たまらん
吉道吉丸
第1話 将軍御用側用人になっちゃった
時は元禄、世は「生類憐みの令」ができるぐらい平和であった。そして、ここは、八図藩の江戸藩邸である。
蘭はマリモにポポロジャーキーを食べさせていました。
蘭は家老の娘で犬のマリモのトレーナーをしていました。
マリモは欄の指示どおり、お手、おかわり、ちんちんをしながら、その都度食べさせてもらっていました。
尻尾を振りながらおいしそうに食べるマリモを、殿が見ていいました。
「蘭、犬の扱いが上手やの。そのうまそうなものは何じゃ」
「これは、今、流行しているポポロジャーキーよ」
と、欄は答えました。
「どれ、わしにも食わせてみい、玉、おぬしも食うてみい」
と、殿がいいました。
国の八図藩では代替わりをして、殿と玉は初めての江戸詰めであった。
玉は名前を早風玉木といい、殿の側近をしていました。そして、八図藩は田舎のとても貧しい小藩でした。殿は直正といいました。玉木とは藩主と家臣というような硬い関係ではなく、ツーカーの友人のような関係でした。これは、殿が望んだことではなかったのですが、玉木や蘭がとんでもない輩でいつも間にかそんな関係になっていました。
「こりゃ、うまい」
と、殿は食べながらいいました。
玉木は食べようとしたところ、マリモに横取りされました。
「殿、そんな事より、そろそろ登城の時間ですが」
と、玉木はいいました。
「あー、めんどくせー」
殿はそういいながら、蘭から袋ごとジャーキーの取り上げました。
「あ、殿、駄目です。それは、犬のエサですよ」
蘭は殿に訴えかけましたが、殿はききませんでした。そして登城の準備があるので行ってしまいました。
「ポポロジャーキー、結構高いのに殿は犬のエサ食うんかよー」
蘭は腕を組んで怒り顔をしていました。
「いいじゃねえか ドブスが怒ったら、どこにも嫁にいけねえよ」
と、玉木がいいました。そして、殿を追いかけていきました。
「ドブスだとー」
蘭は怒り心頭で、玉を指さして
「噛めー」
と、叫びました。
そしたら、マリモが玉木に突進していきました。
「なんだ、なんだ」
と、玉木が状況を呑み込めないでいるうちに、マリモか玉木の尻にガブリと噛みつきました。
「ギャー」
「ざまあみやがれ、アホ玉木」
と、蘭はいいました。
八図藩の駕籠は江戸城に向かっていました。
駕籠の家紋はイカが二匹、向かい合っているものでした。駕籠には「エコノミー」と記載されていて質素なものでした。
「ところで、玉、今日は、何のための登城なんだ?」
と、殿は駕籠の中から、玉木にききました。
「綱丸とかいう、飼い犬が犬公方になった謁見の儀式だって、やってらんねーよな。それに、各藩の代表する犬も登城だってよ。なんだか、式の後に犬も綱丸に謁見するんだって」
と、玉木はいい、そしてつづけました。
「あと、将軍御用側用人とかなんとか、訳がわからん人の紹介だって」
その時、急に籠が止まり、中でポポロジャーキーを食べている殿が前のめりにひっくり返りました。
「な、何事!」
と、殿が叫んで、籠の窓を開いて外を見ると
家紋は犬の足跡に三、「グランクラス」と記載された豪華籠でした。それは、徳河御三家の尾張藩でした。
「こらー、とっとと道を空けやがれ。このド田舎、貧乏大名が!」
と、尾張藩の先頭の侍が叫び、豪華籠は足早にいってしまいました。
「ちっ、どうなってんだ、気分が悪りいな」
玉木がそう呟いているうちに、次の駕籠が迫ってきました。
それは、米川藩のグリーンクラスの籠でした。
また先頭の侍が叫んでいました。
「おんどりゃーどけ、こわっぱ大名」
籠が通り過ぎると、八図藩の籠の行列は半壊状態になり、担ぎ手や荷物持ちの何人かがこけていました。おまけに、米川藩の犬が、殿の駕籠にオシッコまでかけていく有様でした。
玉木は両手を握り締めていいました。
「ああ、俺も、あんな大名の側近になって、いばりちらしてみてー」
