第二十四話 新しい息吹・・・・・御 七 夜


 里川の黒羽橋近くの堤防下に車を止めて車を降り、川沿いを歩いていると氷(シガ)の下をクチボソやウグイの子供が泳いでいるのが見えた。

 地方によっては呼び方も違うようだけど、この辺では川の水が凍ったのを氷(シガ)こと呼んでいる、いや呼んでいたと言ったほうが良いのかも知れない、最近このような言葉聞かない。


 童謡の「どじょっこふなっこ」の歌詞の中で歌われているので知っている人もいるかも知れないが、年甲斐もなくこの童謡を口ずさんでいる俺がいる


 ♪はるになれば しがこも解けて どじょっこだのふなっこだの 夜が明けたと思うべな♬                (東北地方わらべうた・岡本敏明作曲)


 多分、東北地方の方言なのかもしれないが関東以北でも普通に呼んでいたし、・・最近はTVなどの影響も有ってこの地区では呼んでいるかどうかは俺には分からない。

 ただ、すぐには家に帰りたくない俺が居て、河原で平たい石を拾っては川面に向けて石を投げ、遠くまで水面を跳ねさせては何度も投げて遊んでいた。


「梶谷さん、浩史の事でちょっといいかな。さっき、純から浩史の事をどうしようかと云われて、梶谷さんは浩史が保護観察処分を受けていたことを知らないんだよね」


「えっ、保護観察処分って?・・・・関矢君何か悪い事をしたんですか、私は何も聞いていないです」


「実は浩史は高校三年生の時に、交通事故を起こしてそれも死傷事故でさ、その前にバイクでスピード違反なんかも有って裁判での心証が悪くて、家裁で少年院送致もあり得るかもって言われていたんだよ。だけど、知っての通りお袋や親父も公務員を止めてさ、此れも裁判官からもっと自分の子供を見なさいと言われたからなんだけど、浩史も共通一次が受かってたんだけど大学進学を諦めて、専門学校へ進路を変えたんだ。そして東京へ行ってから審判が下って、収監は免れて五年間の保護観察処分が出たって訳で。浩史はさ、一生懸命勉強しながらアルバイトをして、亡くなった同級生の家族へ毎月五万円?だったと思うけど送金し続け、親父の所にも毎月五万円な。そして、実家から送金した金は一切使わずに返金してきて、自分の働いた金で学校を卒業したんだよ。寝る時間は二~三時間くらいしかなかった見たいだよ、アルバイトを三つだか四つ掛け持ちし続けて、寝る間も惜しんで勉強して今の会社に入って。当時の担当部長、今の社長に可愛がられてさ。入社一年目はアルバイトが許されて、其れでもギリギリの生活をしてたんだよ。確か入社してからは毎月十万円を相手に送ってたはずだよ」


「そうだったんですか、そんなことが有ったんですね。私は何にも知らなくて」


「いや知らなくていいんだよ、俺たち家族の問題だから。でも今は、こうして同じ屋根の下で暮らしてもらっているから知っていてもらいたいんだ。実は保護観察は三年目で処分が解けたんだけど、これは会社からの情状酌量の願いと身元保証人として受け入れているとの事が有って、それで浩史は各地の支社へ武者修行と云うか長期出張を五年間、其れも休む日も無く。でも、その御陰でお金の心配がなくなり、少しは経済的に安定したんじゃないのかな。ただ、東北支社で可愛がってくれた主任さんと同期を、目の前に発生した土石流で亡くして、その後に救助隊員がまた事故に遭って亡くなり、あいつは精神的に参ってしまった事があるんだよ。所謂PTSD(心的外傷)ってやつで、ほら、昨年秋に有ったあの崩落事故の時も、連絡が遅れたのは怖さで体の震えが止まらなかったんだと思う。浩史は人の前では気丈に振舞えるけど一人になった途端に襲われるんだそうだ。だからあの夜は俺と一緒に寝たんだが、随分魘されていたな。けれど、だいぶ良くなったようで朝はすっきりしていたからな、強くなったんだと思う」


「普段は全くその様な所が見えないですよね、でも、亡くなった方とはもう十五年を過ぎていますがまだ続けてるんですか」


「あいつの中ではまだ終わっていないんだと思う。十三回忌の時に親父と俺たち兄姉弟も呼ばれて、向こうの親父さんから言われたんだ、「もう送金はしないで欲しい、俺たちに金を送ってもらっても息子は帰ってこないし、それにもう十三回忌だ。俺達も年だからもう忘れる事にする。関矢君も忘れてもう自分を楽にしてくれ、頼むから自分を責めないでくれ、息子のためにも結婚して幸せになって子供を息子に見せてくれ、頼む・・・」って言われたけど、浩史は未だに自分を責め続けているんだよ。そして、今日はその友達が亡くなった命日なんだ」


