第三十七話 子への想い・・・・・子の心親知らず



 お彼岸前に秀樹兄さん夫婦がやって来て、俺に大事な話があるからと言って神棚から黒沢の親父さんからの手紙を出してきた。

 いつの間にか封が切られていたけれど、俺は一度も中身を呼んでいないしというより読む事が出来ないで居たのだ。


「浩史、今日お彼岸前に来たのは、お前達がお盆の時に祭りに行ったろ、あの時に純夫婦と俺達でこの手紙を開けて中を読んだんだ。其れで話し合って、彼岸前にこの手紙の内容をお前に話しておこうと、其れでお前はこの後の事を決めてくれ」


「兄さん何が書いてあるの。黒沢さんは何を言ってきたの?」


「まぁこの手紙を先に読め、黒沢さんの気持ちがここに書いてあるからお前の今後は自分で決めろ。純達や俺達は今までお前が黒沢さんにして来た事を知ってるつもりでもあまり知らなかった。お前にばかり責任を押し付けていた事を謝る、だからお前はもう自由なんだ」



 関矢浩史様へ


 貴方が高校卒業間近に起こした事故で、不幸にも私の息子である敏夫が亡くなりました。あの日から関矢君の恨みばかりが募り、我が子への思いと貴方の恨みを一度も忘れた事の無い年月を過ごして来ました。最近になってそれは間違っている事に気づいたのです。貴方に失礼であると知りつつも君から送られてきた今までの手紙を開封せずにいました。十三回忌を過ぎても今なお貴方が墓前に花を添えてくれていることを住職から聞かされ、改めて住職と共に仏前に置いてあった手紙を開封させて頂き、君が学生時代からの手紙、私共にとって家の息子が亡くなっているのに何で学校へ行くんだ!其れより働いて慰謝料を払えとさえ思っていた日々でしたが、貴方が働きながら学校へ行きアルバイトをして僅かな給料から慰謝料を送金し続けていた事が分かりました。なんで封書なのか、書留でなかったのかも、表にボタンと書かれていた封書には小銭がセロハンテープで張られて入れてましたね。書留代金がもったいなかったのでは?住職から言われハッとした思いでした。学生時代の封書をすべて開け、小銭と札合わせて120万円あるのに驚くと共に、社会人になってからの封書の一封を開けた際に中から十万円が入っている事に驚きを感じえませんでした。全ての封書を改めて銀行の方に開封して頂き、君が送金してくれた総額1680万円全額を交通事故で亡くなった方の遺族基金があるという事で其方のほうへ寄付させて頂きました。これだけの金額を君が慰謝料として送金していた事、そして息子の月命日に花を添えてくれていた事など、今まで知りませんでした。父親として有難く思っています。息子は帰ってきませんが、これ以上貴方を苦しめる事は貴方を不幸にしてしまう。それは息子は望んでいないのではと考え、どうかもう私達家族の為に自分を責め続けるのは止めてほしいのです。住職と相談し、この手紙を住職に託した訳ですが、私共は貴方が幸せな家庭を築いてくれることを望んでいます。君が息子が経験することが出来ない幸せな家庭を息子に見せてくれることが一番の息子への供養になると考えます。これ以上自分を責めないで、息子の為にも幸せな家庭を築いてください。今度来られるときには奥様とお子様を連れてきて頂きたいと思います。

 長文になりましたがお体を大切に、愛する人ともに幸せな家族と共にお会いできる日が来ますように。     

                                    黒沢



「浩史、お前は未だに行ってたんだな。この黒沢さんの手紙を読んで少しこれからの生き方を考えてみろ。俺達も出来るだけ協力するから」


「そうよ、浩ちゃん。私達に遠慮なんてする必要はないのよ、純さんや隆さんも皆あなたの兄弟なんだから心配し協力するのが当たり前なの、だから遠慮しないで」


 ダァア・・ゥンバダァア・・ダァッキャキャキャッバァア


「あらっ、侑季ちゃんどうしたの?おいで、浩ちゃんのところに来たの・・・どうしたの?何、遠慮してるのかな」


「アッ姉さん、ちょっと訳ありで侑季ちゃんが俺の所に来るのは・・・秀樹兄さんの膝においで」


「おいおい、なんで俺の膝なんだ?いつもお前の膝の上で遊んでいるじゃないか。美由紀さんと喧嘩でもしたか、だめだぞ、子供はそんなの関係ないんだからな」


「あらっ秀樹さんがそれを言う。ふぅ~ん、家の子に聞かせたいわね」


「いやっお前それはないだろう、俺だって仕事が忙しかったんだから、ここでそれ言うのは勘弁してくれ」


「侑希ちゃん、秀樹おじさんが困ってるねぇ、こういう大人になっちゃいけないよ、ねぇ」


 ダァダァキャッキャキャ・・バンバン


「ほら浩史、侑季ちゃん抱っこしてやれ、お前の所に行きたがってんじゃないか」


「いやっダメなんだよ、梶ちゃんとの約束で俺が抱っこしちゃうと抱き癖が取れなくなってしまうんだって、俺すぐに甘やかしてしまうから・・・侑希ちゃんごめんなぁ」


「美由紀さんの考えも分かるけれど!、でも本当はもっと侑希ちゃんの気持ちを考えてあげる事なんだけどねぇ。でも保育園に入る前だからちょっとデリケートになってんのよ、入ってからのほうが大変なのに」


「えっ裕子義姉さん、何で入ってからが大変なの?入園できたら楽になるんじゃないの」


「浩ちゃんも覚悟しておいてね。子供って入ってからが大変なの、今まではこの家とこの家の周りだけの子だけで、ほとんど同じくらいの子には接していなかったでしょ、だから余計にね」


 裕子義姉さんの言ってることが分かったような分からないような、何でも子供の通る道でいろんな病気に罹る事で免疫が出来ると云うけれど、その為に親は長期に渡って休んだりしなければならないのだとか。

 それが原因で夫婦喧嘩になったりもするし、仕事を止めなければならない場合も有るのだそうだ。


 梶ちゃんは地方公務員だけど、仕事と子育てが両立出来るようにして上げるためには俺は何が出来るんだろうか?

