第二十六話 新しい息吹・・・・・雛祭り(2)





 関矢家には純姉さんしか女性はいなかった訳で、其れでも口から生まれたのか!と云うほどよく叱るか喋るかだったけど、此れだけ女性が集まると圧倒される。

 此処で迂闊なことを言ってしまったら・・と思うだけで俺は背中から冷たい汗が流れ出てきてしまった、怖い怖い。


 金曜日、俺が帰ってきた時には秋江叔母さんや純姉さんがもう家に来ていて、姪の恵ちゃんが侑希ちゃんの世話をしている。

 美咲ちゃんと梶ちゃんは辰婆さんの指導の下で三色菱餅造りと丸餅造をしている、俺も手伝おうかと思っていると手の平で払われてしまった、何この扱い((笑))


 いつまでも汚れた服装でいる訳にも行かないし、侑希ちゃんを恵ちゃんに何時までも預ける訳にも行かない、うぅ~ん困ったぞ?

 俺は梶ちゃんを手招きして、どうしたものか話してみた


(あのさぁ、俺先に風呂入っていいかなぁ。ちょっと汚れたままではいけないような雰囲気だからさ)


(ああぁっそうね、どうぞどうぞ。別に大家さんなんだから私に断らなくても良いんじゃないの。先に入っていいですよ。私の事は気にしなくても大丈夫だから)


(うわっなにその冷たい言い方((笑))、其れで侑希ちゃんはお風呂入れたの?入れていないのなら俺が風呂から出たら入れてやるけど)


(本当!お願いしちゃっていいかなぁ、着替えは用意して有るんだけど。其れじゃ、ついでにお風呂から出たらミルクも上げて欲しいんだ。時間ちょっと過ぎているからお腹もすいてるかも、百で良いから飲ませてくれる。足りなかったらオッパイ後で上げるから・・・お願いできるかなぁ)


(わかった、良いよ。其れじゃ、恵ちゃんに準備出来てる着替えとおむつとおむつカバーを持ってきて貰う事にするから)


「ウッフン!もしもし、其処のお二人さん。二人でコソコソ内緒話しなくても良いわよ。みんな聞こえてんだから、もっと普通に話しなさいよ。何を今更ヒソヒソ話してんだろうね?そう思いますよね、皆さん」


「そうよ、浩史も梶ちゃんも美咲ちゃんの言う通りよ。聞いちゃいけないような感じでさぁ、聞いてるこっちが恥ずかしくなるわよ((笑))」


「いやっ別にそのぉ変なこと話していた訳じゃないし、ねぇ梶ちゃん」


「そっそうですよ、いやだなぁ皆さん聞いてたんですか」


「何二人して顔を赤くしてんの。本当にこの二人はいい年をしてまだ高校生みたいなんだから、今どきの高校生だってそんなに赤くなったりしないわよ」


 シドロモドロしてる俺達、別に聞こえても恥ずかしいことを言ってる訳じゃないけれど、ちょっと気を利かしたつもりだったのが梶ちゃんに迷惑を掛けちゃったみたいだった。

 まさか、美咲ちゃんや皆に聞かれていたとは思いもしなかったけれど、正直な話ちょっと俺は穴があったら入りたい。


 俺は自分の体をさっさと洗い、着替えてから侑希ちゃんの用意を恵ちゃんに頼み、洗面所で侑希ちゃんの風呂の準備をしていく。

 洗面所にある侑希ちゃん用と云うか洗濯物を畳む時に使用するテーブルに、二つ折りしたバスタオルを敷き、半分にガーゼの肌着とおむつをセットして、片側にガーゼタオルを広げておく。


 ミルクも一肌に冷まして用意して置いてっと、準備も出来たので恵ちゃんを呼んで侑希ちゃんをお風呂に入れていく。


「うわっ、おじちゃん、侑希ちゃん動いてるよぉ大丈夫なの?・・侑希ちゃん良い子ですから泣かないんだよぉ」


「おっ恵ちゃん有難う。侑希ちゃんに良い子にって、いっぱい声かけて上げてね。ほらほら侑希ちゃんもうすぐ終わりますからねぇ。ほぅら綺麗になったよ、気持ち良かったねぇ」


 バスタブの中で両足を動かしながら喜んで(多分)いるような侑希ちゃんをさっさと洗い、軽く拭き取ってはバスタオルの上へと運んで拭き上げ着替えさせていく。

 何度も行っているこの作業、病院で教わったあの講習が身に付いて、今ではしっかり手際よく行えるようになってしまった。


「おじちゃん凄~い、あっというまに着替えさせちゃったね。オムツ交換なんかすごく早いんだもん、おじちゃんは侑希ちゃんのパパみたいだね」


 いや~!そんなこと恵ちゃんに言われてもって俺はパパじゃないし単なる大家ですよ、忘れないでね。

 そんな事を言っても恵ちゃんに無理か!・・なんて思いながら侑希ちゃんを抱っこしてミルクを飲ませている俺だった。


 俺が侑希ちゃんにお風呂に入れたり着替えさせてミルクを上げている姿を皆にしっかりと見らている事を忘れ、ホッとして顔を上げたら皆の目が俺に集中してる!うわぁ~なにこれ。


