永遠のWOODSTOCK

本庄冬武

永遠のWOODSTOCK

 オレは死んだ。間違いなく死んだ。死ぬって事がこんなにあっけないものだとは思わなかったんだが、死んでしまったんだ。

「……まじかー……」

 やり残したことも別にないのだが、こうもあっけないと、なんだか、こう、これといってなんの盛り上がりもなく死んでしまった事に、我が半生のどうしようもなさをうめきたくなったのは、死ぬ瞬間に見る走馬灯ってやつで、思い出したくもない記憶まで、まざまざと見せつけられてしまったからだ。


 気づけば暗闇の中、オレは多くの人々と行列をなし歩を進めていて、やがて、まるで天国へのドアであるかの様な、巨大に輝く、荘厳なゲートをくぐり抜けると、しばらくし、目の前には有名なあの川が流れているという具合であったのだ。ここを渡れば、いよいよ、お別れなんだろう。ただ、そこでぼんやりしていたら、ふと、肉の焼ける香ばしい匂いが、あちこちから漂ってくるではないか。あの世らしからぬ、生々しい香りに目をやると、なんと川岸では若者や子供たちが、キャッキャッと網の上に肉など並べ、バーベキューなんぞを楽しんでいたのだ。


「……昔は、賽の河原なんて言ったら、親より先に死んだ子供らが、その罪のつぐないに、泣く泣く石を積み上げてたもんらしいんですがね……」

「…………」

 少々、驚き、そんな光景を眺めていたら、見知らぬ男が話しかけてきた。顔色が随分と悪い。当たり前だが、どうやら、彼も死んでしまったらしい。

「最近は、ほら、本人がすごぶる生きたいのに、子殺しみたいな案件も増えてるじゃあないですか。結構、ゆるくなってるみたいなんですよ。なんせ、何はともあれ、鬼たちも、ろくに仕事しなくなって久しいらしいっすからね~」

「……」

 やたら事情通の男の語りが続く中、確かによくよく見てみると、かつてなら積み上げた石の山をつき壊すはずだった鬼たちまで、キャッキャウフフとはしゃぐJKの集団に交じり、鼻の下を伸ばす様にしながら、釣った魚を焼くために、自ら石を積み上げ、かまどまで作ってやったりしている始末だ。


「あの子ら、生前は、親からの虐待で、心から楽しむ事もなかったみたいですからね~。ここで、元をとっときたいんでしょう。鬼もほら、強面ではありますけど、悪い人達ではないんでね」

やたら事情通の男の語りは、尚、続いたが、(……そもそも、あれ、食べられるのか?)と、オレに素朴な疑問がわくのも事実であった。


 ていうか、あの世だというのに、いざ死んでみれば、想像してたより全然、辛気臭くない事に、瞬きを繰り返す様にオレが驚いていると、

「なんでもね、40年くらい前からね。システムがまともに動かなくなってるらしいんですよ」

「………?」

 やたら事情通の男は一体、どこまで、知っているというのだろうか。話によると、この川までの移動も、以前は、門番の鬼たちに威嚇されながらの誘導であったらしいのだが、今、ここに来るまでのオレ達は、何百年、何千年と続いた、自然の流れの積み重ねのたまものであるらしい。

「船の便もね、来れば、もうけもんってなくらいなもんで……おっと、噂をすれば……」

「…………」

 話し続ける男は、踵をあげながら、手を額に、川岸の向こう側をのぞく様な素振りを見せていたが、丁度、その頃、霞がかかった向こうからは、ギーコ……ギーコ……と音を立て、筏は現れてしまったのだ。船頭の鬼は、さもやる気もなさそうに、顎で使って、オレに乗る事を促す。嗚呼……これで、本当にお別れだ。そんな盛り上がりもなかった、この世だったが、さよなら、この世……。否、待てよ? 今は、あの世にいるのだから、この世があの世であって……嗚呼……言葉は難しい。


 顔色悪し、死者であるオレたちを乗せ、やがて、筏は緩やかに出発した。見回せば、あちこち霧に囲まれ、やはり、死んでしまったのだなあなどと、改めて噛みしめていると、

「……ところで、お兄さん、今更、聞くのも野暮ってもんですが、生前はどういう……?」

「…………」

 オレは、すっかり事情通に気にいられた様である。本当に、何を今更だが、生きてた頃は、様々な現実のパンチにどつきまわされてるうちに、気づけば死んでしまったオレだが、こう見えても、全国デビューしたミュージシャンだった事を告げると、男は、「ほぅ……!」なんて、生前もよく目にした、よくある驚きの表情をした後に、

「いや……やっぱり。どうもね。周囲の連中とは、雰囲気、違うなぁなんて思ってたんすよ。なんていうのかな。どこがどう、って言うのは難しいんだけど、華がある、って言うかね」

「…………」

 そういう、フォローにもなってないフォローも、生前は散々、聞かされたものだ。若い頃は、ムッとしたりもしていたが、慣れというのは恐ろしい。それこそ死ぬ間際の頃には、あらゆる意味で何にも感じなくなっていた。


 そんな、生前の記憶を、周囲の果てしなく続く霧なんぞ眺めながら、オレがぼんやりと反芻してみたりしていた時だ。「……なら、知ってんじゃねーかなー」などと、男はブツブツ呟いていたのだが、

「いやあ……おりゃあ、生きてた頃は演歌位しか、カラオケで歌う事もなかったから、わかもんのロックンロールだとかなんだとか、っつー、すちゃらかしたもんは、苦手だったもんなんですけどね? こうも、雰囲気変わっちまったのは、40年くらい前に死んだ、ある1人の男がはじめた事らしいんですよ」

