第十八話 新しい息吹・・・・・新 年



 

 残り二日で新年を迎えるけれど、我が家は喪中に入っているので新年祝いはないので特段おせちを造る予定は無く、と云っても俺には作れないが梶ちゃんには関係のない事で、梶ちゃんは美咲ちゃん達が来るので一生懸命作っている。

 俺もその姿を見て何とか手伝っているがあまりに役には立っていないような、其れでも金とん用の芋の裏越しだとか卵の裏越しをさせられている。


「関矢君って料理するの?今までお母さんの手伝いとかした事あるのかな」


 「いやっ、純姉さんがいたし、それに俺は知っての通り十八年間しか一緒に住んでいなかったからあまり記憶はないんだよね。だから、今年が十九年目の正月を迎えているって感じかな!もうお袋も親父も居ないけどさぁ、もっと早く帰って来てればよかったのかな?今更思っても遅いけどね」


 「そんな事ないんじゃないの、だってお父さん喜んでいたじゃない。きっと空の上から見ていてくれると思うよ、来年はもっと良くなりますようにって願いながら裏ごししてください。きっと美味しくなるから」


 「梶ちゃんはさぁ、来年にはママになって忙しくなりそうだよね。今年は一人での最後の年だもんね、俺も出来る事は応援するからね」


 「ハハハハハそうだね。私の一人が最後の年かぁ・・・!考えてもいなかったね。正直言うとね、まさか関矢君と同じ屋根の下でこういう生活するとは思っていなかったよ。今年は色々有り過ぎて頭の中が大変だった。でもね、私嬉しいんだ。一人で頑張ろうってばかり思っていたから。本当はそんなに出来ないと知ってるのにね、関矢君に会うまで本当に無理してた。有難うね」


 「何を改まって、こっちこそだよ。こっちに来てから俺が困っている時に何時も側にいてくれて励ましてくれたじゃないか、本当に感謝してるんだから。こっちこそ有難うだよ」


 俺にとっては今まで、東京で一人迎える新年だったが今年は違うのだ、其れも喪中での梶ちゃんとの新年を迎える。何か複雑な心境だけれど、其れでも新しい年を迎える事に対して少しだけ梶ちゃんとの生活に喜びがあった。


 十二月三十一日、俺は今まで出していなかったパソコン、廊下の隅に購入しておいたテーブルの上にセットし、壁には大型のモニターを取り付けている。

 今までは親父も居たし、成るべくは仕事を家に持ってくる事はしないようにしていたが、海外の反応アンテナである支社との情報交換や、他の支社とのミーティングを行うと考えている。

 いつまで茨城に居られるのかは分からないけど、其れまでは営業所の仕事は営業所内で済ませ、プロジェクトの仕事は家で行う事にする事にしたのだ。

 今までは営業所内で深夜まで時々残ってやっていたけれど、所長の顔色を見ながら行うにはちょっと気が引けるし、それに会社に居れば残業代もかかってしまう。

 あくまでこれは社内個人ネットワークなのだからと考え、やっと実行することにした。

 

 「Hai, how are you guys? Japan will have a new year in the next two hours, but what about your country?(ハイ、お元気ですか? 日本は二時間くらいで新年を迎えますが、あなたの国はどうですか?)」


 「Hello Mr. Sekiya How are you? How is your new life? I am sad that your father died. Let's do our best, it's okay because we are here(こんにちは関谷元気ですか? あなたの新しい人生はどうですか? あなたのお父さんが亡くなったのは悲しいことです。 頑張りましょう、私達がいるから大丈夫です」


 「Thank you, I'm fine. From next year, I would like to hold a project meeting every Friday night.(どうもありがと私は大丈夫です。 来年から毎週金曜日の夜にプロジェクトミーティングを開催したいと思いますが?どうですか。)」


 「That's a good thing. There is no problem. Next year's agenda is about living with new energy, but let's think about it from a familiar place.(それはよかった。 問題はないです。 来年の議題は新しいエネルギーで生きることですが、身近なところから考えてみましょう。)」


 「Have a nice new year. Good bye(それでは良いお年をお過ごしください。 さようなら)」


 「Good bye(さようなら)」


 なんて会話を終わらせ、日本中の人が見ているという音楽番組を楽しみながら梶ちゃんと二人でキッチンで年が明けるのを待っていた。

 やっと音楽番組も終わり、やがてTVの中から除夜の鐘の音がゴ~ン、ゴ~ンと聞こえ、二人してお互いに立ち上がり新年の挨拶をしたのだった。


「明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します」


「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。この子も産まれてくる事になりますが新しい家族共々お世話になると思います」


