第二十二話 新しい息吹・・・・・命 名

 




赤ちゃんが産まれてから四日後、梶ちゃんと赤ちゃんが俺の間借り家に帰ってきた。

白い御包みに包まれた小さな女の子が梶ちゃんの両腕の中で静かに寝ている、時々小さな口を開けてはモグモグと口元を動かしては両腕を動かしている・・可愛い姿なのだ。


家に集まった近所の人達に囲まれながら、この小さな女の子はミルクが欲しいのだろうか?それともまだ眠いのだろうか?等と思いながら、皆が静かに見守っている。

新しい家族、梶ちゃんの娘であり名前がまだ決まっていない小さな小さな女の子、俺にとってこの小さな女の子が俺の心を変えてくれるとはこの時にはまだ分からなかった。

 

この子のために集まってくる地区の人達も新しい家族との考えで来てくれて居る。


「浩史ん所の赤ん坊が生まれたんだって、どれ婆さんにも見せくんめぇか、よっこらしょ、と。あんたが浩史の嫁さんか・・あっ違うのけぇ、まだ結婚してなかったかぁ悪りい悪りぃ。ガハハハハどれどれ可愛いなぁ、よぼよぼ婆さんも長生きして良かったよこんな可愛いの見られたんだからなぁ。あんたも良い仕事したなぁ、だけんどこれからが大変だぞ、しっかりとやんないとな。だけんど、困った時には皆が力になってやっから心配すんな、なぁ辰婆さん」


「うんだよぉ、しず婆さんの言う通りだぞ心配すんなって。みんなあんたの事を知ってんだし力になっから大丈夫だ、気兼ねなんかすんな。ただちょっと節介なとこがあっけどな、そこん所は我慢だなや。もし浩史が悪んさしたらお連とこさ来たらいいべ、おれが怒ってやっから大丈夫だぞ。浩史、ちゃんと見てやれよ、ちゃんとやんねえとばあさん達が許さねぇがんな」


まだ名前が決まっていないのに近所のおばさんやお婆さんまでが集まって、俺の子供じゃないのに何回も念を押しては皆喜んで帰っていく。

正月に羽根つきをした小・中学生のガキンチョ共も、高校生のお姉ちゃんを連れて来ては赤ちゃんの顔を見ては梶ちゃんがオッパイを上げている所を見て喜んでいたようだ。


秋江叔母さんは忙しそうに来る人達と赤ちゃんが顔を寄せあったり、。のぞき込んでいる姿をカメラに収めていく。

しかし?・・・来る人たちは皆女性で男衆たちは来ていない、居るのは俺と秀樹兄さんくらいだろう。


「今日集まっているのはスミレ会の人達だかんね、ご祝儀だってスミレ会の決まりで赤ちゃんが生まれた家に一軒千円ってなってんだよ、御返しだってこの写真と赤ん坊の名前の熨斗手ぬぐい一枚と飴ちゃん少しで、最近は小さな袋に入っている金平糖が安くて喜ばれんだわ、其れを配ってかな!」


「スミレ会がまだ婦人会だった頃はさ、一軒三千円でお返しもちょっと大変だったんだけど、家のおばあさんがスミレ会にしてからあまりお金を掛けないように、そして小学生高学年の女の子から入れるようにしてから、子供たちに勉強を教えたり、裁縫を教えたり、私は洋裁学校出ているから結婚してこの地区を出たのに今でもスミレ会の先生をやってるのよ。ねえ秋江叔母さん」


「そうだよ、純ちゃんも頑張ってくれているしさ、佐川田さんの奥さんだって料理やお菓子造りが上手で子供たちに教えているんだわ。それでこの地区のおばあさん達にも来てもらって、伝統料理だとか言い伝えなんかも私達や子供達にも伝えるようになったのよ。今まで知らなかったことも身近になって、此れも亡くなった浩ちゃんや純ちゃんのお母さんの御陰なのよ」


「へぇそうなんですか。私もそのスミレ会には入れるんですか?と言っても私にその資格が有るのかな、でも楽しそうですね」


「資格なんて女であれば誰だって入れるし、梶谷さんは、名前は美由紀さんだったけ、この近所は皆ちゃん付けで呼んでっから美由紀ちゃんで良いよね、美由紀ちゃんは子供たちに人気があっから大歓迎だよ。子育ては一人ですっとイライラしたりする時もあっから、そういう時には私達が力になっからね。皆大ベテランばっかりだから遠慮しないで良いから」


「梶ちゃん良かったね、赤ちゃんが口を動かしているからきっとミルクだよ。浩史は見ないでください。土間に行って頂戴ね」



俺は、梶ちゃんがオッパイを上げている所は見ていないし、まさか見る訳には行かないので、ずっと薪ストーブに薪をくべ乍ら集まってくる人達にお茶やジュースを出す役目に徹していた。

皆が帰れば静かになるこの家、梶ちゃんも帰って来てからずっと来る人の相手をしてさすがに疲れたようで、其れでも台所に立とうとするけれど体は動かないようだった。


純姉さんが、「この地区の人は皆一日で挨拶を済ませようとするから嫁さんは本当に大変なんだわ、でも明日からすっかりと落ち着くから大丈夫よ」って慰めているのか労っているのか、もはやどうでも良かった気もする。

純姉さんから今晩の夜食は隆義兄さんがスーパーで寿司を買ってくるからお茶だけあればよいとの事で、其れよりこの子をお風呂に入れなくっちゃって誰が入浴させるの?純姉さんがお風呂場にベビーバスをセットして?洗面所に着替えさせるための小さなテーブルをセットして??準備を始めたけれど、どうすんの!。


