第三十九話 子への想い・・・・・一年祭





 もうすぐ親父の一周忌を迎える、俺が茨城帰って来てから一年を過ぎ、そして親父は俺が帰って来てから親孝行する間もなくあっと言う間にお袋の所へと旅立ってしまった。

 あれから一年、親父が気に掛けてくれた梶ちゃんも今で侑希ちゃんという女の子のママになっている訳で、時間が過ぎるのは早い。


 秀樹兄さんや純姉さんたちは親父の一周忌を少し早めに行いたいみたいで、秋江叔母さん達や伯父さん達への連絡を「浩史、お前が付けろ」と言ってきている。

 俺だってそんなに暇ではないのにと思いながら、参列名簿から伯父さん達への一周忌への案内葉書を印刷しては投函している。


 夜中にプリンターの可動音が鳴り出すと、扉の向こうから何か声が聞こえてくる。


 ダァダァ~・・・ダンダン・・・ダァ~ブゥ・・・アァァアアアッアッダァ


「侑希ちゃん、どうしたのぉ、ママは?ママはお部屋なの!そうか音が気になるんだよね、おいで見せてあげるから、はい抱っこしてあげる」


 侑希ちゃんは最近梶ちゃんの部屋を脱走してと云うか、多分、侑希ちゃんが俺の所に行きたいことを知っているようで梶ちゃんも扉を開けているらしく最近ちょくちょく来ては遊んでいく。

 今までは梶ちゃんは侑希ちゃんが泣いても俺の所には来させないようにしていたけれど、あの日から自由にさせているのだ。


 侑希ちゃんもそれを学習して、俺の所に来ては遊んでそのまま寝むくなってしまう為、最近俺のベッドで朝まで一緒に寝ていることも有る。

 朝になって梶ちゃんが大きな声で「侑希ぃ朝だよぉ、関矢君も起きてぇ」の掛け声で一緒に起きて顔を洗って「お早う、マァン、マダァダァ」で一日が始まる。


 一周忌の前日には秀樹兄さん達が泊まりに来ている為に家族の人数も増え、喜んでいる侑希ちゃんは俺の膝の上から降りようとしないで食事も一緒にしているのだ。


「あらぁ侑希ちゃん、浩史君の膝の上でご機嫌だねぇ。本当に浩史君が好きなんだね、いっその事パパになっちゃえば、ねぇお父さんもそう思うでしょ」


「本当だよ浩史、親父とお袋についでから報告しちゃえ!おっと美由紀さんに断ってからじゃないといけないけどな、美由紀さんには一度フラれてるから二度目はないだろう」


「なに、何を言ってんの二人とも、俺達は未だに一度も付き合って居ませんから、付き会う前にもうフラれてって言うか、もういいよその話は。其れより明日は武蔵魚屋さんのほうで迎えに来てくれると言ってたから、宮司さんも一緒に行ってもらうから兄さんの方で話しておいてよね」


「山で待ち合わせてしてあるから大丈夫だって、家で宮司さんに奏上してもらってから山に行って奏上してもらい、そのまま武蔵魚屋の宴会場で直会をして戻ってくるんだろう。ちゃんと話してあるよ。心配すんな」


「美由紀さんは今回の祭事については参加しなくていいから、侑希ちゃんと一緒に直会だけ参加してもらうのよね。それで良いわよね浩史さん」


「そうだね、今回は祭事は遠慮してもらう事にしてる。今まで迷惑かけてたからね、直会だけ参加してもらって一緒に喪を開けて貰おうと思ってるよ」


 等と会話をしている間も、侑希ちゃんは俺の膝の上でおもちゃで遊んでいるし、梶ちゃんはというと片付けをしてから侑希ちゃんを風呂に入れる準備をしている。

 今日は俺が入浴させる訳に行かないので、準備をしているけれど此処ん所俺と毎日のように入っているからどうなるんだろう。


「侑希ぃ、お風呂入るよぉ。今日はママと入ろうね」


 ダァダァッ、パァパパァパッボッチャ、ビェ~ンボッチャ、パァパ


「ダメだって、ママと入るの、ネッ一緒に入ろ、良い子だからね」


「あつははは、ダメだよ美由紀さん。侑希ちゃん浩史にガッチリと抱きついてるから無理だよ。浩史、侑希ちゃんお風呂に入れてあげなよ。美由紀さんも俺達に遠慮しなくていいから、侑希ちゃんの好きなようにさせてあげな」


