第三十四話 雨降って・・・・・苦 悩






 昨夜から環境が変わったために侑希は寝付かれないようで、初めて夜泣きをして私を困らせていました。


 朝早くから起きては寝返りを打っては探し物をしているけれど、夜泣きで起こされてまだ眠い私を困らせている・・・多分、関矢君を探しているのかも?。


「おはよう、和子です。美由紀さん起きてるかな?侑希ちゃん夜泣きするんだね、久しぶりに赤ちゃんの夜泣き聞いた気がする。侑一が小っちゃかった時以来だもん。赤ちゃんの夜泣き聞いたのなんて」


 母親の私だって「侑希は今まで夜泣きはしていませんでした、多分環境が変わって落ち着いていないのかも知れません」て云おうかとも思ったけれど口には出せませんでした。

 環境が少し変わるだけで、子供は敏感に反応すると云う事をこの時初めて知ったのです。


「和子さんどうしたんですこんな早くから、私はこの子に眠いのに起こされて((笑))毎度の事ですけど、子育ては休ませてくれないですからね」


「そうだよね・・・・実はさぁ私、美由紀さんに謝らなきゃって思ってたんだ。本当はもっと早くお父ちゃんを説得出来ればと思っていたんだけど、中々私の都合も有って出来なくて、そんで一周忌の時に忘れずに来てくれた時にたまたま関矢さんに会ってこの子を見せて貰ったの。本当にごめんね」


「謝らなくていいですよ、皆さんにこの子を昨日、紹介出来たんですからこっちこそ感謝してるんです」


「有難うね、それで私の事侑一から何か聞いてる?実はさぁ家の旦那、自衛隊員で勝田に勤務していたの。私も自衛隊員だったから、でも今は北海道で単身赴任中なんだよね。去年の侑一の事故があった一週間前に転勤が決まって私も行く予定だったんだけど。あの事故からお父ちゃん荒れて、お母ちゃんが怖いから一緒に居て欲しいって頼まれて、旦那にもお父ちゃん文句ばかり言ってちょっと大変だったんだ。私も子供が欲しいんだけど、こんな状況じゃ作れないしって。そこでチャンスだと思って関矢さんに相談してみたの」


「えっ関矢君にですか?私その話は全然聞いていなくて、護兄ちゃんがやってくれていたとばかり思っていたから。そうなんだ、関矢君が・・・ウフフフ彼って面白い人でしょ」


「美由紀ちゃんと彼との関係は?・・・と聞いても侑一の実家では言えないわね((笑))でも美由紀さんも素敵な人が出来たら結婚すればいいよ。高畑の家の事なんか気にする必要はないからね。」


「あははは、私と関矢君は中学からの同級生です、そして大家さんと間借り人の関係なだけですよ。でも、この娘がいるから結婚の事は今は考えていませんね」


「そうなの!へぇ?まぁ良いわ。それでね、昨夜美由紀ちゃん達が部屋に入った後お父ちゃんが、私に北海道へ行けって!其れで家の旦那に電話を掛けてくれて電話で謝ったの。お父ちゃん、お母ちゃんと私に頭を下げて悪かったって、もう酒も飲まねえし田圃も畑もちゃんとやるからお前は北海道で行って赤ん坊産め、俺は美味い米と野菜造って侑希やお前達に食べて貰う事にしたって言ってくれたんだ。私嬉しくってさぁ」


「私、和子さん達にも迷惑かけていたんですね。本当にごめんなさい、謝ります」


「うぅん、もう済んだことだし誰も悪くなかったんだよ。皆の心の行き場が無くなってさぁ、其れでおかしくなっちまったのよ。おかしいと気づいていても誰も止められなかった。でも今回、関矢さんが初めて会ったお父ちゃんに鑑定書と侑希のアルバムを見せて、それで頭を下げて頼んでくれたの。お父ちゃん写真を見て涙流してさぁ、私この人に頼んでよかったぁと思った」


「関矢君は誰にも優しくて・・・でも、彼の背負ってる物には誰も力を貸してあげられないの、貸してあげたいけれど手を差し出しても彼は直ぐに手を離してしまうから」


「護さんがお父ちゃん達の前で関矢さんの成り立ちを少しだけ話してくれたわ、其れでお父ちゃんの考えが変わったんだと思う。美由紀ちゃん関矢さんを守ってあげないとダメだよ。それで私もさぁ、お盆過ぎたら旦那の所に行く事にしたから。稲刈りと田植えの時には帰ってくるから心配しなくていいから」


 私と侑一さんを巻き込んだあの事故は、私だけではなく高畑さん家族にも悲しみの苦悩を背負わせていたのを知りました。

 私達の車にぶつかった加害者の方も侑一さんと同じ即死だった為にお義父さんは生き残った私を責める事しか出来なかったのでは、そしてその責めがお義母さんや和子さん夫婦にも及んでしまっていたのだと思うと、私の気持ちは複雑でした。