 とは言っても俺達は夫婦ではないし、侑希ちゃんとは親子でもないのにできる事だってたかが知れている・・・・まっ、なる様になるしかないだろうって、これで良いのか浩史。


 お彼岸を迎え、梶ちゃんも侑希ちゃんを連れて高畑さんの家へと、多分、今頃は侑一さんの墓参りに行っていることだろう。

 侑一さんに侑希ちゃんが歩くようになった事や、もうすぐ保育園に通う事になったこと等たくさん報告することが有るのだから、そんな侑希ちゃんを天国から喜んでみていると思う。

 俺もまた、親父とお袋に俺達の家に生まれた侑希ちゃんがわずか数日で歩くようになった事、そして十月から保育園に今日事になったことを報告し、どうか何事もなく侑希ちゃんが通えるようにとのお願いもしてみた・・・多分、願いは聞いてくれないだろう、願うよりお前が守ってやれと川向うから言っているような気がした。



 悲願の連休が終わり、九月二十五日の火曜日から金曜日まで十一時まで馴らし保育が始まった。

 侑希ちゃんは何とか泣かないけれど、悲しい目を向けて保育士さんに抱っこされて園内に入っていくとの事で、でも、帰りに迎えに行くと同じように小さい子供達と一緒に遊んでいて、もっと遊びたがっているそうだ。


 高畑さんが新米が取れたと云う事で野菜と一緒に自慢のお米を持ってきてくれて、侑希ちゃんを膝の上に乗せては喜んでくれている。

 和子さん夫婦も休暇を取って稲刈りの手伝いに来たとの事で、家族関係も丸く収まっているようで俺としては少しは役に立った事が嬉しく、帰りに侑希ちゃんの写真を手渡すと高畑さん夫婦は帰って行った。


 俺も仕事が忙しくなり侑希ちゃんとの時間が取れにくくなってしまい、夕食も一緒に取る事が出来無くなってしまった。

 寂しく一人でキッチンで食事をする俺、今までは梶ちゃん達がキッチンにいて待って居てくれたけど、遅くまで起きていると保育園に行く前に起きて準備が出来ていなければならないのに、何時までも寝ていて起きないと云うことだった。


 だから、遅くても夜九時前には布団に入り朝の七時頃には起こして準備にかかるんだとか、その為に俺が遅く帰った時には俺は一人だけになってしまうのだ。

 だけど、早く帰って来ても侑希ちゃんと一緒に食事はしていない・・・・と云うより既に終わっている事が多く、抱っこするどころかちょっと話しかけるだけの日々になっている。


 土曜日の朝十時、子供たちが家に集まり寺子屋塾が始まった、今まで夕方に行っていた勉強会が此れから土曜日のお昼前に行う事になったのだそうだ。

 俺はその間、侑希ちゃんを連れてバギーで散歩に出かける事にした。

 家の外に出れば侑希ちゃんが手を出せば抱っこはいくらでもしてあげる事が出来るし、梶ちゃんに怒られることもないはず、だから俺にとっては最高の時間になる。


「お~い浩ちゃん、散歩かい。侑希ちゃん歩き始めたんだってなぁ、気を付けろよ。石がゴロゴロしてっから転ぶとケガすっぞ」


「分かってますよ~!だけど侑希ちゃんはいろんなものに興味があるみたいで、ちっとも前に進まないんですけどぉ」


 ウゥッアァゥ・アァッアァアァ、ダァダァ・アブッアブッ


「侑希ちゃん、何がいるのかなぁ、おっバッタだ。今、捕まえてあげるからね、待ってて。し~!あっ飛んでっちゃったぁ」


 ダァダァ、ビエ~ンエ~ン、ヒッグヒッグヒッグ、ビェ~ン、ダァダァアァァア


「侑希ちゃんゴメンゴメン、飛んで行っちゃったねぇ・・・今度は何を見つけたの、アリさんかぁ」


 ダァダァ、キャキャキャッ、アァウァブブブブ



 保育園にも毎日元気に通園しているようで、俺が早く帰ってきた時に食事をしている侑希ちゃん、だけどちょっと様子が変で食事をしながら寝ているような。


「侑希ぃ、起きなさい、もう少しで食べ終わるんだから。ねっ起きて。もう寝るか食べるかどっちかにしてぇ侑希」


「ちょっと、梶ちゃんどうしたの?侑希ちゃん食事してんじゃ・・・あれ、寝ながら食事してんの?保育園で疲れてんだね。いっぱい遊んでるようで安心したよ・・でもちゃんと食事して欲しいね」


「そうなんだけど、最近夜泣きはするし、私だって疲れてんのに、もう嫌んなっちゃぅ」



 そんな事が日々続いて、そして遂に侑希ちゃんに異変が出てしまったようで、第三迎え人である俺の所に保育園と梶ちゃんから電話が有ったのには驚いてしまった。





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