第2話 いざ吉原へ

「再 綱丸様の犬公方就任と将軍御用側用人の就任の儀」

 再び就任の儀がとりおこなわれました。ひな壇に綱丸、蘭、公方様、小姓が二人に槍と刀、横には桜沢と政直、向こうの横には老中。正面には大名列席していました。

(なんで俺以外の奴が隣にいるの……)

 と、桜沢は思っていました。

 大名列には、前回のブ男の場所にハンサム伊立殿が座っていました。

「徳河将軍家ではこれより、正式に御用側用人制度を設けて、この二名に、その職務を託すことにした―― 八図政直、桜沢保安――」

 そのお沙汰を聞いて、大名たちはざわつきました。

「あいつは だれだ――」

 それと、まぎれもなく、政直と蘭に対してのものでした。


 就任の儀の終了後の桜沢邸では、大変な事になっていました。

「何故だ! 何故だ! 何故だ!」

 と、桜沢は、悔しがって床の畳をたたいていました。

 そばに、側近の二人が付いていました。

「俺、一人だと、公方様が何をいおうが、自由に嘘をついて意のままになんでもできるはずだったのに…… 二人だと、あいつが違うと言えば、どちらかが嘘をいっている事になるではないか」

 側近の一人の与一が首をかしげて言いました。

「殿はいつも嘘つきだから、もう一個嘘をついたら本当になるからいいかもね」


「えーい、アホ。切一、あいつは何者だ、すぐに調べろ」

 と、桜沢は叫びました。 

「もう、調べてあります」

 と、すぐに切一が返答しました。

「さすがは切一」

「殿、ご安心ください。この城内で起こったことは、すべてこの切一が把握しています」

 と、切一は自信ありげにいいました。

「な、なんと、では、わしが妹の桜子にボコボコにされたのも知っているというのか…… 申してみよ」

 と、桜沢は不安気にいいました。

 切一はたじたじして、それは違う話じゃないかと思っていました。そして、返答しました。

「八図藩主の八図政直は、ただの馬鹿殿です。松の廊下では綱丸様にけつを噛まれ、側近の玉木というものにも、抱えてもらっていたのを見放されて、また松の廊下でけつを強打しております。さらに側近の玉木というやつは、どうしようもなくて――姫様のビンタを食らっています――」 

「そうか、ただの馬鹿か。えっ! 妹の桜子のビンタとはどういうことだ!」

 と、桜沢は問いただしました。

 切一は口を押えて

(しまった、これは言うことではなかった)

 と、思いました。

「おおかた、その者は、姫様が殿をボコボコにした後なので、その勢いので、とばちりを受けたんでしょ」

 と、与一が口をはさんできました。

(しまった殿がボコボコになって、ヅラが飛んだ話を与一にするんじゃなかった)

 と、切一は思い後悔ししていいました。

「こら、与太、火に油を注ぐな」

 桜沢は恐い顔をしていいました。

「切一、わしまで密偵しているのか?」

「ち、違います、偶然です」

 と、切一はあせっていいました。

「まあ、それはそれとして、でも、なんでその馬鹿が側用人になったんじゃ」

 と、桜沢は切一に聞きました。

「どうも、公方様は、今回の役職は、友達になる役だと思っているらしいですよ」

 桜沢はそれを聞いて「はっ、あのことか」と気づきました。

「それに、やつらは、側用人をソバ屋だと思っていたらしく、すこし、頭も弱そうです。それに、仕事もしなくていいと勘違いしているらしいです」

 そしたらまた、与一が口をはさんできました。

「側用人って、おいしい、ソバつくる人だと思ってた」

 桜沢は目をきらりとさせいい考えを思いつきました。

「そうか、馬鹿とハサミはうまく使わないといけないな―― フフフフ―― ハハハハ――」


 それを聞いた、与一は不審な表情でいいました。

「殿、ハサミをどう使うんですか?」

 殿も切一も唖然としました。


「こんどはどうだ! これが側用人の仕事だ」

 と、桜沢はいいました。


 一.公方様と遊ぶのが仕事だよ。楽しいよ。

 二.老中から何か聞かれたら「桜沢と同じです」と答えるんだよ。

 三.この二つの約束をまもるだけでハッピーライフだよ。


「このことを、やつに吹き込むんだ。これで、公方様のお言葉を、どんなに変えようが、アレンジしようが、あの馬鹿が証人になってくれるわ」

 

