第二十八話 和 解・・・・・遠くにある思い




 侑希ちゃんもすくすくと育ち体重も増えているようで、来月には三カ月検診も有るとの事だけれど、ミルクの量も100ミリリットルでは足りないようで母乳も良く飲んでいる事だった。

 今の所、夜泣きや愚図りもないので俺にとっては夜は気兼ねなく寝れる訳で、勘違いはしないでほしいけれど互いに部屋は別で鍵は掛けられているし離れていると云う事は忘れないで欲しい。


 お彼岸に秀樹兄さん達が来たので、俺は黒沢のお父さんから預かった手紙を見る事なく兄さんに手渡して、親父達の位牌と共に神棚に祀ってもらった。

 神棚に祀るのにはこの家に住んでいないとはいえ兄さんに断らずに勝手に行えるわけではなく、其れなりの儀礼は必要なのだ。


 我が家はと云うかこの地区の親戚一同は殆どが神道であるけれど、この地区を出た親族は宗旨替えしている方達も居るので仏教と同じように彼岸も大事にする。

 昔は神仏習合だったわけだからそれほど不自然と云う訳ではないし、宮司さんの話では「神道は全てを融合しているのだから気にする必要はありません、般若心経だって奏上するし、祝詞も上げるのだから問題は無いのです」と云う事だそうだ。


 梶ちゃんも侑希ちゃんを連れて、護さん達が居る実家へ美咲ちゃん達と一緒に帰って行った。

 其々がお互いの生活を守り深く関わらないようにする、其れが最近は出来ていなかったような気がする。


 侑希ちゃんのパパへの墓参りから、俺は何となく梶ちゃんとの間に線引きをするようになり、仕事に追われているせいもあって休みの時には部屋に籠ってはパソコンの前から動こうとしなかった。

 顔を合わせるのは食事の時だけで、侑希ちゃんのお風呂の介添えをしたら部屋へと戻っていた。

 本当は一緒に居たいし話を楽しみたいなぁとは思っている俺だけど、何というか難しく考えてしまうのだ。


 お彼岸も過ぎ俺も何かと忙しく、四月に入ってから東京本社へ一週間ほど戻らなくてはいけなくなってしまった。

 そんな時に高畑さんのお姉さんから電話が、最初は思い出せなかったが挨拶をしている中で「そうだ侑希ちゃんのパパのお姉さんだ」と思い出した。


 話は侑一さんの臍の緒が見つかったから侑希ちゃんとの関係を調べて欲しいという内容で、俺は話を受けて良いのか迷ってしまった。


「美咲ちゃん、今晩空いてるかな。修二君は何時頃帰ってくるの?ちょっと相談したい事があるんだけど」


「関矢さん、修ちゃんなら早く帰ってくると思うよ。七時ごろで良ければどうぞ」


 俺は考え上げた結果、美咲ちゃんと修二君に相談する事にしたのだ。

 梶ちゃんに直接話してあげれば事は簡単に住むかもしれないけれど、ここ数日の関係ではチキンの俺にはとても話せない。


「で、関矢さん話って何ですか?僕に出来る事なら相談に乗りますよ」


「うん・・実はさぁちょっと悩んでいることが有って・・・君達に相談に乗ってもらおうかと考えてたんだけど・・・やっぱり良いや、俺、帰るは」


「えぇっ、関矢さんどうしたの、何かあったんですか?・・・・ハハ~ン!もしかして、お義姉さんと喧嘩してますぅ」


「いやっ、べっ別に喧嘩なんかしていないよ、する訳ないじゃん。俺達はそんな関係じゃないし、ただの大家と間借り人の関係なんだからそんなのある訳ないよ」


「うん、おかしい?なんか変ですよ、お姉ちゃんと上手くいってないんですか?あっそういえばお姉ちゃんと高畑さんの家に行って来たんですよね。お姉ちゃんまた怒られていました?高畑さんはお姉ちゃんを認めていなかったみたいだから、また貴女が誘惑しなければ・・なんて怒っていたんじゃないかなぁ」


「あぁあ、怒っていたみたいだね、俺は下で待って居たけど怒鳴っている声が車まで聞こえて来てたし、何でって?あれは八つ当たりだよ、梶ちゃんは悪くないのにさぁ」


「そうなんだよね、侑一さんはお姉ちゃんより二つ年下だから誘惑しなければ事故に遭わなかったって、入院してた時にも病室で騒がれちゃって大変だったんだよね」


「其れでさぁ、高畑さんのお姉さんという人が来て、侑希ちゃん事を色々聞いてきて侑希ちゃんの侑の字が彼の一字だったって・・・俺初めて知ったんだぁ、その後お墓の場所まで教えてくれて、お墓でさ、すごく良い笑顔してたんだよねぇ梶ちゃん」


「関矢さん、其れまで侑希ちゃんの事知らなかったの?あれほどお姉ちゃんに言ってたのに、もしかして関矢さん怒ってる?」


「何で怒るの・・梶ちゃんも同じこと言ってたけど、俺には怒る資格もないし・・お母さんになった梶ちゃんとしては当然の事じゃないのかな、だから怒ってなんかいないんだけどさぁ」


「関矢さん、もしかしてぇ、ヤキモチ焼いてないですか?侑希ちゃんのパパに。もう亡くなっていないんですから、らしくないですよ」


「いやっ、ヤキモチなんていしていないよ。なんで皆して叔母さんと同じような事言うんだろう、俺には侑希ちゃんのパパの事なんて関係ないんだから・・・・でも、なぁあ!」


 何て話していると、美咲ちゃんがいつの間にか外に出て行ってしまった。


(もしもし、お姉ちゃん、関矢さんと何かあった?喧嘩なんかしてないよね、其れと侑希ちゃんの事いつ話したの?)