 「アハハハハ、そうだね、皆で頑張って良い年になるようにしようね」


 新年が開けた朝は何事もなく、穏やかな陽だまりの暖かい朝だった。


 縁側でぼーッとしながら本当にこんな正月の朝を迎えたのは久しぶりで、何故か清々しい感じがする。

 今までは大晦日迄は仕事して、仲間と一緒に遅くまで飲んでベロンベロンに酔って部屋に戻るか、下手すればずっと地下の現場に潜っているか、橋梁補修工事の現場に入っているかだろう。


 人が休みの時に仕事をする、車の通りの少ない時にする等其々の条件下で仕事をするのが当たり前で、家に戻りたくない俺はそれを志願して参加していた。

 なので、今までは本当に仕事をするか、飲んで二日酔いで朝から頭をガン痛させているかだったのだから、こんな落ち着いた正月の朝は入社してから本当に久しぶりなのだ。


 台所で梶ちゃんがゴソゴソしだしたのでキッチンに戻るとお雑煮を作るみたいで、梶ちゃん家のお雑煮はどんなのか楽しみになってきた。


 「おはよう、早いね。お雑煮作るの?俺も何か手伝おうか、餅なら焼くけど」


 「あらっもう起きてたの、おはよう。此れからお雑煮作ろうかなっと思って、関矢家は何味だったの?家は醤油味だったけど大丈夫かな、餅は焼かないで煮てた。多分お母さん忙しかったんだよね、家は商売してたから正月からたくさんの人が来てたもん。きっと焼く暇がなかったんだと思う。そうか、関矢家は焼くんだ。私、焼き餅の雑煮は初めてだよ。私の分は二個で、後は関矢君の分焼いてくれれば良いよ、味付けは後で関矢君見てくれると嬉しいな!」


 「そうか、梶ちゃん家は焼かないんだぁ。其々の家に其々のお雑煮があるって子供ん時にお袋が言ってたよ、お袋は北町出身だったからきっと此処に嫁いできた時には大変だったと思うよ。街中と此処じゃ違うはずだから、味付けは任せるよ。僕は梶ちゃんのお雑煮が食べたいんだ、其れに梶ちゃんが作るのは全部美味しいから楽しみだしね」


 「うわっ、其れってすごいプレッシャー、新年からかなり厳しい注文ですね、大家さん((笑))」


 等と、正月から他愛もない会話を楽しみながらお腹の子と三人で、喪中であるのに賑やかな正月を迎える事が出来た。

 何事もなく何処にも出かける事もなく、ただのんびりと縁側でミカンを剥きながら二人で時間を過ごす事が出来るとは思っても居なかった事実なのだ。


 ゆっくりと時間は流れ、温かいな日差しの中でパソコンやテレビを見るではなく、話す会話も少ないのに何でこんなに満ち足りるのだろうか、俺はそれを手放していたし、其れを取り戻す勇気は今の俺にはないことも知っている。

 この時間が長く続いて欲しい気持ちの中で二人して庭を眺めている、この時間だけが嬉しくて、時々近くにいる梶ちゃんの横顔を見ては心の中で喜んでいた。


 「関矢君、私の顔に何かついてる?さっきから私の横顔を見てはニヤッっとしてるけど、私に惚れたかなぁなんて、冗談だよ、ゴメンね嫌味言っちゃって。さて洗濯物でも取り込もうかな。夕ご飯まで私少し横になるから、ノンビリしていて良いよ」


「はいはい、お腹の子のためにゆっくり休んでください。そうだ、夕ご飯、俺が作ろうかな。献立言ってくれれば俺が作るから考えておいてよ」


 「うぅん良いよ、私が作るから大丈夫だよ。でも、手伝ってほしいかも」


 

 梶ちゃんが休んでいると、近所の女の子たちがやってきて庭で何か探しているような?