「すみません秀樹さん、其れじゃお言葉に甘えて関矢君、侑希お願いできるかなぁ。私、入浴させてる間に布団の準備とかしたいから」


「あぁいいよ、侑希ちゃんの事は大丈夫だから梶ちゃんは梶ちゃんの準備をして置いて、其れじゃ侑希ちゃんボチャ入ろうか」



「ダメだよ侑希ちゃん、髪の毛乾かさなきゃね。ほら少し熱い風出るよ~、ほらほら良い子だからねぇ」


 ダ~ァダ~、ァキャツキャキャッキャ、ダァアダブブブブブゥ


「は~いできた、其れじゃママの所に行ってね、今日はママと寝るんだよ、小父さんとは寝れないからね~」


「ダッダッ、パァパッネ~ネ、パァパオ~ジネッネ」


「侑希ぃ、パパオ~ジじゃないの。ママと寝るのよ、関矢君とは寝れないの。いつも言ってるでしょ関矢君はパパじゃないんだから、ネッ」


 何て事がありながら俺は今まで通りに侑希ちゃんと一緒に風呂に入り、遊ばせながらと云うか一緒に遊びながら風呂を出て、侑希ちゃんを着替えさせて梶ちゃんの待って居る部屋へと連れて行くけど、侑希ちゃんはまだ遊び足りていないようで俺を困らせる。



 一周忌の朝、俺の部屋に向かってくる小さな足音と云うか早い這い這いの音が聞こえる。


 ダッダッダッダダダダダッダッ・・・バァキャキャキャバァ


「ゥンッ、おはよう侑希ちゃんどうしたの?布団に入りたいの。しょうがないな、おいで一緒に少しだけ寝ようか」


 ダァダァネッネ、パァパオ~ジネッネ


 お陰様で俺は侑希ちゃんと一緒に二度寝してしまい、秀樹兄さんに叩き起こされまるでグッスリと寝てしまった。

 兄さんたち夫婦は、既に親父の位牌を仮神棚に降ろしていて飾り付けも終わっている。


 慌てて起きる俺と侑希ちゃん。もうすでに遅しとはこのことで、純姉さん達もすでに来ていたし「あちゃぁ、まずい」と心の中で思っていても侑希ちゃんはきょとんと俺の腕の中でまた寝てしまった。


「関矢君ごめ~ん、侑希いつの間にか関矢君の部屋の中に行ってしまって、出てくるかと思っていたんだけど二人とも一緒に寝ていたんだね」


「本当に浩史は侑希ちゃんに甘いんだから、此れで侑希ちゃんが居なくなったら大変だぞ。そん時はお前覚悟しておいたほうが良いぞ、浩史は絶対大泣きするタイプだ」


「確かにそうですね、秀樹さんの言う通りでいつまでも私達親子も甘え続ける訳には行きませんから」


「いやいや、そう意味で言ったんじゃないんだ、侑希ちゃんがお嫁に行くときの話だよ((笑))。家の親父が純をお嫁に出した時なんて一週間涙を流してはため息ばかりしていたらしいんだ。お袋があきれて俺の所に電話をして来て、何とかして欲しいと言ってたくらいなんだから。浩史も親父と同じだよ」


「やだ秀樹さん、侑希はまだ一歳にもなっていないんですよ。そんな先の話されてもねぇ侑希、関矢君は侑希がお嫁に行っちゃうと泣くんだって、しょうがない関矢君ですね((笑))」



 十時過ぎに宮司が来て親戚一同が集まる中、厳かに親父の一年祭が始まった。

 祭祀が奉じられ、親父の死から一年が経ったことを実感していく、やがて奏上が終わると親族の玉ぐしを奉奠して家での一年祭が終わった。


 家からお墓のある山迄、農道を黒い喪服を着た一族が列を作って歩いていく姿は異様にさせ見える。

 この辺の各一族は山の中にお墓を設けていて、各一族が集まり管理しているため他の人が入る事は許されていない・・・・と云うか、何方かというと一族を抜け市民墓地に入る人が多くなっている。

