第二十七話 和 解・・・・・彼の一周忌
誰が考えたのか二月十四日・バレンタインデーのお返しとして三月十四日ホワイトデーを設けるなんて、世間ではマシュマロやキャンディを彼女に渡すと云う事の用でして、残念ながら俺にはバレンタインデーに貰っていないので贈ると云う事も無かった。
でも、そんな中、梶ちゃんの様子が変な事に俺は気づいてしまった?暦を見ては何か考えているのが分かるのだった。
「関矢君、土曜日に私と行ってほしい所があるんだけど、この子も連れて一緒に、あっでも関矢君は車の中で待って居れば良いだけで、侑希の面倒を見て欲しいの」
「土曜日なら空いてるから別に良いよ、何処に行くの?近所なの」
「うぅ~ん府見地区なんだけど、私も良く道は分からないし、其れにまだ一回しか行った事が無いから」
この時にはまだ想像が出来なかった、何故、梶ちゃんが不安がっていたのか?原因は?俺には何も分からないでいた。
けれど、その結果は的中し最悪な物であったし、想像を逸していた。
田圃の前にある家の下の道沿いに車を止めると、梶ちゃんは無言のまま一人で車を降りて、家に入る坂道を上がっていく。
俺は侑希ちゃんと車の中で待っていたが、侑希ちゃんがおとなしく寝ているので俺一人車の窓を開けたまま降りて、まだ畝っていない田圃をぼんやりと見つめていた。
「あんた、何しに来た。仏壇の中の息子には線香あげさせねぇぞ、あんたと遊んでいねぇべば息子はあんな目に合わずに済んだっぺよ。あんたが家の侑一を誘惑しなければ死なずに済んだはずなのに、なに、のこのこのとあんただけが生き延びて。家の息子を返せ。だから俺は反対したんだ」
「お父ちゃん、もう許してやんなよ。この人だって只隣さ座っていただけなんだから悪いとこ何てねえべ、勘弁してやんなよ。悪気があって二人して出かけた訳じゃあんめよ、侑一はこの人に結婚申し込んだと言ってたんだから。この人責めたってもう侑一は帰ってこないんだよ」
「フン、母ちゃんは侑一が可哀想だと思って居ねえのか。この女が誘惑して居なければ侑一だって死なずに済んだはずなのに。結婚申し込んだのかだって怪しいもんだわ」
「梶谷さん、申し訳ないんだけど、もう家には来ないでおくれ。あんたと侑一とはもう関係ないんだから。其れに侑一は死んでもういないし、来なくていいから」
外にまで聞こえる罵声、多分侑希ちゃんのパパの家族の声なんだろう。
何で梶ちゃんが怒られているのかは分からないが、確か夜に帰りに貰い事故に遭って彼は亡くなってしまったと聞いているけれど・・・・・。
「あのぉ、梶谷さんの関係者の方ですか、私は高畑侑一の姉の和子と云います。初めまして」
「アッこちらこそ初めまして、私は関矢浩史と云いまして、梶谷さんの家の大家をしている者で、小さなお子さんが居るのでお願いされて、下で待って居るんです」
「梶谷さんに小さな赤ちゃんが居るって、いつ産まれたんですか、まさか家の侑一の子じゃないですよね」
「私にはよく分かりませんが、何でも昨年の三月に交通事故で亡くなられた方がこの子の父親だという話を聞いておりますが、私は昨年の八月にこちらに帰ってきましたのでその辺の事情についてはよく分かりません」
「この子の名前は何と云うのでしょう、差し支えなければ教えてくださいませんか」
「人偏に有限の有で{ゆ}、其れに希と云う字で{き}、侑希{ゆき}、侑希ちゃんです。産まれた時は確か二千五百四十グラムでしたが今では四千グラムくらいあるのではないでしょうか、ミルク100㍉㍑をあっと言う間に飲んでしまうそうですよ。梶谷さんも一人でこの子を育てて頑張っています」