 「どうしたの、何か探し物かい。確か君は佐川田さんとこの子だよね、こっちは同期の後藤君の家の子かな・・・そしてこっちは、ごめん思い出せない」


 「あのぉおじさん、お腹の大きなおばさんいるよね。今日、居るの?」


 「なぁんだ梶ちゃんに会いに来たのか。でも、おばさんじゃ会ってくれないかもな((笑))今少し休んでいるからもう少ししてから来てくれと会えると思うよ、今日はどこにも出かけないと言っていたから。そうだ、君たちにお年玉あげなくっちゃね、地区の決まりで少額だけど」


 「ウワァ~!やったぁ。おじさん有難う。そうかおばさ…じゃなくてお姉さんは休んでいるんだ。そうだよね。そうだ聞きたいことが有ったんだ、おじさんとお姉さんは夫婦なの?結婚してるの?それともお父さんが言っていた同棲ってやつなの?」


 「アハハハハ違うよ、結婚もしていないし同棲もしていないよ。大家さんと間借り人の関係だよ。だから君たちのお父さん達にちゃんと話しておいてくれよな。ほら中を見て行って良いから、部屋も別々だろう、外からじゃ分かりにくいけどな、ちゃんと別の家になっているんだよ」


 「なぁんだ、そうなんだ!だって、お父さんが顔を出して聞いて来いって、お前たちならちゃんと話してくれるだろうから、なんて言うんだよ」


 「そうだろうね。別に気にしていないから大丈夫だよ、君たちも心配してくれてありがとう。時間が有るならバドミントンでもやらないかい、少し体を動かさないと太っちゃいそうだからな」


 「えぇっバドミントン面白い。やる、やるぅ。負けたら墨で顔に落書きだよ」


 何てことから、未だに近所の連中は俺達が同棲していると思っている家もある事が分かったけど、梶ちゃんには伝えないことにした。

 物置からバドミントンを探し出して子供たち四人と一緒に庭先で、十八歳以下の子供たちと賑やかに始めてしまった俺だった。


 年の差が有り過ぎるのと、相手は四人で最早負け越し状態になり、俺の顔は〇の△の×で福笑い状態になってしまっている。

 子供たちの賑やかな笑い声に梶ちゃんも起きてきて、俺の顔を見てさらに笑い出し、それにつられて子供達もまた笑い出している。


 「関矢君、なにその顔は可笑しい。皆さんいらっしゃい!あけましておめでとうございます」


 「あっおばさ・・じゃなくてお姉さん、あけましておめでとうございます。私達おじさんとバドミントンやっていたの。おじさん弱くてぇ,私達が勝って顔に墨で書いちゃったんだよ。えへへへ」


 「お姉さん、赤ちゃんいつ産まれるの?またお腹触っても良い、もうオッパイ出るの?」


 「なんだ、お腹触りたいの?良いわよ、どうぞ。お腹の赤ちゃんも喜んでくれるわよ、赤ちゃんはね、嬉しいことが有ると沢山動いてくれるの。だから、きっとあなた達を歓迎してくれるわよ。其れから赤ちゃんは今月の二十三日に生まれてくる予定なのよ、だから、赤ちゃんのためにオッパイも今は準備中よ」


 「へぇ!そうなんだぁ。あっ、いま動いてるぅほら何か蹴ってるみたいにポンポンって、すご~い。お腹の音聞いていい、どんな音がするの?赤ちゃんに早く会いたいなぁ」


 「耳を当てて静かに聞いてごらん、赤ちゃんの心臓の音が小さくトクン・トクンって聞こえるはずよ」


 子供たちは交代しながら梶ちゃんのお腹に耳を当てたり触ったりして、これが情操教育と云う事なんだと改めて思い知った。

 人の命の誕生を身近に感じていく事で優しさや思いやりが育ち、そして自分達が母親になった時に今の体験が大きく役に立つのだろう。


 そう思うと、自然と子への命の教育が行われている事が当たり前になっているのかも知れない。

 掛替えのない小さな尊い命の誕生は、子供達ばかりではなく地域の過疎化への歯止めにもなる、けれど、産業の少ないこの地域では過疎化のスピードは否応なしに進んでいるのは事実だ。

 子供達が帰った後には、賑やかだった時間と引き換えに閑散とした静けさが戻った。


 子供たちの遊びの犠牲となった俺の顔は、梶ちゃんの手によってスマホで写真が取られ記録されてしまった、いったい誰にその写真を見せるの?って思いながら洗面所で顔を綺麗にして戻っても梶ちゃんは笑っている。


 翌日、梶ちゃんは家に美咲ちゃんが迎えに来て、護お兄さん夫婦が住んでいる実家へと挨拶しに行ってしまった。

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