(美咲ぃ、関矢君とは何にもないよ、何で喧嘩しなくちゃいけないの。彼、ちょっと忙しいみたいで最近話していないんだよね。侑希をお風呂に入れてくれる時くらいかなぁ話しするのは、何だかとても疲れてるみたいでさぁ、私に話してくれても良いと思うんだけど・・・美咲、何で関矢君の話してんの?誰かに言われた、私と関矢君はタダの同級生で大家さんと間借り人の関係だけだからね)


(わかってるわよそんな事、それ以上でもないと云うんでしょ、本当は好きなくせにはっきりしないんだから・・・其れより侑希ちゃんの事いつ話したの?ダメだよちゃんと話してあげないと、関矢さん傷ついちゃうからね)


(話したわよ、ちょっと遅かったけど。彼、高畑さんのお姉さんから聞いたみたいで、でも怒っていないって言ってくれたもん。その御陰でお墓参りも出来たんだよ、本当に感謝してるんだから)


(はいはい、其れは十分知ってますけど、だけど感謝だけじゃダメなんだよ。お姉ちゃんがはっきりと関矢さんに好きだよって言ってくれれば、私達も安心なんだけどさぁ)


(美咲ぃ、馬鹿な事言わないの。子連れの私なんだからね、いくら好きでも彼には似合わないのよ。きっと彼には素敵な彼女が出来ると思うんだよね、だから私は応援してあげる事に決めたんだから)


(なぁんだやっぱり好きなんじゃない、もう手が掛かる二人なんだから・・・それから今度の金・土曜日にお姉ちゃんの所に泊まりに行くからね、バイバイ)


(なに、話は其れだけ。だけど関矢君まだ帰ってこないんだよね、此れから侑希をお風呂に入れる時間なのに。泊りの事は分かったわよ、其れじゃ~ねバイバイ))


 やっと戻ってきた美咲ちゃん、どうやら近くの自販機でジュースを買ってきたみたいだったが、まさか、梶ちゃんと電話で俺の事を話していたなんて思いもしなかった。


「関矢さんはお義姉さんのこと好きなんですよね、はっきり言えば良いんじゃないんですか。二人とも何時も仲良くて、本当の夫婦に見える時もあるんですからお姉さんなら大丈夫ですよ」


「いやぁそう言われても、俺はさぁ前にも話したけどいろいろあって駄目なんだよ。でも梶ちゃんの事は好きだよ、侑希ちゃんも好きだし。でも、お墓の前でのあの顔を見たらとても俺は叶わないと思っちゃったんだよね。だから、あの二人を応援してあげようと思ってさぁ」


「あぁあ二人とも同じような事言ってる、本当にダメな二人なんだから。修ちゃん、私達で何とかしてあげないとダメみたいね」


「いやぁあ!今日来たのはそんな事を頼みに来たわけじゃないから、俺達の事は気にしなくていいの。今日来たお願いとは、高畑さんのお姉さんから侑希ちゃんと侑一さんの関係をはっきりと調べて欲しいと言われたんだよ。侑一さんの臍の緒だってあるし、今でも部屋には使っていたヘアーブラシなんかも有って何でも揃えるからって、俺に頼んできたんだけど。ちょっと今、梶ちゃんと俺は気まずいからさぁ、だから相談しに来たんだよ」


「へぇお姉さんからだったら良いんじゃないの・・でもどうやって調べるの、もしかしてDNA鑑定?だったらお姉ちゃんの髪の毛とか侑希ちゃんの髪の毛なども揃えなくちゃいけないよね」


「だから、其処が問題なんだよ、俺はさぁ未だかつて梶ちゃんの部屋に一度も入った事なんて無いんだから、どうした物かってさぁ」


「関矢さんが直接お姉ちゃんに頼む・・・事が出来ないから私達なのね。そうだよねぇ、はっきりさせてあげる事が出来れば侑希ちゃんを孫として認めてくれるし、お姉ちゃんの事だって許してくれるかも知れないもんね。・・・でも、良いの関矢さん、はっきりさせたらお姉ちゃんの事?問題ないか。関矢さんはお姉ちゃんが大好きだもんね((笑))良いよ。私、近いうちにお姉ちゃんの所に泊まりに行く事になってるから、何とかしてみる」


