第三十八話 子への思い・・・・・異 変




「愛育保育園です、侑希ちゃんママの梶谷さんにも連絡をしたのですが、ちょっと今迎えに出られないと云う事で、第三迎え人として登録されています関矢浩史さんに連絡をさせて頂きました。侑希ちゃんがちょっと吐きまして、えぇ、熱はないんですが全く食事が出来ず泣いてばかりで、今までこんなことはなかったんですが。其れで一度お医者さんに診て貰えればと思いまして、私どもの近くの久保クリニックと云う事ですが、そちらの方にも私どもから連絡はさせて頂きます。はい、わかりました、お待ちしています」


「ねぇ関矢君、侑希が吐いたんだって・・其れで迎えに行けるかなぁ、私の所に来てもらえれば健康保険証があるんだけど、今私ちょっと出られないんだよね」


「えっ侑希ちゃん吐いたの?俺ならすぐに迎えに行けるけど。分かった、梶ちゃんの所によってから保育園に迎えに行けばいいんだね、其れで病院は?久保クリニックだね。大丈夫、直ぐに出るから心配しないで」


 俺は所長に状況を説明して早退し、梶ちゃんのいる市役所へ寄ってから愛育保育園へと迎えに行った。

 「すみません梶谷侑希の身内の者で関矢浩史ですが、侑希ちゃんが吐いたと云う事で迎えに来ました」


「お迎えご苦労様です、電話で話した通り泣きじゃくるだけで食事も、ミルクも吐いてしまい、熱はなく便の色とか匂い等には異常はないように思えるのですが一度病院での診察をお願いしたく連絡させて頂きました。少々お待ちください、今、侑希ちゃんを連れてまいりますので」


 ビエッビエッビエ~ン!ヒッグヒッグヒッグビェ~ン!


 遠くから侑希ちゃんの鳴き声と保育士さんの足音が聞こえ、不安顔で待って居る俺だった。


「侑希ちゃん・・どうしたの吐いたんだって。ぅんどうしたの?あのぉ侑希ちゃんニコニコしてますけど」


 ヒッヒッグ、ダァダァ、ゥンマ、ダァダァ、ブゥブゥブブゥ、ダァ~キャッキャキャブゥ


「あれぇ侑希ちゃん、元気になってるぅちょっと待ってくださいね、園長先生、侑希ちゃん泣き止んで元気になってます。」


「あらぁっさっきまで泣いてばかりで、ミルクも吐いていたのに、こんなに喜んで・・・・パパに迎えに来てもらって喜んでいるのね。ふぅ~んちょっと良いですか、少し話をしたいんですが、最近、家族間と言いますか夫婦間で何かありました?侑希ちゃんの前で夫婦喧嘩をしたとかですが」


「いやっ、そのぉ夫婦喧嘩と言ってもそれは有りません。私は大家であって侑希ちゃんのパパではないので、梶谷さんは母子家庭ですから、ただ、一緒に食事をしたりはしていますが最近はちょっと仕事の都合で一緒にはしていませんね。私達は侑希ちゃんが産まれた時から同じ屋根の下で生活をしており、あっ間違えないでくださいね、変な関係では有りませんから。シェアハウスと言いますかキッチンとお風呂は共同で使用しているだけで、侑希ちゃんは産まれた時から私がいる時には風呂に入れたりしていたんですが、最近は抱っこもお風呂もしていませんね」


「ははぁ~ん大体わかりました、夜泣きも最近するようになったと連絡帳にも書いてありましたから、きっと侑希ちゃんは甘えたいと云うストレスが溜まっているのかも知れませんね」


「ママが保育園に行くのに抱き癖が付いちゃうといけないって・・・その抱っこは最近させて貰えなかったのは事実ですけど、まさかそれが原因?」


「抱っこしないは別として、多分ですがママと関矢さんのやり取りを敏感に感じ取ったのかもですね。栄養士さんに行って侑希ちゃんの食べ残しが有れば持ってきてくれませんか、多分、大丈夫だと思いますよ、其れからお医者さんに行ってもらいましょうか」


