そして、猫しかいなくなった。(時々、かなり、犬もいる。)

本庄冬武

そして、誰もいなくなった。

 宇宙船の船窓に映る、全く人工的な灯の点っていない、青き星、地球を眼前にして、銀河にある全ての星々を手中にせんと、日毎、領土を拡大し続ける、銀河大帝国の先遣隊である宇宙人の隊長は、ブリッジにて唸り続けていた。


「……地上の映像、回します!」

「うむ……!」

 そして、これは何かがおかしいと、一先ず、カメラを搭載したナノマシーンを地上に投下して調査にあたらせていたのだ。やがて、宇宙船のブリッジに設えられたモニター画面には、廃墟となって久しい都市の数が次々に反映されれば、船内にはどよめきも走るものである。

「戦争……でしょうか……」

「……放射能の反応は?!」

「微量です」

「そういうわけでもないようだ。だが、一体、どうなっているのだ?」


 この星には、地球人と呼ばれる、知的生命体が存在していたはずなのである。そこそこの文明水準である彼らを、栄えある銀河大帝国の臣民にしてやろうと出向いたというのに、その姿が全くないときている。これでは、完全に肩透かしを食らった様なものだ。

「……本隊が出向く必要もない様だな。だが、実態は把握しておきたいものだ。お前たち!地上に降りるぞ!全ては皇帝陛下のために!」

「皇帝陛下のために!」

 こうして独特の掛け声も勇ましく、先遣隊の宇宙船は、降下していくのであった。



 地球は、彼らの種族にとっても空気も美味い、すばらしい環境であった。

「ふっ……宇宙服など杞憂であったな」

「そうでございますな!」

「だが、気をぬくな。どんな危険がまっているやもしれん!」

「はっ!」

 各々、レーザー銃の構えはとかぬまま、先遣隊は廃墟の街の中を進んでいく。


 ただ、一行は、斜めにゆがんだ電柱の電線の上などにたむろしている、すっかり滅び去った文明社会の中でも暮らし続ける鴉などと言った生物たちの中でも、一際に目立つ種がある事に気がついた。

「さっきから、あれは、なんだ?」

「はっ。コンピューターによりますと……どうやら、地球人がネコ、と呼んでいた生物の様でございます」

「……に、しても、数が多いな」

「はい」

「まあ、いい。占領するまでもない、という事は確実だ。補給基地などにしてもいいかもしれんな。全ては陛下がお決めになる事だが」

と、隊長がレーザー銃をしまい、皆に船に戻る様に促そうとした矢先であった。

『隊長~! 端末を見つけました! 中身も生きてまさ~!』

『こちらも、それらしきものを発見!』

 インカム越しには、別動隊で動いていた部隊たちの興味深い発見の情報が、次々に流れてきたのである。


 宇宙船に帰投後、

「……端末を起動させろ」

 ブリッジにて、隊長が命令を発すれば、モニター画面には、映像が映り込んだのだ。そこには、何やら深刻そうな顔をした、スーツ姿の男が、テレビスタジオにて、こちらに向けて話しかけている模様の録画であった。


 結局、遭遇する事も叶わなかった、地球人なる文明種族の奇異な姿を、しげしげと皆で観察する中、

「民衆への情報番組の類か……翻訳機能で言語の処理を開始しろ」

 と、慧眼も鋭き隊長が次の命令を発する頃には、深刻な顔をした男の頭からは、耳が生え、次第に顔つきまで変貌していく矢先で、

「……残念ニャがら……私も……感染してしまったようニャのです。……視聴ニャの、みニャさま……ご存知ニョ、ニョウニ、こニョ病気は、非常に感染力が……つニョく……」

「…………!」

 銀河大帝国のハイスペックな翻訳機能の装置で、正確に自分たちの言語と同一化できたはずの地球人の言葉は、どんどん不明瞭になっていき、とうとう、それは、スーツの中から這い出てくると、「にゃー」という一言だけ発し、まるで、我関せずといった顔となれば、その場から駆け出し、去っていってしまったではないか。


「……ど、どういうことだ?!」

「あれはネコとかいう生き物のはずだろ……!」

船内にどよめきが走らないわけがなかった。なにか嫌な予感を感じた隊長が、

「……他の端末もリサーチだ!」

 と、命令を下す事で、この星に何が起きたかは次第に明らかとなっていくのであった。


 それは、ある大国が、世界の覇権を握るために、最強の細菌兵器を作りだそうと、極秘で行っていた科学実験の最中、プラントで事故が起こり、細菌が外部に漏洩してしまった事から端を発した。

 未だ制作過程の細菌の漏洩を、なんとか抑え込もうと、大国は、プラント設備のある都市のロックダウンまで行ったのだが、人工的に作り出された感染力は空気感染、飛沫感染を介して、どんどん広がり、人々は無力であるしかなかったのである。


 マスクをしてみたり、うがい、手洗いを徹底したり、果てはフェイスシールドなども編み出して、予防、工夫を試みたものの、全て効果はなく、感染はとうとう、瞬く間に世界中に広がっていき、もう、誰にも、それを止める事はできなかったのだ。


 ただ感染力が強い、というだけで、人々の健康に、著しい害を及ぼすといったような症状を引き起こす事はなかった、この菌なのだが、それが持つ最大の障害は、感染者は皆、進行過程に個人差はあれど、とんでもない身体的な変化を引き起こしてしまうという事で、それが、いわゆる、ネコへの変化、であったのだ。