籠の窓から殿が顔を出して
「城への登城はは恐いのう」
と、いいました。
駕籠のうえには、マリモが姿勢正しく座っていました。
ここは、江戸城、松の廊下。
殿はポポロジャーキーを食べながら、松の廊下を歩き大広間へ向かっていました。
「もぐもぐ、こりゃ、酒があれば最高だな」
そこへ、伊立殿が向こうから歩いてきました。
伊立殿は石高六十万石の大大名でした。
「おう、八図殿、何を食されているのかな?」
と、伊立殿はききました。
「これは、ポポロジャーキー……」
と、政直が言いかけた時、まさか犬のエサともいえなくて
「いや、いや、何も」
といい、袋を隠して、その場を去ろうとしました。
そんな時、松の廊下に近づいてくるものがいました。
公方様が、小姓、犬の綱丸、犬のトレーナーを従えて、松の廊下の端まできていました。
犬の綱丸はだれながら歩いていました。
「最近、綱丸の元気がないではないか?」
と、公方様はトレーナーにききました。
「そ、そうですね……」
トレーナーは緊張して答えました。
綱丸は鬱の表情をして、いろいろいな嫌な事を考えていました。
朝のお膳の食事はまずい事、殿の横で大名との謁見の事と、そのときの作法、そして、ひな壇でじっとしていいなくてはいけない事。吠えるタイミングの事。
(やってなんねー、早く終わらねーかな。おら犬なのに、もーいやだ)
その時、綱丸にはとてもおいしそうな匂いがしてきました。
そう、ポポロジャーキーの匂いを嗅ぎつけたのです。そして、綱丸は、あまりにおいしそうな匂いなので我を忘れて、臭いの方、つまり政直の方にダッシュしました。
(おー、松の廊下を犬が突進してくる)
と、政直が気づいたときには、綱丸は政直のポポロジャーキーにぶつかっていました。政直はそのはずみで、尻から思い切りこけました。さらに、政直がこけた時、伊立殿の足にも絡まり、伊立殿もこけてしまいました。
そして、不幸にもポポロジャーキーは袋が破れ、中身がちょうど伊立殿の股間のあたりに散乱しました。そこへ、綱丸はガブリと噛みつきました。
「ギャーオー――」
伊立殿の断末魔のような悲鳴が城中に響き渡りました。
公方様ほか、先に広間に詰めていた大名たちも駆け寄ってきました。犬のトレーナーが綱丸を伊立殿から引き離しました。廊下は血まみれでした。
みんなが廊下の血と伊立殿と政直を見て
「これはひどい」「これで、お家もおとり潰しか」「切腹沙汰になるかも?」
と、あることないこといっていました。
「なんと、嘆かわしい。はやくどこかへつれていって、医者を呼んでこい」
と、公方様はあきれていいました。
政直と伊立殿は気を失っていました。
「綱丸様の犬公方就任と将軍御用側用人の就任の儀」
ひな壇には綱丸、左右に小兵が槍と刀をもち、公方様と同じようなスタイルでした。公方様自身もひな壇に鎮座していました。正面、横の一番前に今回就任する側用人が座り、老中があとにつづきました。
正面前列は御三家を筆頭に石高の高い中に座っていました。
政直もコケいなければこの場の最後尾の方に座っていたはずですが、今は控えの間で治療を受けていました。
この大広間をとなりの部屋から襖を少しだけ開けて、覗いている姫がいました。
今回、側用人になる桜沢の妹でした。姫の名前は桜子といいました。
「姫様、いけません、はしたない」
と、後ろから姫のお付きがいいました。
「兄貴がイケメンで金持ちの大大名と太鼓判を押したのは、どんなやつか……」
と、桜子はいいました。
桜子は二カ所ぐらい別の若いイケメン大名を見てから、目的の位置へ目線を移しました。
「うっ、ブ男」)
また、目線が流れて、所定の場所に目線を移すと
「うっ、まさか?」
今度は左から、指を折り曲げて数えていきました。
「一、二、三、四、ブー」
(確か五番目の筈、なんで、なんで、伊立殿とはあの方なの……、あんなブ男の所へ嫁に入れとか?)