「オー」

 と、与一も切一も拍手しましたが、与一には何のことかわかっていませんでした。

 桜沢はとぼけた変な顔で目を黒丸にしながら、何故か与一に、このことを政直に伝えるよう手紙を頼みました。

「与一、一、二、三を書状にして、八図藩の藩邸にとどけよ」

「はい、わかりました」

 と、与一は、とぼけた真面目顔で、目を黒丸にして返事をしました。

「……」

 切一はなんで与一なんだろうと思いましたが、「まあ、いいか、面倒だし」と思っていました。


 その後、与一は真剣なまなざしで書状を書いていました。

(ハッピーライフってなんだ?)

 

 八図藩の藩邸では、殿と玉木と金衛門とで、公方様と殿のお忍びの豪遊の金策を相談していました。金衛門は八図藩の金庫番の仕事をしていました。

 そこに、桜沢印の書状を伝書鳩がもってきました。

 この頃は、江戸城と各藩の藩邸は伝書鳩でやりとりすることがありました。桜沢邸から江戸城、そして、江戸城から八図藩の藩邸と取り次いで飛んできました。

「殿、桜沢様より書状が届いています」

 といって、藩士が書状をもってきました。


 書状の内容はというと、こどもの字で、少しまちがいながら書かれていました。

 

 はずはんの、おとのさまへ

 そばよう人の仕事はこうします


 一.くぼう様と楽しくあそびましょう

 二.としよりの中は桜沢と答えは同じだよ

 三.やくそくまもると、○○△△××、できるよ


 いっしよに、楽しくやりましょうね。

 桜沢のとのより《桜沢 印》


「な、なんだこれは――」

 と、政直は叫びました。

「家紋が刻印されているから偽物ではありません」

 と、金衛門はいいました。

 玉木も書かれている事をみて、驚いていいました。

「こ、これには、○○△△××に何か深い意味があるに違いない。殿、どうしますか――」

「桜沢殿に直接会って、本当の事を聞く事がよさそうだ」

 と、政直はいいました。


 桜沢邸の行先予定表には

 与一 ひめのごえい 帰り みてい

 と、書かれてありました。


 桜沢邸の門にはPという字の羽織をきた浪人が提灯をもって、頭巾をかぶった殿と、玉木をエスコートしていました。

 それは、P浪人と言って、この時代ではいろいろ仕事をしていました。

 そして、部屋まで通してもらって桜沢をまっていました。

「こんな夜分に申し訳ない。なにしろ城づめが忙しくて」

 と、桜沢は来るなり、簡単な会釈をしていいました。

 政直はさっそく書状の話しをしました。

「こちらこそ、こんな夜に時間に取らせていただいて申し訳ない。ところで、さっそくじゃが、玉、例の書状を」

 玉木はいきなり書状を広げてました。

 桜沢はその書状をみて目が点になりました。

(う、これはなんだ……)

「桜沢の旦那、これはないですよ。うちは、はず藩じゃなくて八図藩ですよ」

 と、玉木はいい、チョーまじ顔につづけました。

「そして、このフレーズ、○○△△××には、なにやら重大な意味があるんですよね」

 桜沢は唖然として、

(そこか、ひどい)