 私は和子さんからの関矢君への言葉の意味がこの時にはよく分からなかったけれど、いつも側に居てくれる関矢君には感謝の言葉しか有りません。

 でもなぜ関矢君が高畑さんに頭を下げて頼んでくれたのか、多分それは私達の事故と彼自身が起こしてしまった事故が重なって見えていたのかも?。


 誰にも優しい?きっと彼は事故を起こして以来、自責の念と共に贖罪し続けているのでは、私達が苦しんでいる悩みを加害者の立場として!!総てを受けきれないとしても、罪を背負う事で被害者の家族が楽になれるのなら、と考えているのかも知れないと思いました。


 でもそれでは彼に幸せは来ないし、休まる日は来ないのでは?誰かが側にいて上げなければきっと罪に押しつぶされてしまうのでは、、、、と思っている私が居ました。


 朝食を高畑さん家族と頂き、その後侑一さんの墓参りを皆でしてから家に帰ってきた侑希と私。


「侑希、畑の中に関矢君居るよ、ちょっと顔を見せて行こうか」


 アァ~ァ、アァ~ア、ダァダァ、ウギャ~ウギャ~ダァダァ


「おぉ侑希ちゃん帰って来たのか~、ダメだよ汚いから抱っこは今は出来ないヨ、ほら手もバッチばっちぃ。もうすぐ終わるから先に帰っていて。梶ちゃんもお帰り」


「あらぁ!侑希よりも私が先じゃないの、私は次いでなのかしらねぇ侑希。ウフフフただいま帰りました」


 関矢君が畑で汗を流しているなんて初めて見たし、僅か一日の外泊なのに凄く久しぶりな気がして新鮮に思えました。

 玄関を開けて土間に入ると、空き缶ビールが散らかっていて「はは~ん、もしかして昨夜、男共がここで宴会をしたなぁ。後片付けくらいしてよ」なんて思いながら自分の部屋に、やっぱりこの部屋が一番だぁ、寛げるぅ!ホッとしている私です。


「ウワァ暑かった。あぁつゴメンごめん、昨晩、敏江ちゃん所や堂の前と大杉の小父さん達が来て盛り上がっちゃって、秋江叔母さん所も来てさ。一仕事終わってから片付けようと思ってたんだ」


「はいはい、分かりました。昨晩は寂しくなかったんですね、其れでお酒は畑仕事で抜けましたか?」


 ダァダァ・アブッアブッ、ダァダァ、キャッキャキャブゥ


「イヤァッ其の・・ご免なさい。直ぐにシャワー浴びるから、侑希ちゃん、もうちょっと待ってて」


 俺は急いでシャワーを浴びて、俺の顔を見て両手を差し出す侑希ちゃんを抱っこしてあげた。

 たった一日離れただけなのに俺は嬉しくて、侑希ちゃんも寂しかったのか俺の身体をぎゅっとしがみついて・・・あれぇ!顔を真っ赤にして体に力が入っているよぉ?


「梶ちゃん、侑希ちゃん顔赤くして力を入れてウ~んしてる~。もしかしてウンチしてるかも?あっちでウンチ出てた~?」


「あぁっ出てな~い。ゴメン今用意するから、其れとミルクも作らなくっちゃ。ちょっと待っててぇ」


 あぁこの会話は楽しい、いつもの毎日が戻ってきたような、なんて思っているとプ~ンと嗅ぐわかしい匂いが・・・・やっぱりしてる。


「あぁ侑希ちゃん我慢してたの。ちょっと待っててね、今ママが用意してくれるてるから」


 ゥンマ、ブゥブゥブブゥ、ダァ~、ゥンマゥンマ


「侑希は高畑さん家で知らない人ばっかしだったから緊張してたんだね、関矢君の顔を見て安心したんだわ((笑))」


「其れじゃウンチ処理した後に汗をかいてるだろうから一回お風呂入れちゃおうか。どうせ昼寝の時間にもなるし、俺準備してくるわ」


「そうね、お願いできる。侑希~関矢君がお風呂入れてくれるって、良かったねぇ」


 俺は侑希ちゃんをお風呂に入れて、梶ちゃんがミルクを飲ましている間に土間にサマーチェアー三脚を引っ張り出して三つ並べてみた。

 川の字になってしまうが、真ん中に侑希ちゃんを寝かせれば落ちる事はないと思っていた。


「部屋で寝かせる?それともこの椅子出してみたんだけどどうかな?川の字にすれば侑希ちゃん落ちないかなと思ってしたんだけど」


「川の字なの!わっ私は別に良いけどちょっと恥ずかしいかも!」


「そうなの、何か変なの?・・変でも誰も来ないから気にすることはないよ。今日は暑いからこの土間で涼めばいいじゃん」


 俺はこの時、川の字の意味を知らなかったのでそのまま平気で寝ていたが。普通は夫婦がそうやって寝るんだって教わり、アチャァッやってしまったぁ!後の祭りでした。


「さぁ侑希ちゃん一緒に昼寝しようか、初めてだねこうして寝るのは。あっちでいっぱい遊んで貰えたのかな」


 ウブブブ、マァマアァブゥ、ダァダァ


 俺は侑希ちゃんと手を繋ぎながらいつの間にか二人とも寝てしまって梶ちゃんが寝た事なんて知らないでいた。

 三人で気持ち良く寝ていると、玄関の網戸の向こうから大きな声がして、そうだ俺たちこの椅子で寝ていたんだって慌てて飛び起きた。


 お~い浩ちゃん居るかぁ、苗植えっと~!


