第2話 お姉さんの職場

「私は鹿子沢伶かのこざわれいれいって呼んでね。仕事は、教師やってるの。よろしくね」


 俺は伶さんについていきながら、期待に胸を膨らませていた。


「でね、君の素質が飛んでもなさそうだからさ、特別に見せてあげたいものがあるんだ。だから職場まで来て」


「職場って、学校ってこと?」


「そうそう。この前書庫整理しててたまたま見つけた本があってさ。ね、それ見てみてよ」


 駅からしばらく歩き、横道に入る。


「あ、ここって……」


「そう、ここが私の職場。ドルモンド高校でーす」


 おおお、これがあのドルモンド高校か。

 ありとあらゆる問題児が集められ、吹き溜まりの頂点といわれるドルモンド高校か。

 裏社会の魔法使いの4割を供給しているという、ドルモンド高校か。


 さまざまな噂が俺の頭の中で浮かんでは消えた。

 しかし、なぜ?


「お姉さん、いや、伶さんがここで教えてるんですか?」


「そうよ。いけない?」


 いや、何もいけなくはないのだが。

 それにしても、この荒んだ校舎に伶さんの姿は、あまりにも場違いに見える。


「じゃあ、さっそく書庫に行こうよ」


 聖ミカエラ学園なら考えられない警備の甘さ。

 ノーチェックで中に入れちゃったよ。

 ていうか、校門も壊れてるのか何もないじゃないか。


「あ、この学校に不審者が入るわけないから、校門なんかないのよ。笑っちゃうでしょ?」


 いえ、笑えないんですけど。


「あと、そこらに転がってる生徒はほっといてもらってだいじょうぶだから。ただ単に寝てるか、喧嘩とかで気絶してるだけだから。一日ほっといて起きてこなかったらちゃんと処理するようにしてるからね」


 キャピッと微笑む伶さん。

 俺は引きつった笑みを浮かべた。

 マジ無理。

 絶対無理。

 

「あの、俺、もう帰ります。家族心配してるし」


 すると、伶さんは俺の手を取って自分の胸に当てた。


「ねえ、君のためでもあるし、私のためでもあるんだよ。それに、今から通える学校なんて、ここくらいしかないじゃない? だとすると、ここの教師でもある私と仲良くなっておくのも、いいんじゃないかな?」


 だめだ。

 逆らえない……

 この手の感触に…俺は…逆らえない……


 たまに響く「うらー」などの叫びや「ちゅどーん」などの爆発音を除けば、あとは普通の学校と同じだ。

 俺はそう言い聞かせながら、伶さんのあとを追った。


「ここ、ここ。鍵は、と。ま、いっか」


 伶さんが手をかざすと、扉が開いた。


「ほんとは魔法で開けちゃだめなんだけどね。鍵が多くってさ」


 おいおい、マジかよ。

 この鍵、魔法で開ける類のものじゃないぞ。

 素人の俺が見ても分かる、耐魔法用の厳重な鍵だ。

 この人、すごい魔法使いなんじゃ?

 だとすると、何でドルモンド高校なんかに?


「おーい、こっちだよ。早く早くぅ」


 中は意外や意外、明るく清潔な空間が広がっていた。

 この学校にこの設備、なんか不釣り合いだな。


「この学校、結構国から助成金もらえるのね。いろんな生徒受け入れてるから。でも校舎とかにお金使っちゃうとあれでしょ? そう、すぐ壊されちゃうのね。だから、誰も来ないようなこんな書庫とかお金かけて作っちゃうわけ。対外的にも見栄えいいでしょ? でね、誰も使わないから実質今は私のお城になってまーす」


「へー、なんかいろいろあるんですね。底辺校ってだけじゃ分かんないんだ」


「そうそう。底辺校って言ってもね、生徒は魔力が低い子ばかりじゃなくてさ、逆に高すぎる子もいっぱいいるんだから。何事も普通からはみ出るときついってことよ」


 そう言うと伶さんはいたずらっぽく片目をつぶった。


「君も、ね」


 ははっ。俺がか。

 俺はただの劣等生なんだけど。


「うーんと、あ、これこれ」


 伶さんがずいぶんと古びた本を持ち出してきた。


「古代魔法、これ君の口に合うんじゃない?」


 古代魔法?

 何それ?

 そんなの素人がいじっていいの?

 そういや、現代魔法は古代魔法の危険な部分を排除して、魔法の必要部分だけを抽出したものだって教えてもらったな。

 とすると、危険、なんじゃ?


「だいじょうぶだいじょうぶ。きっとだいじょうぶよ、君ならぁ」


「いや、ちょっと待ってください。何で僕にそんなよく分からないものを勧めるんですか?」


「うーん、理屈じゃないのよ魔法は。じゃ、納得してもらえないか。魔法ってさ、結局悪魔と契約して力をもらってるんだけど、今じゃその契約元知らなくてもみんな使えるようになってるのね。どこかで悪魔と契約結んでて、そこから力を分けてもらうって形だけど。だからそれほど危険もなく、誰でも使えるようになってるんだ。でも、ごくごくたまに、あまりにも魔力が強すぎて、そのシステムに乗れない人ってのがいるわけ。大本から分岐して分岐して使わせてもらってる魔法だと、あまりにも小さすぎてその人の魔力と折り合わないのね。例えば、発電所の電気は多くの家庭で分けて使えるけど、あまりにも大きな工場とかだったら電力足りなくて自前で発電所用意したりするよね。あれとおんなじよ」


「えと、僕には自前の発電所が必要ってことですか?」


「そう。とりあえず、この本のここ、そう、ここに手を置いてみて」


「はい」


「で、ここ読んでみて」


 読めるわけがないじゃないか。

 これは古代文字? まったく見たこともない文字だ。

 うん? いや、これって。

 

「ああ、お姉さん、イイ、すごくイイよ」


「でしょでしょ~」


 俺の血は沸き立ち、そこから龍が発生した。

 龍は言った。


「今ならAプランがおすすめですが」


「あ、それで」


 俺は魔龍と契約した。

 よくプランも確かめもせず……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る