 と思い、そのことを正しくいおうとしました。

「それは、確か、ハッピー……」

 そして、そこまで、いったとき、玉木と政直が柳沢の両脇より肘で突っつきました。

「ハッピーだって、やはり―― 吉原での豪遊―― よーくわかったぜ。殿、さあ、帰りましょうか」

 と、玉木がいいました。

「明日からが楽しみじゃのう、玉」

 政直の声は弾んでいました。

 二人とも美女をはべらして豪遊の想像して、上を向き、口が開いてよだれを垂らしていました。

(う、こいつらは、唯の阿呆か? 切一の報告通りじゃ。でも、ここまでひどいのは見たことが無い。八図藩とやらは気の毒じゃ)

 と、桜沢は考え、手筈通りに事を進めることにしました。

「これ、れいの物をこちらへ」

「はは!」

 と、P浪人が戸の外で答え、なにやら箱をもってきました。

「そうそう、八図殿、帰る前に、これを。土産じゃ。公方様との遊びに役立てくれ」

 玉木が箱を受け取り中を見ると、箱の中にはいろいろなゲーム、優待券、穴場雑誌など楽しそうなものが詰まっていました。

「おお、なんじゃこりゃ。お江戸人生ゲーム、桃太郎五三次、吉原すごろく、花札、どきどき堕転すごろく、ゴリゴリ君の当り棒、吉原いいとこ優待券、吉原座年間パス、姫集ボトル券、何でもあるぞ――」

 と、玉木が叫びました。

「オー、いけるぜ、人生の絶頂期がやってくるぜ!」

 政直は、目がキラキラ輝かせながらいいました。


 一方、姫の桜子は「姫集」という酒場で飲んでいました。左には女の付き人、右には与一が座っていました。そして、偶然にも席を二つおいて、イケメン藩主の伊立が側近をつれて飲んでいました。

 姫は憂さ晴らしで、伊立はお忍びで「姫集」という店名につられて入店して飲んでいました。

 与一は酒が弱く、すでにつぶれて寝ていました。

「あの、くそ兄貴。金と権力目当てで、私を売りやがった」

 と、桜子はチョー酔っぱらって叫びました。

 それを聞いた伊立の耳がぴくりと反応しました。

「なによ、あの伊立のブ男」

 伊立の耳がダンボになりました。

「姫様、いけません。誰か聞いていたらどうしますか」

 と、女の付き人はいいました。

「ぐー、ぐー」

 と、与一はいびきをかいていました。

「うるせー、ブ男はブ男は、ありえねー顔してるじゃん――」

 桜子は付き人の警告なんで意にもかえさず叫びました。

 それをきいた、伊立殿は、怒り震えていました。

(こいつ、桜沢の娘だな)

「お前も、みたら腰抜かすよ」

 と、桜子は付き人にいいました。

「でも、ありえないブ男って……」

「ぐー、ぐー」

 与一のいびきのフーセンが「パン」と割れました。

 しばらく沈黙の状態になりました。

 伊立は桜子の話しに頭にきて意を決しました。そして、急に大声で側近にいいました。

「側用人が二人になんて、桜沢も大変だね。せっかく、幕府の実権を握るとこだったのによ」

「そうですね」

 と、伊立の側近の佐々五郎はいいました。

 桜子の耳がぴくりと反応しました。

 与一はあいかわらず「ぐー、ぐー」していました。

「なんだか、姫を伊立藩に嫁がせるとか言ってたな。たかだか、実権の無い二万石の側用人、六十万石の伊立に、まったく釣り合わねえな」

 と、伊立がつづけると、こんどは桜子が耳をダンボしてきいていました。

「おっしゃるとおりです」

 と、佐々五郎がいうと

「パン」

 と、また与一のいびきフーセンが割れました。

 さらに、伊立はわざと聞こえるようにしていいました。

「それに、松の廊下で、男に抱きついた後、その男をビンタしたいう話じゃねえか。とんでもねえ、アバズレ姫だな。あー、くわばらくわばら、嫁になんかもらえねーな」

 桜子は怒りで体が震えていました。桜子の付き人はヤバイと思い

「姫様、そろそろ帰りませんと」

 と、いいました。

 途端に、桜子は大声で「ワー!」と店が割れるぐらいの大声で泣き叫び、大粒の涙をぽろぽろ流していました。そして、顔をくしゃくしゃにしながら、走って店の外へ出ました。

 付き人も「姫様!」と叫んで後を追いかけました。

 そんなドタバタで、酔っていた与一は、びっくりして、目がさめました。姫が泣いて、でていったことだけは記憶にありました。

 与一は「姫様……」といいかけました。そして、伊立をみて何が起こったか悟りました。

(あのイケメン野郎にフラれたに違いない)