と、桜子は思い、めまいがしてその場に倒れてしまいました。
「姫様、お気を確かに――」
姫のお付きが何が起こったのか、訳がわからず狼狽していました。
儀式の方はというと、
「――本日の儀式は、松の廊下で不祥事があったため明日へ延期いたす――」
と、老中が口上を読み上げて終了となりました。
「なにー」
と、桜沢は叫びました。
控えの間では、政直が傷の手当てを受けていました。
じきに、儀式が終わって、公方様が控えの間にやってきました。
「大丈夫か?」
と、公方様はききました。
「公方様、はい、大丈夫です。こんなところまで足を運ばなくてもいいのに」
と、政直は答えました。
「すまないの、綱丸は最近機嫌が悪くて…… なんでこんなことになったのか、わからんのじゃよ」
(やばい、口が裂けてもポポロジャーキー食ってたなんていえん、切腹物だ)
と、政直は考えていました。
「そち、顔色悪いぞ、ところで現場にはジャーキーが散乱していたようだが心当たりはあるか?」
と、公方様はいいました。
政直は心臓がはち切れんばかりに、鼓動が高鳴りました。
(やばい、やばい、やばい、そりゃ、顔色も悪くなるさ。なんとか話題を変えなくちゃ、そうだ伊立殿だ)
「ところで、伊立殿は、どうなさったのですか」
「ああ、別の部屋で手当てをうけているよ、チンコを噛まれたって大騒ぎになっていたようだが、大したことはなかったみたいだ。ただ、現場の血が伊立殿の傷からにしては少し多すぎるのが不可解じゃ」
「でも、それは、よかったですね。本当の事をいうと、わたくしは痔でして、こけた時、床にケツを強打したときに切れたみたいで、その血は…… えーと、えーと、申し訳ありません」
と、政直はおそるおそいいました。
「そうか、そうか、松の廊下を痔の血で汚したか…… うっ、それは――」
さすがの公方様も、いかに綱丸が噛んだからといっても、チンコとケツの傷の血で松の廊下が汚されたされたとあっては、徳河将軍家の看板に汚点が残ると思い、どうしたものかと考え込みました。
(綱丸が噛みついたのだから、この者たちを罰してもバツが悪いし、かといって何もしないと…… が、それよりこの者、どっかであったことがあるような)
「ところで、ぬしに聞くのもなんだが、綱丸はなんとかならないものか」
と、公方様はいいました。
「……」
「そうだよな、噛まれたショックでそれどころではないよな」
そんな、公方様の問いかけに、政直はピーンときました。
(これだ!)
「公方様、わが藩には、凄腕のトレーナーのかわいい娘がおります。綱丸様のトレーナーして差し出しましょうか」
(この場を切り抜けれるかもしれん……)
「かわいいのか、そうか、そうか。うーん」
公方様はそういうと、急に目が光りスケベ顔になりました。
「かわいい娘のトレーナー、楽しみだな、さっそく使いを出せ!」
さっそく、小姓が使いにいきました。ただ、その小姓は桜沢の密偵の役割もしていました。
いっぽう、玉木たちがいる詰所では大混乱となっていました。
「なにー、と、殿が松の廊下を血ので汚したって!」
と、玉木は叫んでいました。そして、連絡にきた使いの者の胸ぐらを掴んでいいました。
「殿はどうなったんだ――」
「わ、わかりません、ただ、出血が多く、それと伊立どのはチンコを綱丸に噛まれてインポになたとか……」
「い、いったいどうなっとるんじゃ、なんとか取り次いでくれ――」
と、玉木は使いの者に懇願しました。
そうしていると、公方様からの使いがやってきました。犬のトレーナーを連れてこいとの事で、玉木と蘭が、殿のところへいくこととなりました。
そして、また、ここは、政直が治療をうけている控えの間です。
使いにいった、小姓が帰ってきていいました。
「公方様、外に政直様の側近の早風殿と、トレーナーの蘭殿をお連れ致しましたがどういたしましょうか?」
「かまわんから、とおせ」
と、公方様は言いました。公方様はどんなかわいこちゃんか想像していました。
「でも、公方様がそんな身分の低い方とお会いになるのはどうかと思うのですが、よろしいですか?」
と、小姓が確認しました。
「余に考えがある。かまわんから、とうせ」
と、公方様は命じました。
小姓は部屋を出ていき、間もなく、玉木と蘭を連れてきました。
「殿、ご無事でしたか」
玉木は早速、傷の具合をききました。