「なに、何!皆して俺見てんの。早くさっさと終わらしてよ、本当に。俺は今日はまだ大事な仕事が残ってんだから頼むよぉ。ねぇ侑希ちゃん、侑希ちゃんもママの所に行きたいですよねぇ」


「あぁあ駄目だわこれ、家のパパとおんなじ顔してるもん。恵を甘やかしてる時に隆さんもこんな顔するんだよね、鼻の下延ばしてさ。男の人って本当に娘にべったりだから、娘もパパにべったりでさ本当に嫌んなっちゃう。美咲ちゃんも気を付けてね」



 俺はこの日の夜のネットミーティングで、これからの世界の脱炭素化に向けての動きに、どのように我が社として対応していくかを新年度に向けて役員に提出する事になって、それぞれの考えを俺が纏める事になってしまった。

 営業所の仕事も今月までに棚卸やら今まで起こったことのレポート提出などが山積み状態で、あぁあ今月は忙しくなりそうだと思った。


 翌日には雛祭りの為にスミレ会員が集まっては同じように今後の事などについて話しているが、子供達には難しいようで外に出て遊び始めている。


「おじちゃん、またバドミントンやろうよ。でも、おじちゃん弱いからなぁ」


「あははは!言ったなぁ、今度は負けないぞぅ。よし、今出してやるから皆でやろうか」


 何て言いながらまた始めてしまった俺だが、結果はお正月と同じ最悪で小娘共の策略に罹っては顔を真っ黒にして、皆の笑いを誘ってしまった。


「おじちゃんやっぱり弱いぃ!あはははは、面白い顔してるよ。美由紀さん見て見てぇ、おじちゃんの顔真っ黒になっちゃったぁ」


「またぁ、関矢君って本当に子供達と遊ぶの好きなんだから、真っ黒だね。お姉ちゃんたち関矢君弱いんだから手加減してやってぇ、侑希ちゃんがビックリしちゃうからね」


「はぁ~い、おじちゃん手加減してやるから顔を綺麗にしたらまたやろうよぅ」


「分かったわかった、今度は墨なしでやろうなぁ。おじちゃん、また顔洗うの御免だから」


 毎日が楽しい、本当にこれで良いのだろうか?って思うのは俺だけだろうか。  

 それでも俺には日々の楽しさとは裏腹にこれ以上は入ってはいけないと云うか、線引きが難しくなっているのだ。


 俺にはどうしても自分が許されない所もあるし、また人の幸せは祝ってあげる事を出来るが俺には祝ってもらえる人間ではない、俺は過失とは言え人を殺してしまっている、其れを背負っていかなければならないんだ。

 同期の黒沢の小父さんや小母さんがたとえ許してくれても、あの黒沢が帰ってくるわけではない、あの屈託のない笑顔を俺は・・・俺のせいで奪ってしまった事に変わりはないのだから。


 土曜日で雛祭りは終わり、日曜の朝にはもう片付けが始まっていた、何でも遅くまで出していると娘がお嫁に行かなくってしまうという迷信が有るらしい。

 だから、梶ちゃんも美咲ちゃん、近所の小娘共も朝早くに来て片付けをしている。


「ねぇお姉ちゃん、侑希ちゃんの事だけどさぁ関矢さんに話してあるよね。一昨日お風呂に入れていた時にフト思ったんだよね」


「うぅんまだ言っていないよ。言えないんだよね、まだ片付いていないから。今度、高畑君の家に行ってこようと思って、一周忌だからお線香あげさせてもらおうと思ってるんだけど、でも・・・たぶん無理かなぁ。家に上げて貰えないかもね」


「そうなんだ、でも一人で行けないよね。侑希ちゃん居るし。関矢さんに連れて行ってもらったら。家に上がらなくても車の中で待っていてもらえば侑希ちゃんも安心だしさ」


「そうだね、お願いしてみる・・・でも高畑君の事は関矢君にあまり頼りたくないなぁって・・・・お姉ちゃんってずるい女だよね」


「そんな事ないよ、お姉ちゃんはもう自分を許して、もっと関矢さんに甘えて良いんじゃないの。関矢さんもだけど」


 もうすぐ梶ちゃんの元カレで、侑希ちゃんのパパの一周忌が来ることを俺は知らなかった。

 まして、病院での揉め事なんて聞いていなかったし、梶ちゃんも俺と同じように背負っていたことを後で知ったのだった。




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