 そして、与一は姫を追いかけるが、店を出る前に、店員につかまり

「お客様、お代をお支払いください」

 と、いわれました。

 与一は言い返しました。

「姫様が大声で泣いて出ていったんだ」

 さらに。伊立を指さしていいました。

「姫様があの男にフラれた。ひどい奴だ。お代は、あの男からとってくれ」

 そしたら、店員が伊立にガンをつけていいました。

「かわいこちゃんを、あんなに大声で泣かすなんて、江戸っ子の隅にもおけねえ。性根をたたきなおしてやる――」

 与一は知らないふりして店を出て姫を追いかけました。


 桜子は泣きながら走っていました。

「どいつも、こいつも、金と権力ばかり。やるせない」

 その後に、姫を乗せるはずだった駕籠、女の付き人、与一の順で、夜の江戸を桜沢邸に向かって走っていました。

「姫様―」

 付き人と与一は叫んでいました。


 桜沢邸の玄関では、桜沢が玉木と政直の帰りを見送りしていました。

「では、明日」

 政直の背中に唐草紋様の風呂敷が背負われていました。例の箱土産が入っていました。

 そんな時、桜子が玄関に泣きながら飛び込んできました。

(あの時の姫だ!)

 と、玉木は気づきました。

 桜子も玉木をみて

(あの、松の廊下のお方だ!)

 と、気づきました。

 桜子は感情が抑制できなくなり、泣きながら、玉木に近づき、胸を両手でたたきました。そして、「えーん」と声を上げ抱きつきました。

 玉木は何が起きたのかはわからないが、とにかくかわいこちゃんに抱きつかれて、ニンマリと笑いスケベ顔になりました。

 それをみて、桜沢と政直は唖然としていました。

 少しして、桜子は「ハッ」と我に返り、ニンマリすけべ顔の玉木をみて、思い切り往復ビンタを食らわせました。

 与一も付き人も追いつきその光景をみてびっくりしていました。

 桜沢と政直も、さらに驚いていました。

 姫と付き人は、そそくさと中へ行ってしまい、玉木は玄関に転がっていました。

「与一、どうなっているじゃ」

 と、桜沢は聞きました。

「わかりません……」

 と、与一は答えました。


 次の日、江戸城では、公方様と側用人一同が集まっていました。

 公方様の行動予定表には、午後3時、伊立と茶室、と書かれていました。

「さー、行くぞ、マサ、玉」

 と、徳ちゃんはいいました。

「その恰好じゃねえ、目立ちすぎ」

 と、マサはいいました。

 玉木は与一をみてひらめきました。

「こいつと交換しましょうぜ」

 