「噛まれた傷は大したことはない、それより、けつを強打したときの痔の悪化がつらいわ」
と、政直は大事がないことをいいました。
「ところで、このオッチャン誰?」
と、玉木はききました。
そういう公方様は、まじまじと欄を見つめて品定めをしていました。
(容姿、スタイルはギリギリいいとして、あとは実力だな)
「玉、知らない人にそんな言葉遣いはよくないよ」
と、欄は注意しましたが、公方様の目つきがあまりにいやらしかったので、たまらずいいました。
「この、いやらしい目つきをしたオッチャンは何?」
政直は青ざめて、第二の危機が到来したとおもいました。
蘭も、オッチャンの服装と殿の狼狽ぶりをみて、この人はただ者じゃないと気づきました。
「わしは、九州の端熊藩の藩主の側近よ」
と、公方様は嘘をいいました。
政直はさらに青ざめるていました。
(公方様、嘘つくのやめて。このアホ早く気づけよ)
「そうか、側近は大変だよな、お宅の殿様はどうだい」
と、玉木は同業のよしみで共感をえるよういいました。
「うちは、殿ができた人だから、そうでもないが、お宅はどうですか?」
と、公方様は軽く言い返しました。
「うちときたら、松の廊下で犬にけつ噛まれるなんて、ありえねえ。おおかた、ポポロジャーキーでも……」
そう言いかけた時、政直は急に起きて、玉木の口を手で押さえました。
「もぐもぐ……」
「な、なんでもありません、こいつ変な事ばかりいうもんで」
政直はそういって玉木の頭をひっぱたきました。
それをみた公方様はいいました。
「おう、起きれるようになったか、大したことないな、早く、藩邸に殿をお届けしてあげな。だれか詰所まで送るのを手伝ってやってくれ。あと、明日、またトレーナーをつれて登城してきてくれ、あとで連絡するから」
(え、側近なのに、そんな事ができるの。もしかしたの、こいつ偉いのか?)
と、玉木は思いました。
玉と蘭で殿を両方からかかえながら、小姓の後につづいて松の廊下をいきました。
松の廊下の向こうから、桜沢の妹の桜子が怖い形相で、バシバシと足音を立ててやってきました。
「兄貴め、権力と金に目がくらんで、私をあんなやつの所に嫁にやろうとしたな―― ボコボコニして頭の毛むしってやる――」
そんな、恐い桜子でしたが、もとが美人なので、玉木は思わず見とれてしまいました。
(怒り顔がかわいい!)
そうしていると、桜子が玉木の手前で着物の裾を踏んでつまづいてしまいました。
すぐに玉木は反応して、無造作に殿を放り投げ、桜子を支えました。超イケイケ風の顔をつくっていいました。
「御嬢さん、大丈夫ですかい?」
玉の支えを失った殿は、蘭一人では支える事が出来ず、無残にも床にけつ打ちを転がりました。「ギャー」
「ありがとう、私は大丈夫」
桜子はいきなり殿方に抱かれて、目が潤んでいました。
(あなたは誰?)
桜子は着物が乱れ、淫らな姿になっていました。
玉木は姫の姿の淫らになっているに気づき、顔がスケベ顔になってしまいました。
桜子は「はっ」と我に返り、スケベ顔の玉木に興ざめして叫びました。
「この、ドスケベ!」
すぐさま、玉にビンタを食らわせて去っていきました。
玉木はほっぺを腫らして桜子の後姿をボー然とみていました。
桜子はその先の部屋へ入るました。それは、桜子の兄貴、つまり桜沢吉安の詰めている部屋でした。
入るやいなや
「誤解だー、伊立殿はイケメンだー」「うるせー」「バシ、ボキ」「ギャー」と奇声と悲鳴が聞こえてきました。
少しシーンとして、廊下にちょんまげのヅラが転がりました。そして、部屋から廊下に禿げの桜沢が倒れこんできました。頭半分廊下にはみ出している。
それを、一部始終聞いていて、最後に禿げの桜沢をみた、玉と蘭と殿は唖然としていました。
部屋からは、涼しい顔をした桜子が出てきました。そして、玉木をみて、「きっ」とにらみながら、さっき来たほうへ帰っていきました。
残された三人は目を見合わせ
(まずいもの見た)
と、思っていました。
玉木は、少しして、「はっ」と殿に気づきました。
(やばい)
涼しい顔をして欄と一緒に、殿を抱えなおしました。
殿は涙目になっていました。
「こらー、玉、主君に対してなんたる無礼。藩邸に帰ったら覚悟しておけ――」
と、玉木をヘッドロックしていいました。
「無意識でやったことです。許してください」
と、玉木はヘッドロックされながらいいました。