「そうなんですか、でもこの子が家の侑一の子かなんて証明できませんよね?話だけじゃ分かんないでしょう」
「そうですね!DNA鑑定をすれば分かるとは思いますが、聞いた話ではあまりに小さいとDNAが不安定だという事を聞いていますが、其れでも親子ならばハッキリと分かるとは思いますよ。臍の緒とか髪の毛なんか有れば分かり易いんじゃないでしょうか。ご希望ならば私の友人で鑑定が出来る会社に勤めている者がいますので頼むことはできますが、、臍の緒とかってありますか」
「探してみます、お父ちゃんの話を聞いてると梶谷さんが可哀想で、罪はないのに。後継ぎだからってお父ちゃんは侑一を可愛がっていたから当たり散らしているんだわ。でもこの子がいると知ればきっとお父ちゃんも変わると思う。関矢さん協力してもらえないでしょうか」
「私は構いませんが、もし見つかるようであれば連絡くだされば、侑希ちゃんのは髪の毛だとか爪だとか色々有りますので問題は無いはずです」
「其れと家のお墓は、この先の右の上に御寺さんがあって、其処の住職さんに声を掛けて頂ければ分かるようにして於きますから、梶谷さんが戻ってきたら行ってください。必ず電話させて頂きますので宜しくお願いします」
「分かりました。私も出来るだけの協力はさせて頂きますのでご安心ください」
暫くして静かになると、坂道を梶ちゃんが頭を垂れたまま、目にハンカチを押し当てて降りてくるのが見える。
高畑さんのお姉さんは梶ちゃんの姿を捉えると、足早に坂道を上がって家に入ってしまった。
「梶ちゃん大丈夫、侑希ちゃんはおとなしく寝ていたよ。この家が侑希ちゃんのお父さんの家なんだね。教えてくれれば良いのに、俺に気を使わないで良いよ。俺は何とも思っていないから。さっき、お姉さんという人が来てお墓のある場所を教えてくれたんだ、お寺に電話をしておいてくれると言ってたから、侑希ちゃんを会わせてあげようよ。きっと会いたいと思ってるはずだよ」
「うん、そうだね。私も逢わせてあげたいの、でも、お父さんからお線香あげるのを許してもらえなかった。・・・・私ね、関矢君に話していないことが有るんだ、ごめんね。侑希の事なんだけど、侑希の名前の一字ね・・・実は関矢君にお願いした時に話しておけば良かったんだけど、侑希の侑の字は彼の名前だったんだ、どうしても彼の字を付けて上げたくてさぁ、でも、名付け親をお願いして本当にごめん。怒っても良いよ、私が悪いんだから」
「何で謝るの、謝る必要なんてないよ。さっきね、お姉さんから名前の字の事聞いたんだよ。そしたらさぁお姉さん凄く喜んでたよ。梶ちゃんは、侑希ちゃんのお母さんとして、侑希ちゃんの事を考えて彼の名前を付けて上げたかったんだよね。其れは親として当然の事だと思うよ。だから謝らないで。さっきお姉さんが何とかお父さんと仲直りしてもらってこの子を逢わせたいって、其れでこれから方法を考えるからって言ってたよ、だから梶ちゃんは今まで通りに頑張って欲しいんだ」
「関矢君、本当にずるいんだから、そんなに優しくされたら私また泣いちゃいそう。でも何でお姉さんと話が出来たの?」
「あぁその事ね、きっと不審者だと思ったんじゃないの((笑))、不審者が家の下にいて、赤ん坊が居てさ、きっと誘拐犯なんて思ってたりして」
「あははは、そうかもね。でもこんなお人好しさんの誘拐犯はいないわよ。あはは、お可笑しい・・・有難う、元気くれて」
それから俺と梶ちゃんはお姉さんに言われた通りに車を走らせてお寺に着くと、若い住職が迎えてくれた。