 徳ちゃんと与一は服を交換しました。

「服はこれで良しとして、問題はそのマゲだな」

 と、玉木はいいました。

 桜沢はあっけにとられた顔をしてみていました。

「ほどいて、ならして、集めて……」

 玉木は徳ちゃんのマゲをいろいろ作りなおしていました。

 みんなは、公方様のヘンテコなマゲをみて、「プっ」とふきだしていました。

「じゃあ、いこうぜ徳ちゃん」

 と、マゲを完成ささせた玉木はいいました。

「うん、お忍びじゃ、お忍びじゃ」

 と、徳ちゃんはいいました。

「桜沢の旦那、あとは、頼んだ」

 と、玉木はいい残して、徳ちゃんとマサをつれていってしまいました。


 残された、桜沢と与一はぽかーんとした顔をしていました。

「いってしまわれた」

 桜沢と与一は気を取り直して仕事をはじめました。

 しばらくして、桜沢は与一の服をまじまじと見ました。そして、公方様の予定表をみました。

「やべー」

 と、桜沢は叫びました。与一には、なんのことかわかりませんでした。

「誰か、切一を呼べ」

 と、桜沢が叫ぶや否や、どこからともなく切一が現れました。

「殿、どうかされましたか?」

「公方様がやつらと遊びに…… なんとかならぬか」

 切一は与一の服と、予定表をみて、すぐに青ざめました。

「時間がないが、なんとかしなくては」

 と、切一はいい、手を二回たたいて

「だれかいるー」

 と、叫びました。


 ほどなくして、桜沢家紋の付き人と、配下の忍者が天井から現れました。

「切一様、何か御用で?」

 桜沢は切一の手際の良さにあっけにとられていました。与一は口をあけたままポカーンしていました。

 付き人と忍者と切一はひそひそ、あれこれと打ち合わせをして、付き人と忍者そそくさと散りました。

 ほどなくして、二人とも戻ってきました。

「連れてまいりました。江戸きっての、カリスマまげ師とカリスマメイク師です」

 切一は早速、公方様の絵をみせて、与一を公方様に似せるメイクをするように命じました。ただ、残念ながら絵は上手に描かれていましたが、公方様にはあまり似ていませんでした。

 与一の周りでカリスマたちが、ガサガサごそごそ、すごいスピードで作業しだしました。

「できました!」

 と、ほんの数分後にカリスマたちが叫びました。

 桜沢は絵と与一をみくらべていいました。

「おー、似ている、似ている、バッチリじゃ」

「あとは、扇子やマスクなどで口元を隠していれば、ばれませんぜ」

 と、切一はいいました。

 桜沢は与一にいいました。

「茶室にはうちの密偵の茶坊主がいる。もう話はつつけておいた。おまえは、茶坊主が何か言ったら、そうだな、伊立殿が何か言ったら、うむ、とだけ答えていればいいぞ」

 そして、与一は扇子で口を隠しながら、「そうだな、うむ」をくりかえし呟きながら茶室に向かいました。。 

 

 茶室では伊立が公方様を待ちわびていました。

「公方様は遅いのう」

 やって、茶坊主が公方様(与一)を連れて、茶室にはいってきました。座った 公方様(与一)は扇子で口を隠していました。

(はて、公方様はこんな顔だった?)

 と、伊立は思いました。

 公方様(与一)は伊立を見て

(こいつ、姫様を泣かしたやつ)