 時に、猫嫌いの人などにとっては戦々恐々とした脅威であり、生産者、納税者である国民たちが次々にネコとなっていってしまう世界の中で、各国首脳は頭を悩ましたのである。


 発生源となってしまった大国は、国際的に面子は丸つぶれ、その腸の煮えくり返り具合を、開発責任者であるプラントのものどもにぶつけたくっても、施設はネコで既に溢れかえってしまっていたので、誰が誰かも解らない。そこへ、頭からは猫耳に、尻尾はズボンから生えだしたまま、辛うじて菌との共生を保っている、動物愛護団体の団員たちが徒党を組み、プラカードをもって、うるさく吠えてくれば、粛清も余計にままならず、そんなこんなしてるうちに、大国の政府関係者たちも次から次へとネコへと変化してしまっていったので、





 そもそも、なぜに、ネコなのか。





 その真相すら藪の中、世界は、ネコと化していく他なかったのだ。


 それでも、ある独裁者の国では、国威発揚に軍事パレードが強行され、行進する兵士たちが次々とネコと成り果てる中、それを遥か頭上の席で拍手しながら見下ろしていた、丸々と太った、国家指導者の成れの果ては、ネコというより豚であったり、ある国の犬好きの大統領の飼い犬は、大統領官邸にて、国民に向けたスピーチの最中、とうとう、スーツから這い出てきたネコに、かつての主の匂いが未だあるのを感じ取れば、「Wawo~n……」と、悲し気に遠吠えしたりしていた。


 なんとも奇妙なる病気である。モニター画面に映る、次から次へと明らかになる、主に映像を主体とした情報を前に、

「う~む……」

 先遣隊の隊長は、自らの顎をさすり、唸るほかなかった。かくして、治療薬、特効薬を作り出す事も、文字通り人員不足で、そもそもがままならなくなり、地球人は滅亡? した様だ。と、その時の事であった。

「た……隊長!!」

 一人の隊員が、自らの体の変化に驚き、声も裏返ってしまったではないか。そして、その頭からは、にょきっとした、ネコなる種の耳が生えだしたりしていれば、ブリッジに、更なるどよめきが走らないわけがない。


(…………!)

 自らの顎をさすり続けていた、かくいう隊長本人も、そんなふとしたはずみで、自分の青色をした頬から、不意にぴょんと飛び出したかのような猫髭の存在を確認してしまえば、嫌な予感が更に走った。と、

「ニャー」

 なる鳴き声と共に、気づけば、床の上にて、とっくに栄えある銀河大帝国の軍服はしおれ、山と化した中からは、かつての部下の姿もみる影ない、ネコが一匹飛び出せば、現場の動揺は、更に、更に、広がる!


「ま……まずい! 機体反転! ワープにかかれ! 本隊に戻るぞ! 救ニャン信号を忘れるな! ……うーむ!」

「ニョ、ニョウ解! 機ニャイ反……にゃーう……」

「く……! こいつはもうだめだ! 自分ニャ変わります!」

「うむ! 緊急じニャイニャ!」


 かくして、太陽系の外縁部で待機していた、本隊である銀河大帝国艦隊の、巨大な宇宙戦艦がずらりと並ぶ空間に、緊急事態の信号を送った先遣隊の宇宙船が、なんとかワープで辿り着いては、合流し、戦艦の一隻に収容される頃、いくら無線で語り掛けても、いつまでたっても誰も答えず、下りてこない船を不審に思った艦長たちは、人員を使って調査にあたらした。やがて、強制的にハッチを開ければ、途端に、地球の宇宙生物、ネコが数匹、飛び出してくる始末ではないか。船内をくまなく調べていけば、なんと、そこは、ここにも、そこにも、あそこにも、ネコばっかりでごった返していて、同志である隊員たちはいったい、何処に消えたのであろうか。


 そして、ブリッジにて、艦隊の調査チームが、地球人類の滅亡の理由を知る事になる頃には、彼らの中の数人は、既に猫耳を生やしはじめ、尻尾まで飛び出している始末で、時、既に、遅しだったのだ。


 とうとう、地球制圧のための艦隊はこうして全滅してしまったわけだが、わざわざ、辺境の星系にまで出向いていって、この有様では、今や、銀河系全域を手中に収めんとしている銀河大帝国の面目も丸つぶれというものであった。また、その圧倒的な科学力でもって、数多の星々の文明を支配する事ができた彼らには、医療技術も言わずもがな、自信はあったのである。支配層、被支配層の民族、異星人を含め、次々に感染者が飛び出す中、特効薬の開発は必至で、日夜、研究は進められたが、気づけば、研究過程の数々の施設が、ネコだらけなどいう事も日常茶飯事となっていき、大帝国であった領土は、それすら次第に縮小していくほどで、都の置かれた星の、巨大な宮殿の玉座に座る皇帝を筆頭とした幹部の大臣たちが、余裕綽々としている事ができたのも、ほんの束の間の事であった。


 ただ、感染力強き、猫の波は、嗚呼、止まらない。とうとう、額には青筋を立て、がなり立てては部下たちをあおる大臣たちもが次々に、その姿を変え、挙句、玉座に座る皇帝までもが、「にゃー」という鳴き声しかあげる事が叶わなくなった頃、銀河系中に散らばる、人という人の姿は消え、そして、ネコしかいなくなったのだ。


 だが、事態はそれではとどまらなかったのである。銀河系の直近であるアンドロメダ銀河にある星の、と、ある異星人の乗る宇宙船が、互いの間に広がる、途方もない光年の距離を、開発に開発を重ねた技術で乗り越えてきて、とうとう銀河系到達に成功したのだ。新たな文明との接触に心を躍らした彼らは、遥か宇宙の上空からでも、宮殿らしき巨大建造物と解る建物のある星を発見したのだが、まるで、人工的な街の灯一つない事に気づくと、疑問を感じ、調査にあたってみる事とし……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして、猫しかいなくなった。(時々、かなり、犬もいる。) 本庄冬武 @tom_honjo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