なんでも彼の先輩にあたるのだとか、梶ちゃんは侑希ちゃんを抱っこして住職と共にお墓に向かっていく。
俺は手桶に水を入れ墓前に飾る花束を抱えて急いで付いて行った。
俺の親父やお袋の眠るお墓よりも立派なお墓の前で立ち止まる住職と梶ちゃん、俺は侑希ちゃんを預かると梶ちゃんは花を飾り、お線香をあげては墓石に水を掛けて手を合わせている。
俺の手から侑希ちゃんを受け取ると侑希ちゃんを墓前に連れて行き、何やら話しているようだったが俺には聞こえなかった。
俺にはこれ以上は入れないこと、いや、入ってはいけないことくらいは俺にでも分かるつもりだ。
俺は手桶を片付けながら一人車に戻ったけれど、梶ちゃんは中々お墓から離れようとしなかった、其れだけ彼への思いが強いのだろうと俺は思った。
侑希ちゃんのオムツが汚れたのとミルクの時間でもあったので、住職に庫裏の離れを借りて梶ちゃんはミルクを上げている。
もはや俺には入る余地もないし、口を出すことも憚れるようでただ黙って参道を見つめていた。
「関矢くん、私の用事も終わったから家に戻りましょう。侑希が眠そうだから私も後ろに乗っていくね、其れから帰りにスーパーに寄って買い物して行って良いかなぁ」
「梶ちゃんも疲れただろう、二人で後ろで寝ていて良いよ、スーパーに着いたら起こすから」
俺も梶ちゃんもその後はしゃべらずに黙って居ると、後ろの席でチャイルドシートに寄りかかりながら寝ている姿がバックミラー越しに見えた。
今日の事で、前日より気を張っていたようで疲れが出たのかも知れない、でも、彼のお墓にお線香と花を供える事が出来たのは梶ちゃんにとっては夢が叶ったのではないだろうか。
しかし、この時から少し梶ちゃんと俺との間に少し隙間が出来たような感じがして・・・・・彼に嫉妬してるのかなぁ。
とは言え、とてもあのお墓の前では俺の入る余地も無かったし、どのように声を掛けて良いのかも分からなかった。
スーパーで買い物をしてからも殆ど会話をする事もなく、ただ黙って夕飯造りを二人してやっている。
今までは賑やかにいろんな話を楽しんでいたけれど、今日はとても二人共そのような気にはなれなかった。
梶ちゃんは一人で侑希ちゃんを風呂に入れている。
今までは俺が手伝っていたのにと思いながら俺は台所の洗い物を一人で行い、春の彼岸に合わせて明日行う一族のお墓の掃除の準備をしている。
何と言うか気まずい雰囲気なんだけれど、俺には少し寂しいと云うかあの時からの隙間風が今二人の間に吹いているのだ。
お互いに目が合うと何故か不自然に逸らしてしまう、「何なんだこれは」はと心の中で叫んでも俺は梶ちゃんには何も言えないでいた。
俺が風呂に入っていると洗面所の扉の外から梶ちゃんの声が聞こえた。
「関矢君先に部屋に戻るね。今日はありがとう、御休み」
「あっ梶ちゃんこっちこそ、其れで明日の朝は朝食いらないから、多分、遅くまで寝てると思う。秋江叔母さんが来る頃には起きるので心配しないで」
梶ちゃんは何も言わないでそのまま侑希ちゃんがいる部屋に戻ったみたいだった。
今まで俺に断ってから寝るなんて事はなかったのに?今日は亡くなった彼への思いと共に侑希ちゃんと一緒に寝るのだろう、そう思いながら俺は湯船の中に顔を沈めていた。
俺は冷蔵庫からビールを取り出し、パソコンの前で仲間とネット飲み会をしながら情報交換して寝たが、どうやら飲み過ぎたみたいだった。
秋江叔母さんに起こされるまで俺は起きる事が出来なくて、それどころか頭がズキズキして久しぶりに二日酔い状態で朝・・いやもうお昼近くで叔母さんに怒られてしまった。