 美咲ちゃんにそう言われてホッとしている俺、此れで梶ちゃんが悲しまなくて済む。

 あの怒られて坂道を降りてくる梶ちゃんの姿を俺は二度と見たくないと思っているし、だからと云って俺の出来る事は限られているのだからしょうがないけれど、本当にこの姉妹の中の良さは羨ましいと思ってしまった


「本当に関矢さんはお姉ちゃんの事になると一生懸命なんだから、もっと自分の幸せも考えて欲しいんですけど、関矢さんの大好きな梶谷美由紀の妹としては」


「本当ですよ、関矢さんは私達の義兄さんなんですからお義姉さんの事宜しくお願いします((笑))」


「いや、君たちの義兄さんて云われてもなぁ俺、正直困るんだけど((笑))、其れなら名前で呼んで欲しいかも」


「分かりました。其れじゃ、今夜から浩兄にします。美咲ちゃん良いよね、そう呼ぶことにしたから」


「関矢さんが浩兄い?私はお兄ちゃんが居るから兄にぃだけのほうが呼びやすいかな・・・・決めた、私は兄にぃ、修ちゃんは浩兄いね。うふふふ、お姉ちゃんはなんて思うか楽しみだけどね((笑))」


「あぁあ、もう自由に呼んで良いから。その代りさっきの件宜しく頼むからね」


『兄にぃ、其れじゃ護兄ちゃんにも相談して、お姉ちゃんの臍の緒なんかも揃えてもらうね』


 いつの間にかあだ名というか俺の呼び方も勝手に決まってしまい、今夜から二人にはこの名前で呼ばれる事になってしまった!梶ちゃんがなんて思うか心配の種が増えてしまった。

 でもこの二人が参加してもらえることは心強い、これでまた一歩前進した事になる。


 正直な話、俺には梶ちゃんと侑希ちゃんの血脈はしっかりしている訳で、まだ一度も有ったことがない侑一さんは故人となっている以上はもう会う事は叶わないけれど、なんとか此の血脈と云うか親子関係はしっかりとしてあげたいと思っている。

 確かに傍から見れば「関矢、其れはお前に何のメリットがあるんだ」と云われそうだけれど、侑希ちゃんが大きくなって物分かりが付いた時に、梶ちゃんがお墓の前で誰にも憚らずに「侑希は大きくなったよ」と云える環境を作ってあげたい、只其れだけなのだ。


「護兄ちゃん、お姉ちゃんの事で相談があるんだけど聞いてくれるかなぁ」


「なんだ美咲、金なら無いぞ」


「違うよ、そんなんじゃないから。其れに、私たち夫婦はお金には困っていませんよ。あのね、関矢さんからさぁお姉ちゃんと侑希ちゃん、そして高畑さんの関係をはっきりとさせてあげたいから協力してもらえないかって、お兄ちゃん駄目かな」


「浩史君からか!良いぞ、何をすれば良いんだ。俺ん所にも浩史君が来て侑希のアルバムを毎月置いて行ってくれるんだわ。中々会いに行けないだろう、俺に気を使ってんだよな。俺も美由紀の事で協力出来るなら手伝うぞ」


 俺と梶ちゃんの関係はこの先についてどうなるのかは今は分からない、このままの同級生としての共同生活状態なのか、それとも梶ちゃんが再婚して今住んでいる家を出て侑希ちゃんが新しいパパと新生活をしているかも、其れでも俺は梶ちゃん達が幸せになるのなら良いと思っている。

 俺は幸せになる事から逃げているわけではなく求めていないのかも知れない、確かに梶ちゃんや侑希ちゃんといるとすごく楽しい、美咲ちゃん達といる時だって・・・・でも、それでも俺は安心した事が無い。


 俺は何かに夢中になっていないと押しつぶされそうな恐怖感に襲われることが有る、その為、俺は仕事に託けて気を張っていないのと負けそうになってしまうのだ。

 其れは黒沢を失った時の事故の光景であったり、黒沢家に与えてしまった悲しみの日、そしてお袋や親父、兄姉に迷惑を掛けてしまった裁判所の出来事、そしてあの事故、目の前で同僚が流されて帰らぬ人になっていった様が頭の中で何度も突然襲ってくる、其れは起きていても寝ていても・・・・俺はこの背負っている業からは逃れられないのだ、だから安堵の日々など考えられないし、考えたこともなかった。


 茨城に戻ってから、少しづつは良くなっているのかも知れないがそれでも恐怖感や焦燥感は容赦なく俺の心を襲ってくる、精神的弱さから生まれてくるという人も居るけれど、俺は責任感が強すぎるからだと医師に言われてしまった。

 責任感についてはよく分からないけれど、俺にとってはあの笑顔や楽しんだ日々を目の前で失った、奪ってしまった事への後悔と懺悔しかない。


 黒沢家からはもうこの世には帰ってこないのだからと云われても、俺の頭の中ではあの笑顔が消えないのだ、ましてあの事故の時には俺がもう少し早く手を伸ばせば届いたかも、もっと早めに対処して居れば、たら・ればで問い詰めても彼らは帰ってこないのだ。

 この背負った業を、梶ちゃん達やもしかしたらこれからまた新しい出会いが有るかも知れないけれど、一緒には背負わせたくはない。



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