ヴァンパイアの連続殺人事件<2>

−−イヴラクィック町、被害者宅


イヴラクィック町の被害者宅としか言われなかったが、行ってみればどこが目的地なのか一目で分かった。この辺の住民達だろうか。家の周囲を取り囲んでいる。


「ちょっと失礼します。道を開けて」


集まっている住民達をかき分けて家の前まで進み、ドアをノックすると家の主人が出てきた。


「あぁ、あんたらがけーさつって人かい?」


「ギルドから連絡を受けて来ました。警視庁捜査一課の前川といいます」


「同じく春日です」


二人はいつも通り警察手帳を見せたのだが、この家の主人にはそれが何なのか見当がつかない。それもそのはず。この街では警察の知名度がゼロだったからだ。ひとまずその事は置いておいて。


「緊急の要件と伺ったのですが、何かありましたか?」


「うちの一人娘が誰かに殺されたんです」


「殺された?」


唐突に出た言葉に二人の中で思考が止まる。これが110番通報だったら真っ先にいたずらを疑うところだが、まずは主人の言った事が真実かどうか確認する必要はある。


「詳しくお話を伺えますか?どのような状況で発見されたのか教えてください」


話を聞いてみると朝方起きてこない被害者を呼びに来た母親が異変に気付いてギルドに任務依頼クエストオーダーを出したらしい。ギルドで殺人といえば自分達が専門だと言ったが為に任務クエストが回ってきたという訳だ。主人は深い溜め息をつきながら、二人を二階の部屋へ案内することにした。部屋に向かう途中、家全体に漂う緊張感が二人に重くのしかかる。


「この部屋です」


ベッドを囲むように家の人達だろうか?すすり泣きをしながら立っている。ベッドに横たわっているのがこの家の一人娘らしい。和司がベッドに目を向けた瞬間、胸の奥に冷たいものが走った。


「おい、この子・・・」


弘也も表情を硬くし、声を震わせながら言葉を続けた。


「昨日会ったミーナちゃんじゃないか・・・」


「うちのミーナをご存知で?」


「あぁ、昨日街で偶然会いまして」


二人が目にしたのは、昨日交通事故から救ったばかりの少女、ミーナの姿だった。彼女はまるで眠っているかの様に横たわっている。昨日元気に走っていた少女が今はその身体から命の温もりを感じさせなかった。交通事故から一つの命を救ったというのに今、目の前で同じミーナの命が失われている事に驚きを隠せない。平和だったはずの昨日が遠く感じる。


「一旦落ち着こうか」


家の人達に少し離れてもらって二人は被害者、ミーナの側に立って両手を合わせた。目を静かに閉じて両手を合わせる事で一度気持ちを落ち着かせる。それが終わると早速遺体の検視に入った。弘也はスマホの方位計アプリを出した。


「ご遺体は南東方向の仰向き。ベッドも同じく南東方向。ベッドとの傾斜角は約8度、就寝中に襲われた様だな。着衣の乱れは認められず。外傷は左頸動脈に刺傷が二ヶ所。細くて鋭利なきり状の物で刺されたと推測される。直径は3mm。二つの刺傷の間隔は43mm」


二人はしゃがんで被害者の首元をよく観察してスマホで刺傷を撮影した。弘也は遺体を触ってみたり身体のあちこちを観察したりしていた。


「死後硬直は下肢にまで及ぶ。ご遺体をひっくり返すぞ、手伝ってくれ」


二人はミーナの遺体の両方と両足を持ってベッドの上でうつ伏せに返した。弘也は裏返した遺体の背中の方を見ていく。


「おかしいな、紫斑が出てない。死後硬直の度合いから考えると死後10時間は経過しているはずだ。なのに何で出ていないんだ?」


死亡して循環している血液の流れが止まり、身体の下側に沈下して現れるはずのあざ状の斑点が見当たらない。


「他に目立った外傷はなし。間違いなく頸動脈の二つの刺傷が致命傷。他殺に間違いない」


「じゃあ死因は出血性ショック(出血多量)による失血死か?」


「そうなるな」


和司はベッドの上から周辺を見回した。


「しかしそれならかなりの量の血液が身体から出た事になるよな。頸動脈なら尚更だ。それなのに血痕がどこにも見当たらないってどういう事だ?」


その謎を考えるのは後にして弘也は次に遺体の周辺に不自然な点がないか探し始めた。


「ご遺体の腰部左右側に何か付着しているな・・・何だこれ、繊維片?」


弘也はベッドに付着しているいくつかの繊維片を拾い上げてチャック付きのポリ袋に入れた。それをスマホのルーペアプリで様々な方向から観察してみる。


「体毛?人間の体毛には見えないな。しかしこれが遺体の左右に付着しているところを見るに、犯人は馬乗りになって殺害に及んだ様に見える」


「馬乗りになって左頸動脈に刺傷を付けた?どんな殺害方法なんだよ?」


「分からないな。通常では考えられない殺害方法だ。・・・もしかしたら」


弘也は窓枠を一つ一つ観察し始めた。推測が正しいかどうか確認する為だ。


「傷跡・・・真新しいな」


尖った爪でできたと思われる新しい傷が付いている。恐らく犯人の目星は付いたのだろう。


「ヒロ、これは人間の仕業だろうか、もし違うとしたら何だ?」


弘也は窓の方から振り返って一つの結論を出した。


「間違いない。ヴァンパイアだ」


二人は家の外に出て庭から被害者の部屋の窓を見上げた。


犯人ホシがヴァンパイアだったとしてだ。どうやって二階から侵入したんだ?よじ登ったのか?まあできなくもないが」


和司は庭から二階の窓への侵入経路を探ってみた。窓は全て出窓で窓の下から半分位の高さまで柵が設けられている。各階の窓と窓の間には等間隔で仕切りが区切られた柱があり、ボルタリング経験者ならそれらを使って被害者のいる二階まで難なく登る事はできそうだ。


「ヴァンパイアはコウモリの姿をして空を飛んで移動するんだ。そして人間の姿になって美女の首から生き血をすすると言われている」


「空から二階の窓に侵入した・・・」


二人は一度被害者宅を離れ、さらに詳しい情報を得る為にギルドに向かった。

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