「浩ちゃん時間だよ~、起きてる~。何時だと思ってんの~、起きてぇ~」
「うぅ~ん、えっなに?うわっまずい、今おきるから待っててぇ~」
俺は急いで飛び起きて雨戸を開けると庭には秋江叔母さんと叔父さん辰婆さん、そして梶ちゃんが侑希ちゃんを抱っこしているのが目に飛び込んできた。
慌てて着替える俺、全部縁側から丸見えである事なんか忘れて・・頭ズキズキでフラフラしながら顔を洗って水を飲み干して庭に出て行った。
「うあわぁ酒臭え、なんだ浩史、いつまで飲んでいたんだ。それにこの書類の山は何だ。そんなに忙しいのか」
「ホントだよ浩ちゃん、飲みながら仕事したって捗んなないんじゃないの。体壊さないでよ」
「いやぁ、ネット会議の後に飲み会に代わってしまったから、彼らに合わせてつい飲みすぎちゃった」
其れでも、叔父さんや叔母さん達と共にフラフラしながら畑道を歩き山に入っていく俺、リヤカーに水を入れたポリタンクに載せて、やっと墓の入り口にこれから先の山道を登ると先にはお袋や親父が眠っている墓がある。
この時期の墓掃除は、秋の彼岸の後に落ちた木々の葉の除去や墓石に付いた土などを洗い流すことが目的なので水が大量に必要で、都会の墓苑とは違い此処には水は出ないのだ。
「浩ちゃんどうしたの・・なんかあったの。普段そんなに飲まないと純ちゃんから聞いているよ。叔母ちゃんと叔父ちゃんの前で正直に話してみなよ」」
「何言ってんの、何もないよ、叔母さんこそ勘違いだよ。昨日は仲間とネットでの飲み会があって飲み過ぎただけだよ」
「ふぅ~ん?違うわね、これは。昨日行って来たんでしょ、侑希ちゃんのパパの家に・・・・どうだったの。前に聞いた話だと凄い剣幕で美由紀ちゃん怒られたとか言ってたけど、逆恨みも良い所だよ。だって美由紀ちゃんは助手席に乗っていただけで悪いとこなんて無いんだろ」
「いやぁ、昨日も下で待ってたけど同じように怒られた見たいだよ。でも、侑希ちゃんのパパのお姉さんという人が俺の所に来てさ、侑希ちゃんの名前の事やお墓の事を教えてくれたんだよ。
ただ、俺は侑希ちゃんの名前の一字がパパから取ったなんて知らなくてさぁ、昨日初めて知ったんだ。其れでお墓に行って。侑希ちゃんと梶ちゃんでお参りをしてきて・・・俺は何も言えなかったし聞けなかったよ」
「成るほどね、侑希ちゃんの一字はパパの字だったんだ。其れは普通じゃないの!浩ちゃんだって小父ちゃんの名前から付けられたんだし、ねぇ。ははぁ~ん、浩ちゃんヤキモチ焼いてんだぁ、侑希ちゃんのパパに!もう亡くなっていないんだよ、其れなのに全くしょうがないわね」
「そんな事はないよ・・多分、でもそうなのかなぁ、何か昨夜から梶ちゃんの態度がヨソヨソしく感じゃってさぁ、あまり話していないんだよね。なんか話づらくて」
「それは浩ちゃんが悪い。梶ちゃんは普通だったよ、多分、浩ちゃんが知らない間に彼に遠慮しているから、美由紀ちゃんもそれに気が付いて困ってんじゃないの。ちゃんと今まで通りに接してあげる事が美由紀ちゃんのためになるから、しっかりしなさい」
「分かったよ、叔母さんには敵わないな。だけど、梶ちゃんの事何とかならないかなぁ!」
「そうだね、可哀想だから何とかしてあげないとね。浩ちゃんは梶ちゃんや侑希ちゃんが好きなんだろうから考えて上げなさい」
「叔母さん何言ってんの一言多いよ、でも、少し考えてみるよ。叔母さん、有難うね」
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