第三十六話 子への想い・・・・・伝え歩き
俺が茨城に帰って来てから早く一年が経ち、あの奇跡的な出会えた日を迎えようとしている。
あれから色々有り過ぎて一言では言えない位の出来事が続き、あの時には親父がまだ元気だったし梶ちゃんのお腹は大きかったなぁ・・・なんて感傷に浸る間も日々は過ぎていくのだ。
今では親父の姿なく、その代わり新しい家族も増える等環境は大きく変わってしまった。
我が物顔で皆の中心にいる女の子「侑希ちゃん」この子の存在は大きい、俺と梶ちゃんの共同生活はこの子によって大きく変わってしまったと云えるだろう。
土間の廊下のへの手すりと云うかフェンスを設置したおかげで侑希ちゃんの這い這いペースは速くなり、追いつけないほどのスピードで俺の部屋を行き来している。
ミルクと母乳をしっかりと飲んで、離乳食も好き嫌いなく食べてくれているせいか体重も8キロ弱まで増えて少しズッシリして来ている。
梶ちゃんは今の所買い物には抱っこしたりバギーで行ってるが、やはり少し重くなってきているのが辛いようで「本当に私たちを育てたお母さんは凄いわ、昔はずっと負んぶしていたんだからそれに三人も育てて、私は侑希だけでも大変なのに」とボヤキながらも頑張っている。
俺も休みの日には一緒に買い物は手伝っているけれど、何方かというと侑希ちゃんの子守担当であまり役には立っていない。
そのせいか「最近抱き癖が付いて困るの、其れって誰のせいかしら」なんて嫌味を言われる始末で、「其れって俺なの?」と言いたいけれど、ついつい抱いてしまう俺がいるのは自覚している。
「あっねぇねぇ、関矢君ちょっと来てぇ~」
「えっ何どうしたの、侑希ちゃんに何かあったの?」
「違うの違うのぉ!、侑希が・・侑希がさっき立ったの、立ったんだってば、そうだカメラ、携帯で写真撮らなくっちゃ」
俺は言われるまでもなく急いで部屋に戻りカメラを取り出して、梶ちゃんの部屋の入り口で侑希ちゃんがテーブルに摑まって立とうとしている所をシャッター音と共にファインダー越しに見ている。
侑希ちゃんがさっきまで何とか立とうとして頑張る姿から、俺の顔を見た瞬間に凄く可愛い笑顔をくれたのだ。
梶ちゃんの部屋のテーブルに縋る様にして立つとテーブルを叩いて笑ってこっちを見て居る。
ダン、ダンダン、キャッキャッ、ダンダン
わずか数秒しか立っていなかったけれど、其れでも自分の力で立てると云うのは凄いことなのだと思う。
今までの這い這いからやっとの思いで二本足で立って、少しだけ高い目線で回りを見ているのだから侑希ちゃん自身も驚きと感動があると思う、だって周りの大人がすごく感動しているのだから。
この日から侑希ちゃんの動きが変わってきた、何とか立とうと頑張っているせいかプニプニしていた足が若干スマートになってきたような、そして一歩が二歩にそして三歩へと歩数も増えて来ている。
立ち始めて僅か数日なのに廊下のフェンスに摑まっては伝え(い)歩きして、疲れるとお尻からストンと落ちては這い這いして、そしてまた立ち上がっては伝え(い)歩きをしている。
子供達も侑希ちゃんが伝い歩き始めたことに喜んで、勉強の合間においでおいでをして自分の所へと呼び込もうとしているそうだ。
ダァダァキャキャキャッアゥアアァウァブブブブ、ダンダン
侑希ちゃんこっちだよぉ、おいでぇこっちだょぉ・・ほら来たぁ、侑希ちゃん良く来れたねぇ。えらい。えらい。
歩き出しが早いとO脚になるとか口が遅くなる、つまり喋るのが遅くなるだとか言われるけれど、梶ちゃんもその事については気にしていない。
伝え歩きしながら目が有った時に立ち止まり、俺達の顔を見てからの笑顔は本当に可愛く思う。
親ばかだとか言われそうだけれど、自分の子ではないにしろ産まれてこの家に戻ってきてから毎日のようにお風呂に入れてオムツ替えをしてる俺にとっては、我が子のように思う気持ちなのだ。
ただ、この共同生活がいつ迄続くのかは俺も知らないし、多分梶ちゃんだって知らないだろう、長く続けばいいと思っているのは俺だけなのかもしれない。
いずれはこの家を離れ母子家庭専用の市営住宅へ移動することが前提での共同生活、それでも愛しいと思う侑希ちゃんの存在は大きく俺を変えている。
毎日の中で少しずつ伝え歩きしては這い這いしてやってくる姿、歩くのが遅いので廊下は這い這いのほうが早いことを知った侑希ちゃん、ダァーという感じの表現が似合うくらいだ。
「侑希ちゃんただいまぁ、今日は何してたの?いっぱい遊んで貰ったかな」
「もう大変なのよ、皆に遊んで貰えるのは良いんだけど、よちよちの伝え歩きと這い這いで手が汚れちゃって、其れで手を拭こうとすると嫌がっちゃって、教えていないのに手を隠すの覚えちゃったんだから」
ダァダァ、アァアァン、ダァダァ、アッアッダァ
「あちゃぁ、子供って駄目な事は覚えるのが早いんだよね。侑希ちゃん、手キレイキレイしようね。じゃないと抱っこしてあげないよ、一緒にキレイキレイしよう」
「ホントに、関矢君の云う事だけは聞くんだから困っちゃうよ。侑希、早く手を洗ってきて、ご飯食べられないよ」
「梶ちゃん侑希ちゃんの事なんだけどさぁ、あまり怒らなくても良いんじゃない?梶ちゃんが疲れちゃうよ」
「あら、それって私の侑希の躾方が悪いって事、ちょと違うんじゃないの、どっちかというと関矢君が甘やかし過ぎていると思うんだけど、すぐに抱っこしちゃうし」
「えぇ、別に甘やかしてなんかいないよ、抱っこだってそんなにしていない???してるかも!!!、でもだからって。分かりました、今後抱っこはしません」
「ふ~ん、今後抱っこはしないのね、聞いたわよ。此れから保育園に入れる時に抱き癖が付いていると大変みたいなの。だから協力してくださいね」
十月からの保育園入園申請が通り九月下旬から馴らし保育が始まるらしい、その保育園の入園手引きの中で抱き癖について何かしらのことが書いてあるらしいけれど、どうやら侑希ちゃんへの俺の接し方が梶ちゃんには気に掛かる様なのだ。
最近、這い這いしだしてからお風呂に入れてないしもう俺の手を離れ始めている、これが本当の大家と間借り人の関係なのかも知れない。
それからという物の俺は侑希ちゃんの抱っこはしなくなりストレスが溜まるばかりで、侑希ちゃんはというと相変わらず俺に両手を差し出して抱っこを求めてくるけれど、梶ちゃんの冷たい目が俺に向けられてる・・・ゴメン侑希ちゃん。
ダァダァ・・・・アブッアブッ、ダァダァ、ビエッヒックビェッビェ~ン
朝も梶ちゃんに抱かれては俺の目を見つめているけれど、そして、そして遂に俺の顔を見てからプイと横を向いてヒッグヒッグヒッグビェ~ン泣き出してしまう。
後ろ髪を引かれる想いで俺は車に乗り込んで会社に向かうんですが、俺はいったいどうしたら良いんだろ、子供の躾ってこんなに早くからやんなくちゃいけないの?って思う俺でした。
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