「佐川田さんすみません、ちょっと昼寝してたんで」


「おう別に良いぞ、この暑いのに川の字なって寝てるんだから、お宅ん所はそっちの方がもっと熱いか」


「何言ってんですか・・・見ました?と云うか別に変な事していませんよ、侑希ちゃんがちゃんと真ん中で寝てるんですから」


「あははは、誰も其処までは見ていねぇけど、網戸なんだから外からは少し見えっぺよ。俺達も子供出来た時はそうやって寝てたよ、だけど疲れんだわ。女房なんか夜中にオシッコで子供に起こされても絶対起きねぇから、仕方なく俺が起きて便所に連れて行ってたんだ。頭くっから足で女房を蹴っ飛ばしてやるんだが蹴り返してくっからなぁ、俺は諦めるしかなかったよ」


「どこの家でも同じだ、家ん所も子供が瞼を手で開けて起こすんだよ、女房なんか其れやられるもんだから顔を枕に押し付けて知らんぷりだぁ、俺はもう諦めて起きるけどな」


「浩ちゃんもそうなっから覚悟して置けよ、女は強いんだから逆らったら大変な事になっからな」


 等と話をしながら、何で俺もそうなるのか分からないまま茄子とトマト、トウモロコシの苗を植えて、ちょっとお裾分けと言われながらスイカとカボチャの苗も植え藁を敷いて畑から戻ってきた。

 もう二人とも起きていて、さっそく侑希ちゃんの抱っこの手が始まったけれど、それを躱してベビーバギーに乗せて農道を少し散歩する事にした。


 バギーに蚊取り線香を付けて歩いていくとミンミンゼミとアブラゼミの鳴き声が、涼しくなったせいかあちこちで鳴いているのが聞こえる。

 シオカラトンボと糸トンボも優雅に飛んでは見えなくなっていく、畑にはまだ収穫されていない大豆の青い枝があちこちに取り残されている。


 昔は大豆は高収入が得らたけれど、最近は手間がかかる大豆の前に枝豆として収穫し出荷しているとの事だった。

 大豆は自分の家で造る味噌用として残すのみで後は全て枝豆に、小豆だって最近は作る農家は減ったという。

 豆類は実が熟してから乾燥・脱穀、選別と手間が掛かる上に価格は下がっているのだ。


 枝豆として早めに収穫すれば水洗いをして数本を束ねてテープで巻けば後は出荷するだけなのだから、そんなに手間がかからないし大豆より現金収入が入りやすいのだ。

 大豆の固い枝殻の処理もいらないし、後は蕎麦の種を巻けばほっとくだけで芽は出てくるし、収穫までは何もする必要はないのだ。



「浩ちゃん、侑希ちゃんと散歩かい?珍しいなぁ。今日は昼暑かったから今の時間なら涼しくていいべ、此処は小さな盆地だから山で涼しくなんだわなぁ」


「本当だよね、午後三時過ぎてから一気に気温が下がんのが分かるんだから、本当に未だこの地区はクーラーは殆ど要らないよ。此れで山の木が無くなったらこの恩恵は無くなっちゃうね」


「ゥンだ、だから田舎は良いんだよ。だけど此の辺だって浩ちゃんが東京に行った時に比べて家が増えたっぺ、皆、分家だとか新宅だとかで畑潰して子供たちが家を建ててんだわ。山だって管理が出来なくなってほったらかしだからなぁ。その内、山もダメんなるわ」


「難しいよね、山の管理って。俺も各地を回って来たけど、山の持ち主が高齢になってるから管理が出来なくって、そんで二束三文で山を売りに出してるけど、買う人も投資で買ったりしてるから管理なんてしないんだよ。最悪は山を切り開いて平らにしたり、地肌むき出しにして太陽光発電をやってしまうから、濁水や土石流等の山津波を起こして、下流では大変な事になったりしてんだよ」


「この辺でも、畑潰して太陽光発電やろうとしてんのも居るようだけど、採算取んのには大分おおきく作んなきゃなんねぇ様だし、そしたら近所の畑を買ったり共同でやんねえかと話したりしてるようだけど、上手く行かねえみたいだな」


「何をやるにしてもリスクはあるし、それに実際に造っても二十年で終了廃棄、その後はどうするのか?作った機材の廃棄後に畑は使えるように戻せるのか?よく考えてやらないと。まず素人では無理だからね」


「やっぱそうか、浩ちゃんが云うならきっと本当だわな。原発だって壊すのに百年かかるというし、壊してからもうその土地は使えないんだからな。子供や孫たちのために後を考えてやんねぇとな」


 俺は久しぶり侑希ちゃんと一緒に散歩をして、普段話す事の無いこの地区の小父さんや小母さん達と話をして、梶ちゃんが待って居る家に戻ってきた。

 侑希ちゃんもバギーの上でママの顔が見えたので喜んでいるし、家族って本当はこのように楽しいものなのだろうと思っている俺だった。






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