「…………?」

 船をこぐ音しか聞こえない世界の中、やがて、男は語りはじめ、

「なんでも有名なバンドをやってたらしくてね。それもなんでそんな売れたかって言うと、たまたま、神様が浮世をのぞいた時、演奏がすごぶる良かったらしくて、気にいっちまったから、とかなんでさぁ。それからというもの、天国から、神様、そりゃぁ、サポートし続けたらしいんですよ。神様がパトロンときたもんだ。そりゃあ、売れないわけがない。だけど、その男が死んじまったもんでね~、不憫に思った神様、男が、こっちに来てすぐに、おまけでギターを作ってやって、与えてやったらしいんですわ。ええ、もちろん、あっちの世界のもんじゃございませんよ? ま。初のMADE in 冥土、てなとこですかね。それも、神様も、ほんと不公平ってな話なもんですが、で、そいつを渡してからというもの、その男、『愛だ』の『自由だ』の、弾きながら歌いはじめちゃってね。そしたら、みんなも知ってる歌ばっかりなもんだから、行列どころじゃなくなっちゃってね。全てはそれがきっかけでさあ……」

「…………!」

 冥土の世界に、ギターまで開発されていた事には、驚くほかなかったが、「……そのおっさんの言ってる事は本当だ」と、話に割って入ったのは、船をこぎ続ける鬼であったりして、

「ほら、聞こえてきたろ。……いい歌すぎて、こっちも仕事になんねぇぜ!」

 一言、言い残し、どうやらお目当ての目的地に着いたらしい鬼は、一目散に駆け出し、その背中は人込みの中に消えてしまったのであった。


 やがて、オレも降り立ったその場所は、ガヤガヤとどこまでもいっても人だらけの野っぱらで、出店まで出店していれば、鬼も人も肩を組んでは、酒を飲み、なにやら、妖しい煙まで周囲に漂わしては、夢うつつな顔でフラフラしている者たちで大賑わいではないか。

「えっ? ここが天国なんですか?」

 オレがすっかりあっけにとられながら、尚、そばをいく事情通に訪ねてみると、男は首を横に振り、

「うんにゃ。ほんとなら、こっからずっといった所で、閻魔さんに舌ぬかれるか、天国いきのパスポートか、振り分けられるんでさぁ。けどね、もう、ほとんど、機能してなくて、このザマってわけですわ」

 語りつつ、人混みの遥か彼方を指さす方向を目で追ってみれば、成程、果ての丘の上には、なにやら、恐ろし気なデザインの宮殿らしきものがあり、そこの上空だけ、まるで、ゲリラ豪雨の雲の様に真っ黒く雷鳴がとどろいたりしている。


 こちらは雲一つない、まるで夏空の様な青さであった。そして、人口密度のせいなのか、地獄の一歩手前のせいなのか、夏の様に、本当に暑かった。おまけに出店まであるとくれば、何かの夏祭りの様だ。そして、先刻から、いづこかから流れている音楽は、オレも良く知っている、キレッキレの踊りが印象的だった、黒人のポップスターのもので、それがBGMでもなんでもないと悟ったのは、楽曲が鳴りやんだ途端、まるで、地鳴りの様な拍手、歓声の中、その余韻であるかの様に本人がMCで語りはじめたからである。しばらくすると、今度は、エレキギターが唸り、次の演奏者が歌いはじめているようではないか。


「…………!」

「涅槃」を意味するバンド名が印象的だった男の熱唱を聴きつつ、オレが汗を拭っていると、

「『メインステージ』はあちらの方になりまさあ。お宅さんなら興味があるんじゃないですかい? まぁ、あっしは、その辺りに趣味もないんで、この辺でおいとまさせてもらいます」

男は語り、その音のする方向を指さすだけで、気づけば、かき消えてしまっていた。


 音の方向へ向かえば向かうほど、人々はうねり、ごった返していたが、オレも生前は一介の楽士であった者である。ましてや、その音楽を奏でる者が、今や、伝説と呼ばれる者の生演奏であれば、心躍る、というものだ。


 漸く、広大な野外ステージと距離も詰められた頃、そこには、「Welcome to New Woodstock!! 」という幕が貼られているのが目視できたのだが、1969年の夏に起きた伝説の事ならば、よく知っているとは言え、丁度、左利きのギターボーカルの演奏は終わってしまった所で、こんなあの世で、人生初となる彼の音を、まさかのチケットフリーで、もっと浴びていたかったオレは、タイミングの悪さを呪いたくなっていたのだが、矢先、司会者が、ある二人の名前を呼び、それに答えてステージに現れた者たちの姿を見れば、あまりの衝撃に、死して尚、オレの背筋に、まるで生きていた頃に感じたかの様な衝撃が走った事は、言うまでもない。


 ステージでは、今、正に、もう40年前から何度目になるのかも分からない、大トリの出場だったのである。そして往年の頃の様に、髪の毛も長く伸ばした彼らは舞台にたつと、カウントをし、途端に客席はクラップでもって色を添えていった、その楽曲は、既にCDでは聴いた事のないイントロを、当時もリードギターを担当していた、メンバー最年少の男が奏ではじめたりしていて、丸眼鏡をかけた方の伝説が、まるでラップような早口をがなりたてた後のサビでは、観客は、一気に一つとなり、


「All we are saying……is give peace a chance!!」

など、オレもすっかり熱気に包まれ、共に叫んでいたのだ!

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