第二十一話 新しい息吹・・・・・出 産




 二〇十八年一月二十三日・火曜日の朝、遂にその日が来てしまった。

「うぅ~ん、関矢君、少し痛いかも?なんか陣痛が始まってるのかなぁ・・・痛ったた、やっぱり陣痛みたい。関矢君、時間計ってくれる!それと病院への準備が出来ているから鞄を車に・・痛ったた、そんなに強くないから大丈夫だけど、強い痛みだけの時間をお願いだから計ってほしいの」


「分かった、病院にはまだ連絡しなくていいの?車の準備は出ているから、言ってくれれば病院まで送るからね」


「ありがとう、二時間間隔程度までは家にいても大丈夫だって看護師さんが言っていたの。だから、そんなに慌てなくても良いから」


とは言え、俺には痛がる梶ちゃんに何も出来ないでいた、そんな俺を察してか梶ちゃんから


「本当に大丈夫だから心配しないで良いよ、それに初産だから直ぐには産まれないって、結構時間がかかるみたいだから、痛ったた!本当に痛い・・・はぅはぅ純さんもこの痛みに耐えながら健ちゃんや恵ちゃんを産んだのね。きっと元気な子が産まれると思うの、だから私も頑張るからね」


梶ちゃんは俺を安心させるように、そして自分自身を励ますように話してくれている。

夫婦であれば背中や腰を擦ったりいろいろな事がきっと出来るとは思うけれど、俺にはどうしても不可侵な所もあるし・・・でもそれ以上に、夫は本当にどのように奥さんが出産するまで待っているのであろうか?出来たら教えて欲しい、と、この時に思った。


梶ちゃんの陣痛間隔が二時間程度に近づいてきたので,隣の市の俺が出た日立東工業高校隣の総合病院に電話をして病院に梶ちゃんを送り届け、美咲ちゃんや純姉さんにも連絡をしてから俺は仕事に向かった。


「関矢君、君がそわそわしても赤ちゃんは産まれないよ、君のお着き無さが皆に移るから、もう良いから病院に行きなさい。私も経験があるけど、男は病院にいても役に立てないよ」


「本当ですよ、男って役に立たないんだから、出来たらあの痛みを変わって欲しいくらいですよ。産まれた後に「頑張ってくれたね」って言われても、私なんか頭にきて「あんた何してたの、腰くらい擦ってよ」って文句言いたいくらいだったわ」


うわぁ、梶ちゃんもそうなのかなぁって思いながら車を飛ばして総合病院に駆け込んでみたのですが、やはりまだ生まれてはいなかった。

病室の前でウロウロしていたら主任看護師さんから

「あらっ貴方が梶谷さんの御主人なの、確かまだ、新米パパさんの教室に参加していませんよね。どうせまだ産まれませんから、あなた暇でしょ、今から教室があるから参加しなさい」

って、俺は違いますって言おうかと思っても主任看護師さんはさっさと俺の前を行っては振り返り、早く来てくださいと云っているようだった。


 其れから二時間、俺はお風呂の入れ方とおむつの替え方、そしてミルクの作り方と与え方を教わり、やっと解放され病室へ戻ってみると梶ちゃんの陣痛間隔が二十分と短くなったと言う事で、分娩室へ移動してベッドにはもういなかった。


「浩史君、あんた何処へ行ってたの。梶ちゃんなら分娩室に入って行ったわよ、と云ってもあんたは入れないけどね。此ればっかしは無理だから、NICU側に行けば赤ちゃんが見られるかもよ」


さっきまで赤ちゃん講習を受けていたけれど、この俺の手の平に収まるという赤ちゃんの頭だが、俺には全く想像がつかないでいた。

けれど、分娩室から看護師さんの手によって出てくる赤ちゃんの姿、真っ赤な顔をしてまだ血が体に付いているような、赤ちゃんが沐浴している所が見える「やはり手の平に収っている」あぁあの大きさが赤ちゃんなのだ、と改めて実感した俺だった


間もなくして梶ちゃんも分娩室から出てきてベッドに横になっていたけれど、まだ赤ちゃんは側にはいなかった。

二〇五百四十グラム、女の子、だと云うけれど、早く見たいという思いと俺はいったいどういう立場なのだろうと複雑な気持ちも有った。


程なくして美咲ちゃんや護さんもやってきて赤ちゃんがうまれた事への祝いの言葉が飛び交っている、此処にはもう俺のいる所はなく赤ちゃんの顔を見る事もなく仕事場へと戻っていった。