「浩史君はちゃんと教わったのよね、お風呂の入れ方。早速、今日からやってもらうからね。家にいる時や、早く帰って来た時にはやってあげるのよ」


「えぇっ俺がやるの、だって初めてなんだよ、俺に出来るのかなぁ」


「何言ってんの、パパになる人は誰もが初めてなのよ。大丈夫よ隆さんだってやってくれたんだから、梶ちゃんだって初めて病院でお風呂を入れて来たのよ、だからあんたもやるの。大丈夫、姉さんが教えてあげるから期待しなさい」


ベビーバスにお湯を張っては温度計で温度を確認し、洗面所もドアを開けてストーブの熱で温かくすると梶ちゃんに抱っこされた赤ちゃんがやってきた。

衣服を脱がしていくと赤い肌色をした赤ちゃんの裸姿が、頭の下に左手を差し込み親指と小指で耳に水が入らないように塞ようにして抱え、ゆっくりと湯船に入れていく俺、両手にガーゼを掛けてから首の下や肘の内側、足の付け根などを軟らかいガーゼのタオルで軽くこする様にして洗っていく。


そんな俺の姿と赤ちゃんの姿を純姉さんがビデオカメラで映してる、何か後が怖そう。

しかし、この小さな体は何て脆いんだろう、こんなに小さな体を俺は今洗っている、其れもちょっと力を入れたら折れそうで、其れでも愛おしくて涙が出そう、と思う俺だった。


「早く洗ってあげて、そんなに時間を掛けちゃだめよ。特にお尻が綺麗になったらもう良いからね。はい、もう良いわよ、終わり。今度は体を拭いてオシメよ。早くしないと風邪ひいちゃうし、おしっこでもされたら大変なんだからね」


「そんなに早く出来ないよぉ、勘弁してぇ!身体をタオルで拭いたら、両足をもってお尻を上げてオシメを入れてっと、そして御包みだね。ふぅやっと出来た、これは大変だわ」


「そうよ、これから毎日がこんなんだから主婦は大変なの、あんたの時には私や秀樹兄さんがやってたのよ。お母さんもお父さんもあまり家に居なかったでしょ、だからあんたのオシメは私が殆ど交換してたのよ。お兄ちゃんは、お風呂に入れたり夕ご飯作ったりしてたんだから、感謝しなさい」


そうだった、お袋も親父も学校の仕事や警察の仕事で殆ど家に居なくて、俺は秀樹兄さんや純姉さんにべったりだったといつも聞かされていた。

否応なしに小さかったころの記憶の底をかき回されて、そして今俺がこの子の体を洗ってやっている、なんて言うか不思議な気がした。


「さぁ今度は白湯を飲ませて、そしてゲップを出してあげるのよ。そこまでしてあげて梶ちゃんに渡してあげれば合格よ」


昔は出産から床上げまでは三週間掛けていたらしいが、今では病院での出産をして自宅に戻ってくるため七日程度で、母親は忙しいのだそうだ。

其れに名前をまだ決めていないし、純姉さんに言わせると産まれてから七日目の夜が御七夜で、赤ちゃんにとっては産まれて初めての行事で、七日間を無事に迎えられたことを感謝して、これから健やかに育ってくれることを願う行事でも有ると云うのだ。


そして、この御七夜に赤ちゃんの名前をお披露目し「命名式」を行うのだが、梶ちゃんはもう決めているのだろうか?俺はまだ聞いていなかった。

明日の土曜日には美咲ちゃんや護さんが来てくれるらしいけれど、其れできっと名前が決まるのだろう、御七夜は月曜の夜になるのだから何て名前になるのか俺は楽しみだった。


美咲ちゃん夫婦が午前中から来ていて、午後になってから護さん夫婦と子供達が来ている。

梶谷家が集まって名前を決めているようだが、大家である俺には参加する資格もないし、これ以上は深く関わりたくないとさえ思っていた。


「お姉ちゃん名前は決まったの?あの字を入れるんでしょ「侑」、ちゃんと関谷さんに話したの」


「美由紀、この子の父親の一字を入れたいんだって?、もうある程度考えてあるんだろう。候補の名前を俺達に教えてくれ、字画や呼び方の問題もあるだろうから調べてやる。だけど、最後に決めんのはお前だからな。俺たちは相談に乗っては上げられるが、決める事は出来ないんだ。其れだけはお前自身が親として決めるんだ、いいな」


「幾つかあるんだけど、侑里・侑里恵、侑希・侑希子、侑美・侑美絵なんだけど、私的には侑希が一番いいかなぁって」


「ふん、美由紀に美咲に侑希・・安直だな。だが、シックリくるな、お前達はどう思う、兄さんは良いと思うぞ、其れに彼の字が入ってんだろ、きっと彼も喜ぶと思うぞ。この侑の字は「う、ゆう」と呼んで、人を助けるとか思いやり、自主性を表す言葉で「親切で優しく困った人を助けられる人になって欲しいとの思いがあるそうだから、其れに希(のぞみ)、希望の希(まれ)が付くんだから良い名前になるだろ」


「うん、良いと思うよ。お姉ちゃんらしい名前の付け方だね。ゆきちゃんか、ゆうきちゃん、どっちにするの」


「ゆきで良いんじゃないか、美由紀の子供なんだから同じ読みで良いだろう。そうしろ」


 と云うようなことが有って、赤ちゃんの名前は「侑希・ゆき」に命名されたようです。

 えぇっ其れって俺が付けた名前じゃないの…大丈夫なのかな?俺は名付け親になって、この子の将来を不安視した俺でした。


 御七夜にはお祝いはしないで命名式だけを行い、次の土曜日に御祝いの膳を用意して関矢家と梶谷家で祝って挙げる事になり、日曜日に地区への御礼返しをする事にしたのです。



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