次の日、江戸城の庭では公方様と綱丸の調教がおこなわれていました。
「あの、オッチャンが公方様だなんで、俺、もう終わり……、チッ、嘘つきおやじめ、なんて運がわるいんだ……」
玉木は殿と一緒に公方様の前でひざまづいていました。
「先日の、数々の非礼、誠に申し訳ありませぬ。それに、このものの暴言、許しがたきこと。切腹なり、磔(はりつけ)なり、このものに、なんでもお沙汰してくだされ」
(ひでー、普通、わたくしともどもをつけるだろー)
玉木はそう思い途方にくれていました。
公方様は決心したらしく立ち上がりました。
「うっ」
玉木はもうこれまでかと思いました。そして、御沙汰を聞くまえに気が遠くなりました。
「まあ、それより、あれ」
と、公方様いい、蘭と綱丸を指さしました。
蘭はマリモをつれて、綱丸の前にいました。そこでは、綱丸がマリモを見て発情していました。
が、しかし、マリモがとても怖い顔をして綱丸を睨んでいました。そしたら、綱丸はしゅんとなりました。
蘭は綱丸がマリモに気があることに気づきました。そこを利用すれば簡単に調教できると確信しました。
まず、ポポロジャーキーをエサにまりもにいろいろなことをさせました。
お手、おかわり、ちんちん、お回り、お座り
一つの動作毎に、できると、ポポロジャーキーを与え、マリモに愛くるしく綱丸を見つめるようにいいました。これは綱丸の方を指そして「おねだり」といえばできました。おねだり顔は愛くるしく調教されていたのです。
綱丸は同じことをすればいいのだと、すぐに理解しました。
綱丸には、できたら、ポポロジャーキーとマリモの愛くるしい顔がご褒美でした。
すぐに、ひととおりの調教ができました。
それを一部始終見ていた、公方様と殿は
「オー、すごい、やるな」
と、感動の声をあげていました。
(なかなか、いい犬じねーか。将軍犬だって。こいつあ、利用しない手はないぜ。将軍犬の威を借りて、金持ちイケメン大名御曹司をゲットじゃ。イケメンの殿方、きれいな着物、付き人、グランクラスの籠、光物、たんまりの金)
「おっと、だらしないわ」
蘭はよだれがでていました。
(もうすこしいいとこ見せなくちゃ)
と、欄は思って、調子に乗り骨を投げました。マリモが直ぐに骨を回収しました。そして、綱丸を見てもう一度骨を投げました。綱丸もマリモを真似して骨を回収しました。
蘭は玉木も助けなくちゃと思い、玉木に向かって指さしました。
(許して、それに少々荒っぽいけど助けてあげるわ)
「噛め!」
と、叫びました。
マリモと綱丸は玉木の所へ突進していき、ケツや腿に噛みつきました。
気を失いかけていた玉木は、噛まれた痛みで気を取り戻しました。
「ギャー!」
公方様と殿はさらに感動したようで
「そんなこともできるのか」
と、感心していました。
「やめ、おすわり」
と、欄が叫ぶと、マリモも綱丸も行儀よくお座りしました。ただ、玉木は転がっていました。
蘭は、公方様の前にひざまづいていいました。
「この者の暴言、これで許してやってください」
「ふむ、ふむ」
公方様は感心していました。
さらに、蘭は、公方様に開いた手で素振りして
「すりすり」
と、叫びました。
そうすると、まず、マリモが公方様にすりすりしました。続いて、綱丸もすりすりしました。
公方様はえらく感動して、しゃがんで涙を流し、綱丸を抱いいいました。
「これまで、一度も心を開いてくれなかったのに…… こやつも、殿役をやらせられて大変だったのは、痛いほどわかっていたよ」
しばらくして、公方様が立ち上がって言いました。
「あっぱれ、お前らには世話になった。恩賞をとらす。八図政直、将軍御用側用人に任ずる。蘭とやら、綱丸の正式のトレーナーに任ずる」
そして、玉木をみて、さらにつづけました。
「それに……、このものは、そのまま、そちの側近といたす。あ、ついでに余の側近も兼務してくれ」
「はは!、私のようなもので宜しければ謹んでお受けいたします」
と、政直も欄はいいました。
ただ、政直はなんに任ぜられたのかわからず、その場をしのげて、ただ喜んでいました。
玉木はケツを押さえてうごめいていました。
「ところで、御用ソバ用人てなんですか? 公方様の為にお蕎麦でもつくるんですか?」
と、政直は公方様にききました。
「余も、何にをするかは知らん」
「え!」
「明日、桜沢が就任するんよ。やつの話だと、このお役目は将軍と友達みたいになる役だっていってたのじゃ。余は、お前たちと友達になりたいのじゃ」
