブのかかった柔らかそうな栗色の髪を揺らしながら機嫌よさそうに歩く。
「何、ニヤニヤしてるのよ」
「えー、さっきの彼でしょ? 紗季の男友達って」
友達と言うか、腐れ縁に近いけど。
私と高橋は中学高校の同級生だった。学部は違うけど大学も一緒。バイト先も同じ。
何でずっと友達でいるんだろうと不思議に思う事もある。
エロい目で見てこなければ不満はないんだ。部長からの頼まれ事なんかも嫌な顔ひとつせず手伝ってくれるし。
「いつも愚痴ってばかりいるからどんな男かと思ったけど、面白いじゃない、彼。あんな事、堂々と言える男ってなかなかいないでしょ?」
そんなの高橋だけで十分だ。
「つき合ってるの?」
「は!? や、ないから! あんな、エロが服を着て歩いているような奴」
「そうかぁ、ふ~ん……」
瑞穂ちゃんがなだらかな頬の曲線をさらりと撫でながら微笑む。
「じゃあ、私がもらっていい?」
……もらう?
「何、きょとんとしてるのよ。高橋くんよ、高橋くん」
「はぁ!?」
周りの人達が眉をひそめて私を振り返る。恥ずかしい。
私は瑞穂ちゃんのすぐ隣で、今度は目立たないように声を押さえた。
「高橋って、あの高橋だよ? 聞いてたんでしょ、部室前の
瑞穂ちゃんは美人な上に、胸にとんでもない兵器を持っている。
レベル1のエロ童貞が扱っていい代物じゃない。最初の村を出てすぐラスボスに立ち向かうようなものだ。
抱きつけば折れてしまいそうなくらいウエストも細くて、すらっとした長い脚も綺麗で、瑞穂ちゃんから声をかけなくとも、言い寄ってくる男なんて掃いて捨てるほどいる。
現にさっきもふたり組にナンパされた。どうせ私はついでだけど。
「おまけに阿保だし、いつもエロい目で見てくるし、頭の中にショッキングピンクのスライムが詰まってるんだよ、きっと。スケベでいやらしくてヘンタイで……」
「いいじゃない、ハッキリしていて。爽やか気取って裏では何考えてるかわからない皮だけイケメンより百倍いいわ。楽しそうだし」
声を弾ませてフフンと鼻を鳴らす瑞穂ちゃんにちょっとムッとする。
「誰の事、言ってるの?」
「えー、べっつに~」
瑞穂ちゃんは意地悪だ。
どうも立花さんの事が気に入らないみたい。瑞穂ちゃんがバイト先に遊びにきた時に立花さんを紹介したんだけど、作り物みたいな笑顔がいけ好かないって。
あんなに素敵な笑顔なのに。男慣れしすぎなんだよ、瑞穂ちゃんは。
こんな私でも、高校の頃に一度だけラブレターをもらった事がある。けど、呼び出された講堂裏には結局誰も現れなかった。
すっぽかされたんだ。もしくは騙されたのか。会う前にフラれるなんて、酷く惨めだった。
華やかとは程遠い高校時代。いつも一緒だったのは高橋。あの、高橋。
そんな私が大学に入って、頑張ってイメチェンをしてデートに誘われたんだ。
恰好よくてファッションのセンスもあって優しくて、爽やかが服を着て歩いているような立花さんに。誰かさんとは大違い。
誰かさんも中学時代はあんなんじゃなかったのに。別の意味で問題児だったけど。
「ふ~んだ。高橋なんて、いくらでも持っていっていいから。返品不可ね」
「言ったな? 後悔しても知らないから」
後悔? 何、それ?
* * *
高橋とは中学三年の時に初めて同じクラスになった。
当時の私は学校だけじゃなく家に帰ってもお洒落のおの字もない、かなり融通の利かない学級委員だった。
クラスの女子がメイク道具や雑誌を学校に持ってきているのを見つけてはその場で頭ごなしに注意したり、男子の寄り道を見つけようものなら先生に報告したり。
そんな私でも近寄りがたかったのが高橋だった。
東中のリーサルウエポンと言われていたド不良。時代錯誤の超ヤンキー。
煙草をふかしお酒を浴び、喧嘩や恐喝は日常茶飯。高橋と目が合っただけで消された生徒は両手でも足りない。なんて、どこまで本当なのかわからないファンタジーな噂が流れていた事もあって、いつも高橋はひとりだった。
いくら私が真面目を気取った学級委員だからと言って、自ら敵の懐に飛び込むような真似なんかするはずがない。
高橋と言葉を交わす事も視線を合わせる事もあの頃はなかった。
ある日、修学旅行の積立金が職員室から盗まれた。その犯人が高橋だと噂が流れ、それは生徒たちだけじゃなく先生たちにも広がった。
私も当時は「ああ、やっぱり」だなんて思ったりした。
教室に学年主任の先生がやってきた。
普段から不自然に浮いた髪が卵の殻みたいだと、黒いヒヨコのキャラクターにちなんでみんなからカリメロなんてあだ名をつけられた先生が、見事なまでのスキンヘッドで私たちのクラスに乗り込んできた。
カリメロは殴り掛からんばかりの勢いで、教室うしろで踏ん反り返っていた高橋の胸倉をつかんで立ち上がらせた。
「貴様ぁ~! 報復のつもりか! 私の大切な髪をどこへやった!」
プー、クスクスと笑うみんなをギンッと睨みつけ、カリメロは高橋の襟首を掴む手に力を籠める。
「金も髪も耳を揃えて返せ! 貴様がやったのはわかってるんだぞ、この不良品が!」
カチンときた。
何かにつけて生徒を「不良品」と言うカリメロがずっと気に入らなかった。
「証拠はあるんですか、カリメ……秋元先生!」
机を叩いて立ち上がった私の言葉で、一気に教室中が大爆笑した。
「高橋くんの噂はあくまで噂です。今のはただの言いがかりじゃないですか? お金と殻……じゃない、髪を取ったのが高橋くんだという証拠を見つけてから出直してきてください」
一層大きくなった笑い声で教室が揺れていた。
「いいぞ、いいんちょー」「よく言った」「早く殻を探しに行けよ、カリメロ」
「帰れ、カリメロ」「かーえーれ」「かーえーれ」
みんなが私の味方をした。今までずっと、煙たがられてきた私が。
カリメロは茹でダコにその姿を変え、それでも何も言い返す事ができず、肩を怒らせながら教室を出ていった。
後日、お金は見つかった。
保管しておく場所がいつもと違っただけで、犯人なんていなかったらしい。
そのおかげか、私も高橋も何のお咎めもなかった。
けど、カリメロの殻は最後まで見つからなかった。
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