営業所に戻って仕事を始めていると梶ちゃんからメールが

「何で赤ちゃん見てくれないの((怒))・・・でも今日はありがとう、感謝してるから。帰り病院に来て欲しい、方向違いだけれどm(__)m」


俺には如何返事をして良いのかが分からないでいた、今までだったらすぐに迎えに行ったり出来ていたのに、何故か戸惑いがある、何故なんだろう?・・・原因が分からないのだ。

純姉さんからもメールが来ていたが・・・やはり、梶ちゃんの所からいなくなったことを心配している内容だった。


「浩史君なんで帰っちゃったの?赤ちゃんの顔を見るのが怖いんでしょ!貴方の子じゃないもんね、でも梶谷美由紀さんの子だよ、しっかり受け止めて会って上げなさい。今の梶ちゃんの力になれるのは貴方なんだから、逃げないでね。・・・・私達の弟へ」


新しい梶ちゃんの家族、俺にとっては大家と間借り人の関係だけど、気持ちは少し複雑で・・・そんな気持ちを言っている純姉さんには敵わないと思った。

あの日からずっと俺は逃げていたのかもしれない、人の幸せは応援できるけれど、俺が幸せの中に入るのを避けてきたあの日から・・・梶ちゃんの幸せな顔を見たい、そう思いながら、もしかしたら・・・しかし、素直な気持ちにはなれない事を誰にも言えないのだ。


「関矢君やっと来てくれたね、「この人があなたの大家さんですよぉ、私の事可愛がってくださいねぇ」って女の子なの。ウフフフ抱っこしてみる、あぁぁ本当に痛かったんだから、部屋に戻って見たら関矢君居ないんだもの、帰ったって・・・もう怒ってるんだからね」


「いやぁ御免、皆が居てさ、俺のいる所が無かったんだよね。ゴメン、本当にごめんね。でも梶ちゃんが頑張ってるのに俺は何も出来なくて、多分、殆どのパパは俺と同じように思ってるんだと思う。でも赤ちゃん可愛いね~、本当に小さいんだぁ、赤ちゃん教室に参加したんだ、と云うか半分強制的にさぁ。主任看護師さんに連れて行かれてミルクの作り方や飲ませ方、オシメの替え方、お風呂の入れ方を二時間だけだったけど教わってきたんだ。だから少しだけど協力はできると思うよ」


「あちゃぁ、あの主任さん前から旦那さんは来ないのって。あっははは、それで関矢君が捕まって教わったの!あたたたお腹が痛い、本当に可笑しいわね。でも有難う、期待して良いんだね。ちょっと嬉しいかもウフフフあっははは」


「梶ちゃん本当は何か用事があるんだろう、この子に会わせる他にも、、、俺に出来る事なら相談にのるよ」


「本当にそんな所は勘が良いのね、この子はもうすぐ新生児室に戻るからその前にこの子の名前を考えて欲しいの。一字は決まってるんだけど何て名前にしようかまだ決めていないんだ?」


「ふぅ~んその一字ってどういう字なの?俺に教えてくれれば其れなりに考えられるけど、でも、赤ちゃんの名前を考えるなんて思いもしない事だね」


「一時は人偏に有ッて字で「ゆう・ゆ」と呼ぶんだけど、私は美由紀で、妹は美咲でしょう。だから・・・」


「なるほどねぇ、でもその一字を使うんだったら「侑里(ゆうり・ゆり)、侑美(ゆうみ・ゆみ)、侑希(ゆうき・ゆき)、侑子(ゆうこ・ゆこ)、美侑(みゆう・みゆ)、侑愛(ゆうあ・ゆあ)、愛侑(まゆ・あゆ)、侑幸(侑子)くらいが俺の限界かな。俺としては侑美(ゆうみ・ゆみ)と侑希(ゆうき・ゆき)あたりが好きかな、小さな美由紀ちゃんで侑希(ゆき)がしっくり来るけど他の人にも聞いてみたら、あと字数の問題だとか有るだろうからね」


「そうだね、この字でその呼び方なら私も良いかも、後で美咲にも聞いてみるね」


 新しい命が誕生し、今、俺の目の前で小さな寝息をしている、そしてこれから人としての名前が付けられ、終生其の名前でこの子は呼ばれる事になるのだ。

 其れを、俺が考えた名前で一生を送る事になるなんて思いもしていなかったし、名前を付けると云う事はこの子の一生の問題であってその重さは与える側にも有ると云う事なんだろう。

 親父もお袋も、秀樹兄さんや純姉さんなど二人には関係の無い名前なのに俺だけ親父の一字を貰っている、そう思うと名前と云うのは其々の親の思いが詰まってつけている事が分かる。




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