男友達が隙あらば私をエロい目で見てくるんですけど

えーきち

第1話

 私達は部室棟の廊下で本の山を段ボールに詰めていた。


「でさぁ、ついに立花さんにデートに誘われたの。どう? 悔しい? ごめんね、先に大人の階段上っちゃって」


 高橋の返事はない。

 こんな時はいつだって……


「た~か~は~し~!」


 サマーニットの胸元をギュッと押さえ、一緒に作業する高橋を睨みつける。

 本を持ったまま、高橋の手が止まっている。

 私の怒声にも微動だにせず、眉を上げ、目を見張り、まるで現代語学の教科書を見るような真剣な目つきで私の胸を凝視する高橋。視線を逸らす素振りも見せない。

 私は固く握った拳で高橋の横っ面を振り抜いた。


「このドスケベ! ドヘンタイ! ドエロ!」

「ぶへっ」


 ノー防御で、高橋は頭から壁に吹っ飛ぶ。

 ゴンッと凄い音がしてもなお、高橋の視線は私の胸に釘づけだった。

 そこまでして見続けたいもの?


「なんでいつもいつも、そんな目で私を見るのよ!」


 高橋は赤くなった頬と頭を摩りながら縋るような目で私を見る。


「イタタ……そんな目って?」

「エロい目!」

「はぁ!?」


 こっちが「はぁ!?」だ。何を心外みたいな顔をしているのよ。


「だって今、胸見てたでしょ? 女が男の視線に気づかないと思ったら大間違いなんだから!」


 男って奴はちょっと薄着をすると、チラチラチラチラと色んなところを見てくる。高橋みたいに露骨なのはそうそういないけど、面と向かって話しているのに明らかに視線がさがっているとか。本人たちは気づかれずに見ているつもりかもしれないけど、ハッキリ言ってバレバレだ。

 今さら取り繕っても無駄だから。


「見てた!」


 言い切りやがった。


「見えるものを見て、何が悪い!」


 おまけに開き直りやがった。

 どうしてやろう、この男。そんな事、堂々と言い切れる高橋の神経を疑う。


「み、見えてたら横を向くとか、注意してくれるとか……」

「ド阿呆! 紗季が屈んだ拍子におっぱいが見えた。だから見た。俺は法に触れる事なんざ何もしていない!」


 阿保だ。高橋はきっと阿保に違いない。


 いつだってそうだ。

 話している時に高橋が無言になったら必ず私を見ている。それもエロい目で。

 たちが悪い事に、確かに高橋の言う通り犯罪ではない、という事。

 胸を見るにしても、襟首を引っ張ったりとか覗き込んだりとかはしない。

 スカートを捲ったり、鏡やスマホを差し込んだりする事もない。絶対にない。

 けど、隙あらば私をエロい目で見てくる。

 襟ぐりが開いていない服を着ようが、ジーンズを穿こうが関係ない。

 見えるものを見えるままにエロい目で見てくる。

 どこまで高橋の妄想力は神の領域に達しているのか?

 他に男友達がいないからわからない。わからないけど、毎日毎日エロい目で見られる私の立場は?


「も、もう、今度エロい目で見たら絶交だから!」


 何度言ったかわからない。本当に絶交した事はないけど。


「自意識過剰だな。俺はあくまで風景を心のフィルムに焼きつけていただけだ」


 カチンときた。

 胸とか脚とかお尻とかパン……とか、あれだけいつも私の体を嘗め回すように見ておいて、自意識過剰? 今さっきだって「おっぱいを見てた」って断言した癖に。

 私のあんな姿やこんな姿を記憶されてたまるか。何に使われるかわかったものじゃない。

 見てろよ……


「おい、その振り上げた分厚いハードカバーをどうするつもりだ?」

「え、いや、高橋の記憶媒体を破壊しようと思って」

「殺す気満々かよ。変わったな、お前。中学の頃はあんなに親切だったのに」


 目にかかる長めの髪をかき上げて、呆れたように深いため息をつく。

 親切にした、訳じゃない。あれはたまたまだ。

 そんな言い方をされると、胸がつくりと痛む。


「と、とにかく、私をエロい目で見るの禁止! 女はその気じゃない時にエロい目で見られたくないの!」

「何がその気じゃない時に、だ。キスすらした事ない処女の癖……」

「やーやーやー! 人がいるのに変な事言わないで! アンタだって童貞じゃない!」


 怒りで体が震える。目の前が真っ赤になる。

 高橋はふんぞり返って、私を小馬鹿にするようにフンッと鼻を鳴らした。


「それがどうした、むしろ誇らしいわ! こんな俺でも愛してくれる女は必ずいる!」

「はっ、エロい目で見られて喜ぶ子なんているもんか! 童貞! ヘンタイ! エロ!」

「貴様ぁ、エロを冒涜するとは何事だぁ!!」


 高橋の大声が空気を激しく震わせる。

 廊下を歩いている人たちが立ち止まり、私達を物珍しそうに振り返る。

 こんな公衆の面前で私達は何をやっているんだろう。恥ずかしい。

 高橋は胸の前でギュッと拳を握り締め、ギロリと私を睨みつけた。


「いいか、お子様。よく聞けよ。人類の歴史は総て、エロ在りきで語れるのだ。エロがなければ人類はここまで繁栄しただろうか? いや、しない。野生から進化した人間が手に入れたものは何か? それはエロだ。リビドーだ。人はこの世に生まれ、思春期を経て恋を知り、そして愛し合う。そう、愛だ! エロは愛だ! オールシーズン発情期の人間は常に愛に満ち溢れていると言っても過言ではない。素晴らしいじゃないか、エロは。人間の三大欲求の中で唯一、エロは種の保存だ。食事よりも睡眠よりも尊いのだ。エロを否定する奴は悪だ。人類の敵だ。恥を知れ。俺は世界中の人間の前で胸を張って言おう。エロ、ありがとう。君に会えてよかったよ、と」


 開いた口が塞がらない。何を言っているんだ高橋は。

 パラパラと手を叩く音が聞こえてくる。それが次第に大きくなり、いつしか周りを取り囲んでいる人たちの拍手が私達を飲み込んだ。


「いいぞ、よく言った、高橋!」

「男の鑑だ!」

「ありがとう! みなさん、ご清聴ありがとう!」

「何恥ずかしげもなく拍手なんてしてんのよ。男ってホント幼稚」


 うん、その一部の女性の意見に私は賛同する。

 エロい目で私を見る事を、正当化しようったってそうはいかないから。

 でも、拍手している人の中には女の人の姿もちらほら。

 穢れてる。世の中、穢れてるわ。

 こんな阿保の言う事を称賛する女性なんて……あっ。


「紗季ー、迎えにきたよー。お茶して帰ろうー!」


 私たちを取り囲む山の中にとても楽しそうに手を叩く瑞穂ちゃんがいた。

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