 付き合いが面倒だし、それに次男坊や三男坊、娘たち、つまり分家は入るけれど新家はこの墓地に入る事が出来ないのだから仕方のないことなのかもしれない。


 山での祭事も自宅と同じようなもので、奏上の内容が違うだけで他の所作は皆同じことをする。

 此れで一年祭の祭事は終わりになる。

 山の入り口には迎えのバスが来ていた、此れから武蔵魚屋さんで直会をして解散と云う事になる訳だが、お盆時にも来た遠い伯父さんや叔母さん達とはもう会えないかもしれない。


 何故、田舎の人がお盆や一年祭、三年祭を大事にするのかというと、それは一族の確認と、そして親戚としての付き合いの終わりをも意味するものなのだろう。

 簡単に言えば縁故の付き合いは三代で終わりにしようという、意思表示の表れの場でもあり、これが最後の顔合わせになるという覚悟の場でもあると云う事なのだ。


 武蔵魚屋さんの宴会場には親父の遺影が飾られていて既に梶ちゃん達親子が来ていた。

 俺の顔を見た侑希ちゃんは、俺の所に来たがり梶ちゃんに抱っこされながらも両手を俺に差し出している「今日はまずい、俺達は親子じゃないんだから」とは言えない俺で、あっさり俺の腕の中で満足顔している侑希ちゃんでした。


「おうっ、侑希ちゃん早速浩史の所に来たかぁ。侑希ちゃんのパパだもんなぁ浩史は、侑希ちゃん俺ん所にも来いよ」


 ャダァッ、パァパオ~ジパァアパ


「アハハハハ、ダメだってパパが良いってさ、でも何でパァパオ~ジなんだ?」


 等と伯父さんや叔母さん達に言われながらもしっかりと俺に抱きついて、営業スマイルならぬ愛嬌を振りまいている。


 一年祭は無事に終了し一年の喪が明けた訳で、と言って何も変わらない。

 喪が明けると云うのは、只一年間祭事行為をしないと云う事ではなく、故人と如何に向き合い故人への思いを断ち切る、言葉は悪いかも知れないけれど何時までも想い続けていては前に進まない、どこかで方向性を変える事が大切なのではないだろうか。


 その結果を確認するために三年祭があるのではと俺の勝手な思いなのかもしれないけれど、亡くなった人は生き返っては来ない「日本書紀」の内容は国造りの事が描かれているが、イザナギノミコト、イザナミノミコトの話は聞いたことが有るのではないだろうか。

 最愛の妻であるイザナミノミコトが亡くなり、黄泉の国に会いに行ったイザナギノミコトが黄泉の国の料理を食したイザナミとの約束を破りその姿を見て、地上へと逃げ帰り黄泉の国との出入り口を塞いでしまった。


 詳しいことは日本書紀を読んでもらえばわかる事なのだが、日本の国造りと神の誕生が描かれており宗教的要素が多いので飽きてしまうかも知れない。

 我が家は神道であるため、宮司さんからの話や奏上する祓い詩の意味は何度か聞かされているので人の生き死についてもある程度聞かされている。


 故人を忘れると云うのはなかなか出来ない事は俺自身も知っているし、いまでも西山病院の前を通ると親父がまだ入院しているのではと足が向く時もあるし最後にいた部屋を思い出すことも有る。

 今でも思い出す黒沢の笑顔、そして何時も俺の顔を見ては小突いて仕事を教えてくれた守屋主任の顔、馬鹿なことを言っては俺を笑わせていた高橋、今でもあの時のまま時が止まって俺の夢に出てくる事もあるのだ。


 其れでも立止まる事は許されない訳で前に進むことしか出来ない、それが残された者の宿命だと俺は思っている。

 ただ亡くなった家族にとってみれば、最愛の家族を失った悲しみに暮れる日々を忘れる事は出来ないのかも知れないけれど、それでも時は無常に過ぎていくのだから記憶は薄れていってしまう、だから辛いのだ。


 黒沢のご両親も高畑さん家族も失った悲しみを忘れる事は出来ないはずで、加害者である俺を許す事は多分亡くなるまで続くはずだ。


 悲しみの裏には必ずと言ってよいほど相手への憎悪が有るのだから。

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