と、公方様はいいました。
「友達?」
政直にはなんのことかさっばりわかりませんでした。
「桜沢の話しだと『友達になることで、政治はうまくいくし、もう、老中たちとの煩わしいことは無いよ』ともいっていたけど、それなら友達は増やした方がいいだろ」
と、公方様はつづけました。
「殿、いいことじゃねえか。公方様と友達だよ。断る理由なんかないよ」
と、玉木が横から口をはさんてきました。
「でも公方様の友達役は、いろいろ気を使って大変そうだけど……」
政直は乗り気ではありませんでした。
そしたら、急に公方様はなれなれしくいいました。
「マサー、余の事を忘れたのかー。そちは、余の小姓だったよな。やっと思い出したよ」
(ま、まずい、知らないふりをしていたのに、とうとうばれた! どうしよう、とりあえずしらをきろう)
「え、そうでしたか? ――あ、そうだ、そうだ、徳ちゃん、思い出した――」
と、政直はいかにも今気づいたようにいいました。
「なんか、しらじらしいな。小さい頃、いろいろ悪さをした仲じゃないか。それに、そちは小姓の中でも悪ガキの権化みたいなもっだったじゃないか? 余はいろいろ取り繕うのに苦労したよ」
公方様は昔を思い出すようにしみじみと言いました。
そんなことを言われた政直は、返す言葉もなく小さくなっていました。
「へー、殿はそんな悪ガキだったの? 初めて聞いた。じゃ、なおさら公方様のいうこときかなくちゃね」
蘭は殿に断られたら、トレーナーの件も断られやしないかと必死でした。
「じゃ、決まりだな。明日、桜沢と一緒に役についてくれ。老中たちは余から説得しておくから。あと、欄とやら綱丸を頼む。そなたには、こちらから付き人をつけよう。付き人にもトレーナーのやり方を教えてやってくれ。城内には沢山、面倒な犬がいるからのう」
公方様はそういって、さらに蘭の耳元でささやきました。
「給金もたんまりはずむから」
「は、はい」
と、蘭は返事をしてバラ色の将来を想像していました。
そして、公方様は政直の方をみていいました。
「そちには、男同士の話がある」
蘭と玉木は不審な顔をしていました。
公方様と政直は庭の端へ移動して、こそこそと話をし始めました。
「これで、お主は、わしの側近ぞ、のう、マサ! 堅苦しい話し方は、お前との間では無じゃ。余の事は、徳ちゃんと読んでくれ」
「それでは、徳ちゃん、うーん、恐れ多くてとても呼べん」
公方様は政直の肩に手をかけていいました。
「お忍びよ、おしのび。外には、歌舞伎やら狂言やらの劇場もあるというではないか」
さらに、肘でつついて
「すし、てんぷら、そば、うどん、ウナギ、食べたいものもたくさんあるし」
右上を指さして 目をキラキラさせつづけました。
「吉原という、楽しそうなところがあるというではないか。男の夢とロマンって誰か言ってたぞ」
(後で実際に行ったときに「男の夢とロマン」という店が実在することになる)
そんな、公方様の話しをきいているうちに、政直はよだれを垂らしていました。政直にとっては江戸は大都会であり、その歓楽街の吉原は憧れの場所でした。
「私も行きたい、藩主だから……、公方様と同じように不自由な生活しているんです」
それを聞いた公方様は、玉木の方をみて、ずるい顔をしていいました。
「だから、あいつを使うのよ」
もう二人は、公方様は徳で、政直はマサで、子供の時のような間柄になっていました。
徳とマサは二人でヒソヒソ話をつづけました。しばらくして、二人ともずるい顔になり、にんまりと笑いました。
マサは玉木に向かって手招きしまた。今度は三人でヒソヒソ話をし出しました。
「なにー! お忍び、そんないいところへ」
と、思わず玉木は叫びました。そしていいました。
「全部、お膳だてしてくれだと――」
「じゃあ、頼んだ」
と、いってマサは玉木の玉の肩をたたきました。
「究極の大役じゃ」
と、玉木はつぶやいて、ボー然としていました。
こんなふうにして、玉木は公方様の側近、蘭は綱丸のトレーナー、政直は公方様の側用人になってしまったのでした。
これより、彼らは太平の元禄の世で、しのぎ合い、権力と金と欲望の渦に巻き込まれていくことになるのでした。
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