第3話 転入初日

 ドルモンド高校登校初日。

 始業時間の30分前には来てくれとの連絡をきっちり忘れ、俺は始業時間ぎりぎりの電車で最寄り駅に着いた。

 登校初日からこの始末。

 つくづく俺って駄目な奴。

 いつも通り絶望しながら急いで歩く。

 さすがに初日に遅刻しちゃだめだ。

 しかし前を歩いてるあの娘、制服からしてドルモンド高校生だけど、あの娘も遅刻ぎりぎりなんじゃない?

 後ろ姿からすると、結構かわいいかも。

 そんなことを思いながら歩いていると、女子高生が不意に浮いた。


「あ、飛んだ」


 俺は思い、上を見た。

 飛んでいた。

 

「マジで? パンツ、パンツが見えるよ!!」


 俺はなぜか狼狽しながら、凝視した。

 見えた。黒い何かが確かに見えた。

 と、女子高生が振り返った。

 目が合った、と思ったら、女子高生はにっこりと微笑み、そのまま飛んでいった。


「え? 何あれ…」


 パンツが見えることを気にもしない態度もさることながら、ずっと飛び続けるなんて魔法、初めて見た。

 ドルモンド高校、伶さんの言うとおり、確かに魔力が低い生徒ばかりじゃなさそうだ。

 そして、かわいい女の子もいるってことがはっきりした。



「はーい、今日から転入する柊怜於さんだ。席はあそこに用意してある。じゃあよろしくな」


 さすが底辺校。

 ほとんどの生徒が何も聞いていない。

 とにかく私語の嵐だ。

 ま、その方が気が楽だが。

 俺は静かに自分の席に向かった。


「はい、どーん」


 いきなり足を蹴られ、俺は倒れこんだ。

 痛って、マジ痛って。


「でさー、そいつマジムカつくんだけど」


 俺を蹴った男子生徒は、まったく俺の方を見ずに仲間に話しかけている。

 そうか、こんな感じか。

 聖ミカエラ高校のいじめと違って、かなり直接的なんだな。


 俺は立ち上がり、席に向かった。


「はい、どーん!!」


 派手にぶっ飛ぶ俺の様子が、俺の脳内で再現される。

 そして衝撃。

 痛って、ガチで痛って。


「でさー、そいつマジムカつくんだけど」


 俺を蹴った男子生徒は、まったく俺の方を見ずに仲間に話しかけている。

 そうか、こんな感じか。

 聖ミカエラ高校のいじめと違って、これは耐えられそうもないな。


「殺っそ!!」


 え、イヌムラ、お前何言ってんの?


「あ? 何か鳴き声が聞こえなかった?」


 俺を蹴り飛ばした男子生徒が、にやにやと笑いながら周囲に問いかける。


「殺すらしいよ」


「殺されるよ、正吉。お前マジやばいって」


「ぎゃはははっ、殺される! こっろさっれっる! こっろさっれっる!」


 俄然盛り上がるクラスの生徒たち。

 さすがド底辺。

 好きなのは火事と喧嘩ってか。


「で、殺してくださいよ、転入生さん」


「殺せよ、怜於」


 おい、イヌムラ、お前色々まずいよ。勘弁してよ。


「早く殺せって言ってんだよ!!」


 言うと正吉は、いきなり前蹴りを入れてきた。

 みぞおちにジャストミート!!


「痛って、マジ痛って…くない!! まったくもって痛くない!!」


 余りの痛くなさに俺は叫んだ。

 何これ? 

 魔法? 

 え、ひょっとして、本当に魔法なの?


「こいつ、マジ切れそう。火炎で燃やし尽くしてやるよ」


「正吉、それまずいって。今度は逮捕だって」


「これはバズる。やれ、正吉!!」


 クラスの連中がより一層盛り上がっている。

 正吉の手は、真っ赤な火炎に包まれている。


「えええ、先生、先生は止めないのか?」


 イヌムラが叫び出した。

 確かに。

 俺は先生を目で探した。

 が、教壇にも、教室のどこにも先生はいなかった。

 さすが底辺の中の底辺、ドルモンド高校だぜ。


「焼却!!」


 火炎に包まれて俺は、目をつぶった。


「熱い! 死ぬ! 助けて! 熱い? 熱い、くは、無い、かな? 熱く、ない。死な、ない」


 俺は目を開けた。

 視界は真っ赤だが、ただそれだけだ。

 よくボクサーが瞼を切って出血すると、目に血が入って視界が真っ赤になると言うが、多分こんな感じなんだろうな。


「あ、制服が燃えちゃうかも」


 俺は慌てて確認した。

 燃えてはいなかったが、制服が、黒く焦げていた。


 俺の脳裏を、さまざまな思いがよぎった。

 退学になったことを告げたとき、さすがに母さんは泣いた。

 伶さんの推薦状を見せ、ドルモンド高校に転入することを告げたときも、母さんは泣いた。

 そして制服を新たに注文したとき、その代金を見て俺は泣いた。

 ごめん、母さん。

 お金ばっかり使わせて、何もできない息子で。


 そして、今、その制服が焦げている。


「マジ殺す」


 つぶやくと、手の平が熱を持ち出した。

 見ると、全身をおおっていたはずの炎が、手の平に集まっている。


「マジ殺す」


 俺は手を突き出し、炎を放った。

 あ、殺しちゃうな、これ。

 また退学なっちゃう、まずい。


 ジュンッ


 ほんの少し軌道をずらした炎は、教室の床を幅3cmほど溶かしながら進み、端まで到達すると消えた。


「ごめん、殺せなかった」


 俺は素直に謝った。

 やっぱり口だけなんだな、俺って。


「え、ええええ、あんた、マジすげーっす。柊さん、でしたよね?柊の兄貴、俺、兄貴にマジついていきますよ! お願いしまっす」


 土下座している正吉を見ながら、俺はぼんやりと考えた。

 

 そういや俺、魔法使えたよな、今。

 Aプランで契約結んだって魔龍言ってたけど、炎の魔法使えるってことなのか?

 これって、すごいことなんじゃ?


「はいはい、みんな、授業始めるから! 座って座って」


 先生が急に現れると、何事もなかったかのように授業を始めた。

 あんた一体今までどこにいたんだよ…

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