「関矢君は何時も前ばっかり見てる人だと思っていたけれど、他人にはすごっく優しくて、その分自分には厳しくて・・・でも楽になって欲しい」


「そうだね、俺や純が言うのもなんだけど、梶谷さんといる時の浩史の顔は凄く楽しそうで、特に侑希ちゃんの顔を見ている時に彼奴泣きそうな顔をするだろう。多分、本当に愛おしくてしょうがないんだろうね。彼奴にあんな顔が出来るんだって思うほど浩史が可哀想に見えるんだよ」


「美由紀ちゃん本当よ、浩史の子供の時の顔を見て居るみたいでさ、私達も嬉しくなんの。あんな浩史だけれど、今日の事もあるけど今まで通りにして欲しいんだ」


「可哀想な関矢君、でも私も同じかなぁ、この子の父親のお義父さんからかなり言われちゃってるからね。私もかなり凹んだんですよ、でもこの子がいるからって思い留まる事も出来たけど・・・・優しすぎるんだよね、きっと」


「でも梶ちゃんの場合は貰い事故の被害者同士だけど、浩史の場合は加害者側だから尚更ね。だから私たち兄姉にも気を使って、いろんな意味でいつも外に出て中には入ろうとしないのよ。入っちゃいけないと思ってるみたいでさ、こっちが泣きたくなる時だってあるくらいなんだよ」


「あぁそうだな、弟なのに・・・小さかった時みたいに甘えて欲しいよ、殻に閉じこもっちゃてるからな彼奴は。でも侑希ちゃんの顔を見てる時の彼奴は、本当に許されるんだろうな自分を」



 俺は河原で数十分だったけど石遊びをしてから車に戻り、家路へと帰ってきた。

 家には兄夫婦や姉夫婦、美咲ちゃん夫婦、護さん夫婦、秋江叔母さん夫婦も集まっていて、俺の帰りを待っていたようだ。


 梶ちゃんの部屋の入口には侑希ちゃんの名前を書いた命名式の時の紙が貼られていて、本当は梶ちゃん達の部屋に張ってあるのだけれど、今日だけは皆に見られるようにとしたらしい。

 梶谷家も兄妹だけになってしまっている為に、秋江叔母さんが皆で祝ってやろうと云う事になり、今回の祝いを主催したのだ。


 裕子義姉さんと純姉さん、そして秋江叔母さんがこの地区のしきたりを美咲ちゃんや梶ちゃんに教えながら祝い膳を造ったそうだ。


 鯛は武蔵魚屋さんに焼いてもらい、御赤飯は秋江叔母さんが前日から水に着けていたもち米を梶ちゃんと美咲ちゃんが蒸して作ったらしい。

 煮物は純姉さんと裕子義姉さん、そしてケーキ類は護さんの奥さんが作ってきた。


 こんなに皆が協力をして侑希ちゃんの誕生を祝ってやる事が出来る、しかし、俺にはとても眩しくて中々入れない雰囲気になっているのだ。

 侑希ちゃんがこの世に生を受けてからもう二十日目が過ぎ、あっという間の時間の経ち方に驚くと共に、毎日見ていても僅かであるが大きくなって来てるのだから成長の速さには感慨深いものがある。


「浩史、何ぼ~っとしてる、早く来い。お前の座る所は侑希ちゃんの隣でどうだ、毎日休みには風呂入れてあげてんだろう、可愛いよなぁ。お前もこういう感じだったよ、俺たちにとってわな。だから、もう忘れろ。お前はお前の生き方をしていけば良いんだ」


「そうだよ、浩史、今日は侑希ちゃんのちょっと遅れたけれど、侑希ちゃんの御七夜祝い、あんたも祝ってあげなさい。いつも蚊帳の外見たいな所に居るんだから、今日はあんたの御七夜でもあるんだからね」


 あっははは((笑))((笑))


「本当に今日は私の妹である美由紀達のためにこうして祝ってくれて有難うございます。父と母が亡くなってからこのような席を設ける事が無くなってしまい、兄妹の絆を改めて知る事が出来ました。中・高校の時の同級生であった関矢君に、昨年の夏に偶然出会わなければこのような関係が気付けなかったでしょう。本当に兄妹ともに感謝してます」


「なに畏まってるんですか、本当は家の浩史がもっとしっかりしてれば問題は無かったんだけどねぇ、なぁ浩史。これからどうなるのか分かりませんが、我々はずっと長い目で見てきましょうか」


「そうですね、分かりませんね。家の美由紀もしっかりしてるようでちょっと頼りない所も有りますし、勘が鈍い所も有るようですから長い目で見てください。お願いします」


「ちょと、兄さんたち何勝手な事言ってんの。今日の主役は侑希ちゃんですよ、其れなのに・・・ねぇ、お姉ちゃんも何か言いなさいよ。頑張りますとか、期待して下さいとかあるでしょ。関矢さんもですよ、皆、其処を期待してるんですからね」


 わぁっはははは((笑))((笑))


 何て、俺達の事なんか考えもしないで不思議な同盟がまたここに出来たようで、主役の侑希ちゃんをもっと祝ってやれよって、心の中で思っている俺でした。


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