 と、気づきました。

 公方様(与一)は茶坊主を手招きしてから

「伊立殿、少し待ってくだされ」

 といい、茶坊主を連れて退室しました。

 公方様(与一)と茶坊主は部屋の外で、ひそひそと打合せをしていました。

「トウガラシ、ワサビ、ゲザイ……」

 公方様(与一)は、茶坊主に締めくくりに、目をきらりと光らせいいました。

「桜沢様の命令だよ!」

 茶坊主は「な、なんと」といいかけて腰を抜かしました。

 公方様(与一)は茶室に入り、伊立殿にいいました。

「伊立殿、マンノ利休が伊立殿ためにスペシャル高級茶をたてるそうじゃ」

「そうですか、それは楽しみですな」

 しばらくしてマンノ利休が茶室にきました。

 そして、お茶をたてるました。


 マンノ利休は公方様にお茶をスーとよこしました。

 公方様(与一)は扇子で口を隠して飲んだふりをしました。そして、わざわざ、唾をゴクリと音をたてて呑み込みました。

「マンノ利休の茶はいつもうまいのう。ごくりと飲むのが粋だねえ。ささ、伊立殿もどうぞ」

 と、公方様(与一)はいい、伊立殿に、スペシャル茶の入った茶碗を渡しました。

 伊立は茶を受け取り、ゆっくりまわしてから、ゴクリと飲みました。

 茶室はシーンと沈黙しました。

「ウォー!――」

 伊立は顔を真っ赤にして喉を押さえのたうちまわりました。

「み、みず……」

 と、呻き声をあげて、茶坊主に懇願しました。

 茶坊主がとっさに、花を挿してある花瓶を渡しました。

 伊立はそのまま花瓶に口をつけて、ごくごくと水を飲んでいると

「ウッ、ウッ」

 と、唸りだして、今度はケツを押さえました。そして、そのまま、モーダッシュで茶室から出ていきました。

 茶坊主は不安になり公方様(与一)にいいました。

「いいんですか?」

 しかし、公方様(与一)の返答は無責任なものでした。

「あーあー、僕、知らないよ」

「え、桜沢様の命令では?」

 と、茶坊主は言いました。

「え、そんなこと、言った?」

 と、公方様(与一)は知らないふりをしました。

 茶坊主は真っ青になりました。


 その頃、江戸城の庭では蘭と桜子が犬たちと一緒にいました。

「蘭のおかげでくるみも、すっかりお利口になったよ。ありがとう」

 と、桜子はいいました。

 くるみは桜沢家で飼っているいる雌の犬です。

「いえいえ、どういたしまして。この、くるみちゃんか飼い主に似ていい子だからだよ」

 と、欄はいいました。

「ところで、父上から聞いたんだけど、欄の藩に玉木とかという藩士がいるとか、そして、公方様の付き人もするとか?」

 と、桜子は聞きました。

「うーん、玉木はいるけどロクでも奴よ。なんか、公方様とうちの殿のお忍びの遊びの担当係だって」

 蘭は玉木が何をするのかよくわからないで答えました。

「それで、私、その玉木とかいう者をビンタしてしまったの。あとで、あなたから謝っておいてくれない」

 と、桜子は申し訳なさそうにいいました。

「いいの、いいの、あんな奴。どうせ、ビンタされるような事でもしたんでしょ」

 蘭がそういっていると、廊下の方が騒がしなりました。何やら人が集まっているようでした。


「殿中にて、お漏らしでござる」

「なに」

「うんちか、おしっこか」

「脱糞でござる。しかも、ゆるゆる脱糞――」

「どこだ?」

「松の廊下でこと切れたようだ――」

「で、誰だ?」

「伊立殿……」

「なにー、松の廊下を汚したのか? これは――」

 

「なにやら、騒がしいわね」

 と、欄はいいました。

「あと、お願いがあるんだけど…… 友達になってくれない?」

 と、桜子は欄にお願いしまた。

「えっ」

「私、姫だから、友達いないの。かご中の鳥みたいなものなの」

「わかるわ。姫って大変そうだもの。私のようなものでよければいいよ」

「あと、私、連れていってほしいところがあるの」

「え、どこどこ。私、江戸はよくわかんないよ」

 と、蘭はいいました。

「いいの、一緒にいってくれれば」

「いきたい場所って?」

「吉原というところよ。なんかとっても楽しいところなんだって」

 桜子は吉原が何をするところかよくわかっていませんでした。

「そうそう、夜のテーマパークと言われているみたいだけれど、私もいったことがないの。じゃ一緒にいこう」

 蘭もよくわかっていなかったけど、楽しそうな所というのはわかっていたので、すぐにOKしました。

 そして、二人でひそひそと作戦を立てて、ニヤリと笑っていました。


 玉木の方はというと、三人とも八図藩の藩邸にいました。

 徳ちゃんとマサは、桜沢にもらった吉原のガイドをみて、ゆるんだ顔をしていました。

 金衛門は玉木へ小判を差し出していいました。

「はい、十両。大切に使ってくださいよ」

「おー、こんな大金、手が震えるなあ!。大変なお役目だがこの玉木におまかせあれー」

 と、玉木もゆるんだ顔をしていいました。

「あいつら、大丈夫か?」

 金衛門は不信の目で彼らを見ていました。

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