 マゥマ、マゥマ、ダァダァ、マッマッマゥマ


「侑希ちゃん今あげるからね、ほらア~んして、美味しいねぇ。良かったお腹すいたよねぇ。ふぅこれで安心かな」


 其れから俺は久保クリニックへ行って、保険証と一緒に保育園からの連絡帳を受付に見せてから、侑希ちゃんと待合室で待って居る所に梶ちゃんがやってきた。


「侑希ぃ、ごめんねぇ、ママ今仕事終わってやっと来れたから。でっどうなの?どこが悪いのか分かったの」


「梶ちゃん落ち付いて、まだ先生に診てもらっていないから。此れから呼ばれるから、もう少し待って居ようね、侑希ちゃん」


 ダァダァ、アブッアブッ、マァママァマ、パァパパァパ、ブブゥ


 梶谷さ~ん、梶谷侑希さん


 やっと呼ばれて、梶ちゃんと侑希ちゃんは診察室へ、そして何故か俺迄も診察室へ呼ばれてしまった。

 中に入ると侑希ちゃんが俺に手を伸ばして抱っこをせがむため、俺は梶ちゃんの顔色を見ながら侑希ちゃんを抱っこしている次第で、後で怒られるかもって思っていた。


「梶谷さん、最近ですがお二人で喧嘩などしましたか?」


「いえ、さっき保育園でも園長先生から同じようなことを言われまして、その何か問題があるんでしょうか」


「小さなお子さんは両親の関係がギクシャクしたりすると、小さいながらも親の顔色を見るようになるんです。そして溜まり溜まると今日のような自家中毒症状を起こして吐いたり下痢したり、酷くなると食べ物を受け付けられなくなってしまい死に至る事もあるんですよ。自家中毒は怖いんです。一度罹るとまた再発すことも、その為にはストレスを掛けないようにして上げる事です」


「ストレスって、そんな?何で侑希がストレスを・・関矢君、何がいけなかったんだろう。侑希ゴメンねぇ」


「お母さん、赤ちゃんは甘えたい時には甘えさせてあげてください、抱き癖が付いても良いんですよ、子供は抱かれることでお母さんのお腹にいた時の音、つまりお母さんの心臓の音が聞こえると安心するんです。まして小さい時から抱っこされていればその人の心臓の音や手や体の温かさで安心します。そのことを忘れないでくださいね。取り敢えず整腸剤と、疳の虫のお薬を出しておきますので飲ませてください」


「梶ちゃん良かったね、侑希ちゃん大丈夫だって。侑希ちゃんの事、俺にも協力させてほしいな。できる事も少しはあると思うから、ネッ」


「私、間違ったのかなぁ。侑希の保育園での生活を考えていたつもりだったのに、何処がいけなかったんだろう」


「お母さん、安心して頂戴。皆そうやって悩んで子育てをしていくの、子育てに教科書は無いし一人一人に一度だけの子育てなの、だからみんな試行錯誤して悩んで、怒って泣いて、其れでも小さな笑顔を見ると全部忘れてしまうのものなのよ。子供の笑顔は親への一番の御褒美だと思って子育てをしてください。大丈夫よ、貴方達ならきっと出来るはずだから、困った時には私達や保育士さんに気軽に相談してください。みんなお母さんの味方ですよ」


 俺達は診察室から出て三人で待合室で待って居ると、看護師さんに連れられて保育士さんが心配顔で来てくれた。


「いかがでした侑希ちゃん、大丈夫でしたか?もし心配事があるなら私達も協力できますので連絡帳に書いて頂ければと思います。梶谷さんの場合には母子家庭であると云う事を考えていませんでした。私達の配慮が足りず申し訳ありません。侑希ちゃん元気になってね」


「先生、侑希ちゃんは問題は無いようです。どうやら私達に問題があったようで、これから私も大家として、侑希ちゃんのパパの代わりは出来ませんが協力出来ることはさせて頂こうと思っています」


「関矢君ごめんなさい、侑希の事いつも心配してくれているのに、私が押さえつけてしまっていたみたいで、今まで通りに侑希の事抱っこしてくれる。それと・・・図々しいけどお風呂もお願いできるかなぁ」


 俺達は侑希ちゃんの自家中毒という病気によって少し近づいたような気もするけれど、でも其れはあくまで大家と間借り人の関係であってそれ以上は近づけない。

 侑希ちゃんも俺と一緒に風呂に入れるようになったり、抱っこが許された為に帰ってくると飛び込んでくるけれど、九時に寝る時間は守ってあげている。


 だって毎朝「侑希、起きてぇ!関矢君仕事行っちゃうよ、バイバイしないの」を聞くたびに「昨夜遅くまで俺と一緒に起きてたからなぁ」って自責の念に駆られるので「梶ちゃん御免なさい」


 其れでも、侑希ちゃんの顔を見れば、今日も一日頑張るぞって気持ちが湧いてくるのだから子供の笑顔の力って凄いってしみじみ思う俺でした。



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